21. 迫りくるウサギさん
「どうしたアン、何かあったのか?」
「いや、向こうの方からだな……」
急に何かに反応した僕を不審に思ったのか、コージが問いかける。それに対して僕は街道の先を指差しながら答えた。
ここから数百メートルほど向こうは森エリアになっており道の脇に木々が繁っていたり微妙に曲がっていたりするので先は見通せないのだが、しかし僕の大きな狐耳は何かの接近を看破したのだ。
その足音は、どんどん近付いてくる。今回迎え撃つことになっている敵で間違いないだろうが、なにぶん数が多すぎる。まだ普通の人間の聴力では気付けないようなので、ならばと身構えてイチ早く指示を出す。
「そろそろ敵来るよ、数はすごいたくさん!」
「あら、そんなのどうして分かったの?」
「今、狐の耳がピクッってなってたよ! きっと音でわかったんだ! すごーい!」
僕の狐の能力を目の当たりにして姪はすごいと目を輝かせ、コージとサラさんはなるほどと感心しながらも森の方をそれとなしに警戒する。僕は既に両手に短剣を抜いて臨戦態勢である。
だがそんな僕をチラリと見て、コージが言いにくそうに口を開いた。
「しかしなアン……あの街道の先が見えなくなっている場所、随分遠いと思うが。そんなにすぐ来るものなのか?」
「さっきのNPCの説明を聞く限り、来てるのはファラビットだろ? ウサギは走るの速いからすぐここまで着くよきっと」
「うーむそれでも俺には姿が見えてからでも充分準備が間に合うほどの距離があるように見えるが……」
「それにサービス開始直後のイベントだものね。そんなに不意打ちじみたことするかしら?」
「そっそれは……」
言われてみればそうである。初心者しか参加しないと分かり切っているイベントに、突然奇襲するような初見殺しギミックは必要ないはずだ。
「あっファラビット見えて来たよ」
そんな話をしていたら姪が森の方から迫りくるファラビットの群れを発見した。なんというか、それなりに素早く走っているのは分かるがファンシーに跳ねながら進む都合上それほど速くない。それにここまでは如何せん距離がある。迫りくるファラビットの姿を見てから軽く作戦が立てられるぐらいの時間はありそうだ。
「あれぐらいのペースならばここまで2、3分といったところか。見えてからで充分だったな」
僕の索敵は概ね無意味に終わった。更にはもうすぐ来るなどと適当なことを言ったことが明らかになってしまった。一瞬他の誰にもできないことで活躍できてる優越感みたいなものがあったので、コージに容赦なく現実を叩きつけられて少し悲しい気分になる。そんな心情に反応してか、自然と耳と尻尾が垂れさがる。
「あっ……あんちゃん、そんなに落ち込まないで」
「そ、そうよ。敵の動向を早く知れたのだから私たちは他のPTに比べても少し有利なのよ?」
表情には出していないつもりだったが、僕の気持ちは筒抜けだった。慌てて慰めてフォローする女性陣の視線は僕の頭と尻を往復していた。なにこれ地味に感情筒抜けなのキツくない? しかも姪は慰めながら頭を撫でてくるし……うぅ、嬉しいけど大人としてはなんだか惨めな気分だ。
「アン、いつまで落ち込んでるんだ。始まるぞ、配置につけ」
そこへ親友の男から容赦なく檄が飛んでくる。お前の言葉のせいで凹んでるんだが!? あーもうこれだから男ってやつは気配りが足りねーんだよ! 僕も男だが!!
「まぁ元々なんか音聞こえたから言ってみただけだし? 僕的には聞こえても聞こえなくてもやることは同じっていうか? で、コージ、配置って?」
「今回の俺たちの陣形についてだが。あれを見ろ、ファラビットがご丁寧に四列縦隊で走って来てる」
「マジかよ」
それとなく自らの失態に言い訳をしながらコージに作戦を聞くと、前を見てみろと促される。
見るとそこにはピョコピョコと跳ねながらさっきよりも近付いてきているファラビットの群れが、綺麗に4列になって規則正しく走ってきている様子が見て取れた。車間距離……兎間距離か? それも等間隔に開いており、まるで統率の取れた行進のようだった。
「前後の間隔が結構開いてるから、なんとか連続で戦えるだろう。だから俺たちは横一列に並び、各個撃破だ。MPやモーションの都合で無理だと判断した敵はスルーしていい。恐らく兵士NPCがなんとかしてくれるだろう」
「なるほどファラビットが相手なら1人で充分だと」
「そういうことだ。ただし無理そうなら左側の2列を捨てて、前衛後衛体制で右側2列を中心に相手取るからそのつもりでな!」
「わかった!」
「左から順に俺、瑠奈ちゃん、アン、サラサの順番だ! もうじき来るぞ、戦いに備えろ!」
「りょーかい!」
「わかったわ」
コージの指示に従って横並びになり、僕たちは迫りくる兎の群れに立ちはだかる。やはり普段から社長とかいう人の上に立つ仕事をしているだけあって、こういう時に迷わずリーダーシップを発揮できるこの男は非常に頼りになる。あ、でも待てよお前さりげなく僕の姪を隣に配置しやがったな? これ職権乱用じゃねぇ?
「るぅちゃん場所変わってもらっていい?」
「ん、あたしはいいけど?」
「よしっ!」
ギリギリのところでなんとかポジションチェンジに成功した僕は小さくガッツポーズをする。割り込んでやったぞ、これで僕の姪は職権乱用変態社長の毒牙から守られた。リーダー権限を利用して姪を隣に配置するなんて許すわけないだろう。
そして僕の突拍子もない行動に困惑気味なコージに対し、してやったりとドヤ顔で言い放つ。
「お前の隣は、僕だろ」
ウチの姪がそう易々と隣に来てくれると思うなよ。お前なんてアラサーおっさんの僕の隣で充分だ。そんな気持ちを込めて睨みつけるが。
「……あ、ああ! そうだな!」
しかしコージはなんだか一瞬驚いたかような顔をしたかと思うと、まるで照れ隠しのように慌てて目を逸らした。サラさんはそれを見て「あらあら」などと楽しそうに目を輝かせている。えっなにこれ。なんでお前そんなリアクションすんの……? えっ怖っ。
――ちなみにあとから聞いた話だが、この時の僕は睨みつけようとしたものの、慣れてない顔でそんなことをしようとしたがために上目遣いで微笑むメチャクチャかわいい表情になっていたらしい。死にたい。
「とっとにかくいくぞ、戦闘開始だ! アン、気を抜くなよ!」
「わ、わかってる! てかなんで僕だけなんだよ!? 僕だって油断したりしねーから!」
とにもかくにも僕たちはなんとか目の前の敵に集中し直して。コージの拳銃から放たれた銃声が、開戦の合図を告げた。
銃ってなんだよ剣と魔法の世界じゃないのかとツッコみたくなったが、しかし空気の読める僕は黙って目の前のファラビットに突っ込んだ。




