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バレシアナ家の娘は婚約の破棄を告げられる

作者: 月森香苗

 物事はなんでも釣り合いというものが大事。

 例えば大衆の面前で婚約の破棄を叫ばれたとしたら、与えられた屈辱と貶められた家の名誉と自身の潰された将来とこれまでに掛けられた教育の時間と金と同等のものを相手が背負う事で釣り合いが取れる。

 そもそもの話、腕に不貞相手を引っ付けて婚約の破棄を叫ぶのがこの国の王子だなんて世も末である。


「皆様、殿下と不貞相手を真実の愛と褒めそやすのは構いませんが、あなた方が当事者となる可能性が出来たことをご理解していて?」


 多数を味方に付けたかったのだろう。頭の中身が軽やかな王子の軽率な行動が、子供しかいない環境で理性と自制心がどこかへ行ったようだ。

 そもそもの話、身分制度のある国で、王族、高位貴族、下位貴族が同じ場所にいる学園のあり方に疑問を持てば良いのに。


「何故止めなかったのですか?お分かりにならないのですか?あなた方はこの二人の愚かな行動を止めなかったことで、あなた方のお相手はこう思うでしょう。『貴方は不貞を肯定する人間だから、私が他の人を愛しても許してくれるよね?』と。認め祝福する、即ちあなた方は許容したのです、不貞を。わたくしが今日までの間にあなた方にぶつけられた言葉を、婚約者がいる方にはその婚約者にお伝えし、居なければご家族にお伝えしましたわ」


 自身を貶められたならば、相応に返すもの。

 不貞を許容せよと言うのならば、あなた方も許さなければならない。


「さて。殿下はご理解していないようですが、この婚約は国王陛下から願われたもので、王命として結ばれました。殿下の一存で破棄が出来るものではございません。それどころか、国王陛下の命に背いたことにより反逆罪に問われる可能性が生じました。陛下は名を捨て国に身を捧げた御方。殿下が次期国王としては不足している部分を補い、また国内のバランスを整えるために私が選ばれた事を理解していない模様ですわね」


 家の名誉を踏み躙るのは許さない。この名は軽んじられて許せるものでは無い。国内の派閥の調整役。数代に一度は王家に入り、偏りを正す事が我が家の存在意義。


「あなた方の不貞が許されたのはこの閉ざされた小さな世界だったから。外に出ればあなた方は認められはしません。特にそちらの不貞相手の方。貴方はきっと殺されるでしょう。誰に?誰かは分かりませんが、貴方を不要とする者に。何の力もない、偏っている均衡を整える役割を求められている私に代わるなど出来ませんわ。その前にあなたは死にます。筋を通し、私と同等の力を持つと証明しなかったから。大人を、貴族を誰も彼も馬鹿にしすぎですわ。不要なものは始末するだけ。それが王子でも」


 国王陛下が父親だから守られると思っているのか、王子は。愚かな。国王陛下の在り方を見れば分かることではないか。国王陛下は国のために存在している。名を捨て「私」を捨てた方。

 間もなく成人する王子が結局、愚かで改善しないと分かれば容赦なく排除するのは誰よりも王子が分かっていなければならなかったのに。

 国王陛下にとって自身も我が子も国を存続させる為のカラクリ部品の一つ。不良品は廃棄しなければならないと何故彼は学ばなかったのか。


「私も殿下を正す事が出来なかったと国王陛下は判断されるでしょう。私への処罰は国王陛下が下すもので、殿下にはその権限はございません。国外追放?出来るわけがございませんわ。殿下の言葉に力などないのです」


 意気揚々と私のありえない罪とやらを並べ立て、国外追放とする、だなんて笑わせる。そもそも罪人を国外追放にする場合は他国との折衝が必要になるのに。当然だろう。誰が罪人を国内に入れることを許す。

 誰に入れ知恵されたのか分からないが、その発言をした時点で統治者の資質がないと証明してしまった。


「そして皆様も同じく殿下を止められなかったとして罰を与えられるでしょう。この学園は貴族の子弟の楽園ではございません。ここはこの国の貴族として相応しいかを選別する場所です。使えないものを見極め廃棄する為の箱庭がこの王立学園の存在意義です」


