第四十二話 薬師の店
ミラはあの後、元の空洞へと戻り、逃げられてしまったゴブリンがいないか? と探して回ったが、すでにどこかへ身を隠してしまったのか影も形も発見できなかった。
「ごめんねエッジ、見失っちゃったみたいで……」
『いや、仕方ないさ。まさかあそこであんな器用な真似が出来るとは思わないしな。そう考えたら俺の判断ミスもあったのだし』
どことなくしょんぼりとした様子のミラに励ましの言葉を掛けてやる。
『それに、なんとなくだけど、あのゴブリンとはまた会うことになると思うんだ。しかもそんな遠くない内に……そんな予感がする』
「そっか……うん、じゃあその時までに腕を磨いて置かないとね!」
ミラが目と声に力を込めて決意を表明する。確かに、正直負けていたとは思えないが、かといって確実に勝てると言えるほど弱い相手でもなかった。
いや、ちょっとした油断、慢心、そしてミス、そのどれがあったとしても殺られる可能性のある、そんな相手だ。
そういう意味では正直ゴブリンロードよりも厄介で強敵だろう。しかもその上で、あのゴブリンはまだまだ奥の手を隠しているような、そんな雰囲気さえ感じるのだ。
とは言え――見つからない相手をいつまでも気にしていても仕方がないのも確かだ。
だからここはまたあの泉のあった場所まで引き返すことにする。
そして改めて泉の前に立ち、ミラが澄んだ泉の水で喉を潤した。
「あ、これ神秘の泉だね。なんか飲むとす~っと疲れた取れていく感じがするし」
え? と思わず俺が念で発す。いや、もしかしたらという思いはあった。こんなところに泉があるのも妙だし、雰囲気が最初にみた泉とも似ていた。
だが、だからこその懸念。そして最初にあれをみて妙な気がした理由が判った。
『ミラ……やはりあのゴブリンはただのゴブリンじゃなかったみたいだな』
「え? どうして?」
『忘れたのか? この泉は――』
俺がそこまで教えると、あ!? とミラが声を上げる。どうやら気がついたみたいだな。
「そっか、神秘の泉の近くにはゴブリンは近寄れない……」
『そう、それにこれはゴブリンというより魔物が近づけない作用があるんじゃないかと、俺はそう思ってる。どっちにしろ、その泉の近くにいても平気な顔をしていたあのゴブリンはやはりただのゴブリンじゃないってことだろうな』
真面目な顔でミラが頷いた。そして、もっとレベルを上げないとね、とも言っていた。今回は色々課題が増えた戦いだったな。
まあ、それはそうとして、ミラは俺を背中に戻し、泉のあった場所から更に奥へと進む。
やはり泉の影響か、この当たりには魔物がいない。
そして――奥には何か薬の瓶のようなものが刻まれた看板が掲げられている木製の扉があった。
……なんか初めてドゴンの店を見た時の事を思い出した。そしてこの雰囲気からして、恐らくここがドゴンやボックルの言っていた薬師の店なのかも知れない。
「お邪魔します――」
とにかく、看板と扉だけ眺めていても仕方ないので、ミラはひと声かけて店の中へと足を踏み入れる。
扉を閉めると、意外にも中は床から天井、壁まで木製の作りであった。
いや、一見すると珍しくもなさそうに思うけど、洞窟の中にある店として考えると妙な感じもする。
そして壁に沿ってやはり他と同じように木製の棚が並び、棚の上には様々な薬が並んでいた。
なんか不気味な色合いの薬があったりして、さらに何かの目玉みたいのや腸やムカデ、蛇なんかが液体と一緒に瓶詰めにされたのまである。
しょ、正直不気味な気配さえあるな。ミラは平気なのか? と思って様子をみてみたけど、むしろ興味津々で瓶を手にとって眺めている。
なんとも逞しいな。
『ミラ、ちょっとここ妖しくないか? 何かいかにもって感じの鼻の長い老婆が出てきそうな気さえするよ』
「はは、エッジってば面白いね~そんな店主なら逆にみてみたいかも」
な、なんかくすくすと笑われてしまった。そんなに変なことを言ったか俺?
で、そんなやり取りをしていると店の奥――そう、ここもドワーフの店と同じように奥に別の部屋があるようなんだけど、そこからパタパタという軽快な足音が響いてきたわけだけどな。
「いらっしゃいなの~~お客様は大歓迎なの~」
妙に明るい声が俺やミラの耳に届く。
……そう、声だけが。でも姿が見えない。どうも声は正面に見えるカウンターから聞こえてきてるようなんだが。
「んしょ、んしょ――」
うん? 何かガタガタって音と、妙な掛け声みたいなのが聞こえてくるけど――
「見えたなの! わ~いわ~いなの~」
すると、カウンターの奥にまずぴょこっと白い髪の毛の頭が半分覗かれ、そして何か台のようなものに乗ったのか、ようやく腰から上が姿を見せた。
かと思えば嬉しそうにその場でぴょんぴょん跳ね始めた。なんだこの愛らしい生き物は?
「嫌だ可愛い、お人形さんみたい――」
ミラもその愛らしさにやられたようだな。うん、確かに人形みたいだけど、なんというか幼女って感じだな。うん可愛らしい幼女。
いや、別にそんな変な目でみてるわけじゃないけどね! ただここんところ、というかもう目覚めてからずっとだけど、ゴブリンだ、蜘蛛だ、蜥蜴だ、と殆どそんなのしか見てないから余計癒やされそうになる。
で、この幼女、頭は白い髪で、前髪をパツンっと切りそろえ、横髪は揃えて、どことなくキノコを思わせる髪型。
目は大きく、くりくりっとしていて、背は、うん、小さいね。そしてどうみても幼い。肌も白くてなんかぷにぷにしてそう。着ているのはチュニックで髪の毛と同じく色は白だな。
「そうだ! お客様初めましてなの~あたし、この店の店番担当、テラピーなの!」
そう言ってペコリと頭を下げた。その仕草すら可愛い。俺、剣じゃなかったら抱きしめちゃいそうだ。
「うん、小さいのにえらいね~」
「あ~子供扱いしたなの! あたしはもう大人なの! 大人の女なの!」
腕を組んでぷく~っと頬を膨らませた。子供扱いされるのが嫌な年頃なのかな?
「あ、ごめんねテラピー。それで貴方がこのお店の薬師さん?」
「違うなの! あたしは店番担当なの! 薬師は――」
「テラピー、誰か着ているのかい?」
「うん! おばあちゃんお客さんなの~初めてのお顔なの~」
すると店の奥から別の声。その声はこの幼女と違って、それなりの年齢を感じさせるものだった。おばあちゃんと呼ばれるだけあるな。
てことはこの子は孫なのかな?
そして、テラピーとの簡単なやり取りの後、奥から声の主と思われる人物が姿を見せるんだけど――で、でけぇ……これでおばあちゃんなのか?




