3. 投げナイフ
森の中は別世界だった。上を見れば僕たちの十数倍、あるいは数十倍も大きな木々に生い茂る葉が空を覆っている。そんな一面の緑の中にちらほらと青空が垣間見え、そこから差し込む木漏れ日が光源となって決して鬱蒼とした雰囲気や薄暗さなどを感じさせない。
その光景を見ていると、なんだか清涼で澄んだ空気に包まれているような気がしてくる。気のせいではなく実際にゲーム内で再現されている感覚なのかもしれないが。
「なんかこう、落ち着いた雰囲気の場所だよね」
「ん、そだね。それにあたし現実でこういうとこってなかなか行かないから新鮮かも」
僕と姪は初めて来るフィールドに心躍らせていた。ゲーム性を無視したとしても充分に観光目的で楽しめる場所なのだ。
「あんま油断しとるんじゃねーぞ、いつ敵が出てくるか分からんからな」
「大丈夫大丈夫、警戒はしてるから。あんちゃんが」
「任せてください」
「結局人任せじゃ……いや、適材適所か」
ケントさんは一瞬何か言おうとしたものの、僕の頭の上でピンと立った大きな狐耳にチラリと視線をやって納得してくれた。似たようなケモ耳のミィを連れている以上、その索敵能力などに思う所はあるのだろう。
「あ、敵来た」
「来たにゃ。この足音だと3体ぐらいかにゃ」
そこへちょうど地面を走って近寄ってくる敵の気配を僕とミィが察知した。僕の方は敵の数など分からなかったが、ミィがそれを把握できるというのは狐と猫の聴覚の性能差なのだろうか。それとも昨夜少し森エリアを経験したという慣れの違いなのか。
そんなことを考えながら待っていたところに飛び出してきたのは、3体の『フォレストウルフ』だった。平原で戦ったボスモンスターの狼よりは小さいが、群れで襲ってくるというのは非常に厄介だ。戦闘難易度も一気に跳ね上がる。
それとついでに、体の色も緑をベースにした迷彩カラーなのでゆっくりと忍び寄られたりしたら視覚による発見は遅れかねない。まぁ走って突っ込んでくるのでそんなことはないのだが。
「ワオーン!!」
「待っとったぜ! ≪ファイアボム≫!」
そして奇襲の合図だとばかりに威勢よく雄叫びを上げながら飛び掛かってきた緑色の狼に対し、ケントさんが火属性初級魔法による先制攻撃を仕掛けて先頭の狼を一撃で討伐エフェクトへと変える。素早さこそあるが、弱点を突いたのを加味してもこの狼はそれほど耐久は高くないらしい。
「≪ソードスラッシュ≫!」
「にゃーオラーッ!」
姪とミィも続いて応戦し、襲い来る狼を剣と拳で攻撃して弾き返す。僕は1人余ったのでとりあえずミィの援護に回ることにした。姪の方はスキルで攻撃したのでHPも残り僅かだ、すぐに片付くだろう。
そう判断した僕は殴り飛ばされて今まさに起き上がった方の狼に狙いを定め、追撃のためのスキルを放つ。
「≪狐火≫!」
「ガウッ!」
だがその狼は、素早い身のこなしで僕の火球を回避した。
「なっ!? 避けた!?」
「気を付けるにゃ! コイツら速いから攻撃めっちゃ避けるのにゃ!」
「飛び掛かって来た時を狙え! いくらなんでも空中では避けられん!」
「わ、わかりました!」
すかさず森経験者の2人からアドバイスを貰い、攻撃のチャンスに備える。ついでに気になったので外れた火球が飛んで行った先をチラリと確認してみたが、燃え広がったりせずに火はすぐに消えていた。森林火災の心配はなさそうだ。
安心して敵へと視線を戻すと、戦いの横槍を入れられて怒ったのか弱点である炎を脅威と判断したのかは分からないが、ちょうど体勢を立て直した狼が早速僕の方へと飛びかかってきた。
