2. リンクポイント
ミィとケントさんという新たな仲間と共に、僕らはクエストボード前に来ていた。ここは街一番の人口過密地区なので当然人は多いが、まだ朝だということもあって昨日よりは断然少なかった。サービス開始直後ということもあり、みんな夜遅くまでプレイしていたらしい。
「それでは今日は森エリアに行きたいと思いまーす!」
「わーわー」
「やってやるにゃー」
元気いっぱいに宣言した姪に僕とミィが囃したてる。ケントさんは流石にこのノリに混じるのは抵抗があったのか、保護者の距離感と姿勢である。ふっ、まだまだ保護者力が甘いな。僕ほどにもなればいい歳して子供のノリに合わせるなど造作もないことだ。
ましてや今の見た目なら何の問題もない。30歳男性の頃でも躊躇なくやってたが。
「受けるクエストはこれとー、あとこれと……」
「これも受けるにゃ!」
「おいおいあまり多くは受けんでくれよ、全部は出来るか分からんからな」
姪とミィが中心になって受けるクエストを吟味する。僕はその微笑ましい様子を眺めながら、しかし手放しに喜べないでいた。
なぜならこの人の少ない時間を以てして、いつもに増して周囲の注目を集めているからである。
「おい……見ろよあれ……」
「うおっ本物じゃん」
「ロリ巨乳狐娘ちゃんだ……」
「おっぱいでけぇ」
「マジかよ猫又ちゃんもいるじゃねーか」
「おいおいいつからここは天国になったんだ?」
「LROユニークプレイヤー四天王が2人も……!?」
「かわいい……」
「尊い……」
大きな狐耳の聴力が周囲の小さな声までキャッチし、嫌でも自分に向けられたかわいいだのおっぱいだのという言葉を認識してしまう。
というのも今僕は、≪人化≫を使わずそのままのロリ巨乳狐娘の姿で出て来ているのだ。年下の女の子、それも小学生ぐらいのミィにだけ注目を押し付けて自分は変装するだなんて男が廃るので漢気全開でそのまま往来に出て来たのだが、今では結構後悔していた。≪人化≫していても胸のサイズは据え置きなのでその分の注目は浴びるが、狐耳が無いから声を拾ってしまったりしないのでマシなのだ。
だが今の僕には近い境遇の仲間がいるのである。この感情に対しての同意を求め、僕は猫耳少女であるミィに声をかけた。
「……ミィは大丈夫なの? こういう……変に目立って注目浴びたり、かわいいだの色々言われるのって」
「にゃ? 周りの人間にゃ? こんなの日常だからとっくの昔に慣れたにゃ」
「あー……リアルでも普段から言われ慣れてるから、ってこと?」
「そうにゃ。ミィはキュートでプリティーにゃからキャーキャー言われるのは慣れっこにゃ。こんなの気にしてたらキリが無いにゃ。それよりはたまに知らない奴からもオヤツとか貰えるこの役得を満喫するに限るにゃー」
「んーそっかぁ。慣れ、かぁ……え、待って知らない人からお菓子もらうのはダメじゃない?」
「お前それマジで気ィ付けろよ? ヤバいもん食ってからじゃ遅いからな?」
「ミィを何歳だと思ってるにゃ。ちゃんとヤバそうなものは見分けて避けてるにゃ」
ドヤ顔でそう答える彼女は果てしなく信用できないが、この自信はどこから来るのだろう。
ただ随分と目立つ容姿になってしまった今、僕もこの図太さを多少は見習った方がいいのかなと思う所がないわけではない。見習えるかどうかはまた別として。
「あんちゃんクエスト受け終わったよ」
「あ、じゃあ行こっか」
