4. 釣り餌リアリティ
今回は釣りの話ということで餌用の虫が出てくるシーンがあります。詳細な描写はありませんが、一応少しだけご注意ください。
堤防で釣りをすることにした僕たちは、手始めに道具を調達するべく釣具店へとやってきた。
釣りスポットからほど近い立地にあるその店は、現実の釣具店を忠実に再現したかのようなリアリティであり、それでいて周囲の風景にも完全に違和感なく馴染んでいた。
まぁ剣と魔法のファンタジー世界な他の街とは違って、この港町は結構現代的な街並みだからな。中世風の世界には絶対ないような最新式らしき釣竿が店先に並んでたとしても、なんら違和感は無い。
「おぉー、釣竿いっぱいあるよ! ここで道具買えるのかな?」
「たぶんね。ていうかここで買えなかったら、もうどこで買えばいいのかって話になるし」
「あはは、それはたしかに」
姪とそんなやりとりをしながら店に入ると、店内には所狭しと様々な釣具が並んでいた。
黒光りする高そうな釣竿、色とりどりのルアー、折り畳み式の小さな椅子、あとなんかタガメみたいなのが泳いでる水槽もある。あっちは餌用の虫コーナーとかだろうか。今の僕はロリ巨乳狐娘という名の女の子だから……というのは関係ないが、虫とか苦手なのであまり近付かないようにしとこう。
「ヘイらっしゃい!」
そんな僕たちの入店を確認して、板前みたいな衣装に身を包んだ大将……もとい店主が出迎えてくれた。
いや待って、その見た目に加えてその掛け声だとほとんど板前なのでは?
どっちか片方だけだったらさ、板前っぽい見た目(または掛け声)の釣具店店長ってことでよかったと思うけど。それが揃ってしまったらダメなんじゃないかな、あとはもうシャリか包丁でも手に持ったら完全に板前になってしまうと思うんだけど。
「今日はどんなご用で……おっと。悪いね嬢ちゃんたち、ちっとばかし待っててもらえるかい? 今おじさん、さっきお客から買い取った魚を捌いてたとこでねぇ。包丁持ってて危ねぇからさ」
板前じゃねーか! それぞれの要素1つだけでもだいぶ板前感あるのに、よりにもよって3コンボしちゃったよ! これじゃ完全体だよ!
「ヘイお待ちィ! 今日は何のご用で?」
「釣り竿くーださい!」
そうして準備が出来た大将は、手を拭きながら改めて僕たちに応対してくれた。
まるで完成した寿司を客に出すときのような言葉遣いに思うところが無かったわけではないが、しかしまぁ元気よく用件を伝える姪の姿にほっこりした僕にとっては些細な問題だった。姪のかわいさを味わうことの重要性に比べれば、さして気にするほどのことでもない。
「なるほどな、俺の店には釣り竿を買いに来てくれたってぇわけかい。だがよ嬢ちゃん。釣り竿っつってもよォ、値段や用途で色々と変わってくるもんでな。釣り竿とだけ言われたって、何出しゃあいいのか分かんねぇんだわ」
「んー、それもそっかぁ」
だが奴は、こともあろうに姪のその注文に対してケチをつけやがった。これは叔父として見逃すわけにいかないだろう。僕は姪を甘やかすタイプの叔父なのだ。
小さい子供の曖昧な注文にマジレスで返すようなコイツは敵だ、絶対許せねぇ。僕は標的を一撃で仕留めるべく、≪狐火≫を発動するための妖力を右手に集めた。
「そんなわけだからよォ、とりあえず嬢ちゃんたちにはこの『ボロい釣り竿』を1本ずつプレゼントしとくぜ」
「えっ? おじさん、いいの?」
「おうよ、試供品ってやつでな。なんでもいいから釣り竿が欲しいって言う者には、海でも川でも沼でもどこでも使えるコイツをタダで譲ることにしてんだ。まあ釣り竿としての性能は一番低いんだがな!」
……ふむ。偉大なる姪へと率先して貢ぎ物を納めるか。なるほど、悪い奴でもなさそうだな。それなら今回のところは見逃してやろう、命拾いしたな。僕は≪狐火≫の発動を中止した。
実際姪の注文としては、なんでもいいから釣り竿が欲しいというのは間違いではない。道具の良し悪しなどを考えるレベルではなく、とりあえず釣りがしてみたいという段階なのだ。そういう意味ではこの店主は、正しく客の希望を推測できたと言えよう。
この店に来たのだって、姪が釣りをしてみたいと思ったからだしな。そこに誘導したのは僕ときらりんだが。
だがしかし、だからといって『ボロい釣り竿』が姪に相応しいかといえば話は別である。ウチの可憐でキュートな姪にはもっと、高級感があるようなスタイリッシュな釣り竿が似合うんじゃないだろうか。
