第七十七話 進化の剣とゴブリン
更新再開となります。
ドゴンの話によるとどうやら守り蟹の甲羅を粉末状にしたものを蜥蜴革の装備に塗布し馴染ませる事でより高い防御力が期待できるらしい。
「守り蟹は魔法に対する耐性もある程度ある。特に水の耐性は強いしな。かなり強化できると思うぞ」
『でもお高いんでしょう?』
「ま、素材は元々お前たちの持ち込みだし、色々と世話になってるからな。かといって流石に制約上、タダでとはいかないが、あくまで改良の範疇って事で、胸当て150、盾100、手袋50、兜100、具足100の合計500マナでいい。それにお前のメンテナンス代が250マナで750マナだな」
ミラの手持ちが1750マナだから、全て使っても1000マナ余る。十分いけるな。
「勿論、作業の間はここで自由に休んで構わない。飯も出るぞ」
「お願いします!」
う~ん、食べ物の話が出てからが早かったな。それがなくても決めていたとは思うけどね。
それから先ず俺がドゴンの手で修復される。相変わらずドゴンの手入れ具合は、剣だということを忘れるほどに気持ちが良い。
本当、普段は痛みすら感じないのにおかしな話だ。その後はミラから装備を受け取って精錬に入る。
守り蟹の甲羅と組み合わせるといっても配合にはかなり気を遣うようだ。塗布するとだけ聞くと簡単そうだが、実際は塗布して特別な油を塗り馴染ませその上でハンマーである程度衝撃を与えて靭やかさを与え、そこからまた塗布しと何度も繰り返すんだとか。
この作業だけでも確かにかなり時間はかかりそうだ。ドゴンは先に食事を用意して美味しそうにミラは食べている。
キュピにも何か食べるか? と聞いていたけど、キュピは魔晶さえ定期的に摂れれば問題ないようだ。
そして食事を終え、俺を傍らに、キュピを気持ちよさそうに抱きしめながらミラもすやすやと眠りについた。
正直時間はさっぱりわからないけどな。ここじゃ朝なのか夜なのかもわからない。
まぁ、眠らない俺には関係ないだろうけど。
「……キュピ~――」
『うん? どうしたキュピ?』
「キュピ、キュピピ?」
なんか器用に眠りを表すマークを作ってきたな。
『俺は眠らないんだ。大丈夫だ、気にしなくていい。キュピはゆっくり寝てくれ』
「う、う~ん、キュピ~エッジ~」
「キュピ!」
『ははっ、ミラもキュピのおかげで随分とリラックス出来ているみたいだ。流石アロマスライムだな』
そして、キュピも再び眠りにつく。
それにしても、不思議なスライムだな。そもそもこの辺りではスライムなんて見てないけど、他のスライムもこんな感じなのか?
だとしたら憎めないな。とても倒す気になれないかもしれないけど……まぁ、今考えても仕方ないか――とにかく、後は装備ができてからだ。
――それにしても、何だろうか? ふと思い出す。あのゴブリンの事を。キュピの事もあるからだろうか?
思い出すのは最初と二度目での変貌。見た目こそ変わってなかったがレベルが変化し、装備品も一度目と二度目で変わっていた。
そしてあれにはなんとなく知性も感じられた。漠然とだが、もしかしたら俺やキュピと同じタイプでは? と考えてしまう。
そもそもあのタイプのゴブリンは他に見ていない。つまり、何かしらの進化を得たタイプだったとしたら――もしまたあった時、あのゴブリンは変わっていないのか、それとも俺がバスタードソードに進化したようにあのゴブリンも……。
◇◆◇
あいつとの決戦が近づいている――そんな気がしてならなかった。あの召喚からこんなくそったれな気まぐれにつきあわされて本当に嫌になる。
大体なんだってゴブリンなんだ? くそ! これ、ちゃんと人の体に戻れるんだろうな?
