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第11話「女神再び」

 

『おーい、起きて!起きてくれないとつまんないだろー!』


 突如、聞き覚えのある声が頭の中に直接響いてくる。やめろ、やめてくれ。俺の心地よい眠りを妨げないでくれ。そんな俺の切実な願いは神様には届かなかったようで、


『起きてくれたっていいじゃないか! おーきーてーよー!』


 このように起きろコールはヒートアップしていくばかり。それでもなお俺は起きるまいとして、頭をぐわんぐわん揺らす起きろコールに背を向ける。たださえ最近は一日一日が高濃度すぎて疲れてるんだ。それに加えて今日は、俺の初バイト。疲労度としては、昨日の三割増しだった。頼む、寝させてくれ!


『起きろーー! おーい! この声が聞こえてるのはわかってるんだぞーー! 僕の為だけに起きてれたっていいじゃん!』


 なんて我儘な奴なんだ。


『あーーあ、ソーマが小さな女の子の願いも叶えてくれない矮小な奴だったなんて……。これじゃあヒーローなんて夢のまた夢だよ』


 肩をすくめながら、はぁ、とため息をつく姿が容易に想像できてしまう。

 仕方ない、起きてやるか。


「急になんだよ、安眠妨害女神」


 目を開けると、目の前の空間に月を背にする見覚えのある女神が浮いていた。小柄ながらにして、スッキリとした体のライン。窓から射す月光を反射して、煌びやかに輝く銀色のロングヘアー。太陽の擬人化なんじゃないかと思うような、可愛い笑顔。


「……綺麗だな」


「き、急にそんなこと言われたら……。て、照れるよ……」


「月のことだよアホ」


「ソーマの意地悪!」


「悪かったって。本当は全部冗談だ」


「綺麗のくだりから全否定なの⁈」


「冗談だ」


「な、何がなにやら……」


 俺のベッドの上にポスンと落ちて、ぬぉおおおっと頭を抱えだす銀髪の女神。こいつのそんな姿を見ていたら、眠気だとか睡眠欲なんてモノは遥か彼方にフライトしてしまった。愛らしくて、つい女神の頭にポンと手を乗せてしまう。女神は「ふわぁッ⁉︎」とびっくりしたような声を上げたが、嫌そうな顔はしなかった。


「お前のおかげで目が覚めたよ。それで、何の用だ?」


「用がなかったら来ちゃいけないってことはないだろー! まぁ、強いて言うなら、ソーマに会いたかったからかなー、なんてね」


「はいはい、ありがとさん。で、何の用だ?」


「むむ……。まあ、本当に用はあるけどさ、まずは僕の世界に行こうか」


 カスッ! …………パチンッ!


 一回目の指ぱっちんは不発に終わったが、二回目の指ぱっちんは綺麗に決まって、俺から見える世界は女神の世界に切り替わる。いつも通り絢爛豪華な椅子を除いて何もなく、あたり一面真っ白の銀世界。銀世界と言うと、銀髪の女神にお似合いの世界だな。言わずもがな、字面的に。


「じゃあソーマは僕の椅子に座って。座り心地抜群だよ! なんていったって、神様の椅子だからね!」


「いいけど……。お前は何処に座るんだ…………のわッ!」


 言いながら俺が絢爛豪華な椅子に腰掛けると、ノンタイムで女神が俺の膝の上に座ってきた。座ってくるやいなや、肘掛に置いてある俺の両腕をひっ掴むと、自らの腹の辺りで交差させる。


「ふふふ! ここに座るから問題ないよ」


「……重いっての」


 ただ口ではそう言っても、満足そうに笑う女神を見ていると、なぜだか何でも許してあげたくなる。可愛いは正義とよく言うが、まさかこういうことなのか。


「妹だと思えば無問題だろー? ほら、僕って愛嬌の塊だし」


「そういうことなら無問題かもな。愛嬌の塊かどうかは置いといて」


「愛嬌の塊だよ!」


「はいはい、わかってますよ女神さまー」


 てきとうにあしらってやると、女神はぐぬぬ……としかめっ面をつくって、抗議の視線を送ってくる。……可愛い。

 この女神は一挙手一投足が、可愛すぎる。こいつの言うように、愛嬌の塊というのもあながち間違っていない。ただ、可愛いだけならナナも同じだ。なら、なぜこうもこの女神の可愛さに惹かれるのか。それがわからないうちは、悔しくて素直に認めるわけにはいかない。


「それで、何の用なんだ? さっきあるって言ってたろ」


「あっ、そうそう聞いてよ。僕の上司にあたる老ぼれじじいがね、ことあるごとに僕にクレーム言ってくるんだよ! この前なんて、『外見相応で、頭まで幼いお前にはわからんだろうなぁ』とか言ってきたんだよ!」


「………………用事ってそれか?」


 女神はこくりと頷いた。


「ただの愚痴じゃねえかッ!」


 俺はもっと、世界に関係する重大な何かだと思ってたよ! 『導く』とか言っときながら、特に何も教えてくれず放置プレイされてた身としては、そりゃあもう結構期待してましたよ⁉︎

『つ、遂に、俺の英雄としての力を振るうイベントが…………ッ!』とか頭の中で考えて、顔には出してないけど、心の中ではめちゃくちゃニヤニヤしてましたよ⁉︎


「愚痴ぐらい聞いてよー」


「……聞くよ。それでお前が喜ぶなら、愚痴ぐらいいくらでも聞いてやる」


 対価として、お前の愚痴を聞き終えたら、今度はこっちの質問攻めだがなぁ!






