9. 姪の友達が遊びに来た
昼寝を中断して夢から現実へと戻って来た僕は、混乱の最中にあった。
現状を確認するならば、ここは寝る前と変わらず僕の部屋である。実家を出てもほとんどそのままにしてあった、机やパソコンとベッドにタンス。そういった最低限の家具の他には本棚に漫画とゲームソフトが並んでるぐらいの、飾り気が無い男の部屋だ。壁にハンガーでかけられた、子供用のケモ耳パーカーが異彩を放ってはいるが。
そんな下手すればロリ巨乳狐娘たる自分自身(今は≪人化≫しているので狐要素は無いが)さえも場違いな空間に、追加で女子小学生が3人。あまつさえ、何故か全員が昼寝中の僕のたわわな巨乳を触っていたのはどういうことなのか。流石に先ほど飛び起きた際に手を離したようなので、今は触られてないが。
姪と一緒に居るところを見るに、学校の友達とかなのだろうが……ていうかなんか見覚えあるな。ああそっか、さっき姪に写真を見せてもらった友達だな。なんなら過去にも姪の写真にチラホラ写ってた憶えがあるし、間違いないだろう。
「あなたがルナの親戚のアンねっ! 私は有瀬 凛莉愛よ、会えて嬉しいわ。よろしくね!」
「ば、馬場 友香です。アンちゃん……? で、いいのかな……? よ、よろしくおねがいします……」
そんな僕の困惑が伝わったのか、姪の友達2人は何事もなかったかのように自己紹介をしてくれた。
いやまぁ初対面だから自己紹介は必要なんだけど、もっと説明するべきものがあるのではないだろうか。勝手に胸を触ってたこととか。
それはともかくこの2人は、やはり姪の友達のリリアちゃんとトモカちゃんのようだ。
勝気そうな金髪ツインテールの女の子と、内気そうな三つ編みメガネの女の子である。性格も見た目からの予想通りだ。2人ともなかなか分かりやすいキャラしてるな。
「あーえっと、はじめまして。家のるぅちゃんがいつもお世話になってるみたいで。僕は飯塚……アン? 僕はアンなのか……? 飯塚アンでいいの? 僕の名前」
「知らないわよ。なんで私たちに聞くのよ」
まぁ名乗られたからにはこちらも返すのが社会人としてのマナーというもの。
というわけで僕は姿勢を正してベッドに座り直し、こちらからも挨拶を……しようとしたところで、どう名乗ったものかと悩んでしまった。
なにしろこの2人は、僕の名前を『アン』として認識しているのだ。
おそらく姪が事前に話していたのを聞いたのだろうが、姪の言う『あんちゃん』とは『兄ちゃん』の意味でありアダ名のようなものである。今の見た目で兄ちゃんは無理があるが、とにかく語源は兄だ。姪が叔父という関係性を理解できないほど小さかった頃からの呼び方の名残りである。少なくとも本名ではない。
だがしかし、本当の名前が司だと訂正して名乗るにしても色々と問題があるのだ。
まず姪からあんちゃんと呼ばれていることの適当な理由が思いつかないし、それに万が一この家に住んでいた飯塚司という30歳男性の存在が知られでもしたら。その関係性を誤魔化すにしても説明するにしても、いずれにせよ非常にめんどくさすぎる。本人だとでも言おうものなら、ややこしくてバカバカしい事情を全部説明する必要が出てくるし。
ならばいっそのこと偽名……というわけでもないが、適当なニックネームで名乗っておく方が無難かもしれないと思ったのだ。まさか小学生の姪の同級生に身分証明書を提出する機会なんて無いだろうし、呼び合える名前であればもうなんでもいいのではないか。
そんな感じで考えたのだが、果たしてどうするべきだろうか。などと思い悩んでいたところ、埒が明かないとばかりにリリアちゃんが姪に話を振った。
「あなたのことを知ってるとすればルナだろうけど。どうなのルナ、この子ってアンでいいのよね?」
「ん? あんちゃんはあんちゃんでしょ?」
「あっうん、そうだね。アンです。よろしく」