 理解している者は不用意な行動に出ない。自己判断をせず、まずは当主たる親兄弟に話をして判断をしてもらう。

 私も王子の不貞に対してはすぐに報告をあげた。それに対しての返答は「忠告の後、静観」である。

 この国を率いるに値する人物かどうかの見極めの目は貴族だけでなく、王族にだって向けられる。

 一人の女により堕落するかどうか。不貞相手も身の丈を知るならば触れてはならない領分があることを知るはずだし、そもそも私が選ばれた理由を知る貴族であれば迂闊な事はしない。


「ご安心下さいな、殿下。貴方様は国王としての器はございませんでしたが、優秀な王子殿下はまだおられます。陛下も健康的なお体ですので時間はたんとございます。殿下を悪しき見本とし、他の王子殿下達はより研鑽を積むことでしょう」


 私を貶めようとするならば、それに見合う代償を支払ってもらう。

『均衡と調整のバレシアナ』と呼ばれる我がバレシアナ侯爵家は決して許しはしない。


「呆けている暇はございませんわよ、皆様方。あなた方とて他人事ではありませんわ」


 行動で私を貶めたのが王子と不貞相手だとすれば、言葉で貶めたのは先ほどまで二人を祝福するように拍手をしていた者たち。

 未来を夢見ていたのだろう。愚かな。


 笑みは消え、血の気の引いた顔で慌てたように移動する彼らはこれから知るだろう。貴族として許されぬ事をしたと。

 私が王家に嫁ぐのは女として生まれてきた時には決まっていた事だった。偶々私とこの王子が同じ歳だったから婚約を結んだが、次の候補の王子とはやや歳が離れている。私よりも妹の方が適しているだろう。

 必要なのは『バレシアナ』の娘であり、家であり、能力で、私個人ではない。下の王子なら妹の方が相性は良いだろう。妹は妹で可愛らしい笑みの下に冷酷な判断能力を持ち合わせているから。


「殿下との婚約を解消していただくよう、我が家から国王陛下に進言致します。それではごきげんよう」


 私との婚約を失った王子に未来はない。

 私が嫁ぐために費やした時間とお金、その他に見合う天秤のもう片側は王子の未来。仕方ないでしょう。王族であるならば教わっているはずだし、理解していなければならなかったのに。


 私自身はこれから処分が決まるだろう。父からは静観と言われていたけれど、国王がどう判断するか。王妃はうるさそうだ。ことある毎に王家は王家はと言っていたけれど、王妃自身は元々候補にも挙がっていなかったのに国王が王子時代に我を通して選んだ下位貴族の女。

 国王になって初めて実感した事だろう。王妃とはバランスを考えて選ばなければ貴族から忠誠を得られない、と。

 幼い頃から徹底して教育される高位貴族の令嬢が持つはずの知識も覚悟もないのに、王妃の立場だけを享受する女は、やはり政略の重要性を理解していなかった。

 国王の最大の過ち。王太子から国王になる辺りで何となく分かっていたのか、優秀な側室を迎え入れて第二王子以降を産ませた。

 第一王子は不用品となる以上、王妃も不要となる。元々王妃の仕事をしていないのだ。出来ないから。やっている事はお茶会と息子の婚約者いびりだけ。

 側室が王妃の仕事をして公の場にも国王と並んで出ているのだから、王妃は静かに去っていくだろう。いや、本人は騒がしいだろうけれど、静かにさせるだけ。

 国王は若い頃の己を悔いたからこそ、名を捨てた。国に全てを捧げるとかつて己が蔑ろにした貴族に見せて、そこにバレシアナの娘を入れて一度整えようとした。

 尻拭いをバレシアナに押し付けた。本来ならばあと二代は王家に嫁ぐはずではなかったのに。



 学園にいる意味が感じられず、帰宅する。屋敷には妹がのんびりと本を読んでいた。父は執務室にいるのだろう。母は先日、兄と共に領地に向かったのでここにいないのは分かっている。

