11. 獣人の村のクエスト
園児の歓迎から解放された僕たちは、獣人の村のクエストボードのところに来ていた。
保母さん獣人のマドレーヌさんがなんかみんなのお願いを聞いてあげて的なことを言っていたからというのもあるが、一番の目的は姪の獣人転生クエストを受注するためである。なにせ獣人の村にはこのために来たのだ。本当に来れるとは思っていなかったが。
「あった、これだ! 『【転生】獣人の試練』!」
「おぉ、どれどれ……? なるほど、村長のとこに行って試練を受けるんだね」
「面白いクエストが無いか探すのにゃ!」
「今度は変なもん受けんじゃねえぞ」
探し始めてすぐに目当てのクエストは見つけることができたが、他にも余った素材を納品したりですぐクリアできるようなものなどがあればついでに受けるつもりだ。
ちなみに今回は姪を僕が、ミィをケントさんが監督することにより安全性もバッチリである。
「この『トレントの小枝の納品』とかできるかな?」
「うん、確かトレントの小枝なら結構あるし、プリミスで受けてきたクエストでも使わないからすぐに達成できるね」
「よしじゃあ受注して……納品! 達成ー!」
僕たちはいくつかの納品クエストを達成し、その報酬を受け取った。プリミスの街のクエストボードは活気があってMMOゲームとしての趣があるとは思うが、獣人の村の貸し切り状態のクエストボードもゆっくり見て回れる上に探しやすいのでこれはこれで良いものだ。
「にゃ、『熊帝の覇爪の納品』とかあったにゃ。これ今受けてる『森の皇帝モナークベアの討伐』と一緒に出来るんじゃないにゃ?」
「まず討伐ができねぇから」
ミィたちも順調にクエストを探しているようでなによりだ。僕たちももう少しで一通り目を通し終えるので、そしたら村長の家に出発だ。
まぁもう残りのアイテムも少ないし、これで達成できるクエストは残ってはいないだろう……と、思っていたのだが。僕はクエストボードの端の方に、見覚えのあるイラストと共に依頼が書かれたあるクエストを見つけた。
「……これってまさか」
「ん、どしたの?」
「るぅちゃん、このクエストなんだけどさ」
「これ……え、もしかして……」
「どうしたのにゃ?」
「なんだ、なんか見つけたのか?」
僕と姪が困惑しながら1つのクエストを見つめていると、興味深そうに横と上からミィとケントさんも覗き込んできた。
そして内容を見た瞬間、そのあまりの異様な雰囲気から特殊性を理解したようである。何を隠そうこのクエストは……
「『おいしいニンジンの納品』? これがどうかしたのにゃ?」
そう、『おいしいニンジンの納品』である。クエスト内容が書かれた紙にはポップな雰囲気のニンジンのイラストまで書いてある。他のクエストは村の安全のための討伐だったり急を要する資材の納品だったりするのだが、これだけ明らかに重要度が低い。心なしか文面もなんだかノリが軽いし。
「ニンジンだと……? 最近どっかで見たような気がするんだが……うーむ、何だったか」
「あ! もしかして昨日のファラビットのイベントにゃ? あれで報酬にニンジンが出てたのにゃ」
「おお、そうだったな! なんだ昨日のことか! いやぁ歳を取ると最近物忘れが激しくてな! ガハハハ!」
「ケントももう若くないんだから仕方ないにゃ」
「あははは」
……ケントさんの若くないネタは、実際ケントさんよりよっぽど若い姪たちには通用している。しかしむしろ彼より実年齢が明らかに上な僕にとっては、あまり笑い事ではなかった。笑えなかった。ケントさんは十代後半とか二十代前半ぐらいの見た目なのだ、その辺ならまだまだ余裕だろう。こちとら既に三十代である。
「確かにあのニンジンなら喜んでもらえそうにゃ。メチャクチャ美味かったのにゃ」
「ああ、ワシも今まで食った中で一番美味いニンジンだった」
「だよねー。あたしもまたアレ食べたいなぁ」
「ちょっと待って?」
よし一旦落ち着こうか。
僕が自分の年齢を気にしている間に会話は弾み、ついでに1つ予想外の事実が判明した。こいつら全員ニンジン自分で食べてやがる! 納品できねぇ!
