4. グルメな子狐
色々あったが、僕が狐の姿で使う用のベッドはなんとか無事に買うことができた。
いや精神的には無事と言えない部分もあるが……とにかくベッドは買えたのだ。僕はやり切った。
しかし展示品に片っ端からベッドインしまくっての撮影会ラッシュは、中身が大人の男である僕にはなかなか堪えた。
だって見た目はかわいい子狐だから、あざといポーズとかを平然と要求されるんだぜ……
ましてや事情を知らない店員さんなど、当然こっちの事情は知らないわけである。僕の中身のことなど考えずにノリノリでアイデア出してくるもんだから、それに賛成した姪の期待を裏切るわけにもいかずに結局ほとんどやることとなった。
まぁその姪にしたって、僕の中身が大人の男だということは忘れてるんじゃないかって疑惑はあるけど。
「これで必要な物はだいたい買えたんやない? そろそろいい時間やし、お昼にしよか」
「ん、そだね。あんちゃん、お昼なに食べたい?」
「コーン」
「コーンかぁ」
「それはただの鳴き声やと思うけど……」
そんなわけで精神的な疲労からぐったりした僕は、最愛の姪の腕に抱かれながら、ぐでーっと休憩中である。返事だって気の抜けた鳴き声にもなるだろう。
しかしこの子狐の身体は女子小学生である姪にも容易に持ち運べてしまうので、こういう極度に疲れた際に移動しながら休めることだけはメリットか。姪に抱きかかえられて移動する叔父というのが字面的にどうかはともかく。
まぁ今回の場合は、身体が子狐じゃなかったらそもそも疲れるような事態にならなかったんだけど。そこについては一長一短と言えるだろう。
『でもまぁお昼なら、僕もそろそろロリ巨乳狐娘に戻ろうかな。流石にこのままだと飲食店には入れないだろうし』
「せやね。いつまでも瑠奈に抱っこされてるんやなくて、いい加減自分で歩いた方がいいと思うわ」
「えー、戻っちゃうの……?」
『よし、1食ぐらい抜いても問題ないし別に戻らなくていいかな』
「あっいやそこまでして狐のままでいなくてもいいんだけど……」
「司は相変わらず、瑠奈のために全力すぎるんよ」
とはいえそこら辺の店で昼食を取るなら人型形態に戻らないとな、と思ったのだが。
言うまでもないが、僕は姪ガチ勢。戻ると言った時に姪が残念そうにしたのなら、戻ることなどできまい。食事を抜く覚悟で狐の姿のままでいようとしたら、母どころか姪にさえ引かれてしまった。
僕はただ姪のためを想って覚悟を決めただけなのだが、ちょうどいいバランスというのは難しいものである。
「でもしょうがないかぁ。あんちゃんだってご飯たべるもんね」
『まぁ……食べるか食べないかで言ったら、食べるよ』
「かなり今更やけど、そこは妖狐でも関係ないんやね。妖怪って生き物の枠に収まらへんようなイメージもあるけど」
『いくら妖怪って言っても、所詮はちょっと不思議パワーが使えるだけの狐だからね。僕は妖狐以外の妖怪とか見たことないし実在するのかどうかも知らないけど、妖怪の中じゃ普通の動物寄りなんじゃないかな?』
「なるほど?」
「確かに、ぬりかべと妖狐やと妖狐の方が動物っぽいイメージやね」
「あっ! たしかに! それわかるかも!」
『そういう話で合ってるんだけど……合ってるんだけども』
まぁ要するに妖狐である僕も普通に食事を取らないとお腹が空くという話だが、なぜ母がそこで出す比較対象がぬりかべなのか。
流石に無機物系を相手に動物っぽさで張り合うのは意味がわからない。比較対象としては、おばけ系の見た目の妖怪なんかと比べるもんだと思ってたわ。
「まぁそれやったらどっちみち、人目につかへん所で元の姿に……あっ」
「ん? ばーちゃん、どしたの?」
そんなこんなでどこか釈然としない気持ちを抱いていたところ、母が突然何かに気付いたようなリアクションをした。
なんだろう、嫌な予感がする。こうやって母さんが急に何かを思いつくのって、大抵ロクなことじゃないんだよな。思わず少し警戒してしまうのも無理はないだろう。
そう身構える僕だったが、母はおもむろに前方を指さした。何か良からぬことを思いついたのかと思ったが、単に何かを見つけただけらしい。これなら別に身構える必要は無いか。
「あれとかちょうどいいんやない? ペットカフェやって」
「ペットカフェ?」
だが、母が見つけたものを確認した僕は再び身構えた。
確かにここは大型ペットショップの店内だが、そんな都合よくペット同伴可の飲食店を設置しなくてもいいのではないだろうか。わざわざちょうどいいと言ってペットカフェを指定するということは、狐の姿のままでいいと言ってるのか?
