~全てはこの時の為の布石~
そこには信じられない光景が目に映る。
獅堂を背に、勇へ向かって立ち塞がらんばかりに横に並び立つちゃな達の姿が彼の前に露わとなった。 視線が上がりきった時……勇の瞳に信じられない光景が飛び込んだ。
獅堂を背に、勇に立ち塞がらんばかりに横に並び立つちゃな達の姿がそこに在ったのだ。
「なんだって……そんなバカな……皆!?」
その目はどこか虚ろではあるがしっかりと勇へと視線を向け、明らかな敵意を剥き出しにした表情を見せる。
そんな彼等を見る勇の目は絶望に震え、立ち上がる事すら忘れさせていた。
その中……突然「パチパチ……」という音が鳴り響く。
獅堂がその両手を小刻みに動かし拍手を上げていたのだ。
「完璧だぁ……完璧過ぎるぅ……完璧なまでに君は僕の思った通りに動いてくれたよ……アッハッハ……笑いが止まらないよぉ!!」
「な……!?」
悦びに満ち溢れた笑い声を上げ、激しく拍手を掻き鳴らす。
高らかに笑うその様はまさに勝利に酔いしれる面持ち。
そんな獅堂の言葉に耳を疑い、勇が唖然とした表情を見せる。
「ほんの少し嗾けて、その気にさせて……そして仲間達を率いて現れる……僕の書いたシナリオ通りにさ……」
すると獅堂は腰にぶら下げた細い棒のような物を右手の親指と人差し指で挟みながら取り上げ、「フルフル」と指先で震わせた。
「これが何だか判るかい? 魔剣【ラパヨチャの笛】っていうんだけどさ……これが凄いんだ」
縦笛の様な形にも見えなくもない魔剣が彼の手に収まると、自慢げに勇に見せつけた。
僅か20cm程の長さの四角い棒にも見えるそれは、小さな紋様を持つだけで殺傷能力など一切感じさせない。
だがその能力は勇の想像を遥かに越えた恐るべき物であった。
「操るなんて大層な事は出来る訳じゃないんだけどねぇ……まぁちょっと人の心をいじれるんだよ。 面白いだろ?」
「人の心を……いじる……!?」
それが【ラパヨチャの笛】と呼ばれた魔剣の力。
今までの魔剣とは一切異なる性質を持った、『武器ではない魔剣』の正体であった。
「そんな物を使う仕草は一切無かった……それは笛じゃないのか!?」
『笛』と呼ばれている以上、音色を聴かせる事で操るのは想像も容易い。
だが、勇はずっと見ていた。
ここに至るまでに彼がそんな物を使う所など無かった事を。
しかし獅堂は彼の戸惑う姿を前に不敵な笑みを浮かべる。
「そんなの決まってるだろ……言われないと解らないのか君は……君達がジョゾウ達に足を止められてる間に吹かせてもらったんだよ」
「なっ―――」
「後は誰かが僕を攻撃した時に、その効果が発現する様にタイマーを仕掛けて置いたって訳さ」
獅堂は再び腰に魔剣を仕舞うと、得意げに両手を組んだ。
「まぁあいつらじゃあれくらいしか足止め出来ないって事は分かってたし、いい時間稼ぎだったよ」
その言葉を耳にした途端、勇に再び沸々と怒りの感情が沸き上がり……突いた肘を浮かせてゆっくりと立ち上がる。
指先が掌に食い込む程に握り締められた拳は刻む様に震え、堪えきれない怒りを体現させていた。
「ジョゾウさん達が時間稼ぎだと……!? 彼等は命を懸けていたんだぞ……お前の為にッ!!」
命を投げ出す事の恐ろしさを知っているから。
盲目的に成らざるを得ず、命を無下に晒す事の無意味さを知っているから。
勇が咆える……それは己の為ではない。
ジョゾウやナイーヴァ王達の様に戦う事に囚われ、死すら抵抗無く受け入れた者達の為に。
そして彼等をけしかけた悪意に向けて。
「知ってるさ、それが何だよ? 力の無い仲間なんてさっさと切り捨てた方が面倒が無くていいじゃないか」
勇に向けられたその冷徹な瞳が彼の感情を煽る。
その声に籠るのは、人を物として扱う事に馴れきった人らしさを一切感じさせない淡泊な『色』。
「キサマァー!!」
勇が右手に携えた翠星剣を構え、力の限り飛び出す。
彼の脚力、そして翠星剣に篭められた命力が勢いに拍車を掛け、今まで以上に力強い踏み込みを生んでいた。
剣の切っ先から光が零れ、強い残光と成って軌跡を刻む。
獅堂達から離れていた筈の勇が、一瞬にして間隔を詰めた。
しかしそれを阻む様にアージの体が彼の前へと躍り出し、両手に携えた巨大な斧型魔剣アストルディで彼の斬撃を受け止めたのだった。
ギィンッ!!
