4. モンスター素材で作った防具
平日の午前。普段なら仕事をしている時間だが、僕は今ゲームの世界へと降り立った。仕事をサボってゲームで遊ぶ、その背徳感がどこか気分を高揚させる。
周りを見れば休日であった昨日までより明らかに人通りは少なかったが、それでも学生らしき若者をメインにそれなりに人で賑わっていた。そういえば学生は夏休みだもんな。
そんなことを考えていたら、僕のログイン通知に反応して姪からの個人会話が飛んできた。どうやら夏休みなので朝からログインしていたらしい。
個人会話は、離れていても会話ができる便利なシステムである。使用感としてはどこからともなく脳内に直接語りかけているような感じだ。念話と例えられることもある。
『あれ? あんちゃん? 仕事は?』
『るぅちゃんと遊びたかったからね。もう今日の分の仕事は終わらせて来たよ』
『うーん……? なんか嘘っぽいなぁ。本当は?』
『えっ』
ちょっと待って、確かに僕の嘘は見破れるって話だったけど話が違くない? 表情に出やすいからって言ってたじゃん。なんで声だけで見破ってるの? 怖い怖い怖い。
『……その、この身体でいきなり仕事行ったら大騒ぎになるからって。原因を今度病院か何かで検査するから、それまではとりあえず仕事に出ずに自宅待機でってコージに言われて』
『あっそっかぁ! 普通は急に狐みたいな耳と尻尾が生えたりしないもんね!』
『それ以外の部分も相当変わってるからね?』
正直に事情を話せば納得はしてくれたが、そこから思い至った問題点らしきものが相変わらず狐部分しか含まれていなくて心配になる。気に入ってるところ以外をその他の要素として切り捨てないでほしい。ある日いきなり金髪ロリ巨乳になってたというだけでもかなりの変化なのだが。いや、もちろん狐耳と尻尾が生えてることの方が明らかに見た目としてヤバいことには違いないが。
『じゃああんちゃん、今日は一緒にゲームできるの?』
『うん、そうなるね。ていうか何日かは仕事休みの予定だよ』
『やったー! あんちゃんと一緒だー!』
姪のその嬉しそうなリアクションに、僕もつられて嬉しさが込み上げる。姪に一緒に遊べることを喜ばれる、叔父としてこれほど光栄で名誉なことは無いのだ。なぜならそれだけ姪から好かれているということだからである。
『それじゃあ早速合流するね、るぅちゃん今どこにいるの?』
『あたしはねー、鍛冶屋だよ!』
『鍛冶屋?』
よくよく話を聞いてみれば、どうやら姪は鍛冶屋で装備を作ろうとしていたらしい。そういえば僕もだけど、武器とかまだ初期装備か。
鍛冶屋は行ったこと無かったな、などと考えながら街のマップを頼りに目的地へと移動する。選んだ道は当然のように路地裏である。今日は人も少な目だし表通りでもよかったのだが、もはや無意識に路地裏を選んでしまっている部分さえある。僕は気付けばすっかり路地裏の民が板についてしまっていたようだ。
「おまたせ、るぅちゃん」
「あんちゃんだ! わーい!」
そして鍛冶屋の入り口に僕が姿を見せると、元気いっぱいでかわいらしい少女がこちらへと駆け寄って来た。綺麗な黒髪に黄色い瞳を光らせて、狼の耳と尻尾を生やした、ゲーム世界でしかお目にかかれないケモ耳美少女モードである。
右手と尻尾を激しく左右に振りながら駆け寄ってくるその様子は、最早かわいさが限界突破である。愛しい姪の愛らしい姿を目の当たりにし、思わず僕も尻尾が勝手に動き出す。
「捕まえたっ!」
「わっ!? るぅちゃん!?」
そして何を思ったのか、いきなり飛びつくように抱き着いてきた。どうやら姪も予想に反して僕と遊べることになったのが嬉しかったらしい。
男であった頃ならば下から抱き着かれる形であったので余裕であったが、今や姪の方が身長が少し高い上に体重もさして変わらないため、こうやって飛びつかれると受け止めるのも一苦労なのだ。
