表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

第21話「食」

 


「なんだ、腹減って部屋から出てきたのか?」


「……いちいちうるさい」


「否定はしないんだな」


「…………」


 ミスラは俺の言葉を無視し、一人でツカツカと台所に歩いて行く。台所に入るとキョロキョロと辺りを見渡して、台所にあるはずの何かを探しているように見えた。キョロキョロと視線を動かして、探し物が見つからなかったのか、やがて視線は俺に注がれる。


「そんな熱っぽい視線送られると、ときめいちゃうんだけど」


「うるさい黙れ。……私のパンを何処にやったか答えろ」


「なに? 俺は黙ればいいの、それとも答えればいいの? 」


「答えろ」


「…………鍋の中だよ」


 そう言うと、ミスラは台所にある鍋の蓋を取って中を覗く。と、すぐに台所が出てきて冷徹な表情で俺に詰め寄ってくる。

 無言で繰り出される、顔面へのゼロ距離グーパン。


「危ねえッ!!」


 首を捻り、間一髪のところでグーパンを躱した。

 無言で詰め寄って来ている時点で、こいつ殴ってくるだろうなぁ、と予測を立てていたおかげだ。

 怒りを乗せたグーパンを躱された当人はと言うと、


「…………ちっ」


 と、舌打ちして俺に鋭くて熱い視線を向けている。

 暫しの間、一歩でも動けば顎を撃ち抜かれかねない殺伐として空気が張り詰め、やがてミスラはおもむろに右手を振りかぶった。鋭くて熱い視線は一直線に俺に向けられたまま、瞳で俺に「殺すぞ」と訴えかけている。やべぇ、殺される。純粋な恐怖に、俺の脳内に危険信号が走る。


「おい待て! 殴ってばかりじゃ誰も救われないぞ!」


「少なくとも私は、スカッとした気持ちになれる」


「やめろ……ッ! やめるんだ!」


「いちいち騒がないで。……潰す」


 潰すってなに⁈


「や、やめ…………ッ! いやだぁ! ぁああ……ッ!」


 俺の必死の呼びかけも虚しく、再び俺の顔に向けてミスラはグーパンを繰り出した。風を切る勢いのよい拳が、一直線に俺の顔面に飛んでくる。一見、当たったら軽い怪我では済まなそうな一撃。鼻の骨ぐらい簡単に粉砕してくるだろう。

 が、俺はその拳を難なく右の掌で受け止めた。


「くっはは、うっはははは! あれ? なんだよ、こんな弱っちい拳で誰を潰すだって? もう一回言ってみぃ?」


 さぁ煽れ、煽っていけ。ミスラが煽り耐性が低いのは、過去に勇者を馬鹿にした時に実証済みだ。


「……ッくっ!」


 ギリギリと歯を食いしばり、ミスラの俺を睨みつける視線は更に鋭くなる。くくく、効いてる効いてる。

 ミスラは軽く舌打ちすると拳を握りしめ、突然殴りかかってくる。狙いはもはや顔面ではなく、俺の体全体。おそらく、一撃にとどまらず二撃、三撃と拳を入れてくることだろう。

 怒らせすぎたか? ノンノン、まだまだいける。



「……潰す。絶対に潰す。殴り蹴り潰す」


 勇者の言葉とは思えない物騒な言葉を吐きながら、鬼の形相で拳を突き出してくるミスラ。に対して俺は、うまく怒りを買えそうなニヤけ顔を顔面に貼り付けて、ミスラに相対していた。


 腹に繰り出される初撃のボディーブローを、俺は右の掌で払いのけ、続けざまに繰り出された左のフックを上体を反らして躱す。三撃目として繰り出された胴への中段蹴りは、左腕を盾にして防いだ。


