4. おじさんのキノコ
僕たち3人は、『キノコの里』を目指して森エリアを進んでいた。
現在歩いているのは平原にある『街道』に相当するような、森の中の安全ルートである『獣道』である。まぁ正確にはこちらは完全な安全地帯ではないのだが、それでも格段に敵が少ないので旅程は順調だ。
ちなみに僕は料理スキルの使い方を調べながら歩いている。本当は姪がクエストを受けている間に調べる予定だったのだが、ついつい夢中になって見守りすぎた弊害であった。まったく罪なかわいさだぜ。
「早く着かないかなぁ。やっぱりキノコの里って言うぐらいだし、キノコいっぱい生えてるのかな?」
「きっと住民がキノコ人間なのにゃ」
「それは色んな意味で怖いからやめろ」
「あはは、確かにそれはちょっと怖いかも……ん?」
「るぅちゃん? どうかした?」
「いや、アレなんだろ?」
「アレって? ……あ、確かに何か落ちてるね」
「枯れ木かなにかかにゃ?」
そんななんでもない会話を弾ませながら歩いていると、ふと前方に何かが落ちているのを姪が発見した。
まだ距離があるのでよく見えなかったが、道を横切るように何かがあるのは分かった。道幅ほどの長さは無いし、高さもおそらく跨げる程度だろう。障害物というわけではないのだが、こんな道端に何が落ちているのだろうかと少しだけ気になった。
やがて近付いてくると全貌が明らかになったのだが、その正体は思いもよらないものだった。
「やぁ、お嬢ちゃんたち。いい天気だね」
「えぇ……?」
それは人だった。地面に寝そべって空を見上げる、1人のヒゲ面の男であった。
藁で編んだマントのようなものを掛け布団代わりに身体に被せているのを見ても、明らかに道路の真ん中を塞ぐようにして寝ているヤバい奴である。僕は困惑しながら警戒を強めた。
「おじさんこんなとこで何してるの? 道の真ん中で寝てたら危ないよ?」
だが姪はそんな怪しい男にも見た目での偏見など持たず、善意を持って話しかけていた。こんな不審者にも優しさを振り撒くとか天使かよ。でもその優しさが仇になることもあるからあとで注意しておかないと。
そう僕が密かに決心していると、男はチラリとこちらに視線を移しながら答えた。
「いやぁ、敵との戦いで状態異常の『麻痺』を食らってしまってね。動けなくて困っていたんだよ。なんとかこの『隠密の隠れ蓑』を被ってやり過ごしはしたんだが、麻痺がどうにもならなくてね」
「そうなの? 大丈夫?」
「あまり大丈夫じゃないんだが、君たちが通りかかってくれてちょうど良かった。おじさんを助けてくれないか?」
僕はその男のことを第一印象では完全に不審者だと認識していたが、話してみると意外にも事情があってこんなところで寝ているようだった。ただの不審者という認識は改めるべきだろう。
とはいえ視線が明らかに姪やミィの衣装から露出した肌へと向けられており、たまに僕の胸もチラ見してくる辺り変態であることは明らかだ。男なら気になるのも仕方ないが、いくらなんでも限度があるだろう。ここまで露骨にジロジロと見られては擁護のしようもない。僕は目の前に横たわる男をロリコンで変態の不審者という認識にアップデートした。
「しょうがないにゃあ。任せるにゃ、いま楽にしてやるのにゃ」
「おお、ありが……ちょっ待ってくれ! そうじゃなくてさぁ!?」
そんな視線を同じく感じ取ってか、ミィはトドメを刺そうと右手の指先に妖力を込めて構えた。ミィは常に素手なので分かりやすく武器を構えたわけではないが、しかし何か危機感を感じたのか、男は慌ててそれを制止する。
その甲斐もあってなんとか爪が振り下ろされる前に止めることに成功し、男は一命を取り留めた。
「うにゃ……でもミィ、状態異常を直す手段はこれしか知らないのにゃ」
「あたしも斬るだけで治すとかできないしなぁ。薬とかも持ってないし……」
しかしながら話を聞く感じ、どうやらあくまでもミィは助けるための1つの方法としてトドメを刺そうとしていただけだったようだ。善意の殺意とか怖いわ。確かに死に戻りで復活すれば状態異常も治るけども。
