第六十五話 触手!
レッドオクトパスは思ったよりも厄介な相手だった。基本レッドオクトパスは4本の触手を直接攻撃に、残り4本の触手であの炎の礫を発射するという戦い方を繰り返す。
しかもあの触手はただ鞭のように振り回すという戦い方ではなく、ミラに触手を絡ませ締め付けるという攻撃までしてきた。
ん、あ――と喘いでいるミラに、何か妙な感情が沸き起こるのを感じたのは内緒だが――とりあえずそれはなんとか腕を抜いたミラが片手で器用に燕返しを発動させ触手を一本切り離した事で逃れる事が出来た。
とは言え、これで剣での攻撃は十分に有効だというのは判った。しかも触手はそこまで丈夫じゃない、一本ずつ切り落としていけば――と、そんな事を考えた俺だったんだが。
「しょ、触手が再生してるよエッジ!」
そう、切ったはずのタコの触手はしばらくすると完全に再生してしまった。これには少々驚き、しかも直前に考えた作戦が意味を成さないことを思い知る。
きっとミラにも動揺が――
「凄いよ! タコの脚が食べ放題だよ!」
うん、全く見られなかったね。発想が斜め上をいってたよ。
『ミラ、食べることを考えてる場合じゃないぞ。そのおかげで触手を減らすことが不可能になってしまってるんだから』
「あ~確かにそうだよね~」
遠距離から放たれる炎の礫を避けながら、わりと呑気な口調で言う。緊張感!
「でもね、僕思いついちゃったんだ、いい手をね!」
いい手? さっきもそう言ってたけどミラは結構突飛な手が多いんだよな。
でも、そのせいか意外性があって有効そうなのもあるしな。
『ここは、ミラの手にかけるしかないか』
「うん! 任せてー!」
するとミラは、壁を蹴り、そしてもう一方の壁に飛び移って、て!
『それさっきと同じだろ!』
「え? 違うよ~まあ見ててよ~」
ミラはそう言いながら、やはり触手の間合いから外れた位置まで壁ジャンプで上昇する。
そして少しずつそこから接近する。そこまではいいんだが、多分そこからあの炎の礫が飛んで来るぞ。
そしたらこの移動方法じゃ避けられない筈だが――
「うん! ここだね!」
だが、そんな中ミラは突然声を上げながら手をかざし、そしてあの水の泡を手から出した。
へ? そんなものどうする気だ? と、思った瞬間、なんとミラは自ら泡の中に入り込んでしまった。
て――
『は? この泡、ミラも入れるのか?』
「うん、そうみたいだね~ちょっぴり賭けだったけど」
賭けかよ! つまり確証なかったのかよ……相変わらず無茶だなミラ。
だけど――
『これだとミラ動けないだろ? まさかこの泡に乗って移動するのか? でも、これ遅いぞ?』
「大丈夫だよ、ほら」
そう言ってミラが指差した方向から、あの炎の礫が迫っていた。
おい! ヤバいだろ!
「あの蟹のと一緒なら、この泡は一度は攻撃を防ぐ!」
だが、俺もそれを聞いて思い出した。確かにあの守り蟹という魔物は、この魔法を盾代わりにも使っていた。
だから――ミラの予想したとおり、着弾と同時に泡は弾け飛ぶがミラにダメージはない。
しかもミラは、弾けるタイミングを見て泡を蹴り向こう側の壁に移動した。
あのレッドオクトパスという魔物は、触手を活かした攻撃が中々多く、結構厄介ではあるが、しかし頭はそこまで良くない。
つまりミラが泡の中に入った時点で、そこに向けて炎の礫による攻撃を集中させてきた。
だから、上手くタイミングさえ合わせれば、相手の攻撃を誘発させた上で全て躱すことが可能ってわけだ。
しかも泡も活かすことで、あのタコはミラのトリッキーな動きに思考が一瞬追いつかなくなる。
結果次の行動が遅れる分、ミラの移動距離も稼げる。
結局ミラはレッドオクトパスの攻撃のタイミングを完全に読みぬき、腕輪の力で生み出された泡を上手く使い、その距離を縮めていく。
そしていよいよレッドオクトパスの頭上近くに到着した。後はこっから自由落下に任せて攻撃を加えつつ、一気に接近戦に持ち込めば――
きっとミラもそう思ったのだろう。最後の攻撃を泡を使って回避し、一気に落下を始める。
これであと少しで攻撃を加えられる間合いに入る――そう思った瞬間、真っ黒の闇が俺たちの視界を覆った。
「え? なにこれ?」
『もしかしてこいつ、墨を吐いたのか?』
そう、それはまさに蛸墨。しかもかなりの濃度であり、しかし自由落下をし始めていたミラは避けようもなく、黒い墨の中に飛び込んでしまった。
当然、視界は真っ黒だ。これでは何がどこにあるかわからない。
ただ、こんなものを撒いたところで、レッドオクトパスの位置は判ってる。
攻撃する分には特に問題ないと思ったが――しかしその瞬間、けたたましい音が辺りに鳴り響いた。
良くは見えないが、鞭のような物が俺とミラの目の前をビュンビュンっと飛び交っているのが判る。
まさか、これ触手か? そうか、この墨は恐らく放出したタコ自身の視界も奪うのだろう。
だからこそ闇雲に触手を振り回しているわけだ。なんてやつだ、恐らく横の壁にも何発か当たってるな。パラパラと何かが崩れる音が聞こえてくるし、触手の叩きつける音も辺りから聞こえる。
『ミラ、相手は無茶苦茶に触手を振ってる。気をつけろ、ってどうかしたかミラ?』
ふと思う、ミラの様子がおかしい。何か動きが鈍くなってるというか……。
「はぅん、それが、この墨やたらベトベトしてるうえ身体にまとわりついてきて、気持ち悪いし、動きづらいよ~」
は? 本当かよ! この墨、そんないやらしい効果もあったのか!
