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第19話「終戦」

 

 シア・アレスタは町長の家にいた。シアだけではない、シアと門番の中年男性の呼びかけで、町長の家には町民の半分が集まっている。町長の家はある程度広く一階と二階がある為、町民の半分が押しかけてもそこまで苦しくはない。


「どうして、助けに行かないんですか! 今、ソーマさんは一人で戦ってるんですよ⁉︎ 助けに行かないと、ソーマさんが死んじゃうかもしれないんですよ⁉︎ なのになんで! なんで助けに行かないんですか!」


 シアは必死な形相で町長に訴えかけていた。普段から大人しいシアの変わりぶりに、町長は少々面を食らった顔をしたが、すぐに真剣な眼差しに戻る。


「……今この場には、あいにく戦える者は一人としておらんのだよ。わかっておくれ、シア」


「わっかんないよ…………ッ!」


「……シアよ、大人になりなさい。我々が彼を助けに行こうと、それは犠牲を増やすだけなんだ。私は町長として、町の者を守らねばならない。戦える者ではない町民を戦地に送るわけにはいかないのだ。そして、これは言うべきことではないが、彼はもう死んでいる可能性の方が高い。助けに行くのは……無駄足だ」


「無駄」という言葉が町民の口からでた瞬間。

 プツンと、シアの中で何かが切れた。


「だからッ! それがわかんないって言ってるの…………ッ!」


 大きく声を張り上げるシアの瞳からは、とめどなく涙が溢れ出ている。瞳孔が開く程の怒り、そして悲しみが胸の中を満たしていた。やがて怒りと悲しみは、シアの許容を超え、くつくつと小さな笑いがシアの口から漏れ出す。


「…………みんな、ソーマさんが死んでもいいって思ってるからなんでしょ?」


「……シアよ何を言って?」


「表面上はいい顔しても、本当はソーマさんのこと町の仲間だなんて思ってないんでしょ? だから見殺しにできるんでしょ? そうなんでしょ?」


 シアは半分壊れかけていた。怒りと悲しみ、そして後悔。

 責任感が人一倍強いシアは、まず第一にソーマを見殺しにした自分が許せなくて、今すぐに自分を殺したい程憎んでいた。どこの家庭にも置いてありそうな包丁を使って、自分の喉を掻っ切ってやりたい。


 だが、それをソーマが望んでいないことは、ソーマに守られたシア自身が誰よりも理解していた。だからシアは僅かな望みに賭けて、ソーマを助けに行こうと思ったが、それさえも町長に突っぱねられた。


「……私、一人で行けばいいか」


 不意に、ぽつりと口から漏れる。その瞬間、駆けていた。

 自分一人が行ったところで、意味なんてない。それこそ、町長が言ったように無駄な犠牲となるかもしれない。まだ戦っているソーマの重荷になるかもしれない。


 だが、そんなことは全部どうでもよかった。

 責任感が人一倍強いシアにとって、見殺しにしてしまったソーマの近くに、どんな形であれ自分がいないことが何よりも許せなかった。


「……待ちなさいシア!」


 そんな町長の声は、シアの耳には届かない。




 シアが全力で走っていると『ぅおおおおおおおおおおおおッ!』というゴブリンの声ではない、聞き慣れた人の雄叫びがシアの耳に入ってきた。


 まさか、とシアは心中で呟き、声のした方に向かってひたすら走る。そして、ひたすら走った先に少年はいた。


 服はズタズタに引き裂かれ、破れた服の下から見える青く変色した生々しい痣と、流血している幾つもの傷口。

 見ているだけで痛々しく。思わず目を背けたくなるような光景。

 その筈なのだが、シアの視線はその少年に注がれ続ける。

 まるで幽霊でも見ているかのように、目を丸くして。

 次第に口元は、弧を描いてゆく。


「よかった……ソーマさん」


 少年は生きて、今尚醜悪な緑の魔獣と戦っていた。

 ボロボロになりながら、守りたい者を背にして戦い続ける少年の姿に、いつしかシアは昔読んだ御伽噺の英雄を思い出していた。


 少年の背が、御伽噺の英雄に重なる。


「銀の……英雄……」




  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「ぅおおおおおおおおおおおおッ!」


「ィギアアアアアアアアアッ!」


 俺の右拳が、赤目のゴブリンの鼻っ柱を捉えた。硬いゴムボールを思いっきり殴ったような、それでいて妙に生々しい感触が、指を通じて腕全体に伝わってくる。ああ、俺は今何かを殴っているのだと、そう実感させてくれる。


「ギィギィーッ!」


「ぐがッ!」


 今度は赤目のゴブリンの拳が、俺の脇腹に突き刺さる。軋む肋骨。身体が横にくの字に折れ曲がる。ハッキリ言ってめちゃくちゃ痛い。肋骨というのは、正面からよりも側面、もしくは背中側からのダメージを受けやすいと聞いたことがある。まさか、それを知っているのか?