「……そんな攻撃で、よく俺を潰すだなんて言えるなぁ? えぇ?」


「うるさい黙れ! …………んなっ⁈ ちょっと! 離して!」


 罵倒と同時にくりだされミスラの右拳を左の掌で受け止め、ミスラの拳を覆うようにキツく五指を閉じた。ミスラは腕を思いっきり引いて逃れようとするが、俺は離すまいと更にキツく指に力を加えた。俺は黒いまなざしをミスラに向け、絶対に逃さないと目で訴えかける。少なくとも、俺の話を聞くまでは逃さない。


「……シェストと夕飯食ってる時に聞いたよ、お前北の森でぶっ倒れてたんだってな」


「…………」


「今までうまくやってきたお前が、どうして北の森でぶっ倒れてたんだ? うまくゴブリンの野郎に出し抜かれたか? それとも栄養不足か? 腹減ってたのか?」


「…………」


「まあ、言いたくないなら何があったのかは聞かない。だけど、万全の状態じゃないのは事実のはずだ。そりゃ、そうだろ。今まで飯をどうしてたかは知らないけど、毎日パンしか食ってないお前の健康状態が良好なわけがないんだから」


「……何が言いたいの?」


「俺の料理を食え。……まぁ、今日のは香辛料と調味料と、なんか残ってた野菜を少し入れただけだから、栄養そんなないかもしれないけど」


 それでも、パンなんかよりは腹がふくれるだろうし、素朴なパンよりかは旨いだろうし、食べやすいはずだ。それに今日の料理は、俺と出会う前のミスラがよく食べていた料理。一回鍋を開けたのなら、ミスラだってそのことに気がついてるはず。そもそも、俺と出会ってから今までパンだけでよく切り抜けられたな⁈


「……この前、私のこと馬鹿にして、お前にはもう優しくしてやらないって言ってた奴が言うとは思えない言葉ね」


「その件は悪かったと思ってる。腐れ勇者って馬鹿にしたのも撤回する。そして、その上で俺はお前に再度言うよ」


 さあ、ここが一番の煽り所だ。

 ここからが一番の正念場だ。

 気合いをいれていけ。



「お前は馬鹿だ」



「……………は? 何言っ……」


 反射的に左の拳を振り上げ、今にも飛びかかる勢いのミスラを空いている右手で制して、俺は話を続けた。


「馬鹿にされたくないんだったら、お前が今するべきことは毎日健康的な飯を食って、力をつけて、町のみんなを守ってやることだろ。それが出来ずに、馬鹿にされたくないってなんなんだよ」


「……んなっ⁉︎ うるさい。うるさい! あんたに私の何がわかるって言うのよ!」


「何もわからんさ……」


 あっけらかんに俺が答えるとミスラは更に憤りを覚えたらしく、力尽くで俺の拘束から逃れると、両手を使って今にも俺の首を絞めてきそうで、というか首を絞められかけているわけで……。俺の嫁怖いよ、怖すぎるよ。必死に俺の首に向かうミスラの腕を受け止めているが、怒りを買いすぎたのか、さっきより格段にパワーが上がっていていつまでもつかわからない。


「……だけど俺は知ろうとしてる。なのに、お前は俺を自分から遠ざけようとする。あの手この手で俺に悪態ついて、無理矢理俺を自分から遠ざけようとしてるように見える」


 俺のことが嫌いなら、俺に嫌がらせをすればいい、なのにミスラはそれをしない。常に受け身の姿勢で、俺がなにもしないとミスラはなにもしてこない。そんな中、ミスラが俺にしてくるのは、いつだって嫌がらせではなく、弱々しい拒否だった。

 自分の中に踏み入れさせないように、常に俺から距離を置いて、俺が近づいてくればソレを拒否して遠ざかるの繰り返し。


「…………」


「その所為で、お前についてのことは周りの奴らに聞くしかなくて、お前について、勇者についてのことはよくわからない。知ってるのは、お前がゴブリンと戦ってるってことぐらいだよ」


