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廃校でダンジョン  作者: 空気鍋
10/14

1ー10

「なんだい。親方は普通でいいんだよっ。普通でっ。」


 課長がやった、俺がなんら関与していないミスを押し付けられて部長に怒鳴られた時のように、直立不動で固まっているとビヤ樽娘が、”仕方無いなぁ“みたいな顔で言ってくれたので、ふぅ、と息を吐いた。しかし、体は指はズボンの縫い目に添って真っ直ぐ、膝裏を意識して伸ばして尻に力を入れている。こうすると、自然と背筋も曲がらずにビッと立てるのだ。


「アンタ達っ! 親方を見な。ちったぁ親方を見習うんだねっ!」


 片手に持つ巨大なハンマーの柄の部分で左肩を叩きながら言うビヤ樽さんは、今にも「イエス(軍隊式)マム(挨拶)」とでも言いそうな三人の女の子? を見やりふん、と鼻を鳴らした。


「まずは親方に挨拶しないとね。アタシはムギってんだ。ムーギュレー、レククルス、ダーバレスだと長いだろ? だからムギで良いよ。」


 そう言って次に紅い眼と病人の蒼白い肌が特徴の女性を指差し


「吸血族のトラヴィアータ。言いづらかったらトラちゃんって呼んでやんな。」

「ま、待て。妾の名前はトラブィアータぞ。そんな下町の行商人みたいな呼び方をするでない。」

「喧しいっ。気に入った本を読む度に名前を変えるのがナマ言うんじゃない!」


 ビヤ樽さんは、抗議の声をあげた吸血鬼? を睨んで黙らせる。


「そっちの白いのがハイエルフのリット。本当はもっと長ったらしい名前だけどね、長いから略だ。それから黒いのがダークエルフのジル。ダークエルフの名前は同じ響きを持つ音が韻を踏みながら繰り返すから面倒なんだ。親方は、人の世界にある、ラップを丸一日間違えず歌えるい? 歌えるなら教えてもらえば良いよ。アタシはゴメンだがね!」


 不服そうな健康的に見える二人の女の子は、しかし先程の言葉を信じれば数百歳らしい。二人は仲の良い女子高生にしか見えないが。


「で、こっちの石像(「イシ」)はゴーレムの”金ちゃん“さんだ。詳しくは聞くな。アタシだって言いたくない事はある。」

「ご主人様に措かれましては久しぶりなんだにゃー。」


 二ノ宮金次郎像が可愛い声で可愛いそぶりをした。両頬に丸めた手を当ててちょっと片足を前に出して体を傾げて、「にゃー」。それから両手を高く上げながらピョンピョン跳ねる。これがちまたで噂の”あざとかわいい“って言うのだろう。しかし、、やっているのが二ノ宮金次郎像。背中の背負子しょいこに付けられたまきが重そうだった。勿論、薪も石だ。


「……ゴーレムには性別が無いんだがね。それでも形状でそれっぽくなるもんだ……。」


 ビヤ樽娘さんが遠い目をした。


「”金ちゃん“さんは男なんだよ。」

「え~? 男じゃないでーす。男の娘でーす。」

「なんでだよっ!」


 通りでちゃん付けの後、さんもついてるはずだよ。ってか、お前、俺が小学生の時、前庭に置かれてたあの像だよな?


「俺。先生にこの像みたいな強く逞しく成長しなさいって言われたんだ。」


 拝啓、先生。

 先生が生きるときに目標にしろ、と言っていた金次郎像は女の子みたいな男でした。

 男の娘っていうらしいです。

 俺も男の娘になった方がいいですか?

 ……いい訳ないだろぉっ!


「なんで……なんでだよ……俺の何が悪いんだよ……俺、頑張ったよな? 課長に嵌められようが、部長に怒鳴られようが、年下の上司に顎でこき使われようが、女の子達に無視されようが、他の部所に、使えねぇゴミくずって言われても皆の為、会社の為、身を粉にして頑張ったよな? 会社を辞めたって会社にいる人の迷惑になりたくないって労働基準監督所に行く事もなく耐えたよな? 俺の年じゃ紹介できる職無いッスけどぉとか職安で言われながら……長年住んでたアパートも基準を満たしてないとかでとりつぶしになるのに金も無い職も無いじゃ貸してくれる部屋だって無い。俺が何をした? ダメなのか? 真面目に仕事しちゃダメなのかっ。課長みたいに上の役職がいる時だけ頑張ってる風味で下には皮肉と八つ当りしていれば良かったのかっ! アイディアを出せって言われて出したら馬鹿にされて、その癖、アイディア出なくて、アイツの発案ですってめちゃくちゃ扱き下ろされて、やってみたら大成功。その途端、発案は私です。アイツなんかに思いつく訳有りません、アイツはバカですアホです妄想です夢見てますぅ? 真似すりゃ良かったのかっ! あんなクソッタレの、高級菓子の空き箱みたいなヤツの真似すりゃ良かったのかっ!」