 と、思っていれば、今度は真正面から俺の腹部を狙って拳が飛んでくる。すぐさま思考を切り替え、俺はゴブリンの拳を払い除け、代わりに俺の拳をゴブリンの腹部に撃ち込んでおく。浅く入ったのか、赤目のゴブリンは大したリアクションもとらず、バックステップで距離とった。


 正直に言うと、ゴブリンが人体をどこまで知っているかなんてことは、そんなちっぽけなことはどうだっていい。そも、知っていたからなんだと言うのか。俺がやることは変わらない。避けれる攻撃を避け、攻撃を入れられる時に攻撃を入れる。ただ、それだけだ。


「ギギギギギギッ!」


 赤目のゴブリンは周りを見渡して唸る。


「どんなに探しても青目はいねえよ。逃げたんだからな、まあ、賢明な判断だったろうさ、なにせ俺は強いからな……って言ってもお前にゃ伝わらないだろうが」


「ギィギィッッッ!!」


 諦めが悪いというのか、魔獣としての本能に忠実なのか、仲間が逃げたと言うのに赤目のゴブリンは逃げる素振りを見せることはない。このままでは、両者共に消耗しきって疲れるだけだというのに、なおも赤目のゴブリンは俺に飛びかかってくる。


 俺は咄嗟にバックステップをとるが、スパッと皮一枚分ゴブリンの爪によって抉られる。


 よくよく見れば、俺の姿のなんてボロ雑巾なこと。折角この町で買った俺のおニューのシャツがゴブリンの爪でズタズタに引き裂かれ、なんとも言えない前衛的なファッションになってやがる。『キャッ! 見えちゃう!』などと言って女の子が着ていたら眼福ものなのだろうが、俺が着てなんの需要が生まれよう。

『ヤダァッ! 見えちゃう!』

 うわぁ……、半端なくオカマくせえ。


「ギィギィッッ!」


「……おっと、そうだな。もう終わりにしよう」


 俺の言葉が通じたのかは定かではないが、赤目のゴブリンは地を駆け俺へと猛進してくる。俺は拳を構え、重心を下げ、眼前から迫る赤目のゴブリンを迎え撃つ。


「ギギギギギィギィッッ!」


 飛び上がり、不快な叫声と共に俺の顔に向かって突き出される赤目のゴブリンの拳。その側面に俺は力強く左腕を叩きつけた。無防備な状態で空中に浮かぶ、赤目のゴブリン。俺は固く握り締めた右拳に全てを込めて、そいつの顔面に向かって、重い一撃を解き放つ。


「終わりだああああああああああッッ!!」


 ゴンッ! という鈍い音が響き、ぐにゃりと形を変えるゴムに近い肉の感触が腕に伝わると同時に、赤目のゴブリンは錐揉み回転しながら数メートル先まで殴り飛ばされ、土埃を巻き上げて地面に倒れる。ビクビクビクと地面に横たわる赤目のゴブリンの身体が痙攣し、腕が空に向かって伸びたかと思うと、その腕は力無く地に堕ちた。もう、動かない。


「終わった、か…………」


 口にすると、どっと疲れが押し寄せてきて目眩が起きた。頭がくらくらする。ただ、その目眩はすぐにおさまり、頭のくらくらも少しの間ですぐに止んだ。と言ってもやはり身体は疲れている。

 俺は疲れた自分の身体を労るように、大の字になって地面に仰向けになった。


「……この調子なら、今から材料を買いに行って、夕飯を作ることもできそうだなぁ」


 今日は何を作ろうか、と俺が考えていると、タッタッタッと軽快な足音が聞こえてくる。


「ソーマさん! ソーマさん!」


 視界に入ってきたのはシアの顔だった。ぽつぽつ、と顔に何かあたる。雨かな? と思っていたらシアの涙だった。不意に、シアの顔が視界から消えた。と、思ったら頭が持ち上げられ、とすんっと、柔らかい何かの上に置かれ、シアの顔が俺の後頭部の方から視界内にスッと入ってくる。……膝枕か。自分より幼い少女に膝枕させるとは、なんて事案だ。


「……ソーマさん、かっこよすぎですよ」


「あはは。ほら、言ったろ? 俺は正義の味方だって。正義の味方は悪には負けねえ、それが様式美で、そこが正義の味方のかっこいいところってわけよ」


「もう正義の味方と言うか、あの時のソーマさんは昔読んだ御伽噺の英雄みたいでしたよ?」


「うん? そんな本も、あるのか。地下図書館、の本なんだろ? 俺も今度、読んでみようかな……」


「今度、また一緒に本を借りに行きましょう」


「……そう、だなぁ……。今度は、ナナも、連れ、ていこう」


 意識が断続的に消えたり戻ったりして、継接ぎの言葉が口から出ていた。じんわりと頭がぼーっとしてきて、なんだか眠い。まあ、あんだけ頑張れば眠くなるのは、至極当然と言ったところか。次第に意識を保っているのも、難しくなってくる。全身に力が入らず、本当に眠る寸前といった感じだ。


「あのさ、シア。……なんだか、俺、すごく眠くてさ。いや、死なねえよ⁈ 死なないけど、なんだか、眠いんだ。……だから眠る前に、俺の頼みを聞いてもらって、いいか?」


「……はい! なんでも言ってください!」






「…………今日のことは、ミスラには内緒だ。町の人達にも言っておいてくれ」





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