3. ペットのベッド
近所で一番大きなペットショップにやってきた僕たちは、まず手始めに首輪を購入した。
その理由は色々あるが、とりあえずは店内に迷い込んだ野良狐だと間違われないためである。
「これでよし、っと。あんちゃんどう?」
『うん、大丈夫』
そして購入した首輪を早速装着。
首輪は持っているだけでは意味がないからな、ちゃんと装備しないと。
姪はペットに首輪を着けるというのが初めての経験だったので、たどたどしい手つきではあったものの。
最終的にはキツ過ぎずゆる過ぎず、ちょうどいいくらいに調節することができた。姪は飼い主としての才能まであるのかもしれない。あと誰がペットだ。
「じゃあ、次のとこ行こか」
「はーい!」
なにはともあれ、赤いベルトに三日月型っぽい留め具がついた良い感じの首輪は手に入れたわけだ。
しかしやはり今回の買い物は他にも目的があったらしく、母と姪は次なる目的地へと向かうべく店内の移動を開始した。
ちなみに言うまでもないが、僕は狐の姿のまま姪に抱き上げられての移動である。
数年前までは僕が姪を抱っこしてたのに、今では逆の立場になるほど大きくなって……いやまぁ僕が小さくなりすぎたっていうのもあるけど。
『それでるぅちゃん、次は何買いに行くの?』
「次はねー、これ! ベッド!」
移動しながら気になったので次に買うものを聞いてみれば、ちょうど目的地に到着するところだったらしい。目の前の売り場に並ぶペット用のソファやベッドを指差して、姪が元気に教えてくれた。
なるほど、ベッドか。確かに現状のように、人間と子狐が一緒のベッドで眠るのはあまり良いことではない。こちとら寝返りに巻き込まれるだけで命の危険すらあるわけだし。
それに姪のパジャマとシーツも、毎朝毛だらけになってるしな……いくら粘着テープでコロコロするやつがあるとはいえ、若干申し訳ない気持ちになっていたのは事実。姪と一緒に寝られないというのは少し残念ではあるが、その辺のことを考えると専用のベッドはあった方がいいだろう。
一応僕の自室には自分用のベッド(人間用)が既にあるが、そっちはそっちでゲームやるときなんかに使うしな。
自分の体毛とはいえ、あんまりシーツを獣の毛まみれにはしたくないし。狐モードでも気兼ねなく使えるベッドがあるに越したことはない。
『それにしてもベッドか……やっぱり選ぶなら寝心地かな?』
「見た目で決めてもいいんやない? ドーム型のやつとか、なかなかポイント高いと思うんよ」
「んー……色々あるけど、どれがいいんだろ?」
「お困りですか?」
「あっ! さっきの店員さん!」
どんなベッドにしようかと迷っていた僕たちだったが、そこに先ほど首輪を買った時にお世話になった店員のお姉さんが現れた。
なんともちょうどいいタイミングで声を掛けてくれたものである。まさかウチの姪がかわいいからって、尾行けてたわけじゃないだろうな。
いくら女性であっても、女子小学生へのストーカー行為は犯罪……あれ? いや待って、この人が姪の胸元に向けてる熱っぽい視線……これガチなやつか? えっ、冗談のつもりだったんだけど……ヤバくない?
ロリコンのお姉さんなんて、職場の後輩の小杉の脳内にしか存在しない架空の存在だと思ってたのに。まさか本当に実在したとは……こんなとき僕はどうすればいいんだ、とりあえず姪の盾になるために≪人化≫するべきか? いや、僕までロリになってしまったら火に油を注ぐことになりかねない。それならいっそ狐の姿のままの方がいいのか……?