そんなわけで僕は壁に立てかけてある、お高い釣り竿(課金アイテム)を指さして店主に声を掛けた。
「タダなら貰っとくけど、それはそれとしてこの一番高いやつください」
「おう? そっちの狐の嬢ちゃんは、その竿にするのかい?」
「一応確認やけど、そんなん買ってどうするん?」
「るぅちゃんにはさ、これぐらい良い釣り竿の方が似合うと思わない?」
「思わへんけど。釣り初心者やねんから、安いやつで充分やないの?」
「相変わらずアンがるぅに激甘なのにゃ……」
だがしかしそんな僕の提案は一蹴され、きらりんとミィには呆れられてしまった。なぜだろう、おかしなことでも言ったか? 僕は姪に合う釣り竿を用意しようとしただけなのに。解せぬ。
「ていうかアンちゃん、店員さんの話ちゃんと聞いてたん? それ思いっきり川釣り用って書いてるんやけど」
「あっホントだ。あんちゃんが選んだやつ、川用って書いてる。あたしたちすぐそこで釣りする予定だし、いま必要なのって海用なんじゃない?」
「堤防は海だからにゃあ、るぅのその認識で合ってるのにゃ。アンは値段だけ見るんじゃなくて、もっとしっかり考えて選んだ方がいいと思うのにゃ」
「ぐぬぬ……」
くそぅ、きらりんのみならずミィまでも正論を言いやがって……ましてや姪が正しいのは覆しようのない正解なので、僕としても正直反論しづらい。叔父というものが姪を全肯定する生き物なのを抜きにしても、今のは少なくとも僕より姪の方が正しかったからな。まぁその辺には関係なく、僕にとっては常に姪こそが絶対なのだが。
「じゃあとりあえず、もらった釣り竿でやってみる?」
「いや……待って、るぅちゃん。一番安いのでもいいから、せめてるぅちゃんの分だけは普通に買ったやつにしよう」
「アンちゃんアンタ、まだそんなこと言ってるん? ちょっと聞き分け悪すぎるんやない?」
「そうだにゃアン。往生際が悪いのにゃ」
「違うって! 僕だって無駄に食い下がったりしないから! ちゃんと理由があるから!」
「理由?」
そんな話の流れが悪かったのか、『ボロい釣り竿』で釣りをしようとした姪を止めた僕がまた呆れたような目で見られてしまった。別にまだ高級釣り竿を姪に与えようとしているわけではないのだが……風評被害というやつだろうか。あるいは日頃から姪を大切にしすぎた弊害と言うべきか。この提案にはまた別の理由があるのだが。
実際僕だって、無意味に姪に反論したりはしないのだ。そこのところは理解しておいてほしい。
とにかく僕はいわれもない誤解を解くため、無料の釣り竿ではなく普通に購入しようと思った理由を説明することにした。
「まず見てほしいのは、貰った釣り竿の説明文だね」
「説明文? なにか書いてあったの?」
手始めに僕は、別の竿を買った方がいいと思うに至った根拠として、みんなにアイテムの説明文を読んでもらうことにした。僕はゲーマーなので、入手したアイテムはまず説明を読んでみるというのが習慣づいているのだ。
その説明文には決して情報量があるとは言えないが、重要なことだけは書いていた。
『ボロい釣り竿』
年季の入ったボロボロの釣り竿。
基本的にゴミしか釣れない。
そう、魚が期待できないのである。これでは魚を釣りたい姪の期待に応えられないではないかと思ったのだ。
なんだよ基本的にゴミしか釣れないって。それはもう釣り竿じゃなくて、海で使える掃除用具だよ。無料で釣り竿が貰えるなんてウマすぎる話だと思ったわ。
「んー……これってもしかして、魚は釣れないってこと?」
「多分ね。まぁあくまでも僕の予想でしかないから、思ってるよりは魚が釣れるって可能性もゼロではないけど……」
これにはゲーム経験の浅い姪も問題点に気付いたらしく、ちゃんとした竿の必要性を分かってもらえたようである。
きらりんとミィについても同様に、試供品の釣り竿が微妙にアテにならなさそうだと察したようである。
「んー、それやったら仕方ないから全員分それなりの釣り竿は買った方がよさそうやね」
「なるほどにゃあ。でもミィはさっきの屋台巡りで金がもう残ってないから、もらった釣り竿で行くことにするのにゃ」
「ミィはもうちょっと後先考えて?」
こいつまた食べ物に所持金全額使いやがったのかよ。別に現実と違って日々の食費を残しとかないといけないわけではないけどさぁ、流石に計画性が皆無すぎない?