だがそんな強行手段を取られては堪らないとばかりに、男は事情を説明し始めた。
「いやいや、そんな特別なスキルなんかは要らないよ。おじさんがやられたのは『マタゴン』の胞子だからね」
「マタゴン?」
「巨大なキノコ怪獣のボスモンスターさ。そいつの飛ばす粘菌を当てられると、状態異常をもたらすキノコが身体に生えてしまうんだ。君たちもこの先に進むなら気を付けた方がいい」
「なるほど」
「で、ここからが大事な話なんだが。マタゴンに状態異常系のキノコを生やされると、かなり長い時間その状態異常が残ることになるんだ。具体的にはキノコが枯れるまでの間だね。だが逆に、寄生したキノコを取ってしまえば治療系のスキルなんかなくても治すことができるというわけさ。つまりお嬢ちゃんたちのそのかわいらしい手で、おじさんのキノコを掴んで抜いてくれればスッキリ治るというわけさ」
なるほど、だいたい理解した。麻痺のキノコが身体から生えているから、引っこ抜けと。言いたいことはそういうことなのだろう。
だがしかし、どうにもこう意味深な言葉遣いで言われると助けようという気が無くなってしまうのだが。おじさんのキノコとか言うのやめろよ、触るのに抵抗が出てくるだろうが。そもそもウチの姪も聞いてるのにセクハラ発言してんじゃねぇよ変態野郎、ぶっ殺すぞ。
「わかった! おじさんから生えてるキノコを掴んで抜けばいいんだよね?」
「ああ、任せたよお嬢ちゃん。優しく頼むよ」
「それでキノコはどこに生えてるの?」
「隠れ蓑の下だよ。服の上から生えてるからね、どけてくれればすぐ分かるはずさ」
それでも純粋無垢でピュアな姪は言葉通りの意味でしか理解していないらしく、そんな変態男の悪意さえ含んだ頼みを快く引き受けた。
正直こんな最低の男を助けてやる筋合いは無いので今すぐ姪を止めたいところだが、そうしてしまうと姪が今までセクハラを受けていたのだと気付いて傷ついてしまうかもしれない。かといって何も言わず姪を連れて立ち去ったりすれば、人助けをしない冷たい叔父として僕の印象が悪くなってしまうかもしれないし……くそっ、なんて難しい問題なんだ! 姪は守りたいが姪に嫌われるのも耐えられない……僕は一体どうすれば……!
そんな葛藤をしている間に、姪が藁のマントを男の上から引き剥がした。その下には、確かに服の上から1本のキノコが生えている光景があった。
「――えっ?」
「は?」
「にゃっ!?」
「どうだい? おじさんのキノコは」
いや、確かに服の上からキノコが生えているだけだ。変態とはいえマントの下が全裸だったりしないあたりも、全年齢対象ゲームとして相応しい光景ではある。……ではあるのだが、生えてる場所が悪すぎる。なんでちょうど股間の位置にキノコが1本そそり立ってるんだよ!? 形まで変にそれっぽいし完全に確信犯じゃねぇか!
僕はすぐさま、この汚いモノをこれ以上見せないために姪の目を両手で塞ぎに動いた。
「なにこれチンむぐっ」
「ストォップ! 女の子がそんな言葉使っちゃダメでしょうがぁ!」
そのままの動きでついでに口も塞ぐ。既に動き始めていたお陰で、なんとかギリギリ間に合った。
僕は男への警戒を強めつつも、とりあえずピンチを1つ乗り切ったことを僅かに安堵する。危うく変態野郎の思う壺になるところだった。姪の可憐な声でそんな卑猥なセリフを言わせるわけにはいかないのだ。
「チ○ポにゃ!」
ミィはそのまま言い切ったが、そこまでは止める筋合いも無いし流石に僕の管轄外だ。あとで保護者に、姪の教育に悪影響だとクレームを入れることにしておこう。
「ククク……躊躇いなく口に出す子も、照れて恥ずかしがる子も最高だな……」
そんな僕たちの様子を見た男が思わず小声で感想を呟いたのを、僕の狐耳が逃さず拾った。恐らく後者は僕のことを言っているのだろうなと分かってしまうばかりに、自分がそんな目で見られているのかと背筋がゾッとする。正直聞き取ってしまいたくはなかったのだが、残念ながらこの狐耳は地獄耳なのだ。つくづくロリ巨乳狐娘というのは難儀な組み合わせである。
