4. ファニービー
新スキルがほどよい微妙性能だと発覚してしまった僕は、姪の応援でなんとか復活したもののやはりまだ精神的ダメージが抜けきっていなかった。病気が治っても疲れが取れてない感じである。
というのも無理はない。なにしろ新スキル≪アサシンスロー≫、僕自身も初使用だったためあそこまで外すと思っていなかったのだ。
なので涙が零れないように上を向いた……というわけではないが、空でも見て落ち着こうと思い至った時に、木々の緑で見えない空の代わりに僕はあるものを見つけた。
「ん? なんだろあれ」
「えっどれ?」
「ほら、あのなんか丸いやつ」
「ん……あっ見つけた。おっきい、果物かな?」
大きくて縦長な楕円形のその物体は、見方によってはメロンのように見えなくもない。思いもよらぬ未知の発見に、もしかしたら新発見のレアアイテムなのかもしれないと僕と姪は心を躍らせる。
「あんちゃん、取ってみようよ!」
「え、でも流石に高すぎるし……10メートルぐらいありそうだよ?」
「≪アサシンスロー≫で狙ってみようよ! 大丈夫、外したらまた投げればいいんだからいけるいける!」
斜め上にナイフを投げ、枝なり何なりに当てて実を落とすというのは簡単ではないはずだ。さっきの的当ての数倍は難しいだろうという予想は難しくない。
だが僕は挑戦した。姪が応援してくれているのだ、この想いを無駄にしたくはない。
「≪アサシンスロー≫!」
「あ、結構飛んだね。もうちょっと下か」
「えいっ!」
「あっ惜しい! 高さはあってた!」
「せいっ、そりゃっ!」
「ん、当たったかな? ちょっと揺れたけど」
「はぁぁっ!」
「あっ! 落ちてきた!」
そして何度目かの挑戦でようやく上の枝に命中させることができ、そのまま見事に切り離す。
すると姪は地面に激突する前に受け止めようと思ったのか、落下地点に先回りしようと走り出した。あっちょっ、ナイフも落ちてくるから気をつけてね?
「キャーッチ!」
落ちてきた物体は思っていたより大きくて姪が抱えられるギリギリぐらいの大きさはあったが、見た目よりは軽いのか、あるいは姪が戦士職であるが故に筋力のステータスが鍛えられているからなのか意外と問題なく受け止めることができた。ちなみにナイフは姪より奥の方に落ちたので大丈夫だった。
「なんだろこれ、結構軽いけど」
「軽いの? じゃあ果物じゃなかったのかなぁ」
僕が近寄ってじっくり調べようと思った時、ちょうどミィたちも姪が抱えている巨大な楕円形の球体に気が付いたようだった。その表情は何か心当たりがありそうな感じだったので、何かしってるのかもしれな――あれ、ちょっと待って、なんでそんな「コイツらやりやがった!」みたいな顔を……いやまさか、ね? そんなヤバいものがあんなところに剥き出しで置いてあるわけが……あっちょっと後ずさるのやめて不安になるから。
そんな様子に流石の姪も何か察するところがあったのか、こちらに不安そうに視線を送ってくる。
僕は勇気を出して、これが何なのか聞いてみた。
「……あの、2人ともこれが何か分か」
「逃げるんだよォー!」
「ケントさん!?」
「アン、るぅ、2人のことは忘れないにゃ」
「ミィ!? ちょっと!?」
ちょうど2人が逃げ出したところで、球体の中から鳴り響き始めた音に気付く。気付いてしまう。
それは素早く細かく空気を震わせるような、どことなく不快な振動音。有り体に言えば――大きな虫の羽音、であった。
「ひゃあっ……!?」
「るぅちゃん!」
姪が思わず球体を投げ捨てるがもう遅い。中から明らかに体積を無視して、数十センチはある巨大な蜂が溢れるように無数に飛び出してきた。
その球体は僕たちが期待した未知のアイテムや果物などではなく、巨大な蜂型モンスターの巣だったのだ。
恐らくコイツらはケントさんたちが言っていた『ファニービー』。流石にリアルな巨大昆虫ではなく全体的にデフォルメされたタッチでニコニコ笑っている表情なのは助かるが、危険度は見た目とは関係ないだろう。でないとあの2人がさっさと逃げたりしないはずだ。
「やっ……!?」
「≪狐火≫ッ!! るぅちゃんこっちへ!」
「う、うんっ!」
そのまま大群で姪へと襲いかかろうとしたので咄嗟に爆炎で焼き払う。姪をも巻き込んでしまったが緊急時なので仕方ない。一応攻撃スキルなので極力巻き込みたくはないが、以前設定した姪には効かない特別な挙動の炎なので実質的な問題はない。ちなみに≪狐火≫の詳細説明を見たらいつの間にかこの特性はデフォルトになっていた。
しかしそれにより一瞬は凌いだものの、まだまだ巣からは大量のファニービーが湧いて出て来ていた。とにかく逃げなければと姪を連れて走り出した僕は、その足でとある方向を目指していた。
もう少し……もう少しで……よし追い付いた! さっきはよくも置いて逃げやがったなぁ!?