だが男として、20歳年下の姪に力負けして押し倒されるわけにはいかなかった。僕は抱き着かれる寸前、まずは咄嗟に防具の『レザーベスト』を外すことで胸部のクッション性を解放した。かわいい姪を硬い防具で受け止めるなど言語道断だからだ。
それと付け焼刃なので効果のほどは頼りないが、体内に妖力を巡らせて≪剛体≫による身体能力強化で筋力をブーストして受け止める。これにより体格の差をカバーすることができ、勢いにも押し負けないだろうという一瞬のひらめきである。何気に今までの練習より一番上手く出来た気がする。
その甲斐あって果てしなくソフトに、それでいてしっかりと受け止めることに成功した。これが仮にモンスターによる奇襲であればここまで迅速に対応できなかっただろう。全ては姪のための行動であるが故の速度ブーストである。
「えへへーあんちゃんだー」
「まったくもう、甘えんぼうだなぁ。よしよし」
そうやって無事に抱き留めると、抱きつかれたまま姪のすべすべほっぺで頬擦りをされた。僕は満更でもないどころか至高の幸福感を感じていたが、必死に平静を装いながら抱きしめ返して頭を撫でる。はー何だこの幸せ。ずっと続かねぇかな。
あまりに幸せなスキンシップすぎて、少しでも油断すれば表情筋が溶けて消滅してしまいそうだ。尻尾などもう嬉しさのあまり左右の振りが限界の稼働速度である。
「あっそうだ。それでね、ここが鍛冶屋だよ!」
「そっか、ここが……」
しかし唐突に本来の目的を思い出した姪は、体を離して施設の紹介を始めてくれた。名残惜しいが仕方ない、僕は残念に思う気持ちをなんとか心の奥に押し込めた。
「あそこの受付でおじさんに材料渡して注文したら、そこの燃えてるとこでカンカンやって作ってくれるみたい」
「へー、結構本格的な鍛冶場になってるんだ。るぅちゃんはもう何か作ったの?」
「ううん、まだ。武器はなんか鉄鉱石とかいうのが無いから作れないけど、他の人が頼んだやつ見てるだけでも面白いよ」
「なるほど」
そういう工場見学的な楽しみ方もあるのかと姪の発想力に感心していたところ、ちょうど中学生ぐらいの女の子が受付のカウンターで待機している鍛冶師のNPCのところにやって来た。参考までに僕も一連の流れを見学してみよう。
「おじさーん! 素材持ってきたから防具作って!」
「あいよ! どの防具にすんだ?」
「『ラビットファーキャップ』で! これ素材ね!」
「おう、『ファラビットの毛皮』が30個と『うさぎのしっぽ』が1個。確かに必要な素材は揃ったみてぇだな! ちょっと待ってろ、早速作ってきてやる!」
ほう、モンスター素材からも防具は作れるのか。防具屋には布とか鉄なんかの素材で出来た汎用品しか売ってなかったけど、鍛冶屋であればこういうゲーム特有なモンスター防具も作れるらしい。ただあの如何にも鍛冶師の親方という感じのゴツいおじさんがウサギの帽子を作れるのかは疑問だが。
と、そんな要らぬ心配をしていた僕だが案の定それは余計なお世話だったようだ。
親方は慣れた手つきで素材を受付から工房スペースに運び、溶鉱炉に放り込んだのだ。
「っしゃあ! 仕事だァ! やるぞオラァ!!」
「えぇ……?」
待ってほしい、理解が追い付かない。いくらゲームの演出とはいえ、受け取った素材を手に持って運んでいくようなリアリティ溢れる演出から一気に溶鉱炉に放り込むのはどうかと思うのだが。ていうか素材、毛皮だし燃えたんじゃねーのこれ。
だが僕が困惑している間にも作業は進み、親方は鍛冶でよく使われる例の大きなペンチ的なやつで竈の中から赤熱した細長い板を引き摺り出した。この板はずっと竈に入っていたようだが、最初に入れた素材はもう関係ないのではないだろうか。
「来たよあんちゃん! カンカン!」
「ああうん……」