そうやって自分が何者なのか分からなくなっていた僕だったが、姪の何気ない一言のお陰で無事に自分を取り戻すことが出来た。
僕の名前は飯塚アン。通称アンちゃんである。間違いない。だって姪がそう言ってる。姪は今日もかわいいな。僕は正気に戻った。
「それでるぅちゃん、まずは今の状況を説明してほしいんだけど」
というわけで、自己紹介も済んだところで。一旦話を元に戻して、僕は姪に現状について訊ねてみることにした。
なぜ遊びに行った姪が友達を連れて帰って来ているのか、なぜ僕の部屋にいるのか、なぜ僕の胸を触っていたのか。結局のところ、寝起きの僕は未だこの状況を全く理解していないのである。特に最後のやつが気になるので、最悪これだけでも説明してほしい。
「んっとね。しばらく外で遊んでたんだけど、暑かったから誰かの家で遊ぼうってことになったの」
「ああ、それでみんなでウチに居るわけか」
まぁ今は真夏だし、外は暑くて日差しも強いもんな。気持ちはよく分かる。ひとまずウチに居る理由は理解した。だけど一番聞きたいのはそこじゃない。
「で、せっかくだしあんちゃんのこと紹介しよっかなって」
「そして僕の部屋に来たと」
「でも寝てたから、とりあえずみんなでおっぱいでも触ろうかなって」
「待って、なんでそんなことになったの?」
いや、それは……マジでなんで? 何故に寝てたからといって胸を触ろうという発想に至るのか。これが分からない。
別にダメとは言わないけども。とことん姪に甘い僕としては、やりすぎなければそれぐらいのことで怒りはしないんだけども。
しかしながら、姪自身のみならずその友達にまでやられるとなると話は別である。姪は特別扱いなので許すとしても、初対面の寝ている相手の胸を勝手に触るというのはどうなのか。
これには流石の温厚な僕も、お宅の子供の教育どうなってんだと苦言を呈さずにはいられない。
とはいえ実際は余所の家の子供や親御さん相手にそんなこと言う勇気なんて全く無いんだけど。勝手に余所の子を説教するなんて行為、小心者の僕としてはそんなこと出来る人の気が知れない。せいぜいちょっとだけ苦い表情ができる程度である。
なんなら身内である姪にすら怒れないぞ僕は。やんわりと嗜めるので限界だ。まぁこっちはただ単に、僕が姪に対して甘すぎるというだけの話だが。
「あっあの……ご、ごめんなさい。わたしのせいなんです」
「えっ」
そんな微妙にやり場の無い複雑な感情をどうしようかと思っていた僕だったが、不意にトモカちゃんが謝ってきたことで事態は更なる混迷を極めた。
なにしろ僕は、まさか内気そうなこの子が事の発端だなんて全く思いもしなかったのだ。
だって考えてみてほしい。コイツ寝てるからおっぱい触ろうぜ、なんて完全に陽キャの発想ではないか。
こう言っちゃ悪いが、黒髪三つ編みメガネで地味なイメージのトモカちゃんは僕と同じ陰の側の……いや別にそういうわけでもないんだけど、とにかく大人しそうな子だと思っていたのだが。
ふむ、やはり第一印象だけで決めつけるのは良くないということか。僕だってロリ巨乳狐娘な見た目に反して中身は大人の男だしな。外見と中身が全然違うことで定評のある僕である。子供らしさや可愛げなんて欠片も無いし、ギャップの塊と言えるだろう。
それはさておき、今はトモカちゃんの話を聞くのが先決である。
まぁ自主的に謝ってくるということは反省もしてるんだろうし、そもそも悪意があってやったというわけでもなさそうだが。せいぜい好奇心につられた出来心といったところだろうか。
「その……わたし、胸が大きいことで悩んでて」
「トモちゃんクラスで一番おっきいもんね」
「男子たちがよくからかって来るものね。本当アイツら子供だわ」
「でも、アンちゃんの……そうやって悩んでるわたしのよりもずっと大きいから、信じられなくて。それでつい、本物かどうか確かめようとしちゃって……」
