3. 猫と釣り人
なんとか重ね着を買うことができた僕たちは、ミィとも合流して再び4人で港町を歩いていた。
ショッピング(というか主に僕の着せ替えファッションショー)が思いのほか長引いてしまったが、その間ミィは存分に食べ物屋の屋台を楽しんだらしく、長らく待たされていたとは思えないほど上機嫌だ。それはそれとして買い物が長すぎると文句は言われたが。
まぁそれと比べても姪の方が明らかに楽しんでいたので、こちらの方がニッコニコなんだが。精神的に疲れた表情が出てしまっているのは僕だけである。
「かわいい服あってよかったね、あんちゃん!」
「うん。るぅちゃんも楽しめてたみたいでなによりだよ」
しかしまぁ、嬉しそうな姪を見れば疲れなど吹っ飛ぶというもの。姪の笑顔というものは、我々叔父にとっての万能薬なのだ。疲労回復・肩こり・腰痛・高血圧・神経痛・リウマチなどに効果があり、更には金運上昇やら交通安全のご利益もあるとかなんとか。科学的な根拠は全く無いが、少なくとも僕はそういうものだと信じている。
「でも本当によかったん? どうせやったらもっと露骨にかわいいやつにするのもアリやったんとちゃう?」
「ナシだよ。僕は母さんとは違って、いい歳して子供みたいなかわいい服着るとか抵抗あるんだから」
「……その主張、前半部分が余計やね。あとでお説教確定やから、楽しみにしといたらいいわ」
「マジすいません勘弁してください」
ちなみにだが最終的に僕が選んだのは、若干ゆったりとしたサイズのパーカーである。サイズに余裕を持たせたことで、前のジッパーを閉めても僅かにゆとりがある。これにより身体のラインが浮き出るほどまではピッチリしないため、特に胸周りのシルエットが強調されないのだ。まぁその程度で隠せるサイズでもないが。
とはいえサイズが大きめだということは、丈が長いということでもある。若干余った袖が萌え袖になっていて野暮ったいというのはあるが、ゲームの仕様的に手先の器用さには影響が無いので良しとしよう。
なにしろ裾も長いのだ。股下わずかに数センチといったところではあるが、これにより下の水着をほぼ完全に隠すことができるわけで。女性用デザインの水着で人前に出ることに対して抵抗のある僕としては、フリフリのかわいい水着を隠せるのが安心できすぎる。
「充分かわいいもんねー? ね、あんちゃん!」
「正直僕にとっては、これでもかわいすぎるぐらいなんだけどね」
せっかく姪が選んでくれた水着を隠すことになってしまうのは心苦しいが、姪的にはこれはこれでパーカーがかわいいので問題ないらしい。許されてよかった。
確かに白地に薄ピンクの太いボーダーという模様は、男メンタルな僕としては落ち着かない程度にかわいすぎるデザインではあるものの。これでも最終候補として挙げられた他の選択肢よりは、比較的マシだったのだ。その最終候補は全部姪のチョイスだということから、ラインナップについては察してほしい。
そんなわけで、僕もこの際もう開き直って細かいことは気にしないことにした。やれるだけのことはやったし、姪も満足気なのだから良しとしよう。
そもそも姪が今のロリ巨乳狐娘たる僕に似合うものを選んでくれるという時点で、多少かわいくなるのは仕方ないだろう。客観的に見たら、僕って結構かわいいしな。かわいい服を着せたくなるという気持ちも、まぁ全く分からないでもない。あくまで分かるのは気持ちだけだが。
「それじゃあかわいい服も買えたことだし、港町の観光しよっか!」
「せやね。地図にも色々載ってるけど、どこから行くん?」
「屋台の場所とメニューはだいたい把握しといたのにゃ。今すぐ案内するにゃ?」
「んー、屋台もいいけど今は……うーん」
まぁ僕の服装のことなんてどうでもいいのだ。肝心なのは、姪の新衣装である。
なにを隠そう、姪はこれまでの花柄のセパレートビキニの上から、華やかなパレオを腰に装備しているのだ。子供ながらに大人びた雰囲気のコーディネートとなっており、もはやかわいいというより美しいと表現するべき領域である。
それに加えて頭には麦わら帽子。そう――真夏の美少女名物、麦わら帽子を被っているのだ。頭に狼のケモ耳がある姪のアバターだが、自動的に形を変えた帽子にはケモ耳を出すためのちょうどいい穴が空いている。ケモ耳も麦わら帽子も兼ね備えた水着の美少女とか、欲張りセットにもほどがある。最高かよ。
本来なら獣人は頭に耳があるので基本的に帽子は装備できないのだが、この麦わら帽子は例外らしい。
おそらく獣人が帽子を装備できないのは、種族によるステータスボーナスに対するデメリットとかそんなんである。