そしたら俺も課長だったのか? そんなヤツの真似して? 違うだろぉっ! 会社が潰れそうな時になにしてんだよ。300人そこそこの会社で派閥作ってんじゃねーよ。

俺は立っていられなくなって崩れ落ちた。


「目標にしろって言われた二ノ宮金次郎像は男じゃ無い男ってなんだっ! そうか、俺も女の子になればいいのかっ! 俺は、おれは、おれは、今日から女の子ダアァァァァァハアッハッハッハァ~ッ!」


 目から熱い潮が流れ落ち昂る気持ちをバンバンと地面に向けて吹き出す。地面を両手で叩いて痛みに震える俺は天に向かって叫んだ。


「お、おおう。思ったより闇が深いの。」

「な、なんか、ゴメン……。」


 ここ数日の理不尽な扱われ方と不可思議な出来事は思った以上に俺の精神を追い詰めていたようで、流石に引いたらしい吸血鬼と石像の声が離れた所から届く。


「天よっ。俺に職を住居を平穏をくれーっ!」


 空を仰ぐように仰け反り、天を支えるかの如く両手を突き出し


「ウオオォォォォーッ!」


 地の果て、空の彼方まで届けと叫び倒した。

 中年のおっさんには叫ぶ所も無いんだよ。一人カラオケに行った時の、俺より一回り違う学生バイトの生暖かい目が。部屋で歌っている時の「友達いないのかな」「普通、家族と来るよね?」って視線が。会計の時です機械的に対応する店員の滲み出る気遣い。

 中年のおっさんには突き刺さるんだ……。


「……あー。トラは、リット達と親方を頼む。金ちゃんさんはアタシとあの子のとこだ。」


 ムギさんは、呆れた声だったが


「な、なぬ?」


 トラ……なんとかさんが、その容姿に合わない抜けた声を出した。トラ……なんとかさんは、


「ま、待て。待つのじゃ。」


 とか、言って慌てていたようだが


「わかったにゃー。」


 場を読まない明るい金ちゃんさんの声に掻き消されていた。




 さて。

 男という者は、古来より女に比べて単純だと言われる。言われた男としては、そんなに単純じゃないって返したいのだが、見た目だけでも若い女の子に


「そう、大変だったね。」

「そう、可哀相だったね。」


 そんな言葉をかけられて。


「けど、これから、はあたし達がいるからね。」


 ギュッ。手を握られて。

 

「辛かった事を一緒に受け止めてあげる。」

「悲しい事を一緒に支えてあげる。」


 そうやって囁かれて。


「だから、もーと頼って良いのよ。」


 金髪に白い肌のリットちゃん。銀髪に褐色肌のジルちゃん。俺の両脇で俺の腕を包み込むかのように抱き締めてられると、スレンダーな二人に包まれて()くようで。

流石に気分が高揚した。


「なんと言うべきか……妾には分からぬわ。」


 深いため息をつきながら頭を横に振り両手をオーバーに広げた「やれやれ」のポーズをした、トラ……なんとかさん略称トラさんは不気味に光る紅い目で「男は単純じゃの?」と揶揄っていて、言葉ほど呆れた訳じゃないのが感じられた。


「まあ、なんじゃ。時には吐き出す事も必要という事よな。主殿は溜めすぎじゃな。」


 そう言って立木の根っこに腰を下ろして両脇を女の子に固められた俺の頭を優しく撫でた。


「そこの二人の言う通りじゃ。これからは妾達がおるでな、辛い事があれば妾達を頼みにするが良いぞ? 妾達は常に主殿の味方じゃ。」


 フフっと妖艶に笑うトラさんとトラさんの言葉にギュッと抱き締める力を増した女の子。

 会社の同僚が若い女の子がいる店に嵌まる気持ちが漸く解った。

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