「なるほど、この子に合うベッドを選びたいわけですね。私もお手伝いしますよ」
「やったー! ありがとう、店員さん!」
「それにしても……かわいい狐ちゃんですね~。お名前はなんていうんですか?」
「あんちゃんだよ!」
「アンちゃんですか~、かわいいなぁ。撫でてもいいですか?」
「ん、いいよ!」
と、僕が色々と考えている間にも話は進み。
姪の許可を得た店員さんは頬を緩ませながら、姪が胸に抱いている僕の毛並みを確かめるように優しく撫でた。
どうやら先ほどの熱っぽい視線は、姪の胸ではなく抱かれた狐の方に向いていたらしい。驚かせやがって。やはりこのペットショップの店員さん、動物が大好きなようだ。
「狐ってペットとして飼うのは珍しいですよね~。いつから飼ってるんですか?」
「えーっと、あんちゃんがウチに来たのは……3日前?」
「一応、4日前やね」
「へぇ~、かなり最近なんですね。それなのにこんなに人に慣れてて……いいなぁ、ほしいなぁ」
「ダメ! あんちゃんはあたしのだから!」
『る、るぅちゃん……!』
そんな店員さんとのやり取りの中で姪の独占欲じみた気持ちと共にギュッと強く抱き締められて、僕は思わず胸の内に熱いものが込み上げてくる。姪に自身の所有権を主張されるだなんて、叔父としての誉れである。
ついでに吐き気も若干込み上げてきたというか、口から内臓が飛び出そうになったがなんとか我慢した。
ちょっと油断してたわ、妖力での強化が緩んでたな。反省しなければ。
僕を絶対に渡さないという確固たる意思を持つのはいいのだが、できれば抱き締める力はもう少しソフトにしてほしいものだ。いくら子供とはいえ、人間の腕力は子狐には強すぎる。余所のペットに同じことをやらかしても困るし、あとでそれとなく注意しておいた方がいいかもしれない。
「ふふふ、冗談ですよ。子狐が懐いてるなんて羨ましい、ってだけですから」
「そうなの? よかったぁ」
「それはそうと……あんまり強く抱きしめたら可哀想ですから、身体の小さなペットは優しく抱いてあげてくださいね? 今のは私の言い方も悪かったんですけど……」
「あっ! ごめんねあんちゃん、痛かった? 大丈夫?」
『う、うん。なんとか平気』
と、思っていたら店員さんからその場で指導が入った。
流石はペットショップに勤めているだけあり、ペットの扱いはよく分かっているらしい。姪に甘すぎる僕はあまり強く注意できないので、そういうの代わりに注意してくれるのは非常に助かる。
「っといけない、ベッドでしたね」
「ん、そだね。じゃあ、あんちゃんにちょうどいい大きさのベッドってどれなの?」
「この辺のコーナーにあるくらいのサイズ……ですかね。小型犬や猫用のものになりますけど、アンちゃんの大きさならこれぐらいだと思います」
「今のサイズに合わせて大丈夫なん? こういうのって将来を見越して、大人の狐サイズで選ぶんやないん?」
「確かにアンちゃんはまだ子狐なので、大きくなるとは思います。ただ、言ってしまえばこういう布系のグッズって買い替えが前提なんですよね。噛んでボロボロにしちゃったり、おしっこやうんちで汚しちゃったり……」
「あー、確かにそうやね」
そんなこともありつつ、姪たちはベッドを選ぶべく相談し始めた。
実際のところ僕はベッドを噛んだりしないし、トイレも人間用のものを使うので汚さないのだが、この流れだと小さめサイズのベッドになりそうだな。まぁ妖狐の身体の成長が不明だし、とりあえずそれでいいけど。
「んー……あんちゃん、噛むの我慢できる? おしっこもベッドでしない?」
『どっちもしないよ? もしかしたら忘れてるかもしれないけど、僕これでも中身は人間だからね? それくらいの分別は余裕でつくよ?』
「あっ」
『……えっ待って、本当に忘れてたの? じょ、冗談だよね?』
「だいじょうぶ、覚えてる覚えてる。忘れてないよ。あんちゃん今は狐の姿になってるけど、ホントは人間の女の子だもんね」
『それはそれで違うけど?』
おそらく本当は冗談なのだろう。冗談だと思うけど、姪はたまに分かりづらい冗談を言う。
姪ガチ勢である僕の目をもってしても、冗談だと見抜けないほどの……待てよ? もし実は冗談じゃなくて本気なだけだったとしたら、僕の観察眼が冗談だと見抜けないのも納得なのでは?