僕は普通に人間用の食事でいいんだが……ていうかこれ、もしかしなくてもペットフードとか食べさせられる流れでは?
『えっと……僕、普通に人間用の食べ物でいいんだけど?』
「えー! でもあんちゃん、ペット用のケーキあるって看板に書いてるよ? あたしペット用のケーキってどんなのか気になるし、1回あげてみたい!」
『なんか急にケーキ食べたくなってきたな。ちょっとそこの店にでも入ってみるか』
「やったー!」
「自分で言い出しといて何やけど、本当にそれでいいん……?」
姪の希望にあっさりと流された僕に、本当は冗談だったらしい母はやや引き気味だったものの。
こうして僕たちは、大型ペットショップのテナントとして店を構えているペットカフェで昼食を取ることにした。あるいはペットショップの一部として営業しているのかもしれないが、まぁその辺はどうでもいいだろう。
……正直言って、本当にこれで良いか良くないかで言うなら、全然良くはないのだが。
しかし姪の願いを叶えてあげられるのなら、ペットフードぐらい余裕で食べるだろう。それが叔父というものである。一般的な叔父ならば誰だってそう言うはず。だから僕のこの選択については、何もおかしくなどはない。自分の役割果たしてるだけだ。
「いらっしゃいませ! 2名様と、小さな1名様ですね?」
「うん、2人と1匹!」
店内に入ってみれば、ウェイトレスのお姉さんが僕たちを出迎えてくれた。
姪の胸に抱かれている僕のことを小さな1名様と言っているのは、ペットを家族として扱うタイプの飼い主への配慮だろう。元人間である僕としても、1匹とカウントされないのは気遣いとして非常に助かる。姪は普通に2人と1匹って言ったけど。
「こちらのお席にどうぞ。それとそちらの子狐ちゃんは少し小さいので……椅子の上に置く台や籠なんかがありますが、いかがいたしましょう?」
「ん? それってどうちがうの?」
「動き回って台から落ちるようなら、危ないので籠の方がいいですね。大人しく出来るなら台でいいのですが」
「その子は動き回らへんから、台でええよ」
「かしこまりました」
そして席へと案内されて、まずは僕が座る場所を用意してもらう。
現状だとテーブルの上に物を置かれても、前脚を乗せて立ち上がらなければ口が届かないからな。今の僕は生まれたての子狐ほど小さくはないものの、大人の狐と比べれば明らかに小さいのだ。4本脚で立った状態では、テーブルの上の物を食べるには体高が足りない。
「おぉー、色々あるよあんちゃん!」
「人間用のメニューも充実してて、なかなか良い感じやね」
そうして僕が良い感じの台を用意してもらったところで、メニューを開いて確認する姪と母。僕も横から覗き込んでみれば、確かになかなかの充実具合である。
姪はまずペット用メニューを見ているようだが、ケーキだけでも数種類あって悩んでいるようだ。母が見ている人間用メニューにも様々な料理が手広く載っており、ファミレス並みの品揃えに届くのではというほどである。
「んー、どれにしよ。あんちゃんはどれ食べたい?」
『僕は……うーん、ピザかカレー?』
「もーっ、ばーちゃんが持ってる方からじゃなくて! こっちに書いてるペット用の中で!」
一応ダメ元で母さんが持ってる方のメニューから選んでみたのだが、やっぱり姪はペット用ケーキを僕に食べさせたいらしい。逃げ場はどこにも無いようだ。
仕方ない、僕も男だ。覚悟を決めて選ぶとしよう。メニューにも一応、人間が食べても平気って書いてあるし、よっぽど変なものは出てこないだろう。
『どれどれ……おっ? なんかどれも思ってたより美味しそうだな』
「でしょ? 特にこの猫の顔の形してるのとか、かわいいなって」
『なるほど本当に猫の顔の形して……ちょっと待って、それマグロ味って書いてあるんだけど? ケーキの見た目でその味はキツくない?』
「ホントだ。猫用だからかな?」
『猫用はダメだな……犬用から選ぼう』
姪は見た目で選ぼうとしていたようだが、実際に食べる僕からすればその限りではない。むしろ見た目はどうでもいいから、まともな味であってほしい。
