20. アンちゃん
「なんで司くんがこんなにかわいくなってるの!?」
「いやぁそれは……色々ありまして、ハハ……」
「骨格はリアルの体からあんまり変えられないはずなのに……どうやってこんなに小さくてかわいくなったの!? ていうかおっぱいデカっ! これ趣味なの? いやそんなのどうでもいいわ、身長の変え方だけでも教えて!」
「いやーハハハ……」
この姿のことが知り合いにバレないよう気を付けようと思った矢先、既に職場の同僚にバレていると分かってしまったことで心理的ダメージを負った僕は、遠い目で生返事をすることしか出来なかった。
その肩を掴んで揺らしながら問い詰めてきているのは西園寺沙羅さん。男所帯なウチの職場の紅一点、美人で性格も良い高嶺の花である。リアルでは若くて綺麗ながらも大人で落ち着いた雰囲気なので、今のこの綺麗さと可憐さを兼ね備えたような十代後半の金髪お嬢様みたいなアバターとはイメージが違いすぎて分からなかった。
そんな彼女は僕の元の体と同じくらいの身長の、いわゆる高身長女子である。170cmはあるだろう。本人的にはその背の高さがコンプレックスらしく、そのため僕のこの姿について……中でもアバターの身長を縮める方法を聞き出そうと躍起になっていた。
しかしながら遠い目をして要領を得ない言葉しか出てこない僕の代わりに、姪が簡単に答える。
「なんかよくわからないバグらしいよ」
「バグ……ね。まぁゲームだものね、バグぐらいあるんだろうけど……まさかこんなお得なバグがあるなんて。あ、ごめんなさい自己紹介が遅れちゃったわね。私は『令嬢サラサ』よ。サラって呼んでね。司くんとは同じ会社なの」
「『るなちー』です! あんちゃんの……えーっと、メイ? とかいうやつです」
「司くんからいつも話は聞いてるわ、るなちゃん。かわいくて癒される自慢の姪っ子だってね」
「かわいくて……そんな、えへへ……」
綺麗なお姉さんにかわいいと褒められたのがよほど嬉しいのか、姪は頬を綻ばせる。
と、そこで思い出したようにサラさんは僕の方に気を取り直して話しかけた。僕の方も少し落ち着いてきたのでようやく会話が成立する。
「そういえば司くんのキャラ名って聞いてなかったわね。いつまでも名前で呼ぶわけにもいかないし、教えてもらっていいかしら」
「あーえっと、『アンクル』です」
「アンクル、ね。それじゃあ改めてよろしくね、アンちゃん」
「ついでに俺のキャラ名は『コージー社長』だから好きに呼んでくれていいぞ。よろしくな、瑠奈ちゃんにアンちゃん」
「なんか例え意味は違えど、るぅちゃん以外からあんちゃんって呼ばれるの変な感じするな……いや待ってなんで2人ともナチュラルにちゃん付けしてんの?」
「えーだって見た目が、ねぇ? こんなにかわいいんだもの、アンくんじゃなくてアンちゃんでしょう?」
「それは……そうだけど」
「俺の方は悪ノリした結果少し気分が悪くなったのでこれからはアンと呼ぶことにしよう」
「お前はお前で失礼だな!?」
そんな風に緊張もほぐれて適度に打ち解けた辺りでアラートが鳴り、再びシステムログにアナウンスが流れた。始まる前から疲れたが、遂に緊急イベントが始まるらしい。
【只今より緊急イベント『ファラビットの襲撃!』を開始します。対象エリアのプレイヤーは順次転送されるまでしばらくお待ちください。】
開幕の合図に気を引き締めて数秒の後、不意に眩しい光に包まれたかと思うと……僕たちは誰もいない『始まりの平原』の街道にポツンと立っていた。
「ここは……」
「なるほど、転送と言っていたが……これはどうやら各PT毎に専用のイベントマップに送られたらしいな」
誰に言うでもなく溢した僕の言葉に、イチ早く状況を整理したコージが答えた。つられて周りを見渡せば、後方には『始まりの街プリミス』の入口の門が閉じられているのが見えた。遠目で正確には判断できないが、門の前には兵士らしきNPCが何人も待機している。
「ん、門が閉じてる? それに兵隊さんもいるよ」
「防衛戦、みたいなものかしら? それにしては私たちの位置がよく分からないけど……」
サラさんの言う通りここは入口の門より100メートル以上は離れている。街を囲う城壁みたいな壁そのものを守るに越したことはないのだろうけど、ここまで前に出たら地の利もなにもあったもんじゃない。
何をすればいいのだろう、と考えていたら街の方から1人のNPC兵士が走って近付いてきてビシッと敬礼してから話を始めた。
「自分は新兵のエリックと申します! 本日はファラビットの迎撃作戦にご協力戴きありがとうございます! 現在、大量発生したファラビットは街道を通って真っ直ぐこちらに侵攻中とのことです! 冒険者の皆さんにやっていただくのはこの前線での遊撃となります! 街の門まで辿り着いたファラビットは我々が討伐しますので、それまでになるべく敵の数を減らしていただきたい! それではご武運を!」
それだけ言うと、NPC兵士のエリックは再び小走りで帰っていった。このクエストの説明のためにわざわざ本陣からここまで走って来てくれたらしい。ご苦労なことである。
「つまりここで敵を迎え撃てということだな」
「街道からは出られないみたいね。見えないバリアみたいなのが張られてるわ」
コージたちが的確に現状を把握し、僕たちもそれに倣って辺りを見回す。
とはいえそれ以上のことが分かるわけでもなく見えない壁とやらを確認しただけにすぎないのだが、ふと僕の耳が遠くから聞こえる地響きに気付いた。
「んん……? この音、もしかして……」
これは足音、なのか? 確かに大量発生と言ってはいたが、いくらなんでも多すぎる。
その音がする方向へと視線を向けてもまだ姿は見えないが、しかし僕は来るべく激戦に備えて気を引き締めた。