 家令に父への取次を頼み、妹の元へ向かうと声をかけた。

 図書室の中、膨大な本に囲まれて妹はそこにいた。


「コーリン。私と殿下の婚約は解消されるでしょう」

「まあ、お姉様。何故?」

「不貞です。それも、衆人環視の中で。揉み消しは不可能。王家はあれを処分せざるを得ませんね」

「よろしいではないですか。あれは無能でしたもの。お姉様を捨てる意味を分からない無能が国を統治出来るわけないですね」


 ころころと愛らしく笑う妹はまだ九歳なのに大人びたことを言う。実際に彼女は異端なほどの才能を有している。

 バレシアナの悪魔。

 バレシアナに産まれる天才を人は悪魔という。人畜無害と見せかけてその本性は均衡を保つ為なら倫理観を平気で捨てる。

 妹コーリンはその悪魔だからこそ、王家には向いているし、入れるべきではないとも言える。


「第二王子ですね、私の相手は。お姉様はどうされるの?」

「お父様に委ねます。私は王子の婚約者でなくなっても駒として有用ですもの」

「お姉様ならどこでもやっていけますよね。ちなみに、お兄様がサリュミラ王国の王女殿下に熱烈に求愛されているそうですよ。王女殿下は公爵家を立てるそうですので、婿として来て欲しいとか」

「まあ。聞いていないわ」

「ええ。お兄様は跡取りですからね。私を当主には出来ないとお父様もお母様も思っているから水面下で押さえ込もうとしていたのですけれど、お姉様が婚約解消するなら選択肢は増えますね」


 王子妃教育で王宮にいることが多かった私の知らない所で大変な事が起きていたらしい。

 兄が領地経営の一環で他国に遊学していたのは知っていたけれど、王女殿下に求愛されているならば、私の未来は変わる。


「ユリアナお嬢様。旦那様が今ならば時間が取れるとの事です」

「直ぐに参ります」


 家令が声を掛けに来たので図書室から父の執務室へと向かう。

 執務室は無骨だと思うほど装飾されたものはなく、実用性こそ重視されている。重厚な作りの執務机は歴史を感じさせる使い込まれた色合いをしていて、幼い頃からこの部屋に来る度に見ていた。

 棚も天井に届く高さのものが壁に並べられ、常に美しく整えられている。

 唯一華やかさを見せるのはテーブルと向かい合わせに置かれている長椅子の下に敷かれた絨毯で、まさにこの世で唯一足で踏むことを許された芸術品だと感じさせる荘厳な模様の織り。

 細身でありながら常に険しい表情を浮かべる父の眉間に寄せられた皺がいつもよりも深い。


「ミルヒエ子爵家の息子から早馬で手紙が届いた。あの愚かものがお前に婚約の破棄を言ってきたそうだな」

「はい。殿下と不貞相手を祝福する者たちに囲まれる中、さながら劇のように。とは言えども、バレシアナの名を貶めるなど私には出来ませんので、現実をお伝えしておきました」

「宜しい。これから早急に登城し、婚約は解消とする。破棄としてあちらの有責にするのは簡単だが、それをせずとも堕ちるのは必然」

「不貞には慰謝料請求をお願いします。バレシアナに相応しい額で」


 彼らの浅慮で貶めようとしたバレシアナの名と釣り合いの取れる慰謝料は不貞相手の家を維持出来るか分からない額になるだろう。散々に積み重ねてきた愚行に対して何もしないと思う方が愚かだ。

 貴族は矜持で出来ている。

 反撃の爪と牙は隠し、適切な時を待ち構えて最善の時に相手の首元に噛み付くものだ。爪と牙の無い者が生き残れるほど甘い世界ではない。


「ユリアナ。バレシアナ侯爵家の当主になる気はあるか?」

「コーリンから聞きましたわ。お兄様を隣国へ婿入りさせますの?」

「あの王女殿下は押しが強い。どうしてもガレウスで無ければならないと熱心に手紙を下さってな」

「まあ……その山がそうですの?」


 父が取り出したのは積み重なる手紙の山。これが一人から送られてきたと言うなら、確かに情熱的だ。

 兄のガレウスは妹である私から見ても魅力的な人だ。バレシアナとしての教育を受けているおかげでどんな相手にも公平に対応する。

 平等と公平は異なる。平等とは相手がどんな立場であれ、全く同じ対応をするので結局は差が出来たまま。それに対して公平とは対応に違いはあれども最終的に見れば同じ状態になること。