「ミィ、ケントさん!」
「たすけてー!」
「ちょっおまっなんでこっち来とるんだ!?」
「ファニービーも来てるにゃー!」
僕たちはひとまず頼れる仲間たちと合流を果たした。2人でなんとかならない局面でも、4人いれば状況は随分変わるはずである。ごめん嘘。置いて行かれてついカッとなって巻き込んだ。
「ほらケントさん、なんとかして。なんかそういう役目でしょ」
「知らんわ! 出番だぞミィ、なんとかせい!」
「ミィただのかわいいイエネコだから無理にゃ」
「こんな時だけ猫になりおって……」
走りながらも作戦会議を決行する僕たち。ファニービーの大群は速度を出して走ればなんとか追い付かれない程度の速さなので今はなんとか逃げ切れているが、スタミナというシステムがある以上は時間の問題だ。
……それにさっきからどことなく姪がしょんぼりしているのだ。蜂の巣を撃ち落とそうと言い出したことに責任を感じているのかもしれない。早く事態を解決して慰めなければ。
「あっでも良い案はあるにゃ。アンの≪狐火≫を使うのにゃ」
「ま、なんとか出来るとすりゃあそれしかねぇだろうな。アン、≪狐火≫は形を変えれるってこたぁ、範囲をメチャクチャ拡げたりはできんのか? 幸いファニービーは耐久力が低いんでな、弱点の火属性なら威力が減ってもなんとか倒せるだろうよ」
「あ、なるほど。やってみますね!」
敵の耐久が低いという思いもよらぬ有用な情報を手に入れた僕は、早速アドバイス通りに範囲重視の炎で焼き尽くすべく一瞬立ち止まって素早く振り返った。
「≪狐火≫ッ……!!」
「やったにゃ!?」
そして右手を差し出してスキルを使おうとして、ふと違和感を感じてしまう。感じたが、それでもこの追い詰められた状況では使うしかなかった。
そのせいか炎が出るか出ないかぐらいのタイミングでミィが立てたフラグは、スキルが発動するまでの一瞬の内に回収されてしまった。炎の出力が、予想以上に弱かったのである。これは範囲を拡げたことによる威力低下だけが原因ではなかった。
なにしろフォレストウルフ戦からここまで、僕は短時間の内に散々≪狐火≫を使い倒してきたのだ。時間経過による自然回復があったとしても、MPなど尽きて当然だった。
そんなわけで残り僅かなMPを消費して発動した不完全なスキルは、蜂の群れの一部に疎らな火の粉を散らす程度に終わった。
とはいえ巻き込んだ分の敵にはHPの半分近くダメージが通った辺り、ファニービーの耐久力の低さがよくわかるというものだ。
もっとも、敵の数が全く減っていないので事態は何も好転していないのだが。
「ちょっとあんちゃん!? 弱すぎー!」
「ご、ごめん! MP無かった!」
「……これ的当てして遊んだりしてなかったら足りたにゃ?」
「だろうな」
「確かに」
「正論やめて」
的確に論破されながらも再び走り出した僕は、次に撃てるだけのMPが溜まるまで果たして自分達のスタミナは持つのかと考える。スタミナが切れたらその時は走れなくなる時だ。そうなったらもう逃げることは叶わず、立ち向かっても多勢に無勢。端的に言って一巻の終わりである。
「とにかく逃げんぞ、走れ!」
「言われなくても!」
「アン、MPポーションとか持ってないのにゃ?」
「ごめん持ってない……いや待てよ……?」
僕はあくまで戦士職なのでMPポーションは持っていない。武器を振れば戦えるし、何より武器を握れば両手が塞がるので戦闘中に使う余裕が無いからだ。
だがMPが切れたら終わりの魔法使いであれば、だいたいは保険に持っているものである。武器も大抵は杖とかなので片手は空けられるし、薬を使うのも容易だからだ。つまり……魔法使いに集ればいいのだ!