最初から獣人だった僕やミィはともかく、姪が転生クエストで種族を変えた時には結構『感覚』や『速度』をはじめとしたステータスがいくつか上がってたからな。代わりに『魔力』は僅かに下がっていたものの、微々たるものだしそもそも剣士なので影響が無い。
近接職は獣人一択、そんな風潮にならないようバランスを取ったのが「帽子は装備できない」という縛りなのだろう。
が、これらの重ね着や水着類は厳密には防具ではない。いずれも装飾品の類いである。
海エリアでは水着が性能的にも強いというのも、あくまで水着装備時にエリア限定のボーナス値が適用されているからに過ぎない。本来の性能的には水着も帽子もパーカーも防御力はゼロであり、水着を着ていたなら防御力の値を高めの固定値で上書きする。あまり詳しくは調べてないが、だいたいそんな感じの仕様なのだ。
なので防具で増えるステータスが変わらないなら、素のステータスが優遇されてる獣人も装備しても許される。たぶんそんな感じなのだろう。
結局のところ何が言いたいかというと、麦わら帽子を被った姪がかわいいということだ。いや姪はいつでもかわいいのだが、今回は拍車をかけてかわいさに磨きがかかっている。
ついでに言うと僕も同じ帽子を買ってたりする。ケモ耳に麦わら帽子、お揃いである。姪とお揃いとかテンション上がって尻尾が揺れる。
一応パーカーはズボンやスカートではないために尻尾が貫通しないので、揺れるたびに下の水着がチラチラ見えてしまうのだが……まぁ姪のかわいさの前には、なるべく尻尾を動かさないとか無理な話だしな。精神的にも高揚してるため多少の細かいことも気にならなくなってるし、これぐらい別にいいだろう。下着でもないし。
「あんちゃんはどこ行きたい?」
そんなことを考えていた僕に質問しながら振り返った姪は、同時に背中のマントを翻した。
うん。なんか姪はパレオと同じ感覚で、水色のマントも着けてるんだよね。
麦わら帽子、水着、パレオ、マント。最後の1つだけ浮いてて謎コーディネートと言わざるを得ない組み合わせであるものの、かわいい子供である姪のやることならば微笑ましいだけである。合わないからと減点対象になるどころか、全体としてのかわいさにボーナスポイントが付与されるだけだ。何の問題もありはしない。
おっと、姪のマントのことを考えるのは後だな。あまり待たせても悪いし、今はとりあえず質問に答えるとしよう。
なお、僕が姪のことを考える時の思考速度は数倍から数十倍にまでブーストされる。よって姪に話を振られてからここまでの思考時間は、僅かに0.1秒である。なにしろ僕は姪ガチ勢。叔父ならこれぐらいのことは出来ないとな。
「るぅちゃんと一緒ならどこでもいいよ」
「むー、そういう答え一番困るんだけど……」
「あっ、じゃあアレ! あそこにあるやつ見に行こうっ!」
「ん? どれ?」
「ちょっとアンちゃん、いま慌てて適当に指差したんやない?」
「そっそそそそんなわけ」
姪を困らせるわけにいかず、咄嗟に身体が動いたものの。僕が適当に指差した方には、ただただ海があるだけだった。
しかも浜辺や船着き場のような見ごたえのある景色ではなく、ただの堤防である。特に面白いものなんてあるはずもなく、釣り人が何人かいるのみだ。
「……なるほどにゃあ。そういうことなら、ミィもアンに賛成なのにゃ」
「ミィちゃん、なにかわかったの?」
だがしかし、ミィは何かに気付いたようだった。
一見すると何も無いところを指差した、僕の真意を見抜いたらしい。一体何があったんだろう。僕にも分からないけど、面白いものでもあったのだろうか。
「るぅはこういう、海の堤防に来たことがあるにゃ?」
「ん、リアルだとないけど……景色とかそのへんの話? それならさっき歩きながら見てたけど」
「知らないみたいだから、ここの楽しみ方を教えてやるのにゃ。こういう場所には、ミィはよく来るから詳しいのにゃ」
「おぉー! ミィちゃんすごい、なんか頼りになる!」
叔父である僕の目の前で他の誰かが姪に頼りにされるというのは、軽く嫉妬を覚えないでもないが……まぁいいだろう。それだけ自信満々な態度なら、お手並み拝見と行こうじゃないか。僕は一旦、様子見に回った。
「まずはミィがやってくるから、見てるといいのにゃ。手本を見せてやるにゃ」
「ん、よろしくー!」
そんなわけで僕たちは、堤防の方へと歩き出したミィを見送った。といっても数メートル程度の距離だが。
こういう場所によく来るということは、ミィが現実では海辺の近所に住んでいるというのは間違いないだろう。
