5. スカートという可能性
僕は女装の経験も趣味も無い。なのでスカートを穿くというのには抵抗があるし、何よりいくら事情が事情でもスカートなんて穿いてるのが知り合いにバレてあとでもし男に戻れたら色々と弄られそうで嫌なのだ。
「とはいえ嫌がってるだけじゃ前に進まないからな……まぁ仕方ないか」
ひらひらで丈の短いミニスカートを手に取って、すぐにこれじゃないと戻す。防御力不足だ。けしからん過ぎる。
いや、もちろん僕だって健全な男子としてスカートなんて短ければ短いほどいいとさえ考えてはいるのだが、それはあくまで見る側としての話である。自分が穿くとなれば長ければ長いほどいいに決まってる。
いくつかスカートを物色し、できるだけ丈の長いものを選んだがそれでも膝上ぐらいまでしかなかった。ワンピースなら丈の長いスカートもあったのだがこちらは胸の事情で着れないのだ。
「うぅむこれは……」
そして試着してみた感想。
「これは……スカートの下から出てる尻尾が揺れる度に中身が見えそうですごく不安になる……! っていうかそれ抜きにしても通気性が良すぎて衣服を身に着けてる感が皆無だし、こんな短い布を腰に巻いただけで外に出るとか襲ってくださいと言ってるようなものでは? 女の子ってメンタル強すぎない?」
初めて穿くスカートは、心許なさすぎた。こんな腰に巻き付いてるだけの布など信用できない。改めてズボンの堅牢さを再確認する結果になった。
というか多分、今の僕は普通の女の子と比べてもいきなりハードモードなんだろうなとは思う。なにせスカートの下はノーパンである。恐らく常識的に考えれば変態の所業なのだろうが、穿けるパンツが無い以上はこれも仕方のないことだ。
「穿くにしても姪の使用済み下着はいくら洗ってあるとはいえ倫理的に論外な上にそもそもかなりローライズなタイプじゃないと尻尾が邪魔で物理的に穿けなさそうだし、男物のパンツなら多少穴開けたりしてもいいけどサイズが合わないからどうにか改造やらしないといけないし……うん? これは……」
スカートの下を守るための下着問題を考えながら、適当に衣類ケースを掘り返していると。
不意に発見したのは、見覚えのない品であった。見覚えのない品、つまり洗濯した覚えのない物……すなわち恐らく新品であろう下着である。というか値段のタグがつけっぱなしになっている辺り未使用なのは確実だ。
「えっ……いや、えっ? どういう……ことだ……!?」
だがそれは姪の普段の印象からはほど遠く、彼女の所持品ではないと信じたい気持ちすら湧いてくる。恐る恐る触れている両手の指が震える。それほどに――あまりに煽情的なデザインの、黒のレースが付いた限界ギリギリのローライズな勝負下着だった。
ちなみにお値段1980円である。
「な、なんで姪がこんな……まさか男!? 男ができたのか!?」
あまりの衝撃に動揺して、思考がまとまらない。こんな明らかに目的のはっきりした下着を一体誰のために穿くというのか。少なくともここにあるということは僕の家に泊まった時に穿こうと思っていた物だということで、夜に風呂上がりに穿いたまま翌朝に帰っていくその足で男の元に向かうつもりだったのか……? くそっ嫉妬で脳が破壊されそうだ! ウチのかわいい姪はどこの馬の骨とも分からんお前にはやらんぞ!!
「許さないぞ……くそぉっこんなものーッ!!」
気が付けば僕は怒りに任せてその勝負下着を穿いていた。男物とはまた違った材質とフィット感、そして布面積の少なさ故の不安はあるがやはり丸出しよりはかなりマシだ。尻尾に干渉しないところもポイントが高い。
「ふははははーっ! まだ見ぬ姪の彼氏クンよ、もう姪が勝負下着を穿いているのを見たことはあるかい? まだだよなぁ? もし君が姪の勝負下着を見た時に興奮したとしてもッ! それを初めて穿いたのは姪ではないッ! この僕だァーッ!! ……はぁ。虚しくなってきた……もうやめよう……」
これまで娘のようにかわいがってきた姪が男を好きになるというのはなかなか精神的に堪えるものがあり、疲れたので服選びは終了とした。
いや、いつかそんな日が来るというのは分かってたことだし僕には口出しする権利も無いし、何なら自分と同じように独身で寂しく仕事だけして生きるよりは素敵な恋をして良い相手を見つけてほしいとさえ思っている。思ってはいるのだが姪の幸せを願うのとは別にその相手の男が羨ましすぎて憤死しそうである。
そんなことをぼんやりと考えながら辺りに散らばった服を片付け、身に着けているスカートと下着を脱いで再びセルフ彼シャツ状態に戻る。これらは出掛ける時にだけ身に着ければいいだろうという判断だ。
「ん、あ、時間……」
そんなとき思い出したように時計を見れば、待ち合わせの13時まで10分を切っていた。
服選びで予想以上に時間がかかってしまっていたことに焦りつつも、お湯を入れてから40分以上経ってすっかり伸びてぬるくなったカップ麺の存在を思い出して慌てて食べ始める。
折角のきつねうどんだが、色々あって気持ちの余裕が無かったこともあり大した感情もなく食べ終えたのだった。
――そしてゲームの世界に再び旅立った僕は、現実世界に漂う不穏な気配に気付かない。
『くくく……この状況で昼寝とは豪胆なものよ。いや、呑気と言うべきかのぉ』
どこからともなく響く声、見えない何かが一方的に覗き見るような視線。その超常的な存在は、眠るようにベッドに横たわる僕を見て、しかし僕ではない誰かに吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
『妾を虚仮にした罪は重いぞ。600年前の雪辱、貴様の末代の子孫を持って今こそ晴らしてくれようぞ』
自分が何かとんでもないモノ同士の諍いに巻き込まれていることなど、この時の僕には知る由もなかった。