「ケントさん、ポーション持ってないですか?」
「悪ぃ、持っとらん」
「えっ……なんで!? 魔法使うなら必須級のアイテムでしょう!? 肝心な時にMP無くなったらどうするんですか!?」
「お前よくそれ人に言えたな」
「ブーメラン刺さってるにゃ」
「うぐっ……で、でも僕には短剣があるし……」
「正直アンって短剣使うより炎使ってる方が強いと思うのにゃ」
「ぐはぁ!!」
「あんちゃーん!?」
墓穴を掘りすぎた僕はあまりに多くのブーメランが精神に刺さってしまい、そのダメージに耐えきれなくなって遂に吐血した。反動でよろけてしまい、思わず足がもつれそうになるがなんとか堪える。走る足を止めるわけにはいかない。
「お、精神ダメージで吐血しとるやつ初めて見たわ」
「レアいにゃ!」
「え……これ大丈夫なの? 結構勢いよく血が出てたけど……あんちゃん、大丈夫?」
「うん、平気だよ……吐血自体は」
僕は袖で口元の血を拭いながら、心配してくれた姪に問題ないと答える。白いブラウスが一瞬にして血で赤く染まったが、アバターや装備の汚れは勝手に落ちるのですぐに薄くなって消えた。
そう、この吐血、比喩的表現ではなく普通に吐血である。ゲームシステムによるものだが、一定以上の精神的ダメージを受けるとたまに発生するレアなエフェクトだ。よりにもよってこんな時に出てほしくなかったが、話の流れを変える起点にするにはちょうどいいのでまぁ良しとする。
「とにかく……それなら僕のMPが自然回復するまで逃げ続けるしかない。動きながらだと回復が少し遅いから、このペースで走っててどれだけかかるか分からないけど。るぅちゃん、このまましばらく走るけど大丈夫?」
「ん、スタミナはまだまだ全然あるよ。あたし戦士だし」
「最初にバテるとしたらケントだにゃ」
「あー悪ぃなチビッ子ども、ワシはお前さんたちみたいに若くないんであんま走れねぇんだわ」
「……あんちゃん大丈夫?」
「いや大丈夫だけど? ていうかケントさんも、まだまだ全然若いでしょう。それにスタミナもただ単にステータス依存だし、若さとか関係ないじゃないですか」
「カーッ! こいつ急にマジレスしおって……」
「あっその、すいませんつい」
「あ、いや別に責めとるわけじゃあないんだがな」
いけない、歳の話題が出てついネタにマジレスしてしまった。だって年齢を気にするお年頃なんだもの、仕方ない。30歳はおじさんじゃなくてお兄さんだろうが。
お互い悪気はなかったのでむしろ若干気まずくなったりはしたが、とにかく今は巨大蜂の群れから逃げることが最優先である。僕のMPが溜まるまで、なるべく逃げやすい地形を探しながら前方から来る敵にも注意を払いつつひたすらに前へと進んでいった。前から来る敵は基本的にケントさんが遠距離攻撃で対応し、それでもなんとかならない場合は姪かミィが払いのける。
そうして逃げ続けていったが、やがてそれにも限界が来てしまった。
「もう無理だ、これ以上走れん! スタミナ切れだ! ワシのことは置いてけ!」
「諦めるなにゃ! 引っ張ってでも連れて行くにゃあ!」
「あんちゃん早くー!」
「ごめんもうちょっと待って! あと少しでMP溜まるから!」
迫る敵の群れ、足が止まってしまった仲間。スタミナ切れで一時的に肩で息をして動けなくなったケントさんをミィがなんとか引っ張ろうとするが、努力の甲斐も虚しく歩きほどの速度しか出ない。僕と姪もそんな2人を置いていけるはずもなく、思わずその場に立ち止まって身構える。
これまでの回復ペースを考えればあと数秒で必要なMPは溜まるはずだけど……その数秒が遠い。恐らくそれだけの時間があれば、ファニービーたちは余裕でケントさんたちを串刺しにして蜂の巣にしてしまうだろう。
あれだけの敵にどれだけ持ち堪えられるかは分からないが、こうなったら仕方ないと僕が覚悟して両手に短剣を抜こうとしたその時。
「……あっMP溜まった」
「来たにゃ!」
「やっちゃえあんちゃん!」
もう少しかかると思っていたが、予想よりも早くMPが回復して僅かに驚く。結果的にはここで立ち止まったことで休憩判定になり、自然回復速度が上がったのだ。立ち止まるのがもう少し早くても遅くてもダメだっただろう。偶然ながらこのタイミングこそがちょうどよかったのだ。
「まとめて燃えろ! ≪狐火≫!!」
眼前に迫る敵の群れの脅威から大切な姪を、あとついでに自分と仲間の身の安全も守るため。
僕は今度こそ最大出力で、持てる全てを出し切って妖狐の炎を撃ち出した。