そして右手に握りしめたハンマーで、熱い金属板を力強く叩く。うんもうあれ金属板だわ、叩くと金属音が響いて火花も散ってるし。毛皮どこだよ。
いやまぁそういうゲーム的な演出なんてよくあることだし、装備製作のムービーなんてそんなものではあるんだけど。しかしながら完成度の高いVRゲームとして目の前でこのメチャクチャな工程を見せつけられると、なんとも言えないモヤモヤが心に残った。
「完成だ! ヘイお待ち、ご注文の装備だ!」
「おじさんありがとう!」
最後に親方が金属板を水で冷やすと、水蒸気の中から白い毛皮の帽子が出てくる。注文した女の子はそれを受け取ると早速頭に装備し、上機嫌で鍛冶屋から出て行った。あとには一仕事終えて汗を拭う親方と、見学を終えた僕と姪が残される。
「どう? すごかったでしょ?」
「うん、色んな意味で凄かった」
「だよね! 最後に板が帽子に変わるとことか面白かった!」
だがどうやら姪はその様子を見て楽しめたようなので、僕としてもある意味では満足だった。太陽のように眩しい姪の笑顔を見せつけられればよく分からない心のモヤモヤも一瞬で晴れるというものだ。
「それにしてもモンスター素材から防具とか作れるんだね」
「うん、あたしも初めて知った」
「武器の素材が無いっていうんなら、防具作ってみる?」
「ん、そだね。何か作れるのあるかな?」
「とりあえずどんなのがあるか見てみよっか。すみません、防具のカタログください」
「おうっ! 好きなのを選びな!」
受付で鍛冶屋の親方に防具のリストを要求すると、メニューに防具製作画面が表示された。そこにはこれまで戦ったことのある敵の素材から作れる防具がずらっと並んでいた。ファラビット防具のような毛皮製のものをはじめ、変わった素材だと虫や木のモンスター素材で作られた防具まであるようだ。
「へー、色々あるんだなぁ」
「ファラビットのやつかわいい」
「どれどれ?」
姪の画面を覗き込むと、先程の少女が作った帽子の他にもいくつかのファラビット防具が表示されていた。
ふわふわの毛皮で作られたそれらはデザイン性も高く、高級ブランドと言われても信じてしまいそうなほどオシャレな防具であった。この部分だけは防具のカタログではなくファッションカタログと言っても差し支えないだろう。
「でもるぅちゃん。これ素材足りる?」
「んー、無理」
だがシンプルに見た目の良いファラビット装備は、必要な素材を集めるのが困難だった。具体的には1部位あたり毛皮30枚、それと各部位にレアドロップである尻尾も要求される。メチャクチャ低いと噂の尻尾のドロップ率を考えると、1部位あたりの素材集めだけで何時間かかるか分かったものではない。他の防具と見比べても性能で見劣りしないものの、むしろその代わりに最弱モンスターであるファラビットの防具は作る手間がかかるということなのだろうか。
僕としてもかわいい装備を身に着けてよりかわいくなった姪の姿は見てみたかったが、これほど作る手間がかかるのならどうにも厳しそうだ。ファラビットばかり狩るのも飽きそうなので、作れたとしても良くて1部位といったところだろうか。姪に似合いそうだと思ったのだが仕方ない。
しかし僕がそんなことを考えながら内心で残念がっていた時だった。防具のカタログ画面を見ていた姪が、あるものを見つけたのだ。
「あ、これ見て。試着ボタンだって」
「マジでっ!?」
それはまさに今の僕に必要なものであった。いくらかわいい姪の姿を見るためなら手間を惜しまない僕でも、流石にファラビット装備を一式揃えるような手間は掛けていられないので普通に諦めるはずであった。
だが神は僕を見捨てていなかった。試着さえできれば一時的なものとはいえ、たたでさえかわいい姪を更にかわいく出来るのだ。そうなればあとは写真撮影会の開幕である。これにより姪の新たなかわいさの可能性を永久保存できるって寸法よ。
