18. 祝勝会
獣人の村で無事に姪の転生クエストを達成した僕たちは、目的を果たせたので『始まりの街プリミス』へと戻ってきていた。
今は冒険者ギルド的な場所の酒場で丸いテーブルを囲みながら、ちょうどこれから打ち上げをしようというところだ。つまり祝勝会である。
「るぅちゃんの獣人への転生を祝って! 乾杯!」
「かんぱーい!」
「しゃあ! 乾杯!」
「乾杯にゃ!」
飲み会なんかに一番慣れているであろう僕が率先して乾杯の音頭を取り、皆はソフトドリンクの入ったグラスを勢いよくぶつけ合う。
ちなみにここは酒場だがアルコール飲料は全年齢対象エリアでは飲めないので、必然的にメニューにもソフトドリンクかノンアルコールしか無い。そもそもメンバーの内訳的にも敢えてお酒を入れる必要も無いので、お酒が飲みたいというケントさんには我慢してもらった。
「いやーしかし案外どうにかなるもんだな」
「だにゃ。最初は村見つけるなんて無理だと思ってたにゃ」
これには僕も同意見である。見つかったらいいなとは思っていたが、まさか本当に見つかるとは。全く嬉しい誤算であった。
「んーでも、最終的に村も見つかって転生もできたし。結果オーライってやつ? えへへ、みんな今日はありがと!」
そう言って笑う、ケモ耳つきの姪の笑顔は最高に眩しかった。これだけで今日1日の頑張りが報われるというものである。僕はこの今日のベストショットをスクリーンショットとして保存した。
「ケントさんも、ありがとうございました。なんかすいません結局1日中付き合わせちゃって」
「何度も言っとるだろうが。構わん、子供はワガママ言っとけ」
「むっ……だから僕は子供じゃ」
「ガハハ、そうだったな。ま、ワシもアバターこそこんなんだが実は結構な若作りなんでな。アンが何歳だろうとワシの方が年上だろうし、子供扱いで構わんだろう! ガハハハハ!」
「うーん……そうなのかなぁ」
「あんちゃんは事情が事情だもんねぇ」
僕の実年齢が見た目に反して30歳であることを考えると、ケントさんの目星は外れていてもおかしくない感じである。同じようなことを思った姪も微妙な表情だ。
「にゃははは! 一番年上はミィなのにゃ! ミィ猫又だから100歳なのにゃぁ!」
「おいミィお前そういうのは……」
「はいはいすごいすごい」
「にゃっ!? アンの対応が雑すぎるにゃー! 全く信じてないにゃぁ!」
「だって信じる要素ないじゃん」
「……ま、そうなるな」
「うぅぅ~……うにゃーん! るぅ~!」
「あはは……」
それは負けず嫌い故に出た咄嗟の虚言か、最初から一貫している中二病的な設定なのか。どちらなのかは分からないが、いずれにせよまともに対応するのが面倒なことには変わりないので適当に流した。
ケントさんは一応注意しようとしたようだが、それで治るようなら今こんなことになっていないだろう。泣き付かれた姪も思わず苦笑いである。その手はしっかり耳を撫でているが。
「よしよし。あんちゃんがゴメンねミィちゃん、信じてもらえなくて悲しかったねー」
「ぅにゃぁ……るぅは信じてくれるにゃ?」
「うん信じる信じる。猫又ぐらいいるよねー」
「……るぅー! オマエ良い奴だにゃあ!」
姪の適当な慰めで感極まって、自分より小さい子に抱き着きながら撫でられるミィ。一方で撫でる側の姪はなかなか満足気な表情だ。
僕はそのケモ耳美少女同士の微笑ましい交流の様子を間近で見ることが出来た幸運に感謝の祈りを捧げつつ、しかし姪を観察する喜びとは別に自らの内に存在する他の感情に戸惑いを感じていた。
「……ズルい」
「急にどうしたアン」
その僕の呟きに対してケントさんが少し困惑するが、僕にだってよく分からない。だがなぜか、姪に撫でられるミィがとても羨ましく感じたのだ。これまで散々、渋々と撫でられてきたというのに。
僕は一旦リンゴジュースを飲んで落ち着く。なんなのだろうこの気持ちは。自分も撫でられたいと思ってしまうのは獣の習性か何かなのか? それともあるいは……僕自身が、姪にもっと撫でられたいという無意識の願いか。
だが、後者だとすれば非常にマズい。30歳童貞の大人の男が10歳の姪に撫でられたいという願望はもうその言葉の響きだけでアウトだし、仮に実現したとすれば非常に犯罪臭の強い酷い絵面が完成してしまう。
あっでも今僕ロリ巨乳狐娘じゃん。セーフだな。
「るぅちゃん僕も」
「えっ? いいの?」