「…………な」


「どうせゴブリンに出し抜かれたんだろ? ただ、それを咎めるつもりなんてない。なにも俺はお前に完璧を求めてるわけじゃないからな。お前だって人間なんだから、失敗する時だってあるだろ。俺が許せないのは、お前が最善を尽くしてないことだ。どうせ失敗するなら、最善を尽くした後で失敗しろよ」


「…………なん」


「最善を尽くさずに、なにが勇者だ。だから最善を尽くせ。その為だったら、俺はなんでもしてやる。お前を支え尽くしてやる」


「…………なんで?」


 ゆるゆると、ミスラの腕に入る力が弱くなっていく。そんな弱々しいミスラの顔を見てみれば、困ったような、純粋な疑問の表情を浮かべていた。


「家族だからって理由じゃ……駄目か?」


「…………ぁ」


 ミスラの腕から力が抜け、だらりと落ちる。

 俺の視線に気づくと、ミスラは顔を背けた。

 顔を背ける間際に見たミスラは、涙を流していた。


「…………少し夜風に当たってくる」


 逃げるように、俺はその場をあとにした。




  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 一人で夜道を歩き、数日前初めてナナと出会った広場に辿り着いた。木に背中を預けて、ふぅ、と一息ついて空を見上げる。

 今日も素晴らしい星空だこと。


「…………今日の俺は、及第点かな」


 星空を見上げつつ呟くと、


『一歩間違えれば、すごく嫌われてたよ』


 誰に問いかけたわけでもない俺の呟きに、可愛らしい少女の声で返答が返ってくる。星空を見上げてあ視線をゆっくりと下に降ろすと、案の定と言うべきか、銀髪の可愛らしい少女がいた。


「やっほー」


「よお」


「……ちょっとこっちに来てしゃがんで」


「ん? いいけど…………のぉあッ!」


 ズズンッと背中に衝撃が走り、俺の首に腕が巻きついてくる。そして背中には人(女神だが)の温もりがじんわりと伝わってきた。


「少し歩こうよ」


「…………歩くのは俺だけどな。……どっこいしょっと」


 女神を背負って立ち上がり、俺はおもむろに歩き始める。町をぐるっと一周するような感じで、最終的に我が家に着くように歩くとしよう。あまり帰りが遅くなるのは、明日の朝に響きそうでよろしくないことだしな。


「……いつから見てたんだ?」


「えっとー、ソーマが『お前は馬鹿だ』って言ったところからかな。あんな風に言わないと気持ちが伝えられないとか、ソーマは不器用すぎるよ。ダメ男だね、ダメ男」


「……はいはい、ダメ男でわるかったな」


「んなッ⁈ ち、違うよ、ソーマはダメ男じゃないよ! 今のは否定するところだってば!」


「なんなんだよお前は……。というか、足をバタバタさせるな」


 こんな感じのよくわからん女神を背負って歩いていると、俺がよく通う商店通りにまでやってきていた。町の店は軒並み七時閉店の為、灯りがついている店はない。周りの町民の家の灯りも消えていて、この時間帯になるとだいたいの人が就寝しているようだ。

 夜更かし大好きっ子の俺は、まだまだ余力が残っているけどな。


「……そういや、傷を治してくれてありがとうな」


「お安い御用だよー。僕にかかれば一発で完治だからね!」


「下界には不可侵なのに大丈夫なのかよ」


「……くく、バレなきゃ犯罪じゃないんだよねぇ……くくく」


「お前なぁ……言っとくが、愚痴はもう聞いてやらないからな。そのつもりで」


 上司にバレて説教されて、俺のところに愚痴を溢しにくるのはもう御免被りたい。愚痴の一つや二つなら聞いてやってもいいが、こいつの場合一つや二つじゃ足りないから困ったものだ。