 令嬢相手だと、結論から見れば頭ひとつ飛び出たような特別な存在がいないと分かる。まさに公平に対応しているのだ。

 見た目だって悪くはない。飛び抜けて美しいとか男前だということはないが、はっと目を引くような顔をしている。母に言わせると若い頃の父にそっくりだそうで、今でこそ険しい顔をする父にも穏やかな表情を浮かべていた時はあったのだろう。


「どこかに嫁ぐよりも、領地を治める方が楽しそうですわね」

「分かった。コーリンはとてもではないが領主にはなれない。あれはその規模で終わらんだろう。王家には第二王子を教育させ、コーリンを出す。ユリアナは私につき、ガレウスは隣国だ」

「畏まりました」


 父がそうすると決めたならばそうなる。

 終わりだ、と言われた私は部屋の外に出て緊張から解放される。やはり執務室に居る時の父は恐ろしい。


「お嬢様。お茶の準備は出来ております」

「わかったわ」


 専属侍女が静かに控えている。メイドなどの使用人は主人達に姿を見られぬよう使用人用の通路を通るので静かな中、自室へと戻る。

 専属侍女のユナとデイジーは私が10歳の頃から仕えている。私よりも少し年上の彼女達に伝えなければならない。


「殿下との婚約は解消となり、私が後継者となります。今後のドレスはそれに合わせてちょうだい」

「かしこまりました」

「衣装部屋の確認を急ぎます」


 驚きは一瞬。しかし聡明な二人は直ぐに受けいれた。兄が後継者から外れる事に疑問を感じないのは、熱烈な求愛を知っていたからだろう。

 私だけ知らないのは悲しかったけれど、公に出来なかったし、サリュミラ王国との関係にまで発展するので仕方なかったと諦めた。

 領地に向かった母と兄に向けて父は王城に向かう前に手配したのだろうか。本当に何もかもが変化していく。

 王家に嫁ぐに相応しい格好として用意していたドレスは後継者となると相応しくない。立場に見合ったドレスや装飾品を身につけなければ恥となる。


「お母様が戻って来られたら当面の装飾品を借りられるよう頼まなければ」


 王子の取り返しの付かない失態は王妃を貶めたい貴族により間違いなく広がる。王妃を認めていない貴族は、彼女が産んだ王子を排除する機会を狙っていた。

 今回の件だって沈黙していた貴族は王子がしでかす事を期待していたに違いない。父は最良の結果を持ち帰ってくるだろう。



***


 バレシアナ家は普段は決して表立って主張はしない。王家に嫁ぐことはあれども王家の血を入れない特殊なあり方を高位貴族は知っている。

 バレシアナ家が出てくる時は貴族間の均衡が崩れている時。この度は未来の王妃選定において国王が自分の欲を優先した。派閥も何も考えずに好みだからと選んだ令嬢。どれだけ言葉を尽くしても、先王が説いても聞き入れなかった為に、次代で調整する事が貴族で行われる当主会議で決まった。

 バレシアナ家の現当主は当時はまだ成人する前だったにも関わらず、必ず女児を儲けるようにと決められ、妻となる女性も決定事項として定められた。

 国王が候補から選んでいれば彼とて結婚相手を選べたし、妻として選ばれた女性も他に嫁ぎ先を選べただろうに。

 今でこそ夫婦仲は良好だが、バレシアナ侯爵夫人と言う立場は言動に殊更注意が必要で、中立の立場から交流する夫人達とも繊細な気遣いが必要となる。


「国王陛下、我が娘が学園にて王子殿下に婚約の破棄を告げられ、してもいない罪を被せられ、更に国外追放という罰を与えられそうになりました。衆人環視の中での出来事で証言者は多くいますが、どのようにお考えでしょうか」


