第五十七話 蝦夷、樺太平定戦
「うぬぬっ! 信長め! 将軍たる余を蔑ろにしおって!」
京都烏丸中御門第において、将軍足利義昭は一人吠えていた。
地位でいえば日の本を統治する立場にある義昭であったが、今の彼は織田信長の傀儡にすぎない。
信長の勢力拡大を阻止すべく、彼に将軍の地位へ引きあげてもらった恩も忘れて各大名に手紙を出し続けた。
その動きはすべて信頼している重臣細川藤孝によって信長に漏れていたが、その前に地方の大名達は京に上洛する力を持っていなかった。
信長と積極的に戦った者もいたが、今ではそのほとんどが滅ぼされるか臣従している。
残るは九州のみであり、義昭はまた積極的に手紙を九州の各大名に出した。
だが、今の九州は九州探題である大友家が衰退し、竜造寺家、島津家などの勢力が伸長して三国志状態になっている。
この状態で、京に出兵など不可能に近い。
それがわかっているから、義昭は一人怒りに身を震わせているのだ。
「こうなれば、柴田、明智、羽柴などに命じて信長を討たせるのだ!」
義昭の発言に、藤孝は内心苦笑していた。
この状況でその三人が、わざわざ義昭に従って信長討伐に応じるわけがないからだ。
そんな事をしても一文の得にもならず、逆に破滅への第一歩なのだから。
「そうだ! 津田にも手紙を出そう! あの下賤な一族に名誉なり高貴な名跡を与えてやれば従うはずだ!」
「(そんなわけがあるか)」
藤孝は、義昭の発言を内心でバカにする。
津田光輝は、高貴な血筋やら、偉大な先祖など必要としない。
関東や東北において、それのみを誇って生き残りを怠った名族が多数滅亡している点から見ても、義昭からの要請など受け入れるはずがないと。
光輝は優れた統治で領民達に慕われており、今では生き残った自称名族が一揆を起こそうにも人が集まらない状態であった。
そんな津田家に名跡を名乗る許可など褒美で出しても、信長に反乱などするはずがない。
第一義昭は、今まで散々光輝の事を下賤の身分だとバカにしていたのだ。
光輝なら、何食わぬ顔で義昭でも殺しかねないと藤孝は思っていた。
「そうだ! 手紙を出すのだ!」
藤孝は呆れつつ、いつも通りに信長へと報告を行う。
早くこの仕事を終わらせて、どこぞに領地でも得たい藤孝であった。
そろそろ九州討伐軍が編成されると噂になっていた頃、光輝は今日子と共に石山を訪ねていた。
お市、葉子、幼い娘達も同行していて、新造したばかりの大型ガレオン船にて石山に到着している。
今日子は、謙信のように信長にも診察と健康指導を行っていた。
「塩分は控えないと駄目ですよ。卒中の原因になりますから」
「謙信坊主と同じか。しょっ辛い方が美味しいではないか」
「塩分を抑えても美味しい調理方法などを教えますので」
それでもまだ死ぬわけにはいかない信長は、今日子から食事メニューの例などをもらってそれを実践する事を約束した。
「お市も元気そうで何よりだ。ミツは夫としてどうだ?」
「お優しいので、何ら苦労しておりませぬ」
今日子とも仲がいいし、五人も産んだ娘を取り上げたのは彼女である。
葉子とも仲がよく、光輝は他所に女を作るほど度胸のある人間でもないので家族仲は良好であった。
「江戸の町は、遊びに行くと面白いですから」
開発によって日進月歩で町は拡大しており、買い物や行楽をしても楽しく、江戸近隣にも観光地が多数あって、光輝は暇があれば家族サービスを行っていた。
他の武士とはまるで考え方や行動が違う夫であったが、お市はそういう光輝を好ましいと思っている。
「そうか、それはよかった」
光輝が持参した珍しい食材などを使った夕食を終えたあと、光輝は信長に一通の密書を渡した。
差出人は、当然足利義昭であった。
「今まで、あの方がこんなものは寄越した事はないのですが……」
「ミツ、封を切っておらぬな」
「見ても碌でもない事が書いてあるのは絶対ですから。あの方が、俺に季節の挨拶など寄越すと思いますか?」
「思わぬな」
信長はニヤっと笑いながら、手紙の封を切る。
中身は、兵をあげて信長を討てという内容になっていた。
「こういう密書って、事を成したら副将軍にしてやるとか、色々と魅力的な条件とかが書いてありませんかね?」
「普段からミツを下賤な者と言っている御仁だ。そんな者を副将軍になどしたくないのであろう」
義昭は、古きよき足利幕府の再興を目指している。