だとすれば姪は素で僕のことを女の子だと思っていることになるが……確かめるのは怖いな、やっぱり気付かなかったことにしておこう。姪は冗談を言うのが上手、それでいい。それでいいんだ……
『まぁ……そんなことより、ベッド選ぶんじゃなかったの? 早くしないと、母さんが勝手に決めちゃいそうだよ?』
「あっ! そうだ、ベッド選ぶんだった!」
「瑠奈はどれがいいと思う? ちなみに今はこの4つが候補なんやけど」
「あぁーっ! もう結構決まっちゃってるー!?」
ともあれ今はベッド選びの途中である。
姪が僕と話している間にも、母さんは店員さんと相談していくつかの候補に絞っていた。流石に勝手に決定することはないだろうが、出来るだけ姪にも選ばせてあげたい。子供はこういうやつ選ぶの好きだしな。
「えーっと、今ばーちゃんが選んでるのは……うーん、どれもいいかも」
「買うのは1個だけやからね」
「わかってるけどー……んー、あんちゃんはどれがいい?」
『るぅちゃんが決めてくれたやつなら何でもいいよ』
「それ一番困るやつー!」
僕の答えは姪を困らせてしまうことにはなってしまったが、どれにしようかと頭を悩ませる姪もまたかわいい。
ついつい困らせたくなってしまうのも、仕方ないというものだろう。今のこの狐の手ではスマホが持てないので、姪のかわいい表情は網膜に焼きつけておくとしよう。
「ちなみに店員さん的には、どれがいいとかってあるの?」
「どれもそれぞれ長所があるので、これが一番っていうのは無いですが……例えばこの革っぽいやつは丈夫なので噛み癖のある子に向いていて、こっちのは低反発なので寝心地がいいとか。あとこれはリクライニング機能がついてるやつです」
「なるほど? じゃあこの、かまくらみたいなやつは?」
「そのドーム型ベッドは、狭いところが好きな子に合います。アンちゃんは子狐なので、巣穴みたいに感じて落ち着くかもしれませんね。野生の狐は小さい頃、巣穴の中で過ごすんですよ」
「へぇー。あんちゃん、こういうとこ落ち着きそう?」
『うーんどうだろ、広々としてて開放的な方が手足を伸ばして寛げそうなもんだけど……あっでも狐の姿だと、丸まって寝るから別に広くなくていいのかな?』
「それと、小さい動物が穴の中に入ってるのは見てて癒されるのでオススメです」
「あ、それわかるかも」
「絶対かわいいやつやね」
そんな姪が店員さんから情報を聞き出してみれば、満場一致でわかりみが深い結果となった。
まぁ僕も気持ちは分かる。かつて掛け布団で洞窟を作って遊んでいた幼い姪が入り口から顔を覗かせた時には、その愛らしい姿に大層ほっこりとしたものだ。
とはいえいい歳した大人である自分がその立場になるのだと思うと、かなり複雑な心境にならざるを得ないが……
「そうだ、試しに一度使ってみますか?」
「えっいいの!?」
「こちらのコーナーの展示品は最新の特別な防虫スプレーを使ってあるので、短時間であればノミやダニなどの心配を一切せずに使っていただけるようになっているんですよ。その分、匂いが気に入らないって子はたまにいるんですけど」
「へぇー。あんちゃんどう? 匂いとか気になる?」
『確かに若干、鼻につく匂いではあるけど……まぁ少しの間なら、そんなに気にならない程度かな』
「じゃあさっそく試しに使ってみよっか!」
そんなわけで全体的に好感触だったので、ひとまず試用してみることとなった。
ここまでは完全に飼い主サイドが見た目だけで決めた感が半端ないが、まぁこれから使い心地を試すのだから良いだろう。実際に使って僕が微妙だと判断すれば、そこで却下してもいいわけだし。
まぁ仮に使い心地が悪くても、子狐が穴に入る光景を姪が気に入ってしまえば僕には断ることなど出来なくなるのだが……とりあえずは見た目だけでなく、寝心地も良いことを祈っておくとしよう。交渉すれば他のドーム型ベッドに変えてもらうぐらいは出来ると思うが。
『ふむふむ……おぉ? 意外となかなかいいかもしれない』
「おぉー! かわいい!」
「確かにこれは、なかなかいいかもやね」
「子狐が穴から顔を覗かせて……! なにこれかわいいっ! すみません、ちょっとスマホで写真撮っていいですか?」
「ええよ」
「あっ! あたしも撮ろっと!」
僕が試しにドームに入ってみれば、それだけで場は大盛り上がりとなった。
店員さんと姪はスマホのカメラを起動して、激写しまくりである。あっいや、母さんも何気にスマホを構えてるな。まぁとにかく、姪に喜んでもらえたようで何よりである。
『写真を撮るなら……ポーズはこんな感じかな?』
「なにそれかわいい!」
「来たッ! シャッターチャンスですよ!」
一方で僕はといえば、姪に対するファンサービスも忘れない。
ここで写真映えするような子狐らしい行動を取れば、姪をもっと喜ばせることが出来るに違いないからだ。
というわけで、穴の中の僕は猫がするように前脚で顔をこすってみたり、穴から少し顔を出して軽く伸びをしたり、中で身体を丸めてみたり。
思いつく限りのあざとい動作を試す度に姪を中心として歓声が上がるので、正直少しだけ楽しくなっていた。
ちょっとした動作で女の子からキャーキャー言われるなんて、まるでスーパースターにでもなった気分である。ふっ、人気者はツラいぜ。あまり頻繁にはやりたくないが、たまにならこういうのも悪くないな。
