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第15話「図書館」

 

 翌日も『クレアおばさんの台所』は休みの日だった。どうやら、基本的にクレアおばさんが休みたい日が休日となる為、かなり変則的に休みの日がやってくるようだ。

 バイトだー、と店前に行ったら『クレアおばさんは年寄りだから今日は休みます』という張り紙が貼ってあるのだから驚きである。

 そんなわけで、またもやシアとナナの家にお邪魔している。


 昼食をご馳走になり、今は昼ちょい過ぎ。

 ナナは気持ちよさそうにお昼寝ということで、俺とシアは紅茶を啜りながらテーブルの椅子に向かい合うようにして座っていた。


「そういえば、ソーマさん。料理の方はいい感じですか?」


「いや、ぜんぜんダメだ。何が悪いのかもよくわからない」


「ソーマさんは考えすぎなのかもしれません。案外、考えるのをやめて、てきとーにやってみるのもいいかもしれませんよ?」


「うーむ。確かに、考えすぎているのかもしれない……」


 何が悪いかなんて些末なことは考えず、やはり『これでいいんじゃね?』くらいの軽い気持ちで挑んでみるのもいいかもしれない。

 なにより、俺より料理がうまいシアのアドバイスなんだ。

 しっかりと聞き入れておかないといけないよな。


「……それはそうと、ソーマさんは今、暇ですか?」


「ん? ナナが寝てるし、かなり暇だけど」


「よかった。それなら図書館に行きましょう、ソーマさん!」


「…………図書館?」


「そうですよ! あっ、着替えてくるので、少し待っててくださいね!」


 目を爛々と輝かせたシアは、飛び跳ねるようにして体全体で喜びを表現しつつ部屋の奥へと行ってしまう。





「図書館か……。町の中は一通り歩いたけど、図書館なんて見たことないぞ」


「この町の図書館はなかなか見つけづらい所にありますから、ソーマさんが見つけられないのも無理ないですよ。町の人でも、知っている人はあまりいませんから」


「…………本当に図書館か?」


 町の人も知らないような図書館ってなんだよ、という意味合いを込めて俺が言うと、隣を歩くシアは可愛らしく頬を膨らませてムッとした表情を作った。


「ちゃんとした図書館ですよ!」


「……それならいいけど」


 隠れた名店ならぬ、隠れた図書館ってのはなぁ。

 さらに地元民でさえ知る人は少ないときた。

 不安でしょうがない。


「……っで、その隠れた図書館ってのは何処にあ…………どうしたシア?」


 不意に、シアが民家の前で足を止めた。民家は何の変哲も無い普通の民家だ。


「はい、着きましたよソーマさん」


「……ん?」


「ここが図書館ですよ」


「……まじか」


「まじです」


「……ふむふむ」


 図書館と書かれた看板が立っているわけではないが、民家の中に図書館があるというのなら、見つけづらくもないだろう。


「それじゃあ入りましょうか」


 シアは二、三度手の甲でドアを叩くとドアを開けて民家の中へと入っていく。俺もシアに続けて民家の中に入った。

 民家の中は特別何かあるわけでもなく、本当に図書館なのかと疑ってしまうぐらい普通の民家の内装だった。大量の本がありそうな雰囲気はしない。


「ソーマさん、コッチです」


 シアに手招かれてついていくと、何もない小さな部屋に着いた。


「……何もないぞ」


「いえ。ここは何もないですが、ここから行ける地下に図書館があるんです」


「地下⁈」


「そうですよ。ここの床の板をどかせば、ほら見てください!」


 シアが床の板をどかした所から、地下へと続く階段が出現していた。

 なんですか、そのRPGゲームみたいな隠しギミックは。

 というかこの先に図書館があるだなんて想像がつかないのだが。


「よし、行きましょう」


「そ、そうだな」


 俺はシアの背中を追うようにして、どのくらい深いのか底が見えない階段を、ゆっくりと降り始めた。




  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




「はああああああああああああああッ!」


 ズザンッ!! と肉を、骨を断ち切る快音が、威勢の良い咆哮と共に森に響き渡る。


「……こんなもんね」