「るぅちゃん、ちょっと離れてあっち向いてて。ここは僕たちがなんとかしとくから」
「ん、別にいいけど……誰がやっても変わらなくない?」
「おとなしく言うこと聞いたら今度帰る時ケーキ持って行くから」
「イチゴとチョコクリームのやつでおねがいします!」
これ以上姪を変態と関わらせるわけにはいかないと判断した僕は、多少強引だが食べ物で釣って姪を戦線離脱させた。思わぬ出費ではあるが、姪が喜んでくれるなら出費以上の価値のあるリターンが期待できるのでノーダメージだ。そこは問題ない。
「このキノコを取ればいいのにゃ?」
「ああ。採取の基本は優しく手掴みだ、くれぐれも爪を立てないようによろしく頼むよ」
「うにゃ……ミィ不器用だから自信ないのにゃ。アン、任せても大丈夫にゃ?」
「うん、任せて」
「ほう、狐耳ちゃんがやってくれるのかい? 君たち皆かわいいからね、誰でもおじさん大歓迎だよ」
「とりあえず通報してからな」
「ん?」
先程は言葉の裏に隠したセクハラだったのでどうするべきか悩んだが、今は違う。ここまで直接的にやられたのなら、それを理由に対処したとしても姪も理解してくれるだろう。
というわけで僕は、メニューを操作して目の前のプレイヤーを『通報』した。この男が本当に偶然股間にキノコを生やされて困っていただけという可能性は無いわけではないが、それなら通報が無効になるだけだ。運営はあくまでも通報を元に、行動ログを調査して判断するはず。
「通報するのにゃ? 確かに人間の社会ではアウトな行動だしにゃぁ、間違った判断でもないのにゃ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよお嬢ちゃん。一旦落ち着こう? な? イタズラ通報は運営にも迷惑がかかるから怒られるぞ? やめといた方がいいと思うけどなー?」
「イタズラだぁ? こんなの明らかに公序良俗に反するセクハラ行為だろうが。よくもウチの姪に汚いモン見せつけてくれたな、どう落とし前つけてくれんだ? おぉん?」
「そ、そこはホラ……おじさんは敵に生やされたキノコを見せただけだからね! 勝手にいやらしいものを連想した君たちが悪いんだよ!」
「ほーぉ、あくまでシラを切り通すと。いや、実際そうなのかもしれないからな。あとは運営の判断に任せるとするか。僕たちの方が悪いんなら通報は無効だし、無実のアンタは何も気にする必要は無いよな?」
「うっ……あ、あぁ……」
その男は自らの無実を主張してはいるものの、明らかに通報されたことに対して動揺していた。明らかにクロだな、罪を指摘された時のリアクションが挙動不審すぎる。ていうか逆になんで通報されないと思ってたんだよ。
「よしっ、通報完了っと」
「せ……せめて最後に、キノコを取って麻痺を治してくれないか? 助けてくれるって約束だったじゃないか、頼むよ」
「約束した覚えは無いけど……まぁいいか、どうせキノコは取ってやるつもりだったし」
「おお! ありがたい!」
男はもはや諦めの境地の表情だが、最後に目的だけは果たしたいという様子だった。なんというセクハラへの執念なのか。
とはいえ僕も通報こそしたが、助けないつもりは無かった。なにしろ僕がなんとかするからと言って姪を待機させているのだから、結局麻痺したまま放置された男の横を姪と一緒に素通りするのも不自然というものである。なのでここは姪との約束通り、男を助けてやる必要があった。
だが目の前の変態男の目論見に乗せられるつもりはない。不本意ながら今の僕の見た目でこの位置のキノコを手掴みで取れば、変態を喜ばせてしまうだけだからである。あと僕自身がなんか触りたくない。なので僕が選んだ手段は――
「ミィ、やれ」
「にゃ? ミィがやるのにゃ?」
自らの手を汚さずに猫の手を借りる、これが正解。
ただまぁそのままミィが手掴みで行ったのでは、それはそれで相手の思う壺だ。向こうとしては僕たちの中の誰でも良いわけだし、僕がやらないだけでは何の解決にもならない。だから僕はミィへと追加の指示を出す。
「うにゃ……でもミィ本当に不器用だから、多分キノコの採取は失敗するけど本当にいいのにゃ?」
