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第16話「勇者」

 


「さっきの本はっと……」


 シアとは別行動をとり、俺は先ほど手に取りかけていた本を探していた。【勇者】という単語が使われている本であった為、もしかしたらミスラについて何かわかるかもしれない。そんな淡い期待を寄せつつ、


「おっ、これだったな」


 目的の本を手に取った。

 本の題名は【勇者としての】。目次を見ると、五つの章で構成されているようだった。俺はたまたま近くに設置されていた椅子に腰をかけて、一ページ目から読み進めていくことにした。

 本を読むのは嫌いではないが、学術書などの本を読むのは頭が疲れて少し苦手だった。この【勇者としての】という本が、頭が固そうなガチガチの本でないことを祈るばかりだ。


『愛する人の隣に立っていられなかった可哀想な一人の少女は、全てを捨て勇者になることを決意したそうです。この決意は、固く、とても固く、決して破ることができない呪いであり、誓いであり、贖罪です』


 出だしから、何やらシリアスな雰囲気を醸し出していて、今にも本を放り投げ出したくなってしまった。俺はもっと、ギャグとかコメディとか、そこらへんが好きなんだよなぁ。

 ただ、その点に関しては腕にずっしりとした重量感を与えるこの本に、ライトでノベルなギャグコメディなど、はなから期待してなどいなかったわけだが。


『少女が固い決意をしたあの日。小さな村を巨悪から救う為に、たった一人の銀髪の少年が立ち上がり、たった一人で巨悪と戦い、引き分けたそうです。少女はその場に、いや、誰一人として少年と巨悪の孤独な戦いを見ていたわけではありませんが、片腕と片目を失い足を引きずって、寂しそうな笑顔で村の人達の前に現れた銀髪の少年が言っていたので間違いはないのでしょう。


 銀髪の少年は、傷が酷く、手当てなど追いつかず、あの日から一年足らずで死んでしまいました。その時の、銀髪の少年の胸に顔をうずめて泣いている、銀髪の少女の姿が印象深く脳裏に焼きついています。


 その場に居合わせたもう一人の銀髪でない少女、決意をした少女の瞳からは、不思議と涙は流れませんでした。その日以来、村を守ってくれていた銀髪の少年の穴を埋めるべく、少女は勇者となる為、不必要なモノ全てを捨て、絶え間ない努力を続けました。とても辛い努力でしたが、あの日たった一人で巨悪に立ち向かった銀髪の少年に、何もしてあげられなかった自身の無力さを思い出すと、どんなに辛くても努力できました。


 そうした努力の果てに少女は勇者となり、今は村を守る為に剣を振るっています。不必要と思って切り捨てた人間関係も、勇者となった今では良好のようです。少しですが、弟子ができました。ただ、いくら人間関係が良好になっても、少女を愛し、少女が愛した銀髪の少年がいない世界は少女にとっては地獄同然でした。


 銀髪と言えば、あの銀髪の少女は行方をくらましています。村の人が言うには、兄を、銀髪の少年の後を追って死んでしまっただとかなんとか。いずれにせよ、勇者となるまでの長い間、人間関係を絶っていた少女の知ったことではありません』


 と、ここまでがプロローグ。


「…………ふぅ」


 決して長いプロローグではなかったが、少し頭が疲れてしまって、俺はパタンと一旦本を閉じた。初めに確認した時、目次の一章が『銀髪の少年との出会い』と言う小見出しになっていたことから、ここから先の章は過去の回想という感じで、銀髪の少年との出会いや思い出やらが書かれているのだろう。


「……疲れた」


 頭が疲れたのは勿論のこと目も疲れ、挙げ句の果てには本を持つ腕が疲れた。膝の上に本を広げて読めばいいものを、なんでライトでノベルな本を読むように胸前で本を持ち上げていたのか。

 俺は馬鹿なのか? 馬鹿なんだろ?


 こういう疲れた時は、いっそのこと寝てしまおう。時間がきたらシアが起こしてくれるだろうし、本の続きはあのちんちくりんな司書からこの本を借りて家で読めばいい。

 いくらあいつがちんちくりんな司書とは言え、『ちゃんとした司書』を自負する以上、司書としての務めは果たしてくれるだろう。


 というわけで、椅子の背もたれにだらしなくしなだれ掛かって、甘い微睡みに身を任せることにした。




  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 日が半分ほど沈み、空を茜色に染め上げる黄昏時が訪れようとしていたが、ミスラは依然として醜悪な緑の魔獣、ゴブリンと戦い続けていた。休みなく戦っているわけではなかったが、魔獣の活動が著しく沈静する夜の始まりまでは、常に気を張り詰めていなければならない。


 魔獣と言えど生き物に違いなく睡眠は当然として必要とし、人間に近い生活を送るゴブリンともなれば、尚更の事睡眠時間を必要としている。基本的にゴブリン達の体長は10歳程度の子供ほどで、稀に見る大きな個体でもよくて13歳の子供程度の大きさだ。


 しかし、その小さな体に見合わず瞬間的な筋肉の爆発力は凄まじく、人間の運動能力を遥かに凌駕する。ただ、それは一般的な人間が基準であって、勇者であるミスラには遠く及ばない。