「決めたっ! あたしこれがいい!」
「こーんなにかわいいですもんね~。なんとなくこの子も気に入ってるように見えますし……」
「ん、これにするん?」
「うんっ! あんちゃんもそれでいいよね?」
『いいよ、寝心地も結構快適だし』
そんなベッドを僕は所詮ペット用品だと舐めていたが、これが意外にもなかなか良かった。自宅のベッドより快適なのではないかというほどなのだ。
考えてみれば、人間用のベッドは何十kgという体重を支えるためのものである。そのマットレスに使われるコイルの反発力がそれなりのパワーを求められるのは当然だし、子狐の小さな体はあまり沈まない。
一方で、小型犬用のベッドにはコイルなどは使っていないのだろうが、むしろそれがいい。軽い体重でもほどよくクッションが沈むことで、全身が包み込まれるような柔らかさを感じるのだ。
「えーっと、じゃあこれレジに持って行けばいいの? あんちゃん中に入ったままで大丈夫かな?」
「レジ係の人がビックリするやろうし、それはやめといた方がいいと思うんよ」
というわけで姪は買うことにしたドーム型ベッドを僕ごと運ぼうと持ち上げたが、母さんにやんわりと嗜められて床に降ろした。
まぁそりゃ確かに、お会計の時に商品の中に狐が混入してることに気付いたりしたら驚くわな。驚きのあまり放り投げられでもしたら嫌だし、大人しく出ておいた方がいいだろう。
「というかそちらは展示品なので、買うなら後ろの棚に積んである箱入りのやつですね」
「あ、そっか。じゃあこれは戻しとこっと」
とはいえ実際に売り物なのは箱に入っている商品だけだったようで、展示品はそもそもレジに持って行けないらしい。
言われてみればそうである。ていうか嫌な匂いの防虫スプレーも使ってあるし、そもそも展示品は買えても買わないな。長時間使うとなると、結構ストレスが溜まりそうだ。
「ほらあんちゃん、出ておいでー」
「コャァン」
そんなわけで僕は穴から出てきて、再び姪の両腕に抱かれる形で収まった。
うむ、やはりどんなベッドよりも姪の腕の中の方が落ち着くな。ふとした拍子に抱きしめる力が強くなることもあるから、決して気は抜けないけど。
……それを落ち着くと言っていいのかどうかについては、ノーコメントでお願いしたい。
「ばーちゃん、もうレジいくの?」
「この際やから、一応他にも必要な物が無いか見て回っといた方がいいんやない?」
「ん、そだね。じゃあ次はー……」
「待ってください、次に行くのはまだ早いですよ」
「え?」
ベッドも決まったのでカートに乗せて、次の売り場へと移動しようとした姪たち。しかしそんなところへ、店員さんが待ったをかけた。
もうベッド売り場に用は無いと思うのだが、引き留めてどうするつもりなのだろうか。まさか予備でもう1個買えだなんて無茶苦茶なセールストークを始めるわけじゃないだろうな。
と、僅かに訝しんでいた僕だったが、店員さんの口から出たのは予想外の言葉だった。
「アンちゃんはサービス精神旺盛な狐のようなので、この際もっと色んなベッドを試してもらってみてはどうでしょうか? きっとまた色んなポーズを取ってくれますよ」
『えっ』
「あっ! それいいかも! あたしも色んなベッドで寝転んでるあんちゃん見てみたい!」
「せやね。それにもしかしたら、もっといいベッドも見つかるかもやし」
「決まりですね。ついでにいっぱい写真撮りましょうか」
「うんっ!」
『ちょっ』
あれ? おかしいな、今はベッドを選んだだけなのだが……どうして服を買いに行った時のような空気になっているのだろうか。
間違いない、これは試着室で着せ替え人形にされる時と同じパターンだ。それが今回は服ではなくベッドになっているだけで、姪のワクワクが込められた目は何も変わらない。つまりこれから僕は、ひたすらベッドのモデルとなって写真を撮られまくる……?
ていうかちょっと待ってほしい。
確かに先ほどはシャッターチャンスを作るためのサービスもしたし、たまになら悪くないとも思った。
だがあれはあくまで、単なる気まぐれのサービスなのだ。今回入荷分の「たまに」はもう品切れだし、既に営業は終了しているのだが。
「じゃあまずはこの、猫用お姫様風ベッドから行きましょうか。なんと高級感溢れる天蓋付きですよ」
「おぉー、いいねそれ! よかったねあんちゃん、かわいいベッドだよ!」
『いやその……ベッドはもう決めたんだし、試さなくてよくない? ていうかそのデザインは僕的にちょっと……』
「いいからいいから、大丈夫ぜったい似合うって!」
『あっちょっあぁーっ!?』
「このピンクのベッドもいいんやない? 電池で回転するギミック付きやって」
「あっそれも楽しそう! あとで試そうね、あんちゃん!」
『母さんはちょっと自重してくれないかなぁ!?』
そんな僕の気持ちはしかし、念話による意思の疎通を行っていない店員さんに分かるはずもなく。
更にはこんなに楽しそうにしている姪をガッカリさせるわけにもいかず。
ついでに悪ノリした母に聞き入れられるはずもなく。
仕方なく僕は全てを諦め、引き続きベッドの上でポーズを取って撮影されるモデル子狐となったのであった。