「うん、ミィばっかり撫でてもらってズルいし」
「にゃははは、撫でてもらいたいなんてアンもなんだかんだ言って子供なのにゃ!」
「は? 子供じゃないが? ちょっとるぅちゃんに撫でられたい気分になっただけだが? 姪に可愛がられたいと思う気持ちは大人の嗜みだが?」
「そんな大人の嗜み無ぇだろ」
今の見た目ならば実年齢が20歳年下の姪に甘えても許されるだろうという結論に思い至り、思い切っておねだりをしてみる僕。
外野はうるさかったが、しかし肝心の姪は撫でていいならいつでも撫でたいといったスタンスである。
「じゃあミィちゃんと交代で……あっ」
と、姪が撫でる相手の交代を提案した時だった。急に背後の何かの気配に気が付いたように勢いよく後ろを振り返ったのだ。
そこにいたのは、酒場のロゴが入ったエプロン姿の綺麗なお姉さんのNPC。手に持った大き目のトレイの上には湯気が立っている美味しそうな料理。今まさに僕たちの注文した料理が到着しようとしていたのだ。
「るぅちゃん、気付いた?」
「うん、めっちゃいい匂いした!」
その様子を見るに、どうやら姪も獣人としてのステータスボーナスによる感覚の上昇を恩恵として享受できているようだった。でなければすぐ傍までやってきたとはいえ、この雑多な匂いのする酒場において匂いで料理の存在を感知するようなことはできないだろう。
ましてや今は確かまだ満月である。村長の説明が本当ならば、その上昇値も大きくなっているに違いない。
「ちなみに感覚のステータス、いくら上がってたの?」
「感覚は5」
「うん?」
あれ? 少なくない? るぅちゃんの感覚は確か11だったから、5足しても16なんだけど?
……もしかして、普通の獣人のステータス補正ってそんなもんなの? いや、でも僕とミィは余裕で30超えてるし……これって僕たち2人だけが特殊だったパターンか? ゲーム開始時から獣人なのと後から獣人になったのとでは事情が違うとか? それとも個人差? 種族の性能差? あるいはリアルでもロリ巨乳狐娘だから……ではないな。ミィはリアルだと猫耳美少女じゃないって言ってたし。
僕は明らかに大きすぎるステータス差の原因をいくつか考えてみたが、しかし結局いくら考えても判断材料が足りず答えが出ることはなかった。
その代わりにミィの前にハンバーグが差し出された。
「ハンバーグセットです。プレートの方お熱くなっておりますのでお気を付けください」
「おぉぉ……! 本物のハンバーグだにゃあ! ホントに食べていいのにゃ!?」
「おう、普段食えない分たんと食え」
「やったにゃあー!!」
いや急に家庭の闇を振り撒くのやめろ。これ完全に初めてのハンバーグじゃん。しかも本物って言って喜んでるそれがバーチャルハンバーグとか悲しすぎるだろ……
預かり知らぬ他所様の事情に僕がそんな複雑な感情を抱いていると、姪も流石に気になったのか子供故の無邪気さで踏み込んでいった。
「美味いにゃ! 美味いにゃ!」
「ミィちゃん、ハンバーグ普段食べれないの?」
「あー、ミィはな……なんつーか、アレルギー的なやつがな。ちょっと色々と訳アリで、あんまし普通の料理は食えねえんだわ」
「えっ……そうなの……?」
「こいつはネギとか玉ねぎが特にダメでな、あと塩分の量とか調味料にも気を配らんといかん。そういうわけでこういう普通のハンバーグはゲームの中でだけ食っとるわけだ」
「そんな……好きなものが食べれないなんてかわいそう……」
「そうでもないにゃ。近頃はこういうゲーム機も出てきて、ミィでも色んな料理が体験できるようになったのにゃ。まったく良い時代になったものにゃ」
「ミィちゃん……健気ー!」
「こらやめるにゃ。るぅ、食べづらいのにゃ」
心優しい姪はミィの置かれた境遇への同情から思わず抱きしめたが、食べるのを優先したいミィに引き剥がされていた。まぁそういう話なら食べる邪魔はしないでおくのがいいだろう。
それにしてもミィにも色々と事情があるのだなと思う。やはりここはゲームの世界だ、向こう側のプレイヤーのことはあまり分からない。
もっとも、だからこそ僕がロリ巨乳狐娘になってしまったことも誤魔化せているのだが……その件については追々、仕事帰りにでも病院とか行ってみるか。何科に行けばいいのか分からないけど、とりあえず困ったら内科に行っとけば間違いないだろう。