 女神の世界には時計などなく時間の経過はわからないが、女神の口から吐き出される嵐のような愚痴は、俺というストレスの捌け口の力によって消滅した。愚痴の内容を超要約して言うと、老ぼれじじいはとっととくたばれ、とのことだ。


 愚痴を吐き終えた女神は、たっぷりと愚痴を聞かされてグロッキーな俺とは対照的に、当然ながらとても満足そうな笑顔を浮かべている。スッキリしたようでなにより。

 さぁ、今度は俺の番だ。


「…………本当は色々聞きたいことはあったけど、疲れたから一つだけにする。聞いてもいいか?」


「もちろん! 僕が答えられる範囲ならなんでも答えるよ」


「そうか、よかった。なぁ女神、お前が俺とミスラを結婚させるように仕組んだんだよな?」


「うん、そうだね」


「……なんで、俺をミスラと結婚させたんだ?」


 それは、異世界に召喚された瞬間から、今の今まで常に疑問に思っていたことだった。かと言って、町長に聞いたところで正確な理由なんてものは返ってこない、だから今まで疑問に思いながらも聞いてこなかった。


 まず町長が最初に俺に聞いた質問、『家事は得意かい?』から俺がミスラの家事係として、召喚アンド結婚させられたわけでないことがわかる。家事係として召喚したなら、普通はそんな質問はしてこないはずだ。……まあ、確認しただけなのかもしれないが。


 そういうわけでミスラと俺の結婚は、女神が運命をいじくって仕組んだ結婚であると俺は考えている。



「…………理由なんてないよ。強いて言えば、ソーマの幸せを望むのと、最強の夫婦? みたいな感じにしたかったからかな」


「それは違うな。お前がそんな自分勝手な理由で、突然俺を見知らぬ女となんか結婚させない」


「そんなこと、なんでわかるのさ」


「今さっき自分で言ったろ? お前が俺の幸せを望んでるからだ」


 そこまで言うと、女神は観念したように、ふぅー、と小さく息を吐いて俺の膝の上から降りる。そして可愛らしくターンすると、俺の方に向き合った。


「…………そうだね。半分は、ソーマの幸せを望んでいるから。残りのもう半分は…………僕のエゴだよ」


「エゴ……?」


「ソーマは聞きたい?」


「いや、やめておく」


「……それがいいよ」


 そこで会話が途切れ、気まずい空気が流れる。こういう時に、咄嗟に日常会話のような何かがでてくればいいのだが、何を言ったらいいかわからず、俺はただ突っ立ていることしかできなかった。

 やがて、パチンッ! と、酷く気まずくなった空気を壊すかのように、女神の指ぱっちんの音が鳴り響いた。


「久しぶりに会えてよかったよ、ソーマ」


「……俺も会えてよかった。じゃあな」


 徐々に掻き消えていく世界で、互いに別れの言葉を告げ終えると、俺の視界には質素で殺風景な月明かりが差し込む部屋が広がっていた。いつ体験しても、不思議な感覚だ。

 睡眠を邪魔されたおかげで酷く眠い俺はベッドに横寝っ転がって、あの時、女神の言った『エゴ』という言葉を思い出す。


「あんな顔されたら、聞くに聞けないだろ……」


 あの時の女神は、いつか見た酷く寂しい笑顔を浮かべていた。俺はその顔に怖気づいて、何も聞けなかったのだ。


「ああ……。くそっ」


 あいつが俺の知らない重要な何かを、どこまで知っているのかはわからない。ただ一つだけ分かっていることがあるとしたら、俺が何も知らないということだ。

 わからないのではなく、知らない。

 完全なる蚊帳の外。


「……次、絶対に聞こう」


 女神は再び寂しい笑顔を浮かべるだろう。それでも、俺は理由をあいつに聞かなければいけない。人に聞かれて寂しい笑顔を浮かべてしまうような何かを、一人で抱え込むのはとても苦しいからな。


「とりあえず今は、半分だけでも俺の幸せを考えてくれたことを、喜ぶべきだろ」


 テンションを下げるのはナンセンスだ。

 朝が来れば、朝食を作ってバイトに行って、と大忙しの一日が待っている。テンションを上げてかないと、やってられないぜ!


「よぉおおおし! やるぞぉおおおおおおッ!」


 そう意気込んで、瞼を閉じた。今度こそ誰にも邪魔されない睡眠をするべく、俺は甘ったるい微睡みに身を任せる。


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