そうこうしている間に有能な姪が必要なクエストを受注し終えたので、用が済んだ僕たちはプリミスの街を後にした。
これから目指すのは、昨日ファラビットとの戦いを繰り広げた平原エリアを越えたところに広がる広大な森エリアである。実は平原エリアは面積こそあるもののほとんどチュートリアル同然の難易度で、出てくる敵がファラビットだけなのでもう卒業して問題ないのだ。
別段用があるわけでもないので、平原は街道を通ってまっすぐ南下して突き進む。その平和な道中ではコミュ力の高い姪とミィを中心にした取り留めのない話をしていたのだが、ふと唐突に、このゲームのとあるスキルシステムについての話題が出てきた。
「LPか……そういえばそんなのチュートリアルで言ってたっけ」
「あたしいくら入ってるかなぁ」
「メニューの、そこにゃ。そこで確認できるにゃ」
僕と姪は完全に存在を忘れていたので、やり方をミィたちに説明されながら確認する。メニュー画面に表示されたのはいくつかのスキルと棒グラフだった。
この画面で管理できるのが『リンクポイントシステム』、このゲーム最大の特徴である。その内容はなんとログアウト中の現実世界での活動によって対応したスキルやステータスに経験値が入るというものだ。
ただしリアルとゲームでは別の職業をやりたいと思うのも当然のことなので、LPとして加算された分の経験値はここで管理して一度だけ他スキルに振り分けることができる。青い棒グラフの上の方、赤くなっている部分が振り分け可能分のLPである。
「えっとあたしのLPで経験値が入ったスキルは……『魔導書』? あ、『知力』のステータスにも入ってる。宿題やったからかな? あとは『長剣』にちょっとだけかぁ」
「待ってるぅちゃん、なんで長剣とか上がってるの?」
「新聞紙丸めて振り回してた」
子供だから元気なのは別に構わないのだが、女の子だしそろそろそんなわんぱくな遊びは卒業してほしいという思いが無いわけではない。ゲームの中でならともかく、現実でまでそれでは少し心配になる。
「魔導書スキルはワシみたいな魔法使いタイプが使うもんだな。剣士用のスキルに振り直しとくといい」
「長剣の分はそのままにしといた方がいいにゃ。振り替えするとちょっと減るのにゃ」
僕も横から2人の説明を聞いて、なるほどと納得しながら自分のメニューを開く。
「えーと僕ので増えたのは……えっ何これ」
僕はその画面に表示された内訳を見て思わず困惑した。思っていたより大量の経験値が入っていたからである。しかも身に覚えのないスキルまで育っている。
「スキルの経験値は『料理』が少しと『毒耐性』がその10倍ぐらい……? 料理はまぁ夕飯作ったからだとして……毒耐性……? しかもこんなに……?」
僕には全く心当たりがなった。昨日はお菓子こそ食べたがおかしなものなど食べてないし、別にそのあとでお腹を壊したということもない。
「なんか変なモンでも食ったんじゃねーのか?」
「うーん心当たりないんですけど……」
「食材が痛んでたとかは?」
「そんなことは……あ、でも牛肉は3日前に半額で買ったやつだしそれかも、冷凍してたから実際はセーフだけど」
「他には何か上がってないのにゃ? 繋がりから分かるかもしれないにゃ」
「他は……うん、まぁ……」
他と聞かれて思わず歯切れが悪くなる。当然だ、他に上がったのはスキルの≪狐火≫とステータスの『魅力』だからである。どちらもゴッソリ上がっている。魅力に至っては真面目に勉強したはずの姪の数倍上がっていた。なんで?