その動きはまさにアージそのもの。
いつか戦った猛者としての彼の強さを体現させた、力強い防御であった。
「ア、アージさんッ!? 目を覚ましてッ!!」
「黙れ下郎がッ!! ぬぅあッ!!」
アージが受け止めた刀身を叩き上げると、その勢いで腕ごと翠星剣が跳ね上がり……勢いのままに勇の体が後方へと弾かれた。
「なっ、何を言ってッ!?」
突然のアージの言動に、思わず勇が戸惑う。
だがその途端……横からレンネィが飛び掛かり、曲刀型魔剣シャラルワールから繰り出される容赦の無い斬撃の嵐が襲い掛かった。
キキキィーーーンッ!!
勇が咄嗟に翠星剣を縦に構え、斬撃の嵐を全て受け止める。
先程のアージの攻撃に加え、嵐の様な連続攻撃が彼の体をますます後退させていった。
「や、やめるんだレンネィさん!!」
「貴方の身に余る言動や行い……許す訳にはいかないわ!!」
不可解な言動は彼女も同じ……勇が動揺によって苦悶の表情を浮かべる。
言動だけでなく、斬撃にも一切の迷いを感じさせない程に一撃一撃に力が籠められていた。
激しい連続攻撃の最中、勇の意識外から突如何かが飛び込む。
逃げ道を塞ぐ様に、細かい粒の様な赤い弾が勇の足元へと向けて撃ち放たれたのだ。
レンネィの斬撃をいなし、弾を辛うじて躱すと……不意に視線が弾の発生元へと向けられる。
そこに立つのはちゃな……両手に掴んだ杖型魔剣ドゥルムエーヴェを水平に構え、杖先を真っ直ぐ勇へと翳していたのだ。
「なっ、た、田中さんッ!?」
彼女までもが敵意を露わにし、容赦の無い炎弾攻撃を繰り出す。
それはいつだか勇が彼女に伝えた支援攻撃方法。
本来敵に向けられる筈の攻撃が自分に向けられるなど誰が思うだろうか。
勇は戸惑いながらも……素早く躱しながら体勢を立て直していく。
すると再びアージがその巨体に見合わぬ速度で勇との距離を一気に詰め始めた。
「ぬぅあー!!」
「うおおッ!?」
アージの強靭な肉体と巨大な魔剣から繰り出される強烈な横薙ぎ。
それを翠星剣で受け止めるが……その体ごと大きく弾き飛ばされ、宮殿入口傍の壁際へと押し戻された。
ザザザッ
砂塵を含む床の上に足を滑らせ、その勢いを力の限りに殺す。
辛うじて壁への激突は免れたが……前進する事は叶わず。
それどころか前進自体困難を極める事実に眉を細めざるを得ない。
それ程までに息の合ったコンビネーション……卓越した者達だけが出来る動きであった。
操られたとは到底思えない程に……迷いや戸惑いなど微塵も感じさせない。
一歩を踏み出せず、焦りを禁じ得ない中……勇に向けて再び獅堂の声が上がる。
「面白いだろ、彼等はこれでも自分の意思で戦っているのさ……君を倒す為にね……」
「何……!?」
「ちょいっと、彼等の思考をいじってねぇ……君を獅堂雄英だと思い込ませてるんだよ」
「なんだって!?」
魔剣を交えた時に彼等が言い放った言葉……それらはいずれも勇に対して敵意を剥き出しにした言葉であった。
それは単に、彼等の目には勇が獅堂に見えていたから。
勇という存在が獅堂だと思い込まされているのである。
それがラパヨチャの笛の力。
「そして僕が藤咲勇……という訳だ」
獅堂が不敵な笑みを浮かべ、ちゃな達の前でありながら種明かしをする。
だが一向に彼女達は自分達の立ち位置を変えようとはしなかった。
「そうそう……それでもって僕が言う事には何の疑いも持たない様にいじらせてもらったんだ。 だから僕がこうやって何を言おうと、何をしようと……彼等は許可されない限り認識出来ない。 例えば……こんな事をしても平気さ」
すると……獅堂がちゃなの傍へと歩み寄っていく。
彼女の隣へと立つと、おもむろに手が伸び……彼女の首元へそっと充てられた。
