13. 妖狐との決戦(後編)
妖狐のカナメとの、負けられない戦いが幕を開けた。
ただ前回と違うのは、積極的に距離を詰めてきているところだ。前は撃ち合いで押し負けたので、接近戦でやり合う算段なのだろう。
正直あのサイズの獣に素手で勝てる気はしないので、勘弁してほしいというのが本音だが。不意打ちを喰らってなお僕が平然と起き上がったことで戦意を喪失してくれるのがベストだったが、妖狐の高そうなプライド故に退くに退けなかったのか、そう上手くも行かなかったようである。変なところで意地を張るのはやめてほしい。
『喰らうがよいっ!』
「わっ!?」
そしてあと少しで距離を詰め終わるというぐらいで空中に跳び上がり、そのまま鞭のように尻尾を叩きつけてきた。ミィとの修行の成果もあって咄嗟の回避と防御がだいぶ上達している僕はなんとか避けたが、地面との衝突の勢いからして相当な威力があるというのは想像に難しくない。
あんなもの当たったら間違いなくミンチだ。一撃に込められた妖力も先程の不意打ちより明らかに多い。だが今の僕ならば避けれなくは――と思ったところで、その一撃がまだまだ序の口だったことを思い知らされることとなった。
『ほうれ、まだまだ尻尾はあるのじゃぞ! せいぜい踊るがよい!』
「はっ!? うわっ!? おおおおおっ!?」
『くははっ、どうやら妖力で身体を強化しているようじゃが体捌きはお粗末じゃのう!』
初撃の後に4本脚で着地した化け狐は、そのまま9本の尻尾を代わる代わる叩きつけてきたのだ。体を動かさずに尻尾の筋力、あるいは妖力だけで振るわれた攻撃であるにも関わらず一撃一撃に相当な威力がある。
あまりの怒涛の連撃の前に、思わず避けることだけに集中して尚それでもギリギリだった。≪剛体≫の反則級の回避力をもってしてもこれである。むしろ≪剛体≫の性能自体は、前に夢で≪狐火≫を使った時と同様にかなり出力が上がっているぐらいなのだが……しかし問題は、ゲームよりも現実に近いこの不思議な夢においての妙な現実味のせいで、動きのキレが落ちていることだった。
「わぷっ……くそっ、動く度に髪が靡いて顔にかかるから動きづらい! あと胸ェ!」
そう、妖狐か何かの影響のせいで作られたであろうこの夢の世界は、都合よく程よいリアリティのゲーム世界とは違ってほとんど現実と変わらないのだ。それ故に激しく動くと、ゲーム中は気にならなかった髪や胸にかかってくる慣性や抵抗がものすごく気になる。長い金髪は風の抵抗で尾を引くし、大きな胸は当然弾んで大暴れする。気にするなという方が無理な話だった。
そんな風に僕が翻弄されているのが見てて楽しいのか、カナメは上機嫌そうに煽ってきた。
『くはははっ! 身体の動きこそ妖力で強化しておるようじゃが、慣性の制御までは出来なかったようじゃのう! 普通は髪が長いならば毛先にまで妖力を染み渡らせて、妖力で掴むように留めて固定するものじゃよ! まあお主には出来なかったようじゃがのう! くははははは!』
そんな中で初耳の情報を知ることとなったが、もう手遅れである。くそっミィの奴なんでそんな重要なことを黙って……いや、ミィは髪が短いから顔にかかるようなこともないのか? そもそもゲームの中で起こる現象でもないし、知らなくて当然か。仮に知ってたとしてもゲーム外で使えないなら、わざわざ教える必要も無いし。
だからといってもう実戦が始まってしまっているのだ、今更練習するわけにも……いや一応ダメ元で試してみるか。やる前から諦めるのは人間の悪い癖だって、どっかの狐も言ってたしな。もしかしたらちょっとはマシになるかもしれないし。