マグロ味のケーキだって猫なら喜ぶのだろうが、僕は人間用のケーキの味を知っているのだ。見た目のイメージと味があまりに一致しなかったら、それだけで口の中の違和感が凄いことになりそうなので出来れば避けたい。結局のところ、理想は人間用ケーキなのだが。
「犬用だとこれとか?」
『骨型かぁ。でも僕としては、適度にフルーツ乗ってるやつの方が好みかな』
「じゃあこっちのやつかな?」
「こっちのもいいんやない?」
候補を犬用ケーキに限定したことで種類はある程度絞れたものの、しかしどれも見た目にもこだわっているようなのでなかなか決まらない。
僕は当事者としてある程度の口出しはするが、結局のところ決めるのは姪なのだ。女子小学生がケーキを決めるとなれば、長く悩むのも致し方ない。
「んー、どうせなら狐用のケーキとかあればいいのにね」
『流石に狐は……ペットとしてマイナー過ぎるからね』
「ていうか狐用のケーキってどんなん?」
「えーっと……お揚げの中に、スポンジとクリームと果物が入ってるとか?」
『稲荷寿司かな?』
姪の発想はかわいらしいが、正直言って稲荷ケーキは食べたいとは思えない。
確かに稲荷寿司は甘い系の味付けではあるが、寿司とケーキは甘さの方向性が違うというか……回転寿司ならどっちも食べるけど、それはあくまで別々に食べるからいいだけである。合体させたらダメだろう。
ていうか油揚げは、実際は狐が食べたらダメだったはずだしな。味を抜きにしても、流石に食べられない。
まぁ仮に何かの手違いでメニューにあったとして、姪がそれを選んでくれたのなら何としてでも食べるが。普通の狐じゃなくて妖狐だし、ちょっとぐらい大丈夫だろ……たぶん。
「ご注文はお決まりですか?」
「えーっとねー、じゃあこれ!」
そこに水とおしぼりを持ってきたウェイトレスさんが声を掛けた。
別に決まってないなら決まってないで良かったはずだが、姪はこの際に思い切って決めてしまったようだ。まぁ場合によっては勢いって大事だしな。特にこれ、姪自身が食べるケーキでもないし。
「じゃあわたしはシーフードドリアで。瑠奈はどれにするん?」
「……あっ! 待って、いま決めるから!」
もっとも、姪は僕の分のケーキから考えていたので自分の注文はまだ決まっていないわけだが。あまり店員さんを待たせるのも良くないが、ウェイトレスのお姉さんは微笑ましく見守ってくれているので、申し訳ないがその調子でもう少しだけ待っていてもらいたい。
そうして慌ててメニューを決める姪の姿にほっこりしている僕だったが、さきほどまでの悩み具合はなんだったのか、さっさとメニューを指差して料理を注文していた。流石は判断力に定評のある姪だ、決めるところはズバッと決める。
「よしっ、と。ケーキ楽しみだね、あんちゃん!」
『うん、どんなのが来るんだろうね』
というわけで注文も決まったので、しばし雑談を交わしながら料理を待つ。
もちろん僕は子狐の姿のままだが、念話を使っているので実際に喋っていることは周囲にバレない。傍から見れば、姪と母が狐に一方的に話しかけているように見えるわけだ。まぁペットカフェの客なら、こんなの珍しくもなんともないだろう。
「お待たせいたしました、こちら『苺とチョコソースのパンケーキ』になります」
「きたぁっ!」
『えっ何そのメチャクチャ美味しそうなやつ?』
そこにウェイトレスさんが持ってきたのは、普通にメチャクチャ美味しそうなパンケーキであった。
丸くて分厚い生地に苺と生クリームがトッピングされており、そこに細いチョコレートソースのラインが何本もかかっている。見るからに見た目も味も良いに違いない、人間用としても確実に満足できそうな一品だ。こんな凄いのまでメニューにあったのか。
流石はこの辺りで一番大きなペットショップに併設されたペットカフェ。ペットのためにこれほどの料理を出すとは……正直舐めてたわ。これは味も期待できそうだな。
などとワクワクしながら、僕が尻尾を振って待っていたところ。ウェイトレスさんはゆっくりと丁寧な動作で、その皿を姪の前へと置いた。
「わーい! パンケーキだぁ! いただきまーす!」
『……あれ?』
「おいしー!」
うん? おかしいな、姪だけが先に食べ始めてしまったぞ?
