24. 群れを統べるボス兎
「では、自分はこれで! 皆様もお疲れ様でありました!」
新兵のエリックが短くビシッと敬礼し、踵を返して街の方へと歩き始めた。コイツ結局ニンジン渡すためだけに来たのか……?
「末端の新兵にまでよく教育が行き届いてる。プリミスの新人教育はしっかりしてるようだな」
「もう、社長ったら。また経営者モードになってるわよ?」
「どっから帰るんだろこれ」
みんなが思い思いの会話をする中、僕は無言で口の中のニンジンと戦っていた。口の中にこれだけ大きいものを入れたまま咀嚼するというのはなかなか難しく、まだ表面を少し削る程度しか噛めないのだ。順当に行くならこのまま噛めるくらいの大きさになるまで、地道に削り取るしかないだろう。
そんなことを考えていたら、不意に僕の耳が風切り音のようなものを捉えた。……嘘だろ、イベントはこれで終わりじゃなかったのか?
音がする方の、斜め上の空へと視線を向け、彼方から飛来してくる敵を見て驚愕する。いや、敵の姿ではない。問題なのはその軌道だ。このままでは――
「へいっふ! ふぇあぁ!」
「なんて?」
しかし僕の必死の忠告も虚しく、口にニンジンを頬張ったままではその言葉が意味するところは誰にも伝わらない。当然エリックはその飛来物を避けるどころか気付くことも出来ず――着地の邪魔だとばかりに、そのモンスターの剛腕によって跳ね飛ばされた。
「ぐわぁぁぁぁっ!?」
「……!」
「えっなになに!?」
「なんだ!?」
「あれは……ボスモンスターなの!?」
地面との重い衝突音をズシンと響かせて勢いよく斜めに着地したのは、僕や姪よりも大きくずんぐりむっくりな体躯の、二足歩行のファラビットだった。
その身体は毛皮の上からでも分かるぐらい通常個体とは比べ物にならないほどに鍛え上げられており、特に首から腕にかけての筋肉が尋常ではないほどに逞しい。そのクセ顔立ちは若干凛々しい程度のかわいいファラビットである。
ちなみに飛んでいったエリックは遠くの牧草の山に頭から深々と突き刺さっていた。脱出しようともがいている所を見るにどうやら無事なようだ。
『キューッキュッキュゥ! よくもオレっちの手下のウサギたちを虐めてくれたなぁ!』
「ふぁっ……ふぁえぇあ!?」
なんとそのファラビットは喋ったのだ。外国語映画の吹き替えみたいに口パクと言葉は噛み合ってない部分もあるが、しかし明確に言葉が頭に伝わってくる。
それにしても手下のウサギたち、ということはコイツが今回の襲撃の統領というわけか。その言葉からコージたちもそこに勘付いたのか、各々感想を口にする。
「『ファラビットの襲撃』……なるほど、ここまでは前座でコイツの襲来こそが突発イベントの本命だったというわけか」
「キュイキュイ言ってて喋ってるみたいでかわいい」
「ふふふ、るなちゃん面白いこと言うわね。確かにそれっぽいかも」
「見た目に惑わされるな、本気の野生動物の体格をしてる。兵士を殴り飛ばしたパワーも本物だ、気を抜くなよ」
『折角あの街を滅ぼしてウサギの王国にしてやろうと思ったのによぉ、計画が台無しだぜ?』
「かわいい」
「かわいいわね」
「……かわいいな」
ん? 喋ってるみたい……? 喋ってるだろ? それにメチャクチャ物騒なこと言ってるのに呑気にかわいいだなんて……もしかして日本語の部分は僕にしか聞こえてないのか? だとしたらなんで……もしかして僕って獣人だか動物だかのカテゴリに入ってるのか?
『おぉ? なんだ、キツネがいるじゃねーか。邪魔なオオカミの野郎が人間に狩られてスッキリしたとこだったが……お前らキツネもオレっちたちウサギを狩るからなぁ。今回の手下たちの件もあるが、今までの積年の恨みを晴らさせてもらうぜぇ?』
あ、ヤバい。なんか濡れ衣……でもないな。僕もファラビットいっぱい倒してたわ。狐だからってわけでもないけど。
しかしどうやらこの強そうなウサギ、『バトルファラビット』は部下たちの復讐に来たようだ。それなら戦いは避けられないだろう。僕は両手に短剣を引き抜き、戦いに備える。
「アン……? いやそうか、敵だものな。エリックを攻撃した時点で疑いようもない」
見た目のかわいさに一瞬惑わされたコージも平常運転に復帰し、それにつられて他2人も武器を構える。
『ほーう、オレっちとやろうってのかぁ? いいぜ、ちょっくら遊んでやる。それにどうせお前ら良いニンジン持ってそうな匂いがすっからなぁ。小腹も減ってたんだ、街に攻める前の腹ごしらえといかせてもらうぜ!』
「ひんいん……? ふぁいふあひんいんをふぇあっへぅみぁいは、ひんふぁひをふふぇぉ!」
「何言ってるか分からん」
「あんちゃんお行儀わるいよ」
しかし僕から仲間への警告が伝わることはなかった。くそっ口の中に特大のニンジンさえ入ってなければ……!
だがそんな状況でも敵は待ってくれない。こちらの口の中の事情などはお構いなしに、新たな戦いの火蓋が切って落とされたのだった。