「……うぇえ⁈ 今日も愚痴を聞いてもらおうと……」


「それは残念だったな。現在、俺の相談窓口は無期限休業中だから、愚痴は鏡の中の自分にでも言ってくれ」


「……酷すぎる! 極悪非道だよぉ!」


「悪いな、現実はいつだって残酷なんだ……って、勝手に俺の肩を揉んで奉仕しても俺のスタンスは変わらないからな」


「くぅ! 酷いよ、酷すぎるよぉ! ぅううう……泣いちゃうよぉ……、うっうっうっ」


 ……嘘泣き下手すぎだろ。酔っ払いがえずいてるみたいになってんぞ。まあ、あとで少しくらい聞いてやらなくもない。


「……わかったよ。あとで少しぐらい聞いてやるから、その下手な嘘泣きは止めてくれ」


「わかった!」


「ならとりあえず、先に俺の質問に答えてくれるか?」


「……ぬぅ。……ぬぬぬぅ」


 露骨にテンションが下がったが、渋々といった感じで銀髪の女神は「……わかった」と了承する。心なしか、俺の首に巻きついている女神の腕がキツくなった気がした。


「お前はさ、どうして俺を選んだんだ?」


「どうしてって?」


「……ヒーロー願望があるだとか、正義感が強いだとかってだけじゃ、俺である必要ないだろ。俺以外にも、そんなことを望んでる奴なんて腐る程いる」


 そうだ。ヒーローになりたい、英雄になりたい、なんてのは年頃の男なら誰だって一度は夢に見る。かっこよく誰かを救う、誰かに手を差し伸べる、誰かを守る。こういったのは、よくある少年漫画の王道で、少年漫画に影響されやすい夢見がちな少年なら、一度はヒーローになった自分を妄想する。年を重ねて青年になれば、今度は大人びたダークサイドで生きるヒーローに憧れるようになる。


 それが、男という生物なのだ。

 かっこよく生きたい、そう願ってしまうのが男なのだ。

 つまり、俺である必要がない。

 適当に選んだと言われたら、それまでの話だが。


「っで、どうなんだ?」


「そんなの、何度も言うように君に幸せになってもらいたいからだよ。他の誰でもないソーマに、幸せになってもらいたいから。そして、僕のエゴ」


「……それが、さっぱりわからねえよ」


「わからなくていい。むしろ、わからない方がいいかな」


「なんだよそれ」


「兎に角、僕はソーマの幸せを望んでる。だから、もう無茶はしないで。いくら傷を治してあげれるとは言え、傷ついたソーマの姿はもう二度と見たく、ないから……」


「俺に力を渡した奴が言うセリフじゃねえな」


「ほんと、どうして渡しちゃったんだろうね……」


 ぎゅうっと体が締め付ける力が強くなり、背中越しだというのに女神の心臓の拍動を感じるくらい、惜しみなく身体が密着する。

 女神の言葉を最後に会話は途切れ、町民が寝静まり閑散とした町の静けさと共に、沈黙は続いていく。

 そんな沈黙の中歩くこと数分で、我が家の前に到着した。


「もう着いちゃったか、今日はこの辺で帰るよ」


「そうか、じゃあな」


「バイバイ」


 背中にかかっていた体重が消える。


「……行ったか」


 女神が去ったことを確認してから、鍵を開けて我が家の中に入った。どの部屋の明かりも消えているようで、家の中は真っ暗だった。

 まっすぐリビングに向かう。明かりつけ、視界を確保してから俺は台所に入った。今日の夕飯で使った食器を洗わないといけない。


「…………うん?」


 洗っていない食器が三枚あった。

 二枚は、俺とシェストのだとしたら残り一枚は? などという簡単な問いに気がつかない俺ではないが、念の為に夕飯が入っている鍋を確認してみる。


「……残り全部食ったのかよ、腹減りすぎだろ」


 鍋の中はからっぽだった。


「とりあえず、少しは前に進めたかな」


 次第に自分の顔が笑顔になっていくのが分かる。

 ミスラが見ていたとしたら、気持ち悪いと一蹴されそうなにっこり笑顔だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