13. アラサートレント
その後もいくつものステージを乗り越えたが、『十年トレント』や『丘コアラ』など見たことも無いモンスターも出てきてそろそろキツくなってきた。特に直前に戦った『ラージビッグカマキリ』3体セットの残した爪痕は大きい。
幸いステージが終わる毎にHPが半分ほど回復するのだが、それでももはや万全とは言い難い。MPも結構使わされたし、なかなかの強敵だった。
というわけで今は次の戦いが始まるまでの僅かなインターバル期間で少しでも回復するため、全員で地面に大の字で寝そべっているところである。冷静に考えれば結構シュールな光景だなこれ。
「るぅちゃん、これ使っとくといいよ」
「ん、ありがと」
僕は厳しい状況を少しでも緩和するため、隣に寝転ぶメイン前衛の姪に下級のHP回復ポーションを手渡した。HPを5回復する効果で1個3ゴルという、微妙な効果で微妙な値段の消費アイテムである。回復したい時なんてほとんどはHPが大きく減っているのだから、デフォルト最大HPの30に対しても回復量が5では全然足りない。かといって戦闘中に何個も使う余裕があるわけもない。
そんな使いづらさから必要性が見出せずあまり買っていなかったせいで、今渡したこれが最後の1個だ。こんなことならもっと買っておけばよかったと後悔するが、たくさん買ったらそういう場合に限って使わなくて後悔する気もする。
「アン、MPはまだ残っとるか?」
「あんまり残ってないですね、≪狐火≫1発ぐらいならなんとかってぐらいで」
「ふむ……ワシもあんま残っとらんからな、次は厳しいか。行けるとすりゃあ、ミィ。お前が頼りだ」
「任せるにゃー」
「るぅちゃんも頼りにしてるよ、頑張ってね」
「ん、がんばる!」
こういう連戦になると、攻撃スキルが不要なためMP消費なしで戦えるミィの存在は非常に心強い。動き続ければいずれスタミナが切れるので1人でずっと戦い続けることはできないが、そこは僕と姪でカバーすれば問題ない。
「あ、次始まるよ」
「よし、やるか」
そして次の戦闘開始へのカウントダウンがゼロにったので立ち上がり、召喚エフェクトから敵モンスターが現れるのを待ち構える。エフェクトの光の大きさからして今回は1体の大型モンスターが相手のようだが……しかしこれは……デカい!
現れたのは、今まで戦ってきたどのトレントよりも大きなトレントだった。大木と言って相違ないその巨体は、『三年トレント』やその上位種である『十年トレント』よりも遥かに大きい。まさにトレント種のボスモンスターといったところだった。
「こりゃあまさか……『アラサートレント』か!?」
「えーまたトレントなのー!? やだー!」
「また相性がキツイな……勘弁してほしいんだけど」
「気合い入れていくしかないにゃあ!」
今回戦わなければならない、見上げるほど大きな巨木の名は『アラサートレント』。なんだか僕にとっては親近感を覚える名前だが、向こうはそうでもないみたいだ。早速攻撃の体勢に入り、こちらへと狙いを定める。
「避けろっ!」
「にゃっ!」
敵から遠距離攻撃の弾丸が飛んでくるが、狙われたのは僕とミィだったため容易く回避する。獣人故に速度が高く、装備も軽い僕たちは機動力が高いのだ。予備動作のある攻撃ならば来ると分かっていれば大体避けられるだけのポテンシャルは秘めている。
さてこの遠距離攻撃、何度か前のステージで戦った『十年トレント』と同じ攻撃モーションであり、その攻撃方法は枝に付いている2輪の大きな花から種を飛ばすというものだ。弾速も速く遠距離職が狙われることもあって結構厄介なのだが、その対処法はもう分かっている。