それならもしかすると、堤防付近で出来る遊びなんかにも詳しいのかもしれないな。こういう場所での楽しみ方とは、一体何を見せてくれるのだろうか。姪を満足させてくれるものならいいが。
「おいオマエ」
「ん……? なんだい、猫耳の嬢ちゃん」
そんな僅かに期待を込めた目で見守っていたところ、ミィは近くに座っていた釣り人のおじさんに声をかけていた。
どうやら1人でやる遊びとかではないらしいが、協力者が必要な感じか? それともまさかとは思うが、逆ナン的なやつじゃないだろうな? もしそうだったとしたら、大事な姪には絶対にやらせるつもりは無いが。
「ミィは猫なのにゃ。そしてオマエは釣りをしてる人間だにゃ。この意味が分かるにゃ?」
「猫……ああ、なるほど」
これは……ナゾナゾか何かか? 僕の隣では姪ときらりんも頭に疑問符を浮かべているのを見るに、僕だけが会話の内容を理解できていないというわけではないだろう。
だが僕たちにはミィの言葉の意味は全く理解できなかったものの、なんと釣り人にはしっかりと伝わったようである。彼はなにやら納得したような表情で苦笑いしながらも傍に置いてあったバケツから1匹の小魚を取り出して、ミィの方へと投げ渡した。
「ほらよ、こういうことだろう?」
「その通りにゃっ!」
対するミィは、両前足で器用に……もとい、両手で挟んでキャッチした。ミィは基本的に不器用だが、その動作だけはどことなく洗練された動きだと感じたのは気のせいだろうか。
しかしなるほど、釣り場に猫がいたら釣り人は要らない小魚を与えることがあるというアレか。それを猫耳少女のミィもやってみた、と。
そしてドヤ顔のミィは、僕たちのところに帰ってくると、戦利品の小魚を見せびらかしながら言った。
「どうにゃ! 海辺の堤防では、こうやって魚が手に入るのにゃ!」
「そうなんだ! ミィちゃんすごい!」
「いやこれなんか違わない?」
純粋な姪は感心しているようだったが、果たして海辺の堤防で魚を手に入れる方法としてこれは適切なのだろうか。
どちらかというとあの釣り人のように、自力で釣るのが正規の手段だと思うが……まぁ満足気に小魚を頭から齧ってるミィの様子を見るに、どうやって魚を手に入れたのかは関係ないといったところか。
ていうか食べ方がワイルドすぎるだろ、出来ないにしてもせめて少しぐらい調理する努力を見せろよ。よく分からずに魚をくれた釣り人のおじさんも、どうするのか気になってこっち見てたから引いてるじゃねーか。今あれ完全に、見なかったことにしようとして目を逸らしてたぞ。
「次はるぅの番なのにゃ」
「よーし、やるぞー!」
「やらせないからね?」
「えー?」
すっかりヤル気になっている姪には悪いが、大切な姪を知らない男のところに物乞いに行かせるわけにはいかない。
もしかしたら悪い大人に当たってしまって「グヘヘヘ、この小魚が欲しかったら代金を身体で払ってもらおうか」みたいな展開にならないとも言い切れない。なにせ姪は色んな意味でまだまだ子供とはいえ、叔父としての贔屓目を抜きにしても超絶美少女な上に、マントとパレオを身に着けているとはいっても水着姿なわけだからな。男の欲望を変に刺激してしまう可能性もゼロではないのだ、用心するに越したことは無い。
「魚が欲しいならさ、ちゃんと自分で釣った方が達成感とかあるんじゃない? ゲームの釣りだから多分、子供でも楽しめると思うよ?」
「せやね。人から貰うよりは自力で獲った方がいいと思うわ」
「それもそっかぁ。じゃあ次の予定は釣りで決定ね! ミィちゃんもそれでいい?」
「そうだにゃ、折角だからたまには自分で魚を獲るのも悪くないにゃ。どうせなら大物を狙うのにゃ!」
「おー!!」
「そうと決まれば釣り竿とか用意しないとね。この街って釣具屋さんとかあるのかな? ちょっと僕、さっきの人に聞いてくるね」
「ん、そだね。じゃああたしも一緒に聞きにいく!」
というわけで僕たちは、今日は釣りをしてみることにしたのだった。
まずは釣具の調達、そのための情報収集として先ほどの釣り人のおじさんに聞き込みをしに行くことにする。
姪も一緒に来てくれたので百人力だ、なんと心強い助っ人だろう。こんなにかわいいケモ耳美少女2人に質問されたら、どんなことでも答えてしまうに違いない。この聞き込み、勝ったな。負ける気がしない。
「おじさーん! すみませーん!」
「タハハ、君たちも来たのかぁ……仕方ないな、1人1匹だけだぞ?」
「いや魚は要らないが?」
なお直前のミィの印象が強すぎて、僕たちまで小魚を渡されそうになったのは丁重に断っておいた。
いくら僕たちがミィの仲間で同じ獣人だとはいえ、風評被害が甚だしすぎるのではないだろうか……ぐぬぬ、解せぬ。




