19. 猫又、その真名
楽しく話しながら各自注文した料理を食べ終えたあと、祝勝会はグダグダに終わった。
デザートにバケツプリンを人数分頼んだ結果である。
「うぅ……もう食べれないにゃぁ……」
「あたしも無理ぃ……」
バケツプリンは、本当にバケツプリンだった。酒場のテーブルに4つのバケツ型の容器がドンと置かれた時には何の冗談かと思ったぐらいだ。
その量、実に5リットル。4つで計20リットルだ。事前にミィが言ってたことは誇張でもなんでもなかった。
流石にそんな量を食べれるわけがないと思ったのだが、ゲームだからか意外と多く食べられた。それでも半分以上は残したが。
ちなみに食べることが出来たプリンの量は、姪が7割で最も多く、次いでケントさんの5割、そして僕とミィが3割ちょっと。2人に1個でよかったやつだわこれ。それでも余るが。
「それにしても、るぅちゃんよくあんなに食べれたね」
「ん、なんか全然お腹いっぱいにならなかったし。多分ゲームだからだと思うけど」
「あー、なんかデザートは満腹値がやたら低いらしいぞ。るなはプリン以外もデザートだったからそのせいだろうな」
「なるほど」
ケントさんの説明で納得した。そうか、満腹度合いはシステム側の問題だったのか。あんなに楽しみにしてたミィが比較的大して食べられないはずである。ハンバーグやカツカレーは満腹度が高い食べ物だったのだろう。
「うにゃぁ……次は負けないのにゃぁ……」
「タッパーでもありゃあ持って帰れるんだがな」
「あ、それならいっそアイテムインベントリに直接……あれ? あんちゃんどこいくの?」
「うん、ちょっと支払いに」
「おう、悪ぃな。ご馳走さん!」
姪がバケツに手を突っ込んでいる間に僕は1人、支払いカウンターへと向かった。帰ったら奢る約束だったし仕方ない。レジや伝票は無いが、各テーブルの注文履歴は店員のNPC全員がデータベースと照合して全て把握しているので問題ない。そこだけはゲーム世界であることを利用した合理的なシステムである。
全く便利な世の中だぜと感心しながら、待機していたレジ係的な店員に声をかけた。
「すみません、お会計お願いします」
「はい、4番テーブルですね。354ゴルになります」
「は?」
おや? バグかな? バグだろこれ。なんか値段がおかしいんだが? ……え、マジで? このゲームって食事代こんなにかかるの……? 最初の街の酒場だぜ? 高級料理店じゃあるまいし。
「高すぎません? 僕たちそんなに食べてないのでは?」
「いやこれであってます」
混乱した僕はダメ元で反論してみたが、冷静な店員にあえなく一蹴された。おいおい嘘だろこれ全財産ぐらいあるぞ。『おいしいニンジンの納品』による臨時収入300ゴルを始めとして、獣人の村での納品クエストで結構稼いだから足りるには足りる。しかしだからといってこんな大金、おいそれと払える額ではないのだ。
「ちょっとだけお安くなりません? また来るので半額になりませんか?」
「ダメです」
クソっなんでこの店員はこんなに機械的な塩対応なんだ。他のNPCはもっと人間味に溢れてるのに……見た目だけならこんなにかわいいロリ巨乳狐娘のお願いも聞けねーとかお前人の心がねーのかぁ!? AIだし無かったわ。
「……ちなみに確認なんですけど、内訳は?」
「まず1つ70ゴルのバケツプリンを4つで280ゴル」
「あっ、ふーん」
全てを聞く前に僕は察した。
やっぱバケツプリンは高かったかー、そうじゃないかと思ったんだけどなー。まさかこんなに高いとはなー。ていうかスパッツとかもそうだけどこのゲーム、実用性より趣味寄りの品がやたら高額な傾向にあるな。
額が額なので一瞬食い逃げも頭を過ぎったが、食べすぎで苦しくてすぐには動けそうにない。
僕はガックリと肩を落として払うしかない現実を渋々受け入れたのだが、ちょうどその時ケントさんがやって来た。どうやらなかなか支払いを終わらせなかったから様子を見に来たようだ。
「なんかあったのか?」
「かくかくしかじかで」
「マジかよ」
手短に事情を説明したところ、ケントさんもまさかこれほど高いと思っていなかったようで驚きを隠せない様子だった。そりゃそうだろう。誰がプリン1つでこんなに高いと思うものか。
「あー、なんつーか流石にここまで予想外に高けぇと悪ぃ気がしてくるな。ワシもいくらか出すわ」
「えっでも……」
それは予想外の申し出だった。非常にありがたいのだが正直、200ゴルのお酒を奢らせようとしていた人の言葉とは思えない。
だが今にして思えばあれは冗談だったのだろう。よくよく考えれば子供に集るような人でもないし。いや僕は子供じゃないが。
「ま、でもお前ニンジンでガッポリ稼いどったからな。ワシの方は持ち合わせも無いし半分でいいか?」
「けど、僕が奢るって言ったわけですし。男に二言は」
「女だろ。あとお前『1杯奢る』とは言ったが飯代まで全部とは言っとらんかったしな」
「……確かに。じゃあそれでお願いします」
不意打ち気味に女だと指摘されたこともあって少しだけ考える時間を要したが、結局僕はその提案を受けることにした。折角の厚意なので無碍にしない方がいいだろう。
それにケントさんの言う通り、よくよく考えてみれば料理分ぐらいは出して貰って然るべきなのだ。基本的に男に二言は無いので奢ると言った手前、半分も出してもらうのは気が引けるが、今は男じゃないので構わないだろう。
「あ、やっぱ半分でも高けぇな、そんなに持っとらんわ。ちょっと少ねえがこれで頼むわ」