なにせ僕たちは、下位の『十年トレント』は既に倒したのだ。
「≪アサシンスロー≫!」
僕は投げナイフを数本投擲し、花へと命中させて破壊した。砲台である花は部位耐久値が低く、時間が経てば再生するものの僕の投げナイフでも破壊可能なのだ。
MPを消費する攻撃スキルは本体へのダメージに充てたい都合上、アイテム消費だけで遠距離攻撃が可能な投げナイフは適任である。
「あんちゃんナイス!」
「今だにゃ!」
厄介な攻撃手段を封じたところで、姪とミィが前に躍り出て攻勢に出る。本体への攻撃担当だ。
姪の攻撃は斬撃なので耐性に軽減されてしまうものの、本当に効いてるのかすら分からないほどにダメージの出ない僕の短剣よりは遥かに通る。恐らく武器の重みの差だろう。
なので僕は自力での直接攻撃を諦め、アタッカー2人の護衛とサポートの役割をしているというわけだ。ツタが迫れば斬り落とし、花の砲台が再生すれば破壊する。これにより2人の攻撃のチャンスを増やし、安定性も上げることができるのである。
ちなみに『十年トレント』戦では僕が本体を殴ってミィが花を破壊しようとしたこともあったが、端的に言って地獄であった。
木登りは得意だと言って登りながらツタに捕まるミィ、幹を短剣でトントン叩いているだけで火力に貢献できない僕。敵は怯まないし遠距離攻撃は飛んでくるしで、危うく戦線が崩壊しかけた。もう二度とやらない。
「そこだ! ≪ファイアボム≫!」
そんなことを考えながら何本かの伸びているツタを斬って処理したところで、ケントさんが攻撃魔法を叩き込んだ。ツタに阻まれると本体へとダメージが入らないので、今のように短くなったタイミングを狙うのだ。
「あんちゃん、防御よろしく! ≪ブレイドダンス≫!」
「オラオラオラオラにゃにゃにゃにゃにゃあ!!」
「任せて! ……っと、≪アサシンスロー≫!」
ツタも花も無い状態のトレントは、近距離職にとっても攻撃のチャンスだ。それを理解して姪とミィもここぞとばかりに連続攻撃を叩き込む。
その直後に予想より早く花の砲台が再生したが、枝に目を光らせていた僕はすかさず投げナイフで破壊する。危ない危ない、あのままだと攻撃中の無防備なところを撃たれるところだった。これはいよいよ僕も貢献している感じがするな、ナイスアシストだ僕。
そんな感じで安定してダメージを与えていく内に、僕のMPも結構溜まって来た。通常攻撃と常時発動スキルである≪アサシンスロー≫で特殊行動を阻害するのが役割なのだ、そりゃMPも溜まる。
よし。ツタと花もたった今処理したところだし、そろそろデカい一発をお見舞いしてやることにするか。サポートが大切なのはもちろんだが、僕もたまにはちゃんとした攻撃で手伝いたいのだ。
「ミィ下がって! ≪狐火≫ッ!」
「燃やしてやれにゃー!」
僕の炎による攻撃は弱点属性なのもあって目に見えて敵のHPゲージを削り、怯みによる大ダウンを発生させる。とはいえ『アラサートレント』は樹木なので倒れたりせず、枝が萎れて再生が一時的にストップしただけのようだが、まぁシステム上はダウン状態である。
「あんちゃんゴメン、ちょい休憩!」
「了解!」
そこでこれまで炎の中でも攻撃し続けていた姪が攻撃の手を止めて一旦下がり、代わりに僕が前に出る。姪のスタミナ回復のための小休止である。僕はやることがなかったのでとりあえず前に来たが、しかし短剣で斬りつけても大したダメージにならないしどうするべきかと少し思案する。
と、ふと隣で拳を振るうミィを見て気付く。耐性相性抜きにしてもこれまでのミィの出すダメージを見る限り、素手って普通に強くね?