 地に転がる両断された緑色の魔獣、ゴブリンを一瞥した勇者ミスラ・クラムレージュは、自身の身長とさほど変わらない大剣を無造作に地面に突き立てた。

 はぁぁぁ〜っ、と溜め込んでいた息を吐き出し、ミスラは近くの地面に横たわっている丸太に腰を下ろす。


「…………」


 ゴブリンには、決して人間があなどってはいけない知性がある。

 目の前で仲間が大剣の一閃によって両断される姿を見せられれば、すぐさま襲いかかってくるようなことはない。

 ミスラはおよそ30メートル程先からこちらを伺う三匹のゴブリンが、すぐさま襲いかかってくるようなアホではないことを確認し、ようやく一息ついた。


「……昼はすぎてるみたいね」


 ミスラはあらかじめ丸太の上に乗せておいたポーチから、むき出しのパンを一つ取り出し、女の子らしくパンを一口サイズに千切って口に運ぶのではなく、そのままかぶりつく。

 いちいちパンを千切っていては両手が塞がってしまう。

 ミスラは左手にパンを持ち、右手はいつでも大剣を手に取れるようにしている。一瞬の隙が命取りになる、そのことを勇者であるミスラは知っていた。


 ミスラはこちらを伺う三匹のゴブリンから目を離すことなく、左手に握られたパンを無心で口に運ぶ。そもそも、こんな素朴なパンに味などなく、わざわざ関心を向けるようなものではない。

 ミスラにとっては、腹に入れば食材なんてどれも同じだった。

 パンを選んだのはパンが好きだからではなく、パンの手軽さからであって、決して好きなどという理由ではない。


「……ッ!」


 不意に目眩がミスラを襲った。視界が歪み、頭に鈍い痛みが走る。

 まただ……。

 どこからともなく声が聞こえる。いや、頭の中に響いてくる。

 自分でない自分の声が直接頭の中に響いてくる。

 程なくして目眩と頭痛はやんだが、


「……ちっ」


 先ほどまで視界内に捉えていたはずの三匹のゴブリンが、目眩の拍子に視界外から消えていた。ミスラは素早く大剣の柄を手に取り、周囲を警戒する。

 力量の差を感じたゴブリン共が逃げたとも考えられるが、近くにまで接近してきて辺りの草陰に隠れている可能性も考えられる。

 ミスラとしては、ゴブリン共が逃げたのではなく近くの草陰に隠れていて欲しかった。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 呪文のように、ぶつぶつと呟く。

 ミスラはゴブリン共をこの世から一匹残らず殺したい。

 夜な夜な見る悪夢を終わらせる為にも。


「早く来なさい、ゴミ共」


 そのミスラの小さな呟きは森を吹き抜ける風の音で掻き消されたが、ミスラの期待に応えるように、


「……来た」


 三匹のゴブリンはミスラを挟むようにして、三方向の草陰から飛び出してきた。ミスラは動じることなく冷静に、研ぎ澄まされたナイフの切っ先が如く瞳で右手側ゴブリンの動きを補足し、大剣を右手一本で切り上げ右ゴブリンを両断。体を翻し、すぐさま大剣を両手に持ち替えて、前方と左側のゴブリンを横薙ぎでぶった切る。


「……ちっ」


 浅かったのか、一匹だけは胴から青黒い血を吹き出すだけで絶命には至っていない。ただ、そのゴブリンは戦意を喪失したのか、酷く醜い呻きを上げながら、地に腹を擦り付けながらズルズルと腹這いで、勇者からミスラから遠ざかろうとしていた。


「…………気持ち悪い」


 ミスラは吐き棄てるように言うと、大剣を上段に構える。


「【勇者秘技ブレイブアーツ】」


 ミスラの体から溢れる神々しい光が大剣に収束し、大剣は光剣となり


「……死んでよ」


 ミスラは地を這いずる醜い緑の魔獣に、一切の躊躇なく光剣を振り下ろした。




  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 地下へと続く階段を下りきった先には、


「……まじで図書館だったんだな」


 地下の巨大な空間に作られた図書館が存在していた。


「最初からそう言ってるじゃないですかー!」


「……ここまで立派だとは思ってなかったんだよ」


 目の前に広がる光景は圧巻だった。高さ3メートル程度にまで達する本棚にはぎっしりと本が詰め込まれ、本棚自体もこの地下空間にぎっしりと詰まっていた。とにかく蔵書数がハンパない。