そのまま長く柔らかい髪を左手で優しく掴み取ると……そっと捲し上げ、自身の鼻へと引き込む。
柔らかい髪が獅堂の鼻元へ添えられ、わざとらしい音を立てて大きく息を吸い込み始めた。
「んん~……いい香りだぁ……さすがいい石鹸を使ってるみたいだねぇ。 そういえばこの子、近くで見ると凄い可愛いよなぁ……」
「何を……や、やめろ……!!」
ピクリとも動かないちゃなに対してその行為はエスカレートしていく。
巻き上げた髪を後ろに回し、獅堂の顔が彼女の頬へと近づくと……在ろう事か、その白く柔らかい頬を「ベロリ」と一舐めしたのだった。
「獅堂ォォーーーーーーッ!!」
勇をまるで挑発するかの様な行為を繰り返す獅堂。
再び激昂した勇が飛び出すが、またしてもアージとレンネィの二人に阻まれた。
「アッハハハ!! 分かったろ!? 僕の力がさ!?」
成す術も無く足を止め、「キッ」と睨みつける事しか出来ない勇。
そんな彼を、獅堂が嘲笑うかの様に高らかに声を上げる。
「どうして……どうしてこんな事をするんだ……アンタは将来だって有望な奴じゃなかったのか……!!」
獅堂は言わば御曹司。
幼少期から英才教育によって育まれてきた能力は他人の追従は許さない。
能力面でも、生活面でも……彼以上に恵まれた人間は少ないだろう。
だが獅堂の歪み方は、高位な者が見下す様な高圧的な形ではない。
それはまるで……背後から忍び寄っては足元を掬う、狡猾で残忍な下人。
人の上に立ってもおかしくない人間がこの様に歪む事……勇はそれが信じられなかった。
「アンタの事は福留さんから聞いてる……恵まれた家に生まれて、将来まで約束されて……なのになんでこんな事を―――」
「プッ……クックッハッハハハ!!」
その時突然……獅堂の大きな笑い声が宮殿内を包み込む様に木霊した。
頭を垂らし、腹を抱え、足を打つ……爆笑する様を見せつけ、絶え間ない笑い声は彼の息が尽きるまで長々と続く。
「恵まれた……有望……ヒヒッ……笑えるわ、ほんと君は笑かしてくれるよ……君はつくづくお人よしで、馬鹿なんだよなぁ~……」
空気の尽きた肺に大きく息を送ると……ニタリとした笑みを浮かべたまま獅堂の目がゆらりと持ち上がった。
「そんなのを他人に与えられて『自分が出来た奴なんですー』なんて言う奴の気が知れねぇよ……僕はさ、苦痛だったんだ……『獅堂』という家に生まれた事がさ!?」
獅堂が語るのは、恵まれたが故の不幸。
それは彼にしか判らない苦であり、そんな事を知らない勇が理解出来る筈も無い。
勇どころか、世界中に獅堂の苦しみなど判る筈も無い……そう思わせる程に、語られた言葉には憎しみの様な感情が籠っていた。
「何をするにも父親の名前が出る……『お前は恵まれた』、『才能がある』……だがなんだそれは!? 結局は周りの御膳立ての上に築かれたただの薄っぺらいテーブルクロスと何ら変わらない!!」
獅堂の言葉が徐々に熱を帯び始める。
憎しみを、憤りを乗せ……撃ち放つ口は、再び歪みきった醜悪な笑顔へと変貌した。
「その布っ切れの下はこうだ……ヒヒッ……誰も認められない様なクズい僕がここに居るよぉ?」
気付けば笑い声は耳を突く様な甲高い声色へと変わり、相対する勇の心へ僅かな畏怖を呼ばせる。
だが……突如獅堂の歪んだ顔が「スゥー」っとシワ一つ無い綺麗な顔立ちへと戻っていく。
晴れやかとも言える表情へ戻った彼の口からそっと囁かれたのは、穏やかな声だった。
「でもね、そんなのどうでもいいんだ……僕はさ……ヒーローに成りたいんだ……誰しもが救われ憧れるテレビの中のヒーローにさ……」
彼はそれに憧れた。
小さい頃、勉学の合間に少しだけ垣間見た思い出の光景。
滑稽なまでにわざとらしい正義を見せつけた、テレビの中だけのヒーローに。
そして願った。