「ガルゥッ!」
「そこだっ! ≪狐火≫ッ!」
「ガァッ!?」
教えてもらったコツの通りにカウンターの形で命中させ、弱点属性の高威力攻撃によるオーバーキルで討伐エフェクトを爆散させる。なんとか倒すことができて一安心だ。
「ふぅ……そうだ、るぅちゃんの方は……」
「そこぉっ!」
「ガルッ!?」
手伝った方が片付いて一息ついたところで姪の様子を見てみれば、ちょうど狼を倒すところだった。どうやら素早く動き回って回避する狼を手数のゴリ押しで倒したらしい。
「はー。あと1回当てれば倒せたのにめっちゃ避けられた」
「おつかれ、るぅちゃん。飛び掛かって来たとこをカウンターで当てればいいらしいよ」
「あ、そっか。最初はそれで当たったんだもんね。最終的に飛び退いたところを無理矢理斬ったけど」
「だいぶ無理矢理いったね」
激しい戦いを繰り広げた姪を労いながらも、僕はさっき聞いた攻略法の情報を共有する。姪はこういうことに対しては要領よく覚えるので、次からはもっと上手くやってくれるだろう。
「にしてもアン、もっとちょうどいいスキルはねぇのか? さっきの攻撃じゃあ威力が高すぎて爆散しとったじゃねぇか。多分MPも無駄になっとると思うんだが」
「それは……まぁ確かに、あれ消費MP10だからちょっと勿体ないかも。じゃあ次から短剣で攻撃しますね、≪駆け斬り≫ならフォレストウルフにも当たると思うし」
「ん? お前さん魔法使いじゃあないのか?」
「えっ戦士ですけど? 武器はほら、短剣」
今までもずっと2本の短剣を腰のベルトに着けていたのだが、ファッションか何かだと思われていたのだろうか。僕は改めて見せつけるように体を左右に交互に捻って、近接武器を装備していることをアピールした。
ちなみに戦士というのは近接系武器を扱う職業のことである。例え武器が巨大な斧であっても小さなナイフであっても、トンファーや拳であっても。メイン武器や戦闘スタイルが近接用ならそれは戦士なのだ。
他の職業では遠距離武器である弓が弓使い、杖や魔導書による魔法を扱うなら魔法使いといった具合に分かりやすいのだが、戦士だけメチャクチャ広範囲な『近接物理武器全般』ぐらいの括りである。
あ、コージが使うような銃は知らん。あいつは服装もそうだけど色々と意味不明すぎる。
「魔法使いだと思ってたのに近距離でも戦えるなんてアンすごいにゃ、遠近両用にゃ!」
「なんかメガネみたいな褒め方で釈然としないけどありがとう」
「だが短剣か……wikiじゃあ不遇武器の部類だと書いとったが、実際のところどうなんだ?」
しかしケントさんから返ってきたのは僕を心配する言葉だった。決してバカにする意図は無いのだろうが、そんなネタ武器みたいな扱いをされてもここまで普通に戦えてるし困る。
だから僕はそれを訂正してやろうと思った。まずは小さな一歩から、僕が短剣についてしまった悪いイメージを改善していくのだ。
「ふっふっふっ……短剣が不遇武器、それは歪んだ情報です。威力もリーチも長剣の下位互換、そう思う人もいるかもしれません。しかしそこで役立つのがこれ! 『二刀流』スキル! なんと両手に武器が持てる! これにより攻撃回数は倍増、実質ダメージ効率も2倍!」
「お、おう」
「すごいにゃ、武器を2つも持ったら絶対強いにゃ!」
ケントさんには急に始まった通販番組みたいなセールストークに若干引かれてしまったが、一度始めてしまったものは仕方ない。ミィが乗ってくれただけ良しとしよう。
なんでこんなテンションで語り始めてしまったのかと少し後悔するが、急に普通の口調に戻すのも不自然なのでこのまま続けることにする。
