3. 子供には早いキノコ
懲役10分という重い刑罰を乗り越えた僕は、無事に出所した。これにて完全に自由である。もう自由なのでなんでもしていい。なんでもはダメだが。
「帰還の巻物、プリミス!」
そういうわけで刑務所の敷地から出てすぐさま使ったのは、一度行ったことのある街へと瞬間移動する課金アイテム『帰還の巻物』だ。
刑務所自体はプリミスの街の中にあるのだが、北西の辺りに位置する施設なので、南門付近にあるクエストボードとはかなりの距離がある。この街はたとえ端から端までゆっくり歩いたとしても徒歩10分ほどの距離ではあるのだが、それでも今の僕には1分1秒すら惜しかったのだ。ならばどうすればいいのかと言うと。
「ゴメンるぅちゃん、お待たせ!」
「あっあんちゃんだ。逮捕されたのに結構早かったね」
「うん、刑期以上に無駄に待たせるわけにもいかないから」
このように帰還の巻物が街の正面入口に転移する仕様を利用すれば、プリミスの街の正面入口である南門付近のクエストボード前で待っている姪のところにはすぐさま辿り着けるというわけだ。
もちろん衛兵に連行される途中で姪に連絡は入れたので事情は話してあるが、だからといって最速で来ない理由にはならない。無為に姪を待たせるなど更に罪を重ねるに等しい愚行だ。僅かな時短の代償は30円だが、姪の貴重な時間は例え僅かでも値千金。どちらの方が価値があるかなど比べるまでもなかったので、課金アイテムだろうと僕は迷わず使用した。僕は姪のためならエリクサーだろうとガンガン使うタイプなのだ。
「それでるぅちゃん、クエストはもう受けたんだよね? 今日はどこ行くの?」
「クエスト? ……あっ! ゴメン、忘れてた!」
「あ、あれっ?」
そんな必死に遅れないよう現場に到着した僕であったが、しかしその熱意は空振りに終わった。
確か今から出発だと言っていたので、てっきり既にクエストを受けている状態で僕を待っているのだと思っていたのだが。どうにも話を聞いてみれば、これからクエストを受けて出発するところ……という意味であったらしい。
「いやでも、忘れてたって……ハッ!? もしかして捕まった僕のことが心配でクエスト選びも手に付かなかったとか?」
「いや、ミィちゃんに強化スキルのこと教えてもらってた」
「なんだ違うのか……って、ん? ミィ?」
「そうだにゃ。なんか今日はケントが忙しいとか言うから、るぅと遊びに来たのにゃ」
もしかすると僕の身を案じていてくれたのだろうかという予想が外れたのは残念だったが、しかしもっと予想外なことに、その場にはミィが居た。出所して久しぶりに会えた姪の眩しいほどのかわいさに目が眩んで気付かなかったが、どうやら最初からこの場に居たようである。
なんでも昨日は僕が≪剛体≫のやり方を教えられなかったということで、元祖であるミィに直接教わっていたらしい。
姪とのマンツーマンレッスンの機会を盗られてしまったのは残念だが、僕には出来なかったことなので仕方ない。姪のスキル習得が最優先だ、今回だけは見逃してやる。次は無いぞ。
「なんかアンから殺気を感じるのにゃ……ミィ何か怒らせるようなことしたにゃ?」
「気のせいだよ」
そんなことを考えていたら少し殺気が漏れてしまっていたようだ。姪はそんな僕の様子に気付いていなかったようなので、すかさず誤魔化しておく。危ない危ない、少なくとも姪の前ではいつもの優しい叔父でないと。というか殺気とか感じ取れるミィも大概だな。
「ていうか、こんな人通りの多いとこで練習してて良かったのか……? ≪剛体≫って結構ワケ有りなスキルなのでは?」
「大丈夫だにゃ、個人会話で教えてたのにゃ」
「ああそれなら大丈夫……か?」
僕は≪剛体≫をミィが何故か持ち込めてしまった他ゲー由来のスキルだったと記憶しているので、こんなオープンな場所で教えて大丈夫なのか気になったので聞いてみたのだが、意外にも一応そこは対策しているらしかった。
しかしミィの教え方を思い返してみると、言葉によるところは少なかったように思うのだが。個人会話を使うことで言葉を漏らさなかったとしても、あまり効果が無いのでは? と思わなくもなかったが、まぁ仕組みを説明されなかったらほとんどのプレイヤーは何やってるか分からないだろうし別にいいかと雑に納得した。
というのも、情報漏洩の危険性の確認なんかよりも僕には気になることがあったからである。
「まぁいいや、それでどうだった? 使えるようになりそう?」
「ううん、やっぱあたしだと無理そう」
「そっかぁ……」