「あのさ、なんでみんなニンジン普通に食べてるの? クエストアイテムじゃん、食べたらダメじゃん」
「でもおいしかったでしょ?」
「そっ、それはそうだけど……」
「なんだよアン、お前も食っとるじゃねえか」
「ぼ、僕はるぅちゃんにちょっと分けて貰っただけだし……っていうかケントさんは常識人じゃなかったんですか!? 当然のように食べないでくださいよ!」
「そりゃ食いモン貰ったら食うだろう」
「全くだにゃ。それにクエストアイテムだとか貰った時点じゃ知らないのにゃ」
「うぐぐ……」
ダメだ、この状況じゃ僕1人では口論になっても多勢に無勢だ。正論で簡単に論破されてしまって勝ち目は無いだろう。もっとも姪を1人敵に回すだけで僕の勝ち目は完全になくなるのだが。
「それにあのニンジン、確かボスに勝てなきゃ没収されたんじゃねえのか?」
「あ、そうなんですか?」
「だにゃ。どうやれば勝てたのか気になって後から調べたら書いてあったにゃー」
「なら……別にいいのか」
勝利して無事に持ち帰った僕は知らなかったが、ケントさんによればどうやらあの報酬は持ち帰るのが難しいらしい。確かにボスモンスターの『バトルファラビット』は強敵だったし、最後に使ってきた遠距離攻撃無効の特殊行動もなかなかに悪意があった。
それとミィの口ぶりからして、この2人のPTはどうやら勝てなかったらしい。まぁ僕たちのPTも勝てたのは≪狐火≫の存在と姪の頑張りあってのことだし、偶然や奇跡に近い勝利ではあるだろう。ゲーム初日の知識も物資もレベルも何もかも足りない状況では、勝てたPTなど運に恵まれたほんの一握りだというのは間違いない。
「それじゃあとりあえず僕が持ってる分だけ納品するね。納品方法は依頼人への配達だけど、どうせ村長の家に行く途中みたいだし」
「ん? 持っとるのか? ってことはアンお前……」
「倒したのにゃ?」
「うん、倒したよ。るぅちゃんとの連携プレイで」
「えへへートドメはあたしが倒しましたー!」
「すごいのにゃ! ミィたちは勝てなかったのにゃ! 悔しいのにゃ……」
「あれはお前がタイマンで勝負したいとか言いよったからだろうに」
「それはマジで何してんの?」
相変わらず自由過ぎるミィの奇行に呆れつつも、僕はクエスト『おいしいニンジンの納品』を受注した。依頼者は『美食家の兎キナコ』。このNPCに約束の野菜を届ければクエスト達成となるので、そろそろクエストボード漁りも切り上げて向かうことにする。
目的地に向けて村の大通りを歩けば、当たり前だがどこを見てもいるのは獣人だった。
僕たちのPTは相変わらず周りから注目の視線を浴びるが、今回ばかりは少し事情が違う。普段は人間プレイヤーばかりの街を歩いて獣人の僕とミィが視線を集めるのだが、今だけは珍しいのは人間だ。注目されているのは姪とケントさんである。
「わぁ、人間さんだ。珍しい」
「3年ぶりぐらいに見たなぁ」
「おい、あの子もしかして狐じゃないか?」
「本当だ! 産まれてこのかた数十年、狐の獣人なんて初めて目にしたぜ!」
「狐!? この村じゃ激レアじゃねぇか!」
「しかもメチャクチャかわいいぞ!」
「毛並みも綺麗で羨ましいわ」
「ウチの息子の嫁に……いや俺の嫁に欲しいぜ」
「なんて魅力的な尻尾をしてるんだ……」
うん、ダメだわこれ全然いつも通りだわ。
僕の狐耳が拾ってしまった周りの会話は、概ね人間の街で聞こえてくる声と相違なかった。どうやらこの村には狐獣人が存在しないらしい。
ていうか前から思ってたけどこのゲーム、NPCのAIとかそういうやつの完成度高いね。まるで人間みたいなリアクションだわ。今はそうであってほしくなかった。
そんなこんなでいっそ≪人化≫でも使った方がマシだろうかと思いながらも、僕たちは第1の目的地に到着した。『美食家の兎キナコ』のところである。
納品場所の地図に書いてあった家の前の小さな畑に水をやる兎耳の女性を見つけた僕は、恐らく彼女が依頼人だろうと目星をつけて早速声をかけた。
「あなたがキナコさんですか? 依頼を受けて納品に来たんですが」