彼等の様に万能でありたいと……強く在りたいと。
だが現実は……理想を孕んだ彼の世界を激しく歪ませた。
「僕は力を貰った……この力なら僕はヒーローに成れる、そう思ったんだ」
不意に彼の手が腰に下げたラパヨチャの笛へと添えられる。
しかしその手はどこか震えている様にも見えた。
「けど……違ったんだ。 君だよ……君の存在がそれを証明してしまった……!!」
「お、俺が……!?」
「そうさ……君の実力はゴミみたいなもんなのにさ、何故か君の周りには集まるんだ……沢山の仲間が、友達が……何でかなぁ!?」
獅堂の声が再び怒りを込めた様な強調する声へと変わり始める。
「君はさぁ……自分が思う以上に人を惹きつける事が何故か考えた事があるかい……?」
そう呟き、問い掛ける獅堂の眼はいつに無く真剣な視線。
勇はそんな彼を前に、どこか答えざるを得ない感情を憶え……その答えを口にした。
「……エウリィが言ったんだ、俺の心は真っ直ぐで綺麗な色をしていると……俺はそれが有るから皆が付いてきてくれるって思っている!!」
「だよね……そう、そこなんだよ……抗えない形って奴がそこにあるから……僕はヒーローに成れない……っ!!」
勇の答えを獅堂は知っていた。
知っていたからこそ……彼と自身との決定的な違いを理解し、そして絶望したのだ。
勇と雄英……彼等の目指そうとした道は同じ。
だが後者には進む事が出来ない道だという事を理解してしまったのである。
すると獅堂は、溜まった息を悲しみの感情と共に深く吐き出し……勇を睨みつける。
その顔に映るのは、妬みと憎しみが混じり合った不敵な笑み。
「スゥ……」と大きく息を吸い込むと……獅堂は静かに勇へと向けてその想いを解き放った。
「だから君の全てを貰うとするよ……君が今までに築き上げてきた全てを貰って……僕が新しい『藤咲勇』になる!」
それが獅堂の真の目的。
勇の心に惹かれて集まった仲間を、今のちゃな達の様に操り自身へと引き込む。
それを成せるのがラパヨチャの笛の力……それを使い、獅堂は望むがままに仲間を手に入れる事が出来るのだ。
「何……だって……!?」
獅堂の目的が明らかとなり、勇が驚愕する。
驚かない筈が無い……こうも堂々と自身から全てを奪うつもりである事を公言されたのだから。
「幸い僕も『ユウ』だからね、名前を呼ばれる分には全然問題無く過ごせる自信があるよ」
「何を馬鹿な事を!?」
「僕は至って真面目さ……君がここまで連れてきた最強の仲間を手に入れ、僕の計画はこの日を以って成就した。 後は君を殺して他の人間の心を同様に書き換えるだけさ」
獅堂の計画の全容……それを知った勇の拳に怒りが籠る。
その計画はまるで仲間達を駒の様に扱う事……人を物の様に扱う彼が堪らなく許せなかった。
「そんな……そんな事で手に入れた仲間なんて……そんなの奴隷と一緒じゃないかッ!?」
「アハハ……そうだねぇ、でも簡単に手の平を返す仲間なんて要らないんだよ。 僕の取り巻きだったクズ共みたいにね」
そう言い切った時、獅堂の口元がピクピクと震える。
彼の脳裏に浮かぶ光景が、怒りを滲ませていた。
何かがあったのだろう……だがそれを知る由など勇には無い。
「さぁて……君への説明もそろそろ飽きてきたな……勝者の悦に浸るのはまたこの後にしよう……まずは、最後の締めをしないとね」
「くっ!?」
「さぁ皆、奴を倒す為に力を貸してくれ……!!」
獅堂の言葉に呼応するかの様に4人が勇に向けて再び戦闘態勢へと移行する。
そんな彼等を前に上手く力を出せない勇は……目を震わせ、その足を後ずさらせる。
「そんな……こんな事で……皆……ッ!!」
勇の足取りは重く、しかし4人の足取りは力強く……勇の遥か先に立つ獅堂の笑い声が宮殿の中一杯に広がっていた。