僕が最優先で確認すべきこと、それはもちろん姪のスキル習得の可否である。イチ早く状況を把握し、習得できそうなら褒める、無理そうなら慰める。それが叔父として果たすべき役割だからだ。
「大丈夫、≪剛体≫が習得できなかったとしてもるぅちゃんは充分強いよ。それに他にもスキルはあるはずだし、それだけが強くなる手段じゃないから。元気出して!」
「ん? いや、あたしが覚えられないのはサラさんから聞いて大体わかってたし、そんな気にしてないけど。ミィちゃんに確認してみて、やっぱり『魔力感知』とか『魔力操作』いるなーってなってただけだし」
「あ、そう? ならいいんだけど」
だが姪は強かった。流石は可憐さと強かさを兼ね備えた自慢の姪である。僕が慰めるまでもなく、落ち込んでなどいなかったようだった。まぁ確かに無理なのは昨日の段階で分かってはいたか。
「ま、あんちゃんも来たし今日のクエスト決めよっか。やっぱり森エリアかな?」
「ミィより強い奴に会いに行くのにゃ!」
「あー、それなんだけどさ」
「ん? どしたのあんちゃん?」
そんな状況の確認も済んだところで、改めて本日の目標を決めることとなった。姪とミィはクエストボードへと向かおうとするが、しかし僕はそんな2人を一旦引き留めた。
まだクエストが決まっていないのなら、ちょうどいい案件を持っていたからである。
「実は僕さっき捕まってる時に、牢屋で囚人からサブクエストを受けてきたんだけど」
「おぉー、なんか限定っぽいクエスト? 面白そう」
「うん、一応滅多に行く機会の無い場所で受けたクエストだからね。実際あんまり知られてないんじゃないかな?」
「普通は逮捕されたりしないのにゃ」
ミィに普通を説かれるのはなんとも釈然としない部分があったが、しかし言ってることが正論すぎて僕にはどうすることも出来なかった。
なので僕は僅かに顔を顰めながらも、言い返したりせずにグッと堪えて話を続けた。
「で、なんでも『キノコの里』ってところの奥地にマツタケを採りに行くのが目的らしいんだけど」
「マツタケ!? 今マツタケと言ったにゃ!?」
「なんかミィめっちゃ食いついてきた!?」
目的地の難易度が分からないので強い敵とも戦えるかもしれない……と続ければミィも食いつくだろう、と思っていたのだが。
しかしそんな必要も無く、ミィは物凄い勢いでマツタケという部分に食いついてきた。何こいつマツタケ好きすぎだろ。
「あーでもそっか、ミィって色々食べれないものが多いんだっけ? キノコ類もダメだったり?」
「いや、キノコは食べても大丈夫だにゃ。でもケントがケチなせいでマツタケは食べたことが無いのにゃ」
「あー……」
そんなオーバーリアクションから、そういえばミィは食品関係で訳アリだとか言ってたなと思い出したのだが、今回については別にそんなことはなかった。
ただまぁ高級食材だからな。ミィぐらいの歳なら食べたことがなくても不思議ではない。
「しかも何がムカつくって、ケントは自分だけマツタケを食べるのにゃ! ミィにはマツタケの味なんて分からんだろうって言って1口たりともくれないのにゃ! 美味いものを一人占めするだなんて、まさに鬼だにゃ!」
「えーなにそれ! ケントさんひどい!」
「うーんそれは……」
「だからミィは、マツタケが食べたいのにゃ! こんなの願ってもない千載一遇のチャンスなのにゃ!」
本人のあずかり知らぬところで姪からの好感度が下がっているケントさんには同情を禁じ得なかったが、正直なところその気持ちは分からなくはなかった。
いやだって、ミィとか絶対マツタケの味とか分かんないじゃん。子供には早いよマツタケは。そもそもアレ、味じゃなくて香りがメインの食材だし。何なら僕だってシメジの方が好きである。
……と、思うが。しかし、だからといってミィのマツタケを食べたい気持ちを否定するわけではない。食べたことがないのなら食べてみたい、そう思うのは当たり前のことだからだ。
「だったらあたしたちも、絶対このクエスト成功させられるように頑張らないと! ね、あんちゃん!」
「うん、もちろん僕も協力するよ。マツタケ、採りに行こう」
「うにゃぁ……お前たち良い奴だにゃぁ!!」
そんな協力の意思を僕たちが示すと、余程マツタケが食べれることが嬉しかったのかミィは感極まって抱き着いてきた。なにせ僕は姪の模範となれるような良心的な人間だからな、誰かが助力を求めていたら喜んで協力する。そうでなくても姪がやりたいことには無条件で賛同する。
まぁ実際はこれ僕が受けたクエストだし、本当は協力してもらうのは僕の方なのだが。
「キノコの里かぁ。どんな場所なんだろ、あたしも楽しみ!」