そう考えた僕は、とりあえず次々と襲い来る尻尾の連打を避けながらも、普通に≪剛体≫を使うのとは別で髪と胸に妖力を送り込んでみた。
「染み渡らせて……掴むように留めて固定……おっ?」
『ぬ……? ちょ、ちょっと待つのじゃ。お主、動きが先程よりも良くなっとらんかのう?』
「こりゃいいな! 動きやすくなった!」
『嘘じゃろう!? この短時間で妖力による末端部位の制御を自力で習得したというのか!?』
「分かりやすく説明してくれたお陰で意外とできたわ!」
『しまったのじゃ!』
それは墓穴であった。カナメはこんなことも出来ないのかと煽りたいが為に、やり方を詳しく説明してしまったのだ。僕自身もまさか出来るとは思っていなかったが、試してみれば留めるだけというのは動かすよりは簡単だったのだ。ミィより数十倍は分かりやすい解説も付けてくれたし。
流石に慣れない妖力操作が少し忙しくはなったが、それでも髪が顔にかかりまくるよりはマシだった。胸にしても全体を内側から固定された感じはブラより安定感がある。これ現実でも使えねーかな。このサイズだと例えブラ着けてても走ったら完全には抑えきれないからマジ不便なんだが。
「お返しだオラァッ!」
『ええい小癪な……!』
回避がスムーズに出来るようになったことで、防戦一方の状況を打破できたので合間を見て距離を詰め、そんな日常生活の不満もついでに込めた拳を叩き込もうとしたのだが。
しかし横から伸びてきた尻尾にモフッと受け止められ、柔らかさと長さによって衝撃を吸収されてしまった。やはり尻尾が多いというのは、攻防を同時にこなせるリソースの多さが強すぎる。
手足はもちろん尻尾も短く、身体一つで戦うしかないこちらとしては接近戦は不利だろう。そう判断した僕は一旦バックステップで距離を取り、差し出した右手に妖力を集めた。
「≪狐火≫ッ!」
『なんのっ!』
だがその炎は軽く見切られて、素早く横っ飛びで避けられてしまった。人間より重量もありそうな巨体だとはいえ、流石は狐なだけあって全然俊敏だ。回避の瞬間に妖力の流れを感じたし、ただでさえ高い身体能力を妖力で強化してもいるのだろう。
「だったら当たるようにするまでだ! ≪狐火≫!」
それならばと僕は、地面に沿って広がる広範囲の炎を撃ち出した。残りMP的なものがどれぐらいなのか分からないのは不安だが、ここで威力をケチるわけにはいかないのでかなり強めにしておく。その結果、容易に避けられないほどの横幅に高さ1メートルほどの炎の波が放たれることとなった。やっぱり夢の中は願望が反映でもされているのか、全体的にゲームで使うより火力は高めなようだ。これならいける、僕はそう確信した。
『くはははは! 甘いわっ!』
しかしカナメは斜めに高く跳躍して回避した。角度的にこっちに飛んできているので、そのまま尻尾を叩きつけて反撃に出るつもりなのだろう。だが――
「この瞬間を待ってたんだッ!」
『なぬっ!?』
素早く回避されるならどうすればいいか。答えは簡単、回避されない広範囲の攻撃を繰り出すか……あるいは、回避できない状況を作り出してやればいい。例えば今のような、空中とかだ!
「いっけぇー! ≪狐火≫ッー!」
『しまっ……』
そしてすかさず無防備なターゲットに狙いを定め、範囲も収束させた全力の炎を撃ち出す。
威力は充分、当たれば僕の勝ちだ。勝利! 第4章完!