「いいよいいよ、おじさん的には不器用なりに一生懸命やってくれればそれはそれで良いからね!」
「テメーは黙ってろ。ミィ、どうせこんなとこに生えてるキノコなんか後で使いたくないし。採取しなくていいから、触らずに爪で処理すればそれでいい」
「触らずに爪……? なるほどにゃ! そういうことならお任せなのにゃ。爪!」
「ひっ!?」
「っ……!」
そして僕の指示を受けて、姿勢を低くしたミィが右手を真横に一振り。その指先から数本の真空の刃が飛び交い、瞬く間に変態男の股間のキノコを輪切りにして切り刻んだ。
あくまで寄生していたキノコが切れただけではあるのだが、その光景は男に恐怖を与えるのに充分だった。見てみろ、もう麻痺は無くなったはずなのに大の大人が震えて動けなくなっている。まぁこういう形の物が無惨に切り刻まれる様子を見せつけられれば無理もないだろう、その気持ちは僕にだってよーく分かる。それはそれは痛いほどに……気持ちは……わ、わ、わか……
「どうにゃ、上手くできたのにゃ! これで解決だにゃあ! ……にゃ? アン、股のとこ抑えてどうしたのにゃ?」
「な、なんでもない……」
ちょ、ちょっとやりすぎじゃないかな? 今はもう付いてないのに、僕までヒュンッってなったんだが? ミィお前よくこんな……よくもこんな非人道的なことできたなぁ!?
傍から見ていた僕でさえそれほどの精神的ダメージを負ったのだ、主観視点で自らのモノを自己投影していたであろう変態男など一体どれほどの恐怖を感じたかは想像に難しくない。本来ならば僕の姪にセクハラを仕掛けた罪はとてつもなく重いので一切の慈悲はないのだが、それでも流石に少しだけ同情した。
「あ、消えたにゃ」
「強制ログアウトしたか……ん?」
そのまま恐怖に引き攣った表情で男の体が消えたので、てっきりあまりの精神ダメージから強制ログアウトを喰らったのかと思ったのだが。しかし男が消えると同時に、僕の目の前にシステムメッセージが表示された。
【情報提供のご協力へのお礼】
【悪質プレイヤーの通報ありがとうございます。調査の結果、当該プレイヤーの迷惑行為が発見されましたのでアカウントを仮停止いたしました。】
【今後とも、お子様も安心のより良い環境を目指すオンラインゲーム『リンクリアルオンライン』をよろしくお願いします。】
相変わらずマジで仕事早いなこの運営。もうアカウント凍結したのかよ。
まぁ仮停止って書いてあるし、これから詳細に調査して正式な処罰を決めるんだろうけど。それでもこの初動の速さは目を見張るものがある。これなら安心して姪を遊ばせられるというものだ。
「……ま、なんにせよこれで一件落着だな。るぅちゃん呼び戻してさっさと進むか」
「そうだにゃ! マツタケがミィたちを待ってるのにゃ! るぅー! 終わったから早く戻ってくるのにゃー!」
「あ、はーい! 待ってー!」
変なところで足止めを食らってしまったが、なんとか無事に片付いた。事が済んだので呼び戻そうと姪の方を見てみれば、言いつけ通りに結構な距離を離れてくれていたようだった。途中で姪に見せられないような残虐な出来事もあったし、ちょうどよかったと胸を撫で下ろす。
と、そこでふと道端に輪切りにされた麻痺キノコの残骸が落ちているのを見つけた。先程の男に生えていたキノコである。
ある意味では敵として僕たちに立ちはだかったキノコだが、出会い方さえ違えば彼もまた違う運命を辿っていたのだろう。変態に利用されてしまった為に悲惨な最期を迎えてしまったが、キノコに善悪など有りはしない。
それになんというか……僕も最近、キノコを失くしたようなものなのだ。どことなくその残骸に、もう戻ってこないかつての相棒の姿を重ねて少しセンチメンタルな気分になった。そんな感傷に浸りながら、僕は静かに手を合わせた。
「……成仏しろよ」
「あんちゃん何してるの? いくよー」
「うん、今行く」
かくして障害を乗り越えて、旅は続く。
変態を撃退した僕たちは再び、『キノコの里』を目指して道を歩き始めたのだった。