「どんな味なのか楽しみにゃ! るぅもマツタケ楽しみにゃ?」
「ん、そだね。最近食べてないから久しぶりのマツタケだし」
「マツタケの旬は秋だからね」
「……るぅ、今なんと言ったにゃ?」
姪もこれからの冒険を楽しみにしているのか、中々にワクワクしている様子が伝わってきた。マツタケの方もそれなりに楽しみなようなので、二重においしい。色んな意味で。
もちろんミィも、マツタケが食べられることにワクワクしている……はずだったのだが。
「ん、いや今年はまだ食べてないなーって思って。でもそっか、そうだよね。毎年じいちゃんが買ってくるのってもっと秋になってからか」
「ど、どういうことにゃ? るぅはマツタケ食べたことあるのにゃ? ケントは子供とペットに食わせるマツタケは無いと言ってたのにゃ……なのにるぅは、子供なのにマツタケ食べたことあるのにゃ!?」
「え? う、うん。ウチはじいちゃんが毎年いっぱい買ってくるから……」
「にゃんと……!?」
ミィは激しく動揺していた。自分より明らかに年下な姪が、マツタケを食べたことがあると言ったからだろうか。
まぁウチの姪は結構いいもの食べてるからな。言ってしまっては何だが、親戚連中から結構甘やかされているのだ。主にマンション経営をしている祖父母や、結婚する気が無いせいでお金の使い道が無い叔父からである。
「ア、アン! 大変だにゃ、るぅがマツタケ食べたことあるって言うのにゃ! コイツ裏切り者だにゃあ!」
「うるさいぞミィ、別に10年も生きてればマツタケぐらい食べたことあってもおかしくはないだろ。そもそも裏切るも何も、最初から食べたことないって言ってたわけでもないし」
「いやでもさっきのるぅの言い方、まるで当たり前のように毎年食べて……ハッ!? ま、まさかアンも食べたことあるのにゃ……!?」
「当然だろ僕のこと何歳だと思ってるんだ。あとるぅちゃんは僕の姪だからな、毎年マツタケ買ってくるじいちゃんって僕の父さんだぞ」
「にゃっ……!?」
姪がマツタケを食べたことがあるという事実になんとも納得の行かなそうだったミィだったが、そこまで言うとフリーズして静かになった。
僕の並べた正論に言い返せなくなったのか、納得してくれたのか、この情報量を処理しきれなくなったのか。理由は分からないが、まぁ結果的に静かになったので良しとする。
とにかく猫がおとなしくなったところで、その間に僕たちは冒険に出発するための準備を進めることにした。
「じゃあるぅちゃん、クエスト選びのことなんだけど。悪いけど『キノコの里』方面でクリアできる奴に絞って、何個か適当に受けてきて貰える?」
「ん、いいけど。あんちゃんは?」
「僕はその間に、料理スキルの使い方を調べようかなって」
「おぉー……料理スキル!」
そう、これから採りに行くのは食材なのだ。そこで使うのがこの『料理』スキル、食材をおいしく調理するのに欠かせないスキルだ。
これがあれば採取した食材を料理に加工できるとは聞くが、現実での料理経験により初期習得していた僕は使い方を知らないのだ。もしかしたら採取する段階で必要な手順や道具なんかがあるかもしれないし、そこだけは事前に調べておく必要があった。
「料理って、なんでも作れるのかな? だったらマツタケ使う料理の中で、あたしが一番好きな――」
「松茸ごはん?」
「うん! さっすがあんちゃん、わかってる!」
さも当たり前のように、僕は姪の言葉の続きを言い当てる。姪の好きな食べ物は大体把握しているのだ、これぐらいは他愛も無いことである。
ただこれは決してストーカー気質なわけではなく、姪に喜んで貰うため本人に色々聞いた成果なのだ。誤解しないでほしい。
「じゃああたし早速クエスト選んでくるね!」
「人で混んでるから気を付けてね」
「はーい!」
そうして僕は、姪に仕事を任せてクエストボードへと見送った。狼の尻尾を振りながら可愛らしく駆けていく様子は、後ろ姿と言えどもずっと見ていたくなるような和やかさがあった。
あっ、人にぶつかっ……セーフ! ふぅ、なんとか避けたか。やっぱり1人で人混みに行かせるべきではなかっただろうか? 危なっかしいな、もう少し見守っているとしよう。料理スキルのことを調べるのは後回しだ。
――そんなことを思いながら、姪を見守り続けた結果。危ないからもう少し見ていよう、かわいいからもう少し見ていようなどと、何かと理由をつけて姪の鑑賞を延長し続けて。
最終的に僕は料理スキルのことなど何一つ調べることなく、姪が戻ってくるまでただただ遠くから見守っていることとなったのであった。