「しかもこの短剣、短いリーチを補うスキルもバッチリ完備。それどころか他武器よりも更に射程を伸ばせるスキルまであってですね……それがこれ、≪アサシンスロー≫!」
「あっ初めて見るやつだ!」
両手の短剣を鞘に収めてから、新たに取り出した投擲用のナイフを見せながら紹介したスキルに姪が食いついた。何を隠そうこのスキル、昨日の最後のボス戦でのレベルアップで習得したスキルなのだ。使うのに街での準備が必要だったので、姪にも見せるのはこれが初めてとなる。
「まずは≪狐火≫! これであそこの木の幹に的を描いてっと……では今からあの炎の円の中にこの投げナイフを見事命中させてみせましょう! 成功しましたら拍手喝采! いけっ≪アサシンスロー≫! そぉい!」
10メートルほど離れた大木に炎で描いた的をめがけ、立て続けに5本の投げナイフを投擲する。このスキル自体は基本は常時発動のパッシブスキルなのでスキル名を叫ぶ必要はないのだが、スキル名を叫んで発動すればそのあと数秒の内に投げた分は攻撃力に追加の補正が乗るのだ。
その常時効果は至ってシンプル、ナイフや短剣などの小さな刃物を投げる際に威力と命中に補正をかけるというもの。それが常時、つまりMP消費なしで発動し続けているのだ。普通の短剣使いにとっては貴重な遠距離攻撃だし、≪狐火≫がある僕にとってもMP消費なしというのは充分に使い道がある。
「あんちゃんすごい! 当たったよ!」
「うーむ確かに当たったがなあ……」
「微妙な戦績にゃ」
「……ぐぬぬ」
直径30センチあまりの炎の円形の的には、かろうじて3本のナイフが刺さっていた。残りの2本は的の範囲外に刺さっていたり、木にすら当たっていない。
「んなことよりも炎で的を作ったことの方が凄いだろう。あんな風に形もコントロールできるってんなら、かなり応用が効くんじゃあないのか?」
「しかもずっと燃えてるにゃ。背景オブジェクトは一見可燃物でも自由に燃やせないはずなのにゃ。きっと炎自体に込められた妖力で燃え続けてるのにゃ」
「なるほど……炎自体の操作に加えて持続時間も調節可能……しかも平原で使ったのと比べてさっきの着弾を見るに威力も……」
挙句の果てに下準備の方が凄いとまで言われてしまい、2人は≪狐火≫の性質について考察し始めた。ちくしょう。残念ながら短剣のイメージ向上を狙った僕は完全に敗北した。
「えっと……あんちゃん、ナイフ投げるとこはカッコよかったよ?」
「ありがとう。次はもっとカッコよく投げるよ……」
「その、げ、元気だして! きっと使ってればその内レベルが上がって強くなるって!」
「……そうだね。まだ覚えたてだもんね」
「まだスキルレベル1だもん! 仕方ないって! ほら撫でたげるから元気出して、がんばれ♡ がんばれ♡」
「ふぉぁぁ……」
落ち込んで垂れ下がった耳とその周辺を中心に、姪の小さな手のひらで優しく撫でられる。
だが姪が同い年ぐらいの女の子を励ましているように見えるその光景は、実は20歳年上の叔父を慰めているのが真実である。昨日に引き続いてまたもや小学生の姪に気を遣わせてしまったことに若干の自己嫌悪を感じつつ、しかしながら愛しい姪のがんばれコールにより僕の精神は完全な復活を果たした。
頭を撫でられて蕩けた顔を晒しつつも、実はリンクポイントで魅力から振り替えた分を全部≪アサシンスロー≫に突っ込んだのでスキルレベルは既に結構上がっている状態でこの様だということは黙っておこうと心に決めたのだった。