最初に出会ったあの野郎も今はいない。声だって聞こえない。唯一くそったれなアナウンスだけは聞こえてくるが、これだってレベルの低いうちは全く役に立たない。
だが、それでもここまでなんとかやってきた。最初は他のゴブリンと一緒にされ、妙なゴブリンリーダーにこき使われたが、なんとか上手いことやり過ごして生き残った。
この体は特殊で、ステータスはあるが敵を倒したからといってそれだけでレベルが上がるわけじゃない。その時に手に入る進化ポイントというのを上手く利用してようやくレベルを上げることが出来て、スキルも覚えられる。
そうやってある程度レベルが上がれば、あの泉の水をのむことで進化ができる。俺はラッキーだった。密かに他のゴブリンを手に掛け、進化ポイントを溜めレベルを上げた。
周りが馬鹿だから、仲間が何人やられようと気にするものは現れなかった。そしてある程度レベルが上ってからリーダーも倒した。
それから俺は迷宮の攻略を続けながら、ついにあの泉を見つけ、ゴブリンからダッシュゴブリンに進化した。
だがそこで思いがけない出会いがあった。あいつだ、妙な剣を持ったあいつ。直接面識は無かったがそれでもすぐに判った。
こいつも俺と同じだと。だが、俺は念話や言語理解をとっていなかった。正直ゴブリンなんかと一緒にいる時はそんなもの必要ないと思ったからだ。
だが、あいつはなぜかこっちの言語を使っていたから、俺には理解が出来なかった。
ただ、どちらにしても俺はこのままではいられないと思った。俺がゴブリンというのもあるが、こいつとは相容れない何かを感じた。
それにアレの言っていた通りなら、境遇が同じだからこそ協力は望めない。いずれ殺る必要があるなら早いほうがいいだろう。
そう思って襲いかかったのだが――奴は強かった。俺よりも戦いなれしている気がしたし、素早さでは明らかにこっちに分がありそうだったが、それ以外の面で不安があった。
俺は引き際は弁えている男だ。だからその場は逃げ出した。その途中であの剣士の強さの秘密が判った。どうやらゴブリンロードを倒したらしい。
それほどの腕があるなら確かに勝てるわけがない。だが、俺は幸運だった。ゴブリンダッシュになったおかげであの谷のような足場を飛び越えることが出来たからだ。
こうしてなんとかその場は逃げ延びたが、悔しさはあった。俺だって負けて何も思わないわけじゃない。
だが、指針にはなった。アレを倒すためにレベルを上げる。ついでに何体かのゴブリンの懐柔した。
ゴブリンには強い仲間に従うという習性がある。おかげでゴブリンを従えしものという称号も手に入った。
それを利用して、あの時も部屋に先にゴブリンファイターを含めた数体を向かわせた。しかし、戻ってくる気配がなかったので警戒して後に続いてみれば、あの剣士がいた。
だが、今度は自信があった。あれからレベルも上がったし、スキルも覚えた。
実際、二度目の遭遇戦では俺の方が有利だった。宝箱から手に入ったナイフもあったし確実に勝てる戦いだと、そう思っていた。
だが、ギリギリのところで見誤った。勝ちを急ぐあまりあんな古典的な策に引っかかってしまうとは――思い出すだけで悔しさがこみ上げる。
しかも躱したと思った斬撃から、追加の飛び道具があったとは――まさにあれは窮鼠猫を噛むの一撃。追い詰めたはずが一瞬にして追い詰められた。
あの扉が外から鍵をかけられる事に気がついていたから良かったが、そうでなかったらどうなっていたか――
だが、もう俺は同じ轍は踏まない。三段階目の進化も終え、レベルもかなり上がっている。
その上で、アレが上手くいけばこの迷宮の支配権も手に入るはずだ。
そうなればもう、あの剣士に負けることはない。そしてあいつを倒して進化の欠片を手に入れる。そう俺は絶対に、この進化を賭けた戦いを、生き残ってみせる――