確かにメニューには『どのケーキも飼い主さんも一緒に食べられます!』とは書いてあったが……そんなにガッツリ食べたら、1人で完食してしまう勢いなのでは? 僕にそれを食べさせるのが目的だったのでは?
「それとこちら、『わんわん果物ショートケーキ小』になります」
「おぉー、あんちゃんのも来たよ!」
『あっ……ふーん』
そんな疑問を持った僕だったが、すぐに謎は解けた。パンケーキは普通に姪が食べるために頼んだだけだったらしい。まぁチョコレートとかかかってるしな。
代わりに僕の前に置かれたのは、いくつかの果物が乗った小さいショートケーキ。一応ケーキなので見た目はそれなりだが、やはり姪のパンケーキと比べると数段劣る。僕のテンションが少し下がってしまうのも仕方ないことだろう。
というかこれ……本当にショートケーキなのか? 匂い的には生クリームっぽい感じがしないのだが……ひょっとするとショートニングも入ってないのでは? そうなってくると本当に見た目だけだぞ、ショートケーキっぽいの。
「はいあんちゃん、あーんして?」
『あーん』
「どう? おいしい?」
『うん! おいしい!』
「よかったぁ!」
だがしかし! 美味しそうなパンケーキで期待を持ち上げてから落とされたことでテンションが下がりつつあった僕だが、それを姪の『あーん』が一気に覆したッ!
かわいい姪に食べさせて貰えれば、文字通りの犬の餌だって至高の最高級料理と化すのだッ!! 口の中に広がる味こそ、果物やクリームの甘味が少なくて微妙だったり……食感にしても地味に硬いスポンジ生地が微妙であったが、そんな細かいことなど関係ない! 今の僕は姪の愛を食べているのだッ!! 愛情こそ最強の調味料ッ!
だいたい何でも、この調味料さえあれば美味しくいただける。流石にコンクリートとかは無理だが。
「ほーん。スプーンで子狐にケーキ食べさしてあげるって……なかなか楽しそうやね」
「ばーちゃんもやってみる?」
「せやね。ちょっとだけやらしてもらうわ。はい司、あーんして。どう、おいしい?」
『普通』
「テンションの落差すごない?」
うるせぇ。こちとら相手が愛しの姪じゃなかったら、ただただ犬の餌食べさせられてるだけなんだよ。
幸せの余韻でちょっとプラスした上で普通なんだよ、本当だったら微妙って答えてるわ。
とはいえ、普通に食べても決して不味くはないのだ。
ただちょっと気分的にいただけないのと……まぁ美味しいとも言えないというか、そもそもケーキって感じがしないんだよな。スポンジ生地としては硬すぎる食感やら、見た目に反して絶妙に生クリームっぽくない味とか。
ただまぁ、もしかしたらその辺は僕の舌が肥え過ぎてるのが原因かもしれない。
ケーキとはいつも実家に帰る時のお土産として持って行く、姪への貢物なのだ。より良いケーキを求めて何年も吟味を繰り返した結果、今のおいしいケーキ屋へと行き着いたわけだし。僕自身もまたケーキの味に多少うるさくなっていたとしても、おかしなことではない。
と、そんなことを考えていたところ、ウェイトレスさんが母さんのシーフードドリアを持ってきた。
「どうぞ、こちら『シーフードドリア』になります」
「どうも」
「はいあんちゃん、あーん」
「……フフフ、どうです? 当店のケーキは。とってもおいしそうに食べるでしょう? きっとその子狐ちゃんも、『すごくおいしいよー♪』って言ってると思いますよ?」
「ん? 普通って言ってたよ」
「えっ? そ、そうですか……」
そして料理をテーブルに置いたウェイトレスさんは自信満々で姪に話しかけたが、しかし小学生特有の無慈悲な返事により一蹴された。姪よ、やめてさしあげろ。
確かにさっき僕はそう言ったけど、こういう時は事実を正直に伝えちゃダメだから。ていうか僕も最初はおいしいと言ったのに、何故そのあと母に食べさせられた時の感想を拾ってしまったのか。接客業のウェイトレスさんも、思わず表情が引きつっちゃってるよ。
流石に姪のその返しはあまりにもウェイトレスさんが可哀想だったので、代わりに母さんが軽く謝ったりはしたものの。
一応は原因の一端である僕はといえば、普通の子狐という体なので、喋ってフォローしたりするわけにもいかず。
仕方がないので……本当に仕方なく、とりあえず姪が食べさせてくれる幸せに浸りながらケーキを食べることに集中したのであった。