……僕も相性の悪い短剣なんか使うより、殴った方が強いのでは? だって素手なら誰だって持ってるわけだし、武器を納刀すればほら素手だし。
「思い立ったら即実行! 思い出せかつてのキッズ空手教室での鍛錬を! くらえ8級正拳突きパーンチ! いってぇ!?」
「アンなにやってるのにゃ!」
「おいバカ何やっとんだ!」
「えぇ……? あんちゃん……?」
だがそんな甘い話は無く、ただただ全員から呆れられる結果となった。与えられたダメージも皆無である。
なにこれ硬すぎじゃん、素手で木でも殴った時みたいな硬さだわ。トレントってなんだよこいつ木か何かでできてるのかよ。木だわ。
これが現実だったなら手の皮が擦り剥けてたり痣になったりしそうなものだが、幸いゲームなのでそんなことにはならずHPに少し反動ダメージが入っただけで済んだ。よかったよかった。よくないが。
「素手で攻撃しようとするとか何考えてるのにゃ!?」
「だ、だってミィだって素手で殴ってるじゃん!」
「ミィは妖力でキチンと攻防上げてるのにゃ! 何も無しで素手なんかで戦えるわけないって少し考えれば分かるにゃ! 真似したかったらあとで教えてやるから今は大人しく武器使っとくのにゃぁ!」
「うぐっ……ハイ……」
どうやらミィは素手で戦うにあたってバフをかけていたらしい。どうりで武器無しでもダメージが出るわけだ。そりゃ普通にやれば武器で攻撃した方が強いよね。
そんな事情など露知らず、特に深く考えないで真似しようとした僕は、危ないことをするなと普通に注意されたのだった。知らずにやったこととはいえ、やはり女子小学生に正論で叱られるのはかなり精神に堪える。
「ほらあんちゃん戻って、トレント動き出したよ!」
「……う、うん」
僕が勝手にHPとメンタルにダメージを受けている間に、『アラサートレント』はダウン状態から復帰していた。同時にスタミナを回復し終えた姪が前線に戻り、僕は少し下がって上の枝を警戒する。
落ち込んでいる暇は無いというのは分かっているのだが、それでも無意識に耳と尻尾は垂れ下がる。しかしいつもならそんな耳を見つけたら撫でて慰めてくれる姪は、今は戦闘中だ。隣にはいない。
「……ま、その、なんだ。スマンな、つい勢いでワシも言い過ぎた。そんなに落ち込まんでもいいだろう」
「わっ!? ちょっ……」
枝の動きに気を配りながらもそんなことを考えていたら、想っていたのとは別の感覚が突然頭をガシガシと乱暴に撫でてきた。
それは大人の男のゴツゴツとした手で、繊細さの欠片も無い無遠慮な撫で方。ケントさんだった。どうやら後衛なのに、僕の落ち込んでる姿を見て前に出て来たらしい。
……まったく、この人は。わざわざ危険を冒してまで僕のところに来るだなんて。
「ミィも言いすぎなんだが、そこんとこは許してやってくれ。あいつはワシと近所の野良猫ぐらいしか話し相手がおらんでな、人付き合いとかが慣れてねえんだわ」
そして僕の頭に手を乗せたまま、遠い目でミィを見つめてポツリポツリと語り出す。
意外だった。ミィはなんだか明るい性格をしてるし、学校ではクラスの中心に居そうなイメージなのに友達がいないらしい。……いや、でも語尾に「にゃ」って付けてたりなかなか生意気だったりと、その辺の事情を考慮するなら言われてみれば全く納得しないわけでもないが。
「ミィには後で言い過ぎだってワシから叱りつけとく。だからアン、あいつのことは許してやってくれ。そしてあいつと」
「ケントさん」
僕はそんな話を遮る。その先は聞く必要が無かったからだ。こちとら良い大人なのだ、一から十まで言われなくともこの流れからどういう話か察せない訳ではない。
「言われなくても僕は……いや、僕達は。もう友達ですよ、きっと」
「おお……アン……!」
当たり前だ。
……姪がせっかく出会った猫耳少女を、友達にもならずに手放すわけがない。そうなればセットでついていく僕も友達みたいなもんだ。ただし実際の歳の差は考慮せず、見た目だけで判断するものとする。
「それと」
「ん? なんだ、アン」
僕はもう一つ、どうしても伝えたいことを付け加える。
それは、それだけはどうしても言っておかなければならないことだ。この話が始まってからずっと言いたかったことだが、今こそがこれを伝えるのにちょうどいいタイミングだろう。
僕は頭に乗せられた手を勢いよく払いのけて、強く言い放った。
「野郎が勝手に頭撫でてんじゃねぇよ! こちとら男に耳触られて喜ぶ趣味なんてねーんだよ! そんなに撫でたきゃ食パンでも撫でてろ!!」
「すっ……スマン……ええ……?」
嫌なことを長く我慢しすぎたせいでついキツイ言い方で言いすぎてしまったが、まぁその辺は勝手に人の頭を撫でるそっちが悪いので我慢してほしい。
あと長く話し込みすぎたせいでとっくに敵のツタや花が復活しており、前衛は半壊していた。