「…………ん?」


【勇者】という単語がちらっと見えて、興味本意でその本を手に取ろうとしたのだが。

 ぐいっと、シアに服の裾を引っ張られた。


「まずはここの司書さんに挨拶しに行かないとですよ、ソーマさん」


「あっ、ああ。確かにそうだな」


 俺はシアに導かれるように図書館内部を歩き、少し経ってシックな扉の前に着いた。

 シアは「入りますよー」と、扉越しに一言ことわってから扉を押し開ける。



「にゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!」



「はい?」


 ポツンと、目の前にぶち猫がいた。意味がわからん。

 そんな俺をよそにシアはぶち猫に駆け寄ると、とてつもなく良い笑顔で抱き上げた。


「……司書さんってそいつ?」


「そんなわけないじゃないですか」


「そりゃそうだよな。気にするな、言ってみただけだ。それなら、司書さんとやらは何処にい……ッたぁい!」


 突然目の前から飛んできた硬めのゴムボールが、俺の鼻っ柱に衝突した。「……やったの誰だよ⁈ 不幸だちくしょう!」と文句を言いつつ、痛みが走る鼻をいたわるように指で揉んでいると、カラカラカラカラと何処からともなく音が聞こえてきた。

 カラカラカラカラカラカラ。

 そんな不気味な音を引き連れて、小ぶりな本棚の陰から現れたのは、車椅子に乗った少女だった。


 体調が悪そうな青白い頬に、ちゃんと飯を食べているのかと問いただしたくなるような華奢な体。車輪に巻き込まれないのかと心配したくなる、だらしなく伸びっぱなしの綺麗な青髪。

 そいつは、ゆっくりと口を開く。


「…………シアちゃん。その人誰?」


「俺ですかい? とりあえず怪しい者じゃないよ」


「あなたには聞いていないのですが? 頭腐ってんのかよと補足します」


 初対面の人に、そこまで言わなくてもいいんじゃないでしょうか⁈


「えっとね、ラトラちゃん。この人は勇者様の旦那様で、私の仕事先の仲間で、ナナの遊び相手になってくれるソーマさんだよ」


「……ふーん」


 ラトラと呼ばれた病風な子は、ジロリと品定めするように俺を見つめる。


「なんかアホっぽいですね。馬鹿そうとも言えると補足します」


「お前のその喋り方のほうが十分アホそうなんだが?」


「…………は? アホですか? 知的で知的なこの喋り方の良さがわからないとは……。アホに加えてやっぱり馬鹿ですねと補足します」


「……もうなにも言わん」


 自分より小さい女の子に虐められて、俺の心はしくしくと泣いていますよ? 赤子よろしく泣き喚いていますよ?


「け、喧嘩はダメです! それよりソーマさん、聞いてください! ラトラちゃんが司書さんです!」


「……へー、まじかよ。このちんちくり…………ッたぁ⁉︎」


 ズパンッ! とまたもやゴムボールが鼻っ柱にぶつけられる。

 しかしながら、先ほどのように誰がやったんだよ! などと喚きはしない。理由は至極単純。犯人なら目の前にいるからだ。


「私はここのちゃんとした司書です。馬鹿にするのは許さないと補足します」


「お、お前だったのかッ!」


「……はぁ。今頃気づいたんですか。やっぱり馬鹿は馬鹿だったと呆れつつ補足します」


 ラトラはそう言うと、やれやれだぜ、と無気力系主人公ばりのやれやれを披露してくれた。

 なんだろう、俺の胸中に渦巻くこのドス黒い感情は。

 何処にぶつければいいのだろう。

 そうだなぁ。こいつの脳天にチョップかましてやろうか?


「……む。病弱な私に手を上げようと考えていますね。そこまで頭が腐っていたのかと補足します」


「くぅッ! 貴様ッ!」


 見事に心を読まれ、俺は大人しく上げかけていた右手を下げる。

 そんな様子を見ていたシアは手を口元に当ててお上品に、くふふと笑い、


「もう仲良くなっちゃいましたねー!」


 などと見当違いにも程があることをぬかした。


「「違うわ!」」


「……こんな馬鹿面と仲良くなんて無理ですと補足します」


 やっぱり一度、脳天にチョップかましてやろうか?



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