 謁見の間にてバレシアナ侯爵家当主ドミトリスは淡々とした表情で問い掛ける。異例の謁見の申し出からわずか一時間後にはこの場で対面している。内容が内容の為、語る言葉全てを記録する書記官が控え、宰相も同席している。

 国王は玉座について名を捨ててからは君主として決して悪くはない働きをしているが、王妃への扱いは昔と変わっていない。側室を後宮に召し上げ、王妃の仕事を側室に割り振るくらいなら、役に立たない王妃を病に伏せさせる位はしておけば良かったのに。

 ドミトリスは妻であるフェリシアと結婚した事を幸運に思っているが、国王によって自由を奪われた事に対しては未だに燻る気持ちがある。子供を二人は必ずフェリシアに産んでもらわなければならなかった。跡取りとなる子と王家に嫁に出す娘。

 簡単に重鎮達は言ったが、女が子を産むのは命懸けだ。一人を無事に産んでくれただけでも感謝すべきなのに二人は確実に産めと。幸いにしてフェリシアは健康的で産婆も驚く程に安産で二人を産んだ。

 三人目を望んだのはフェリシアで、やはりコーリンを産む時も安産だったが、奇跡だとドミトリスはよく分かっていた。

 コーリンがバレシアナに稀に生まれる天才だと分かった時には悩んだ。バレシアナの悪魔とも言われる異端の天才の教育は難しい。普通の子供として育ててはいけないとされている。

 それでも我が子は可愛い。

 ガレウスもユリアナもコーリンも、ドミトリスにとっては愛しい妻との間に出来た子供だ。

 王家の好きにさせる為に、犠牲にするつもりは無い。

 バレシアナの娘が王家に嫁ぐのは決定事項で変えられない。


「第一王子ナリウスは王位継承権を剥奪する。王命に逆らい、国王が有する権限を侵害した。幽閉する。それに伴い、第二王子には直ぐに王太子教育を施す事とする」

「王妃殿下はどうされますか」

「王妃は廃妃とする。調査段階だが、ナリウスを唆した可能性が高い。あれを選んだ私の罪だ。私が王族としての役割を理解せずにあれを選んだ事であれは増長した。外に放逐しても利用されるだけなので、北の離宮に幽閉する」


 精々病気療養として幽閉するのかと思えば廃妃とする決断を下した事にドミトリスは驚きを隠せない。宰相は顔色一つ変えなかったので彼と話して決めたのだろう。


「我が娘には何かしらの処分が与えられるのでしょうか」

「ない。ユリアナ嬢が静観したのはそなたの指示であろう。分かっておる。貴族は皆ナリウスの失態を待っていた事など」

「左様にございますか」

「ナリウスの振る舞いを止めるのは婚約者の仕事ではない。その為にナリウスの傍には側近候補を付け、護衛騎士や侍従もいた。まずはそ奴らが止めなければならないのにそれも無かった。つまりはそういう事だろう」


 下位貴族の子供達は何も考えずに応援していたし祝福していた。若しかしたら自分にだって可能性が、なんてありえない夢を見ていた。

 伯爵家の令嬢の中にはユリアナに取って代わることを画策していた者もいた。


 側近候補の令息達はこれからの治世を支える有力で力のある家の子供を選んだけれど、その家の当主がナリウスを見極めさせたのだろう。あの王妃の子であってもまともなら支えるように。愚かなら引きずり落とすように、何も進言するなと命じたはずだ。


「第二王子は十歳。ユリアナ嬢とは歳が離れているが」

「年齢と性格を考えてコーリンを婚約者に変更を願い出ます」

「そうなるとユリアナ嬢はどうなる」

「これはまだ確定事項ではございませんが、息子のガレウスがサリュミラ王国の王女殿下より婿入りを願われております。ユリアナは私の後継者として当主教育を行う事になるでしょう」