「ちなみに明日は玉ねぎたっぷりの牛丼にする予定だにゃ。もちろん味噌汁とセットにゃ。あとチョコレートとかも食べたいにゃ」
「今から明日の飯の予定か、気が早えーな」
「えっ……チョコレートとかもダメなの?」
「ダメにゃ。爆発して死ぬのにゃ」
「爆発するの!?」
そんな打ち上げでするには少し重たい身の上話をしている間に、テーブルには全員分の料理が揃っていた。ケントさんは焼き鳥とお刺身、僕はカツカレー、姪はパンケーキとパフェである。統一感が無さ過ぎる。
「ケントさん、何気にすごい飲み会っぽいもの頼んでますね……」
「酒場で打ち上げっつったら例え酒じゃなくてもこんなもんかと思ったんだがな。つーかお前は最初いかにも飲み会って雰囲気で乾杯しといてカレーなのか」
「パンケーキおいしい」
どういう方針で料理を頼むかぐらいは決めておけば良かったかと思わなくもないが、まぁ食べたいものを各自食べるのが一番良いだろう。特にお子様組は自由にさせておくべきだ。
そう思い至ったのでテーブルのカオス度合いなど気にせずに、カツカレーを食べながら隣の姪がパンケーキを食べる様子を動画で撮影していく。
なんだよそのもきゅもきゅ擬音が出てそうな食べ方、かわいすぎるだろ。
「……パンケーキも、美味そうだにゃ」
と、そこにミィが小声でポツリと呟いた。どうやら姪が食べる様子を見ていたのは僕だけではなかったらしい。ミィの方に僅かに視線を移してみれば物欲しそうな目でパンケーキを眺めていた。
「1口あげるよ。はい、あーん」
「いいのにゃ!? ありがとにゃ! ……んーっ、美味いにゃぁ!!」
姪は1口大に切り分けたパンケーキにクリームを乗せて、フォークで刺してミィへと差し出した。まぁ流石にさっきのミィの食事事情の話を聞かされては1口あげざるを得ないだろう。姪は優しいのでそんなことは関係なく1口あげただけだと思うが。
……待てよ? おいそれ同じフォーク使ったら間接キスじゃね? いや僕はもはやその域には居ないから気にしないけど。でもなんか他人がしてたら気になるっていうか。
「るぅちゃん、カレー1口いる?」
「えっ、いらない」
なんとなく対抗して姪にカレーをあーんしようとしてみたが、残念ながらあっけなく失敗に終わった。やはりパンケーキの合間に1口だけカレーを挟むのは無理があったか……ミィはハンバーグパンケーキハンバーグの流れだが。
「それならミィがカレー欲しいのにゃ!」
「うーんまぁ……うん」
「なんで露骨に嫌そうなのにゃ!?」
「あーいや、嫌なわけではないけど」
「なら問題ないのにゃ。ほら、早く食べさせるにゃ」
嫌なわけではない。姪にあーんすることと比べれば嬉しくないというだけである。
結局僕はミィにカレーを1口あげることになり、それを口を開けて待つミィ。自分で取れよと思わなくもなかったが、まぁカレーはスプーンで掬うものだし、両手にフォークを持っている今のミィの状態では厳しいか。いやなんで両手にフォーク? 役割被ってるじゃんナイフ使えよ。
とはいえミィの行動にイチイチ全てツッコんでいたらキリがない。そういうこともあるだろうと諦めて自分のスプーンにカレーとライスを1杯掬った。特別サービスで小さめのカツも乗せてある。
あとはそれをテーブルを挟んで向かい側のミィの口へと運ぼうとして――胸に感じた微かな衝撃と共に、事件は起こった。
「あっやばっ!?」
「ああーっ!?」
「何してるにゃ!」
「あー……やっちまったな。店員さーん、おしぼり頼むわ!」
もし、今の僕の身長がもっと高くてテーブルの上に身を乗り出しても余裕があったなら。
もし、胸に馴染みのないバグったような当たり判定の塊がついていなかったら。
そんなもしもの話を上げていけばキリが無いが、結論から言うと僕は飲み物の入ったグラスを倒してしまったのだった。しかも胸で。
「もーっあんちゃんおっぱいデカすぎ!」
「まったく、無駄な肉ぶら下げてるからそうなるのにゃ」
「いやそれは……仕方ないじゃんっ! なんていうか色々と、仕方ないじゃん!?」
もう僕には仕方ないとしか言うことができなかった。
だってこんなデカいモノ管理できねーよ! ましてや昨日生えてきたばかりで慣れてねーんだよ! なんだよロリ巨乳狐娘ってこの身体、アクションに対しての実用性低すぎるだろうが!
そんな風に行き場のない想いを心の中で叫びながら、僕じゃない胸が勝手にやったことだと1人言い訳をするのであった。