「キャッ!」
しかもそんな事してる間に、触手の一本が遂にミラの身体を捉えて巻き付き、上空へとその身を持ち上げた。
「ふぇえぇん、なんかベタベタした液体を掛けられて、触手攻撃なんて散々だよ~はう! そ、そんなにキツくしたらおかしくなっちゃうよ~」
お前一体何を言ってるんだよ! 言葉のチョイス!
くっ、落ち着け俺。あくまで男、男だ、とにかく!
『ミラ! 俺を持ってる腕は抜けてるんだから、それで反撃しろ!』
「あ、そうか! よし! 燕返し!」
ミラが触手を切った。墨で鈍くなったとは言え、切れ味に衰えはないな。
しかも触手が墨の外側まで伸びてくれたおかげで、範囲から逃げ出すことが出来た。
ミラはシャワーの魔法で一生懸命レッドオクトパスの墨を洗い流してる。
「うぅ、気持ち悪かったよ~」
『散々だったな。ところでミラ、HPの方は大丈夫か?』
「うん、あの触手で巻きついてくるの、徐々にダメージを受けていく感じだから、すぐに脱出できればそこまで、でもMPは結構減ったかも……残り64だよ~」
64か、また随分と減ったな。さて、こっからが問題だ。墨は大分霧散して、レッドオクトパスの姿も顕になってきたが、再びあの墨を吐かれたら面倒だ。
近づくまでは上手く言ったのにな、しかもMPが減ってるから、あの泡もそう何発も生み出せないだろう。
やばいなここまで来て手詰まりに近いぞ。レッドオクトパスも視界が塞がるから、触手の精度は下がるけど、墨が絡みつくとミラの動きが鈍ってしまうという問題がある。
せめて、あの墨さえ何とか出来ればな。
……それにしても改めて見ると、周囲がひどい状況だな。やたらめったらと触手を振り回すものだから地面や壁の一部が破壊されている。墨の中で聞こえた音も予想通り壁の一部が――
『そうだ! ミラ、これはなんとかなるかもしれないぞ!』
「え? 本当? 今度はエッジ何か思いついたの?」
ミラが再び発射された炎の礫を避けながら確認してくる。だから俺はミラに説明した。
「そうか! 流石エッジ! それじゃあ早速――」
そして再びミラが作戦を決行する。問題はMPが持つかどうかだが――杞憂だった。ミラは一度目で相手の攻撃パターンを読み切っており、上手いこと壁にぶら下がるという行為も織り交ぜながら、魔法の消費は極力抑えて、そしてさっきと同じようにレッドオクトパスの真上に近い位置を陣取る。
そして自由落下を始めたが、ここまではさっきと同じ、だが、触手の範囲に入ったと同時に俺を突き刺し壁にぶら下がった。
レッドオクトパスは墨を吐き出しそうな様子もあったが、ミラの行動に一瞬戸惑い。
だが、頼む、来てくれ! と俺が願ったその直後、触手と炎の礫の集中砲火。
そして俺もミラもこれをまっていた! ミラはすぐさま壁から俺を抜きつつ反対側の壁に移動。すると当然触手や礫は壁の一点にぶち当たる。
すると何が起きるか――答えは、落石だ。
そう、さっきレッドオクトパスが触手を振り回していた事で気がついた。壁に触手が当たっただけで壁が崩れるなら、大量に攻撃を集中させれば、きっとこうなる。
しかも俺がミラに指定した位置は、落石で丁度レッドオクトパスの頭が塞がれる位置。墨を吐き出す位置に重なる。
これによってあのレッドオクトパスはもう墨を吐き出すことは不可能だ。おまけに思ったより大量の落石が発生し、目の部分も塞いでしまった。
『よしミラ! いまだ!』
「うん、判ったよ!」
そしてミラはその後、暴走して振り回される触手を上手く躱しながら、俺を使って見事レッドオクトパスを解体してみせた。
――進化PTを40得ました。
――経験値を260得ました。
――レベルが上がりました。
おお! おかげでミラのレベルも上がったようだな――