そこに光輝の席など作りたくはあるまいと、信長は義昭の考えを述べた。
「無料働きは嫌なんですけどね」
「そうよな。実はこの文、サル、キンカン、権六などにも送られておる」
「放置してもよろしいのですか?」
「監視はしておるし、九州が終われば用済みだ。せめていい寺に再出家させてやろう」
信長は天下を統一したら義昭に将軍位の辞職を迫り、同時に足利幕府を終わらせるつもりであると光輝に話す。
「ようやく実情に沿う地位になるわけですか」
「ミツも口が悪いな。九州は、兵を出さなくてもいいぞ」
「はい、政宗君がとても頑張ったようですから」
蝦夷に追放された伊達政宗は、短期間で蝦夷のほぼ全域を平定した。
大分無茶をしたようで、各アイヌ部族からかなり恨まれているようであったが、その力を背景に大軍で東北に上陸しようとしていると、小太郎から報告が入っている。
「どんな無茶をしたんだろう。蝦夷は広いのに」
政宗は南樺太のアイヌ部族にも朝貢を行わせ、伊達家の支配下に置いていると報告が入っている。
「さてと、政宗君は次はもっと北へ追放かな」
「ミツは、伊達家の当主を踏み台にするの」
「だから捕えても生かしているのですよ」
統治体制の強化に、続いた軍役で疲弊した諸将への配慮などから、九州への出兵は天正十一年の春からとなった。
先陣は明智光秀であり、大半の諸将が兵を出したが、光輝はほぼ全軍をあげて蝦夷、樺太平定に乗り出した。
この動きに伊達政宗はまたしても先手を取られ、それでも兵を集めて対抗しようとしたのだが、津田軍八万人と、五百隻を超える大水軍、元伊賀国人で間諜を束ねる百地三太夫を使ったアイヌ部族への調略で、伊達軍は戦う前から敗北が決定した。
「三太夫、ご苦労」
「伊達家の支配は性急すぎでしたな。いくらでも隙がつけます」
元は伊賀国人であった三太夫以下百地一族やその配下達は、将来に行われるであろう津田家による蝦夷、樺太平定作戦に備え、現地に草として潜り込んでいた。
現地の風習や言葉を覚えて現地人になりきり、津田家と交易をしながら蝦夷と樺太の情報を集めていたのだ。
「伊達家の横暴に対し、津田家が保護を行うという伝言はすべての部族に伝えてあります」
「そうか。平定作戦が無事に終われば、三太夫が勲功第一であろう。引き続き、蝦夷と樺太の諜報責任者として頑張ってくれ」
「畏まりました」
光輝は、三太夫達を褒めてから大量の褒美を渡した。
「ありがたき幸せ、引き続き任務にまい進いたします」
以上のような経緯があって伊達家側は一万人ほどしか兵が集まらず、わずか数時間の戦闘で二割以上を討たれて降伏する羽目になった。
「やあ、元気だったかな? 政宗君」
「津田光輝ぅーーー!」
降伏したにも関わらず、政宗は光輝を射殺さんばかりの視線で睨みつけ、大声で吠えていた。
「頑張ったみたいだけど、もう少しアイヌ部族の人達に気を使わないとね」
内心で下だと見下して力で強引に従わせようとし、逆らった者は見せしめで討ち滅ぼそうとしたせいで、伊達家はアイヌ達の支持を得られなかった。
伊達家よりも力がある津田家の存在を知った途端に裏切られてしまい、政宗は孤立して降伏する羽目になってしまったのだ。
「お前らとて、アイヌへの対策などそう変わらないだろうが!」
「そうかな?」
交易では公平な立場で接するように命じ、それに違反した商人は処罰している。
そのおかげで、彼らはこぞって蝦夷の特産品を津田家に売ってくれるようになった。
中間搾取者がいないので、津田家も大儲け、アイヌ側も大満足、どちらも得をするウィンウィンな関係を築けたのだから。
「これからは蝦夷と樺太も津田家の支配下に入るけど、ちゃんと利益供与も行うから」
防寒に優れた家屋、衣服、ジャガイモやテンサイ栽培などの農業指導、その他にも様々な技術や文化を与え、時間をかけて日本に同化させる政策を既に立案している。
しっかりとした補助をしながら、本土からの移民も行う予定であった。
「というわけなので、もっと北に逃げるのなら追わないけど」
「その甘さが、お前の命取りだぞ!」
三度政宗は、光輝によって北方に追放された。
その場所はシベリアと呼ばれる場所であり、さすがにかの地の開発や平定には困難を伴い、政宗の代では伊達家は二度と津田家には侵攻して来なかった。
政宗は苦労してシベリア、アラスカ、中国東北部の一部などを切り取り、後世において日系国家『北日本共和国』建国の父と呼ばれる事となる。