「……なんで魅力こんなに上がってるの?」
「さ、さぁ……昨日は長風呂だったからかな……?」
後ろから画面を覗き込んできた姪にツッコまれ、若干誤魔化し気味に答える。風呂場でのアレコレや風呂上がりのドライヤーなど心当たりは色々あるが、どれもこの身体に関することである。リアルでも尻尾の手入れをしていただなんて言うわけにはいかない。
とりあえず魅力はNPCの好感度が少し上がりやすくなる程度しか恩恵がないし、どうせこれまでの経験からして街中での活動中に時間経過で上がるようなので、その分のLPは他のスキルに振り直しておいた。
「ていうかあんちゃん、何気に≪狐火≫も上がってるけどリアルでも使えたの?」
「いや、無理だよ流石に。夢の中で使った覚えはあるけど……なんでこんなに上がってるのかは分かんない」
「へー、夢でもいいんだぁ」
「≪狐火≫? なんだそりゃあ、固有のスキルか? ワシの知らんやつだな」
「あ、はい、これです」
ケントさんの疑問に答えるべく、説明するより見せた方がいいかなと思ったので実演することにした。どうせこのあと一緒に戦うのだし、何が出来るのかは情報共有しておいた方がいい。
そう思った僕はちょうどタイミングよく、少し遠いが地面に生える草を食べている数匹のファラビットを発見したので、その方向やや斜め上に手を差し向けてスキルを発動した。
「≪狐火≫!」
いつも通りにMPを10消費して発動したスキルは、バレーボールぐらいの炎の球となって勢いよく弧を描いて発射された。距離があるのを適当に狙ったため若干逸れたものの、着弾後数メートルの範囲に燃え広がったので結果的に狙った敵は全て倒すことができた。この流れで外したら恥ずかしいなと思って拡散を強めにしておいた甲斐があったというものだ。
「すごいにゃ! メチャクチャ燃えたにゃ!」
「こいつは……すげぇな。威力は分からんが、見た目だけなら中級魔法ぐらいあるんじゃねぇのか?」
「えへへーあんちゃんの魔法すごいでしょ!」
初見の2人は恐らく珍しいのであろうスキルに驚いて感心し、姪は何故か自分の事のようにドヤる。そんなかわいい姪を持ったことが誇らしくて、思わず僕も少しだけ得意気な表情になった。
それはそうとケントさんの言う中級魔法という例えはあながち間違いでもない。魔法に詳しいサラさんに昨日聞いたところによると、初級魔法がMP5、中級魔法がMP10、上級魔法がMP20以上の消費を初期スキルレベルでの基準としているとのことだった。今は消費の割に威力が若干低いものの、≪狐火≫も鍛えれば将来的には中級魔法ぐらいの性能には成長するだろうというのは、攻略情報に詳しいサラさんとデータの分析が得意なコージによる合同の予測である。
「ま、これなら森エリアでも戦力として存分に期待できるってもんだ。火属性はあそこじゃあ大概の敵に弱点突けっからなぁ」
「あそっか、森ってなんか獣とか植物とかのモンスター出そうですもんね。どんな敵が出るんですか?」
森で火をぶっぱなすなんて山火事とかは大丈夫なんだろうかと思いつつも、何やら経験者らしき口ぶりのケントさんについでにこの先の敵について聞いてみる。僕は攻略サイトは最低限しか見ない派だが、他人からの伝聞であれば情報交換っぽくて冒険感があるのでガンガン聞いていくタイプなのだ。
「森は一気に敵の種類が増えっからなあ。入り口らへんでよく見るのは『フォレストウルフ』『三年トレント』『ファニービー』辺りか」
「ん、2人とももう森行ったことあるの?」
「ああ、昨日の夜にちっとばかしな」
「るぅ、ファニービーには気を付けるのにゃ。アイツは麻痺持ってるから刺されたら『ああああああ!』ってなるのにゃ」
「うん……? う、うん。気を付けるね」
ミィの抽象的すぎる警告に若干困惑しつつも、なんとなくロクなことにならないのだろうなと雰囲気で察する。僕たちは蜂にはなるべく気を付けようと決意した。
ともあれ未知の敵が多く出てくるというのはゲーム的にはワクワクするものだ。
ここまでほとんどウサギしか倒してないので、ようやくゲームらしくなってきたなと密かに期待を胸に抱きながら新たなフィールドへと乗り込んだのであった。