『なーんてのう』
「は!?」
間違いなく勝ったと思った。避けられない状況、耐えられない威力。更にはこちらに突っ込んできている都合上、無防備なところに叩き込む全力のカウンター。
なのに致命の一撃を向けられた妖狐は、まるで上手く化かせたとでも言わんばかりにニヤリと微笑んで。
そして、ピョンと空中を蹴った。
「はあっ!?」
『妾、妖狐じゃぞ? 妖怪ぞ? そりゃ空ぐらい飛ぶじゃろ』
「いやいや反則……ぐあっ!?」
決まると思っていたトドメの一撃を予想外の方法で対処され、呆気に取られて対応が遅れた僕は咄嗟に抗議の声を上げてみたが、当然どうにかなるはずもなく尻尾の一撃をモロに喰らってしまった。またしてもボールのように跳ね飛ばされ、地面を勢いよく転がされる。
ギリギリなんとか妖力での防御は間に合ったのでダメージは抑えることが出来たが、この空中コンボが通用しないのなら別の方法を考えなければ……と、考えながら再び起き上がろうとしたところで気が付いた。
「あれ……なんだこれ、身体が……」
『動かんか? 効いたようでなによりじゃ』
「くっ、一体何を……!」
何故か身体がほとんど動かず、起き上がることすら出来ない状況。まさか夢の中でのHPのようなものが無くなったりでもしたのかと思ったが、僕を見下ろしながら近付いてくる大きな狐の言葉からそうではないのだと悟った。間違いなく今の攻撃の際、奴に何かされたのだろう。
『【祟火】と言ってのう。【狐火】に使う妖力と共に、恨みなどの負の感情を燃料として焚べることで相手の動きを封じる便利な妖術じゃよ。感情という繊細な力を扱う以上は手元から離せんし、直接当てるしかない故に使い勝手は悪いがのう』
勝ち誇った顔で得意気にネタばらしをするカナメは、尻尾の先に黒い炎を灯して見せた。なんとも禍々しい色、それに嫌な気配である。僕はさっきあれをぶつけられたらしい。
初撃の不意打ちでそれ使ってれば余裕で勝てたんじゃね? とは思うが、あの時点ではまだ油断して舐め切ってたから使わなかったのだろう。
『全く手こずらせおって、じゃがこれで仕舞いじゃ。トドメを刺して従僕の証を魂に刻んでくれようぞ』
そして倒れて動けない僕のすぐ傍に立つと、妖力を高めて一際大きな火球を作り出した。身体が動かなくては避けようもないし、一応≪剛体≫で防御は試みるが……この至近距離で無防備にあれほどの威力をぶつけられたのでは、恐らく一溜まりも無いだろう。どうやら僕はここまでらしい。
「くそぉ……なんで僕がこんな目に……」
『くはは、恨むのならば妾を封印などしてくれた自らの先祖を恨むのじゃな。さらばじゃ、飯綱の一族の最後の末裔よ』
負ければ従者として連れていかれるので、姪と離れ離れにならないためにも負けられない。そう分かってはいるのだが、流石にこの状況はどうにもならなさすぎて諦めの境地であった。
諦めついでに僕は、負け惜しみのように力なく文句を零す。
「大体、飯綱って何なんだよぉ……知らねーよそんなの……僕の苗字は飯塚だしよぉ……」
結局最後までその辺は分からなかったな、主従契約結ばされたあとは流石に教えて貰えるんだろうか。
そんなことを考えながら、最後の抵抗とばかりにヤル気なく妖力で防御を固めていたのだが。なかなかトドメの一撃が振り下ろされることはなかった。
「ほらどうした、どうせやるなら早くしろよ。あーもう負けたわマジ最悪、明日からどうなるんだよこれ……」
『……お主さっき、何と言った?』
「ん?」
せめて姪に最後の別れを言うぐらいは出来るだろうか、と思案していたら狐が話しかけてきた。どうしたのかと見上げれば、トドメと言って用意していた火球がどんどん縮んでいくところだった。
どういうことだとその表情を伺えばその狐の顔は、ヤベェやらかしたとでも言わんばかりの表情のように感じられた。うん? なんかこれはこれで雲行きが怪しくなってきたな?
「……僕の名前は」
『飯綱』
「飯塚だ、間違えるな」
『……そ、そうじゃったか。ふーん? なるほどのう?』
僕は確信した。
これ人違いで確定だわ。
僕、人違いでロリ巨乳狐娘にされてるわ。
マジかよ。これ身体の変化、不可逆なんだよな? そこ間違える? ウッソだろ、マジかよお前。マジか……
『ちょっと妾、用事を思い出したのでの。今日のところはさらばじゃ』
「あっ待て! おい待てゴルァ! 逃げてんじゃねー! せめてどういうことか説明しろーっ!」
こうして僕は、今夜もなんとか化け狐の夢から生還することが出来た。
……もうダメかと思ったピンチも切り抜けられたし、この分ならこれで一切の危機が去ったと言えるのかもしれないが。
しかしなんとも釈然としない気持ちで、夢から覚めたのだった。