そんなんじゃ装備の新調とか回復薬の補充とか、必要なタイミングで残金ゼロだなんてことにも……いや、ミィの場合その辺はいいのか。基本的に敵の攻撃は全部回避するから防御力も回復薬も要らないし、万が一敵の攻撃に当たっても≪剛体≫でダメージは大幅軽減、攻撃も素手だから武器代いらず……なんだこいつ無敵か? いや実際強すぎではあるんだけど。稼ぎを全額食費に回すことに特化したような性能してんな。
なにはともあれ、これで方向性は決まった。
お金が残ってないミィは無料で貰った『ボロい釣り竿』、それ以外の僕たち3人はキチンと魚が釣れそうなちゃんとした釣り竿。店主も交えてちょうどいいものを相談しつつ、最終的には値段を抑えつつも最低限は海の魚も釣れる釣り竿を選ぶことができた。
「おう、じゃあご注文はこの『素朴な釣り竿』を3本でいいかい?」
「せやね、それでお願い」
「ヘイ一丁!!」
いややっぱ板前じゃねぇか。
そんな感想がどうしても出てきてしまいそうな僕を尻目に、大将は店の奥から3本の釣り竿を持ってきた。
「じゃあちょっくら、初期不良とかが無いか調べっからよォ」
そう言うと大将は、持ってきた釣り竿の使い心地などをチェックするためか、リールを回してみたりグリップを握ったりした。
うーん……それはまぁいいんだけどさぁ。その板前スタイルで何かを握るとなると、見た目はともかく字面がなんというか寿司なんだが。
とはいえ握ってるのは釣り竿なので、寿司を握るような所作とは全然違うのだが……いや待て、いま寿司みたいな握り方にならなかったか? なんか一瞬、左手で握った竿に右手の人差し指を当ててたような……ほら! また! やっぱりお前釣具屋の店主じゃなくて寿司職人だよなぁ!?
「ヘイお待ちィ! 『素朴な釣り竿』3人前だァ!」
「やったよあんちゃん、釣り竿買えたよ! これで釣りできるね!」
「うん、楽しみだねるぅちゃん」
そんなツッコミが喉から出そうになったものの、ちょうど姪に話しかけられたのでそのまま飲み込んだ。
姪の話は邪魔しちゃいけない、人として当然のマナーだからね。僕の中の脳内マナー講師もそう言ってるから間違いない。
「おっと、待ちな嬢ちゃんたち。釣りには餌が必要なんでなァ。釣り針だけ垂らしても魚は食いつきやしねぇぜ」
「ん、そうなの?」
「は? 僕たちそんなの聞いてないんだが? 釣り竿だけ先に買わせといて、あとから実は餌が必要でしたとか詐欺の手口か何かか?」
「安心しな。その竿のグレードに合わせた餌代なんて10ゴルで30回分ってとこだが、まァ初回はオマケで付けとくからよォ。1人あたり30回分1セット、出血大サービスでぇい!」
「おぉー! おじさんありがとー!」
「餌代とか言われてたら足りなかったから助かったのにゃ」
後付けで明かされた事実に対して僕は咄嗟に反論したが、まぁよくよく考えれば釣りには餌が必要だなんて当然のことか。むしろ1セットはオマケしてくれるというのならありがたい。
あとミィは10ゴルすら出せないとか、どれだけ限界まで屋台で使ったんだよ。ちょっとは急に入用になったときに備えて残しておけと。言っても無駄なんだろうけどな、ミィだし……
「そんじゃ、この箱が耐久度30のルアーだからよォ。好きな模様のを1個取るか……あるいはこっちの、『釣り用練り餌(30回分)』か『釣り用虫餌(30匹)』を取ってくれてもいいぞ」
「ん? 餌の種類って違ったら、なにか違うの?」
「雰囲気だ」
「雰囲気」
なるほど、この辺はリアルな釣りの不自由さを楽しみたいプレイヤー向けかな。耐久度とかいうゲーム的な分かりやすいシステムを用意してある一方で、敢えて不便な方法で毎回餌を針に付けるリアリティを味わうことも出来ると。まぁ普通に現実にもルアー釣りというものがある以上、リアリティが無いわけじゃないからあくまでも「らしさ」の問題だとは思うけど。
その辺が姪的にはあまりピンと来ていない感じだが、かつてコージに連れていかれて実際に釣りをしたことがある僕にはよくわかる。
釣りというのは、針に食いついた魚を釣り上げることだけが釣りではない。事前の道具の整備から始まり、位置取りや餌の付け方、それから魚が食いつくまでの待ち時間を過ごす時の気持ちの持ち方や、軽食を取って休憩するに至るまで、全ての雰囲気が釣りなのだ。
つまり釣りにおいて、雰囲気はとても大事。餌にしたって、リアルに寄せられるならその方が釣りっぽくなるものなのだ。まぁ僕は面倒だからゲーム仕様のルアーにするけど。