「……あと、数十分ほどね」


 言って、ミスラは折り畳まれた布をポーチから取り出し、額の汗を拭う。常にゴブリンが攻めてくるわけではないが、朝からぶっ通しで気を張り詰めている所為か、大体いつもこの時間帯になると疲労で頭がクラクラする。


 もう少しでゴブリン共が寝静まる頃だ、と自分に言い聞かせ、ミスラは最後の最後まで気を張り詰める。

 その時。ガサガサガサと、目の前の茂みが音を立てる。

 アホのゴブリンなのか、パキパキ、と小枝を踏み折る音さえも聞こえてくる。


 ミスラは大剣を構え、目の前の茂みを見据えた。

 ミスラの殺気を感じ取ったのか、茂みのガサガサ音は途端にやみ、静寂が辺りを包み込む。

 張り詰めた空気の中、先に動いたのはゴブリンだった。

 二匹のゴブリンが、ミスラの眼前の茂みから飛び出し、ミスラへと飛びかかる。


「……ハァッ!」


 気合いの入った掛け声と共に、二匹ともども両断する勢いでミスラは大剣を横一直線に振るう。その一撃は、完全に二匹のゴブリンをとらえたかと思われたが、


「……ギギギィッ」


 右のゴブリンが、耳を劈くような不快な鳴き声を発したと同時に、左のゴブリンを力強く前に押し出した。次の瞬間、胴の中腹から両断される右のゴブリン。しかし、右のゴブリンに押し出された左のゴブリンは、斬撃を飛び越えてミスラに肉薄する。

 左のゴブリンは、右手に携えた木の棍棒を振り上げ、ミスラの頭めがけて振り下ろす。


「……くっそ!」


 咄嗟に左腕で頭をかばいはしたが、棍棒の一撃をもろに受けた左腕はズキズキと鈍く痛む。折れてはいないだろうが、内出血が酷い。

 あまりの痛みに、思わずミスラは顔を顰める。それを見ていたゴブリンは、ニヤリと口元を歪めると愉快そうに「ゲゲゲゲゲゲ」と汚い笑い声を上げる。


「…………ちっ」


 頭がカッと熱くなるのを覚えたが、ミスラは舌打ち程度に済ませ、余裕こいて今だに「ゲゲゲゲゲゲ」と笑うゴブリンに目を向ける。


 ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ。

 ゴブリンは笑う。笑う。笑う。

 明らかにミスラを挑発していた。

 ミスラ自身それがわかっていた為に、ゴブリンの挑発に乗るようなことはなかった。


 ミスラは頭を切り替え、冷静に目の前のゴブリンを観察する。確実に殺せる算段を、目の前のゴブリンを確実に葬る方法を、できるだけ痛めつけて殺せる手段を、ミスラは冷静に考える。

 逆に言えば、そのことだけしか考えていなかった。

 突然、馬鹿みたいに笑っていたゴブリンが、「ゲゲゲゲゲゲ」と笑うの止め、


「……ギギギィッ!」


 ミスラを不快にさせるのに十分な、石と石を擦り合わせたような鳴き声を上げた。

 瞬間。ガサガサガサガサガサガサと、ミスラの左右にある茂みが音を立て、左右の茂みから一匹ずつゴブリンが出てくる。

 咄嗟にミスラは身構えたが、そのゴブリン達はミスラに向かっていくのではなく、ミスラが背にしている村へと一目散に駆けていく。


「……待てッ!」


 ミスラはそのゴブリン達を追いかけようとするが、目の前にいるゴブリンがそれを許さない。木の棍棒を振り上げたゴブリンが、ミスラの左腕側から攻撃を仕掛けてくる。痛みで思うように動かない左腕では、この一撃を防げる確証がない。


「……くっそ!」


 無理矢理に体を回転させ、右手に持っている大剣の腹でゴブリンの棍棒の一撃を受け止める。ゴブリンは追撃してくることはせず、バックステップで後方へ下がっていく。

 その一連の行動を見たミスラは、先ほどまで「ゲゲゲゲゲゲ」と笑っていたゴブリンの評価を改めた。

 このゴブリンは、他のゴブリンよりよほど頭がキレる。


「……(まあ、強いと言っても所詮はゴブリン。秒でこいつを殺して村に戻れば、まだ間に合う)」


 そう考えていたミスラだったが、またしても予期せぬ出来事が起きていた。目の前の茂みから、追加でゴブリンが二体現れた。そいつらも右手に棍棒を装備している。


 思わぬ新手にミスラが軽く舌打ちすると、この状況を作り上げた頭のキレるゴブリンは、またしても卑しく高らかに「ゲゲゲゲゲゲ」と笑い始めた。


 もう、限界だった。

 冷静に、冷静に、冷静にと思っていたが、それももう限界だった。

 そもそもの話、憎くてしょうがないこの醜悪な緑の魔獣を前にして、ミスラがいつまでも冷静を保っていられるはずがなく。


「……邪魔すんなぁあああああああああああッ!!」


 感情を抑えず、怒りのままに、ミスラは吠えた。


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