「依頼……? あっ! もしかしてあなた、おいしいニンジンを持ってきてくれたの!? 私楽しみにしてたの! 見せて見せて!」
NPCとはいえ初対面である女性の高いテンションに若干たじろぎながらも、僕はインベントリから『ニンジン』を取り出した。説明文によれば品質はAランクとのことだが、果たして美食家とまで謳う彼女のお眼鏡に適うのか。
「こっこれは……!」
「どうですか? これで大丈夫でした?」
「大丈夫なんてもんじゃないわよっ! 匂いだけで分かるわ、これ絶対おいしいやつ! 試しにちょっとだけ味見を……きゃーっ! すごくおいしい! ありがとう、村の外にはこんなに美味しいニンジンがあるのね! 感動したわ!」
僕の差し出したニンジンは大好評だった。よかった、やはりこれで正解だったようだ。
ただ、納品したニンジンが特別な入手方法だったとはいえたかがニンジンである。それを1本納品したことによる報酬は如何ほどかと思っていたのだが、僕は良い意味で大きく予想を裏切られることになった。
「じゃあはい、これが報酬の300ゴルよ!」
「えっそんなに!?」
「良い物にはそれに見合う対価を支払うべきよ、当然じゃない!」
「おぉー……! ありがとうございます!」
かくして僕は一気に大金持ちになった。300ゴルといえば今の布防具より1段階上の革防具だって3つ買える金額だ。何ならスパッツだって余裕で買えるし、余った分で武器を新しくしてもいいだろう。
本音を言えば姪が食べていなければこれが倍だったと考えなかったわけではないが、済んだ話だ。仕方あるまい。
「やったねあんちゃん! 報酬いっぱいじゃん!」
「羨ましいのにゃぁ」
「ふーむ、これは街に帰ったら1杯奢って貰わねえとな」
「はっはっはっ、1杯だけですよ? なにせ今の僕にはお金がいっぱいありますからね」
僕は一気に大金が転がり込んできたことで、随分と気が大きくなっていた。
だからだろうか、考えなしに1杯奢るなどと不用意な発言をしてしまったのは。当然そんな隙を見逃す2人ではない。
「っしゃあ! 撤回してももう遅せーぞ! じゃあワシは酒場で一番高い酒だあ! 200ゴルするやつな! こいつぁ儲けたぜガハハハ!」
「やったのにゃ! ミィは5リットル入りのバケツプリンにするのにゃあ! 仕方ないから1杯だけで我慢してやるにゃ! にゃははは! 寛大なミィに感謝するのにゃあ!」
「ちょっと待ってその辺はなんかズルくない!?」
こいつら加減ってもんを知らねーのか!? 僕は1杯3ゴルとかのソフトドリンクを想定してたんだが!? ていうか200ゴルのお酒とか存在すら知らなかったわ! 知ってたら言ってねぇ!! バケツプリンだっていくらゲーム世界とはいえ量が量だ、絶対高いだろそんなの! 奢るわけないだろ!
「あんちゃん……! バケツプリン、あたしも食べたい……!」
「よし帰ったらバケツプリン食べよっか」
「わーい!!」
「やったにゃー!」
だが姪の要望によりバケツプリンが可決された。まぁ僕もちょうどバケツプリン食べてみたかったしな。そんな気がしてきた。
その決定にミィも便乗して喜んだが、1人だけ納得していない人物がいた。勿論お酒を所望したケントさんである。
「おお、バケツプリンは許されたか。で、ワシの酒は?」
「……まぁいっか。ケントさんだけ仲間外れなのも可哀そうだし……みんなでバケツプリンで」
「やったーみんなでバケツプリンだー!」
「待ておいワシはプリンより酒の方がいいんだが」
「いらないんですか? それなら別に僕はいいですけど」
「……プリンで構わん」
「帰ったらプリンパーティーだにゃー!」
本当はプリンが食べたかったのか、ケントさんも結局賛成して全員プリンとなった。まったく素直じゃないなぁ。
こうして僕たちは、何故かプリンパーティーの約束を取り付けることとなったのだ。あとから考えればかなり意味がわからないが、そうなった。姪の決定は絶対なのだ。
――ちなみにあとで僕はこの約束を酷く後悔することになるのだが、この時の僕には知る由もなかった。報酬の大半がプリン代として支払われることになるまで、残り数時間の出来事である。




