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今は亡き竜のギフト

作者: 日室千種

 動物神は十二柱。レテは十二歳で、竜の神の世話係となった。

 世話係は家族から離れ、神の側で暮らす。


 竜の神は無口で穏やかで、岩蜥蜴に似た姿に翼と牙と角はあるが、幼児めいたまるい形と大きさで、怖くない。

 竜の神は、レテが食事時を忘れて遅れても怒らない。体を洗うときも爪と牙を隠すようにじっとしている。レテが怖がるだろうからと、レテが来ると決まった時に体を小さくしたのだと、神官たちは言う。

 竜の神はいつも、レテの隣にいた。

 レテがたまに足で押しのけても、懲りずにいつも隣にいた。


「鼠の神さまも兎の神さまもふわふわ。神の王白虎さまの美しい縞々の毛皮ももふもふ。なのに、わたしの神さまはゴツゴツ固い。どうしてもふもふじゃないのかな」


 レテは不満を言うが、深い緋色にきらきらする額の角は気に入っている。


「それに世話係は普通にお母さんになったり、好きな土地に住んだり、自由がないのもちょっと残念」


 何もかも禁止されているわけではない。竜の神は、レテが趣味を楽しんでもきっと怒らない。

 実家にいた時だって弟妹の世話や家事で忙しく、自由な時間なんてなかった。

 だから、これはただの夢。幼い娘がお姫様を夢想するようなもの。


 そのはずだったのに。

 竜の神はまもなく目を閉じたまま動かなくなった。


 レテのせいだという神官がいたが、レテは信じられない。レテはただの世話係。神さまの何を傷つけることができるだろう。

 そんなことより、レテはただ寂しかった。


「いなくなってしまうの?」


 物心ついてから、レテはずっと満たされなかった。

 竜の神がレテだけを見て、いつもレテの隣にいたから、少しずつ心の杯が満ちてきたのだ。だからこそ、もっと触れ合うことのできる柔らかな体の神がうらやましかった。

 レテは世話をする以外で初めて、ゴツゴツした背中を撫でた。


 暁に、竜の神は溶けるように消えてしまった。

 レテに緋色の角を残して。

 自由を、くれたのだろうか。だが自由になっても、したいことなど何もない。

 レテは毎晩、角に縋って眠った。




 死病が流行った。

 竜角は万病の薬となる。だがレテにとっては、今や夢かと疑う竜の神との唯一の絆だ。


 誰も、神の王白虎でさえ、レテに命じなかった。

 真の自由とはなんと重たいものだろう。

 レテは最後に竜角を撫でて、病の根絶に使うと決めた。

 竜の角は無くなった。




 神域を去るレテは何も持たなかったけれど、

「ありがとう」

 寂しい夜を越え、レテ自身が今、きらきらと輝いていた。

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― 新着の感想 ―
丸くてちっちゃい上にレテに足で押しのけられても隣に陣取る竜神さまがあまりに可愛いのに……結末が……泣いちゃう……でもこの切ない感じが好きです……。
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