「なるほど。サリュミラ王国の王女は一人だけだ。公爵になると聞いている」

「その通りでございます。これまででしたらガレウスは国外に出せませんでした。ユリアナが後継者となればガレウスを出せましょう」

「サリュミラ王国との関係を考えればそれが一番望ましいな」


 その後は場所を変え、婚約は解消。第二王子とコーリンの婚約が締結された。

 王妃と第一王子のその後に関しては国王が取り仕切るので、ドミトリスは早々に屋敷へと戻った。

 まだまだする事はあるのだ。第一王子の不貞相手の家への責任追及と慰謝料の請求。サリュミラ王国王女への婚約に関する連絡。後継者交代に伴う諸々の手続き。

 コーリンの教育に関しては問題ないだろう。教師がいらないほどの頭の良さだ。必要なのは淑女教育の方だろうが、ユリアナと言う最高の教育を受けた姉がいるのだから、恐らくコーリンにはそちらの方が良いだろう。

 領地に戻った妻に会いたいと切実に思う。痛むこめかみをぐりぐりと指の関節で解しながらドミトリスは執務室に向かった。



***


 第一王子ナリウスが学園で醜態を晒し、取り返しの付かない大失態となった為に王位継承権を剥奪され、幽閉された。その母である王妃もその一件に関与していた他、王妃としての働きを長年に渡り放棄していた事などから廃妃となり北の離宮に幽閉される事が決まった。

 第一王子ナリウスの婚約者であったバレシアナ侯爵家のユリアナとは婚約が解消された。なお、この解消に伴い一つの子爵家が取り潰しとなったが直ぐに皆の興味は薄れた。

 そして第二王子と歳の近い次女のコーリンとの間に新たに婚約が結ばれた。

 王家とバレシアナ侯爵家との婚姻に変更はなく、恙無く二人は顔合わせを行った。

 第一王子との婚約が解消となったユリアナだが、後継者であったガレウスがサリュミラ王国王女が臣籍降下するにあたり立ち上げる公爵家に婿入りする事になり、ユリアナが後継者へと交代することになった。

 元々、未来の王妃として厳しい教育を受けてきたユリアナには素地があった為、後継者教育は順調に進んでいる。


 当面の問題は、女侯爵となるユリアナの夫の選定である。


「バレシアナと言う家を理解し、私の邪魔をしなければそれで良いのですが」


 積み上がる釣書を前にユリアナは父のドミトリスと母のフェリシアを見る。

 両親は決定事項として半ば強制的に結婚したが、そうとは思えないほどに仲が良い。政略だとしても愛を育めると証明した二人だろう。

 ユリアナとしても結婚するならば思い合える人が良い。こちらから愛を渡してもどこぞの元王子のように蔑ろにはされたくない。


「急ぎはしないのだから、時間をかけて選びなさい」

「そうよ。旦那様のように素晴らしい方はそうはいないでしょうけれど、あなたにはあなたにあったお相手が見つかるはずよ」


 子供の前でだけ両親の甘さは解放される。公の場では弁えた二人だが、家族はそうでは無いと言って恥ずかしげもなくくっ付いている。

 元王子との婚約は決められたもので選びようが無かった。しかし今は選んでいいのだと言う。

 国内貴族のバランスを崩さないような家が前提でまず選別し、その中から良さそうな人と見合いなるものをするか、と両親から目を逸らしつつ考えたユリアナはまた後で見ます、と告げて部屋を出た。


 物事は何事も釣り合いが大事。

 ユリアナは近い将来、家門としてのバランスが良く、そして熱烈に愛を告白してくる男性に絆され、彼の思いに釣り合うように愛を注ぐ事になるとはこの時予想もしていなかった。


※誤字脱字報告いつもありがとうございます。


誤字脱字が何故こんなに多いのか。

書き終わった後に読み直しても脳内で補正が掛かって見つけられないのです。

こんちには、とあれば人は無意識に、こんにちは、と脳内補正があるそうで。

まあ言い訳です。ごめんなさい。

報告者様が丁寧な仕事をしてくださるお陰で救われています。


宜しければ、間違ってる単語があればそのまま訂正をお願いします。

「」などが付いていると訂正→本文編集から「」を消すの作業が入り、どこか分からなくなるのです。

注文をつけてもうしわけありません。

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