……という説明をしてみた結果。
なにやら姪の中でなんらかの余計なスイッチが入ってしまったらしく、僕はのちほど後悔することになった。
「じゃああたし、虫にしてみる! なんかその方が釣りっぽいし!」
「えっ……るぅちゃん、本気? いや、ルアー使わないにしても練り餌にしとかない?」
「んーでもなんか、釣りって言ったらイモムシとかミミズとか、その辺使うみたいなイメージじゃない?」
「それはそう」
「相変わらずアン、るぅに対して押しが弱すぎないにゃ……?」
「まぁいつものことやね」
正直虫が苦手な僕としてはなんとしてでも姪を説得したかったのだが、姪の鋼の意思はとてつもなく固かった。これはもはや、外野がなんとか出来るレベルではない。ましてや巧みな話術により、逆に僕の方が納得させられてしまったほどである。流石は自慢の姪だ。
そんなわけでやむを得ず僕は、姪の意思を尊重して成り行きに任せることとした。
「うーむ……しかし嬢ちゃん、本当に平気かい? 参考までに餌の虫ってぇと、こんなんだが」
「おぉーイモムシみたいなやつだ。だいじょうぶ、全然平気!」
「おっ、なんでい平気そうじゃねぇか! これなら問題なさそうだ! 他の嬢ちゃんたちは……おし、ルアーだな」
「うぇぇ……動いてる」
「ゴメンちょっとわたしコレ無理やわ」
「ミィはイチイチ餌付けるのが面倒だからルアーにしとくのにゃ」
一応大将は最終確認として姪に餌の虫を見せてくれたのだが、それでも姪は平気そうな様子であった。ミィもそうだし、子供は強い。
対して僕ときらりんは、ひとことで言い表すならば『無理』。僕だって子供の頃は虫も大概平気だったのだが、いつからか大人になるにつれて耐性が無くなってしまった。いや、子供の頃でもこの密度で容器に入れられた虫は無理だったと思うけど。
ていうかこれゲームなんだからさ、もっとデフォルメしたデザインにできなかったの? なんで釣り用の餌の虫もグラフィックがガチなんだよ、力入れるとこ間違ってない?
しかも変なところでゲーム仕様にしてるせいで、密封された容器にぎっしり入れられた虫がメチャクチャ活き活きとしてるし……なに、こういうのが無理な人はルアーにするから問題ない? それは間違いない。
とにかく残念ながら姪は問題なさそうだったので、僕たちはルアーを3つと虫餌を1セットもらうことにした。願わくば姪が容器を倒したりで、中身が零れたりしないのを祈るのみである。マジで。
「そんじゃ、まいどありっ! 餌が無くなったり新しい竿が欲しくなったら、またどうぞォ!」
かくして僕たちは、目当ての道具も買えたので釣具店を後にした。
姪が餌として虫を選ぶという、予想外の事態はあったものの……まぁいくら僕たちが虫は苦手だとはいえ、姪が自分自身で使う分には問題ないだろう。正直虫とかあまり見たいとも思わないが、自分が触るのでないならギリギリ許容できる。それぐらいなら問題ないだろう。
やっぱりルアーと交換してほしいとか言い出した時のことを考えると地獄だが、その場合はミィに犠牲になってもらおう。面倒だからルアーにするとか言ってただけだし、食べ物で釣れば引き受けてくれるだろう。たぶん。
その辺の保身プランは万全なので、姪が虫を使うとしても問題ない……はず。
そう信じていたのだが、ふと姪が言い放った言葉が僕の運命を変えた。
「あ、でもあたし釣り竿に餌の虫付けるやり方とか知らないや」
「安心してええよ。アンちゃんは確か釣り経験者やし、教えてくれると思うわ。前にコージ君に連れて行ってもらってたし。お手本ぐらい見せてくれるんとちゃう?」
「え? ちょっ待っ」
「ホント!? じゃあよろしくね、あんちゃん!」
「ま……まか、せて」
はあああああああ!? きらりんテメェェェ!! うっそだろお前!? このピンク髪ロリババア、息子を売りやがった……!?
ましてや今は年齢一桁の娘みたいなもんなのに!? こんな小さな年頃の女の子に、虫を扱うような仕事割り振るか普通!? まぁその仕事の依頼元も小さな年頃の女の子、10歳の姪なんですけどね!!
なにはともあれ、姪に頼られたからには断ることは出来ない。叔父として期待は裏切れないのだ。
絶望しながらそのお願いを快諾した僕は、あの時コージに釣り餌用のミミズを付けてもらってた時にはアイツはどうやってただろうかと、思い出したくもない思い出を必死に思い出したのであった。