「るぅちゃん、早速試着してみたら? 試着しよ? 早く早く!」
「あはは、待ちきれない感じになってるよ? 尻尾もぶんぶん振ってるし。そんなに試着するの楽しみなの?」
「そりゃ尻尾も振るよ! すごい楽しみ! ワクワクが止まらない!」
「あははは。じゃあ折角だし、一緒に試着する? それならお揃いだよ」
「お揃い……!?」
お揃い。嗚呼、なんと甘美な響きか。つまり最愛の姪とペアルックということだろう? 最高かよ。
ただでさえ姪のかわいい服装を見られるというだけで楽しみだったが、しかもそれにペアルックとかいう仲良しの証みたいなイベントまで付いてくるとなればもう興奮は最高潮だ。興奮のあまり胸が高鳴りすぎて、バイタル不安定の警告がさっきから煩い。
「じゃああんちゃん、試着ボタンせーので押そっか」
「うんっ!」
「せーのっ」
姪のかわいい掛け声に合わせて同時に試着ボタンを押すと、次の瞬間僕たちはカタログに表示されていたファラビット装備一式に身を包んでいた。
向かい合った姪の姿を見てみれば、真っ白い柔らかな毛皮で作られたノースリーブのVネックが漆のような長い黒髪と見事に引き立て合っており、同じく毛皮で側面に黄色い星柄が描かれたミニスカートも長すぎず短すぎずの程よい丈から姪の健康的な脚を晒し出していて、年齢に対して凡そ不相応なほどのオシャレさが却って良い感じの背伸び具合を演出しており、ただでさえあどけない美少女であるウチの姪がオシャレを通して大人の階段を一歩登って更なる進化を遂げたかのような、子供のかわいらしさと大人になりかけの少女の未熟な美しさを掛け合わせたかのような奇跡的な瞬間の産物となってそこに存在していた。
帽子は装備制限のせいで被っていないが代わりに元々着けていた星の髪飾りが模様と噛み合っているし、自前のケモ耳も色こそ違えど毛皮素材には質感がマッチしている。更にはそれらをひっくるめて、胸元や腰にあしらわれた白い毛玉の装飾品やファー素材の生地で作られた指ぬき手袋などの癖のある部位も見事に着こなしているウチの姪は流石の素材の良さだと言うほか無かった。
その姿はさながら読者モデル。いや、そこらの読者モデルよりも僕の自慢の姪は遥かに輝いていた。こんなにも可憐で綺麗で狂おしいほどに愛くるしい自慢の姪を早く褒めてあげたかったが、感動のあまり一刻でも早く姪を褒め称えたいという想いが暴走して思考速度に口がついてこない。試着してからここまでの所感は全て、かわいい姪がかわいい衣装を着たのを見て僕の脳裏を過ぎったほんの一瞬の思考の一欠片なのである。早くかわいいと伝えたい。かわいいって言いたい。こんなにかわいいのに。かわいい。あどけなくてかわいい。キュートでプリティーでパーフェクトにかわいい。こんなにもかわいい姪に恵まれて僕はなんて幸せなのだろうか。神に感謝、いや姪に感謝。マジでかわいすぎる。超かわいい。かわいさの奔流が押し寄せてくる。このかわいさをしっかりと目に焼き付けなければ。ダメだかわいすぎる。ああああああかわいい! 早くかわいいって言いたい! あっ言えそう! 姪にかわいいって言う! だってこんなにかわいいんだもん! 誰だってこんなかわいい姪が居たら、かわいいって言うだろ!! 早く言いたい! かわいいって言うよーほら言う言う! せーのっ!
「かわ」
だがそんな強すぎる想いとは裏腹に、僕の言葉が姪に届くことはなかった。ようやく止まっていた時が動き出し、姪にかわいいと伝えようとしたところで目の前が真っ暗になったのだ。
それは会社を休んでゲームする背徳感による興奮もあってのものなのか、それとも関係なく単純に姪のかわいさによる暴威なのか。恐らく後者である。
僕は目の前の姪のあまりのかわいさに精神が耐えきれず、ゲーム機に脳波の異常な乱れを検知されてしまい強制ログアウトを喰らってしまったのであった。