「あっはい」
カッコよく半分出すと言っといてそこで足りないのかよ締まらないな、と思わなかったわけではない。だが僕は元々1人で支払うつもりだったものを手伝ってもらう立場なので、多少少なくても良しとした。もうこの際、出費が抑えられるならそれでいい。
とにかく無事に支払いを終えた僕たちは酒場を後にした。ゲーム内では食事を終えた直後ではあるが、現実基準なら時刻はもう夕飯前。そろそろログアウトしなければならないため、PT解散の時間である。
「みんな今日はありがとー! 冒険たのしかった!」
「よかったねるぅちゃん。2人も、急に誘ったのに遊んでくれてありがとう」
「なかなか悪くない1日だったのにゃ」
「ワシも楽しかったぞ、また誘ってくれや」
とはいえ1日を共に戦った戦友とあっさりサヨナラでは味気ないので、解散前にフレンド登録をすることにした。
「『アンクル』に『るなちー』で……登録するのにゃ!」
「ワシからもフレンド登録飛ばしたから確認しといてくれ」
「あ、来た! えーっと『KENTO』さんと……『大竹ミィ』?」
「……ミィのキャラ名これ、大丈夫なやつ?」
僕たちへと申請されたフレンド登録を確認してみれば、システムウィンドウには2人のキャラクター名が表示されていた。
しかしケントさんが名前をローマ字にしただけの分かりやすい名前なのはまだいいとしても、ミィの名前には微妙な心持ちにならざるを得なかった。なんか明らかに本名っぽいのだが。
……いや、でも芸能人の苗字を勝手に付けてるだけとかかもしれないし。いくらミィでも本名プレイをするほどネットリテラシーが無いはずもないし、そうだとすれば問題ないか。
「あー、ミィのキャラ名についてはあまり触れんでもらえると助かる」
「うん、知ってた」
「あはは……ま、ミィちゃんらしいかも」
「名前を聞かれたから入れただけなのにゃ」
「いつもは『ミィ』だけでやっとるだろうが」
そんなやりとりからミィについての知らなくていい詳細な情報を新たに知り、互いの距離感を縮めた僕たち。
1人また1人とログアウトしていき、姪がゲーム世界から帰っていくのを見送ったあと僕もログアウトしたのだった。
その後、お風呂や夕飯などを済ませた僕は自室のベッドに腰かけて今日の出来事を振り返っていた。今日も姪は宿題で忙しいので、夕飯での解散後は自由時間なのだ。
ちなみに満腹感を感じながらログアウトしたが、現実の体はむしろより空腹だったのでゲーム内での間食は夕飯には差し支えなかった。
「なんか今日も……色々と濃い1日だったな」
ミィたちと出会って、一緒に冒険することになって、森で戦って。そして獣人の村を探し出して姪のための試練に挑戦してと、1日と思えない濃密な時間であった。
そんなことを自分の尻尾をモフりながら思い返す。なんかメチャクチャ手触り良いからクセになるわこれ。
「それにしても、猫又かぁ」
そんな時ふとミィの姿が思い浮かんで、右手を自分の頭の上に持って行く。その手に触れたのは大きな狐の耳、明らかに自分の身体が人間ではないという証。
「ミィは違うらしいけど……現実でもどこかに猫又の、猫耳少女もいるんだろうか」
今の僕はロリ巨乳狐娘である。ただ分類としては、昨日の夢に出てきたカナメという化け狐が確か妖狐らしいので、その眷属的なやつにされようとしている僕も妖狐カテゴリになるのだろう。
ならば他にも妖怪っぽいものが世の中に潜んでいてもおかしくはない。つまり全世界の男のロマン、猫耳少女が実在する可能性もあるというわけだ。そう考えると期待に胸が熱くなるではないか。僕はもう既に胸が厚くなったが。
「ミィがそうだったら一番よかったけど……まぁそう上手くはいかないか」
正直な話、最初に出会った時もその見た目から少し期待した。今の僕と同じ境遇なのではないか、それなら今後の参考になるのではないかと。
だが違ったのだ。ミィのあの姿はゲームのアバターでしかない。やはり僕は僕で色々と手探りでいくしかないようである。
「あ、これ美味っ。外国産だしあんまり期待してなかったけど案外いいな」
そんな考えを巡らせながら、先日コージからハワイだかグアムだかの旅行土産に貰ったマカダミアナッツ入りのチョコレートを口に運ぶ。流石はコージだ、お土産でガッカリさせない出来る男。僕も見習いたいものである。
「やっぱり現状あの化け狐しか手がかりはないか……でも確実にヤバい相手だし出来ればあんまり関わりたくはないけど……うーん……あっ」
現状をどうするか模索しながら、時折チョコレートをつまみ、たまに牛乳を飲む。
そんな一連の動作をしている内に僕はようやく、チョコレートを1箱分を全て食べきってしまったことに気付いた。どうやら思案に没頭しすぎていたようである。
「……確かもう1箱あったな」
戸棚には同じチョコレートがもう1箱ある。なかなか美味かったのでもう1箱と行きたいところだが、しかしこれは食べない方がいいだろう。そういう結論を僕は、先程までとは比べ物にならないほど真剣に考えた結果導き出した。なぜなら。
「これはるぅちゃんにあげたい」
そう、おいしいものは姪にお裾分け。叔父としての常識である。
いつ渡そう、次はいつ泊まりに来るだろう、連休で僕が実家に帰る機会の方が早く来るだろうか。
自分の身体のことだとか世の中の妖怪だとか、そんな難しいことは頭の隅に追いやって。
姪にお土産のチョコレートを渡す算段について考えていたら、いつの間にか日曜の夜は更けていったのだった。