「あー……そういうやつね。まぁそういうことなら仕方ないか……」
なるほど、日頃の悩みのせいでつい触ってしまっただけだったか。そう言われてしまうと、本心でどう思っていても許さざるを得ない。
確かにトモカちゃんは、僕のようなロリ巨乳どころかロリ爆乳と言っても差し支えないほどの存在と比べればほとんど平面も同然だが、小学4年生にしては胸がある方である。僅かとはいえ、確かな膨らみが見て取れるわけだし。
しかしどうしよう、思った以上に真剣な理由だったからどうしていいか分からないぞ。いくら見た目が金髪ロリ巨乳美少女とはいえ、中身が童貞の成人男性な僕にそんなこと言われてもどうしろというのか。
仮に胸のことを相談されたとして、男としても女としても経験値が足りなさ過ぎる僕ではまともに対応できないぞ。さっきのように物理的に胸を貸すことぐらいなら出来るが……と、どうするべきか迷っていた時。あまり関係ないのだが、僕はあることに気付いた。
「……あれ? でもさ、トモカちゃんだけじゃなくて他の2人まで僕の胸触る必要あった……?」
「ん、だってトモちゃんだけ触るのはズルいし」
「私は触ってみたかったから触っただけよ」
あっうん、この2人は完全にノリで生きてるな。完全にフリーダムである。子供なんてそんなもんだろうけど。
まぁでもそうだよな。リリアちゃんだって大人びた喋り方をしてるけど、姪と同級生だもんな。
同じ金髪ロリとして親近感こそ覚えるものの、あっちは普通の子供だということは忘れてはならないだろう。あくまで僕の境遇が特殊すぎるだけだ。
と、そんな感じのことを思案していたら、早速リリアちゃんが子供らしい提案を出してきた。どうやら今している話は、さほど重要ではないらしい。
「そんなことより、早く遊びましょうよ。私今日はピアノ教室の日だから、早めに帰らないといけないのよ」
「ん、そだね。とりあえず先に遊ぼっか」
「あっ……うん、そうしよっか。アンちゃんも、その……一緒に遊ぶ?」
「え、僕?」
そんなことよりって、トモカちゃんの悩みは放っといていいのだろうか。などと思っていたら、当のトモカちゃんから遊びに誘われて不意を突かれた気分になった。
そうか、よくよく考えたら今の僕は金髪ロリ巨乳美少女。事情を知らない姪の友人たちからすれば、遊びに来た家に同年代の女の子がいたことになる。
となれば一緒に遊ばないかと誘うのはごくごく自然なことであり、なんならむしろ誘わない方が除け者にしたみたいで気まずいのかもしれない。いや、その場合だとこれは社交辞令的な意味で声を掛けただけになるのか……? なら僕はどう答えるのが正解なんだ? くっ、大人同士ならともかく子供同士だとこういう時にどう答えていいのか全然分からんねぇ……!
「えーっと、誘ってもらったのは嬉しいんだけど。今回は遠慮しとくよ、僕って他の子と遊ぶの苦手だし」
「そ、そっかぁ……」
「あら残念、せっかくだからアンとも遊べたらよかったのに」
「えー、あんちゃんもやろうよー」
「やります」
「やったー!」
「……えっ!? 結局一緒に遊ぶの? 1回断ったのはなんだったのよ!?」
「あんちゃんはあたしがお願いしたら、だいたいなんでもやってくれるよ」
「え、えぇ……?」
「あなたたちどういう関係なのよ……?」
いくら僕が見た目は金髪ロリ巨乳美少女とはいえ、ガチの女子小学生の遊び相手となるのは難しい。そういうわけでとりあえずやんわりと断ったのだが、姪に言われては仕方ないので最終的には一緒に遊ぶこととなった。
その意思の切り替えの早さにトモカちゃんとリリアちゃんは若干困惑していた気もするが、姪ガチ勢である僕にとって姪のお願いは絶対なのだから仕方ない。どういう関係も何も、叔父と姪というだけである。流石にこの身体で叔父だと主張したらおかしいので、親戚ということにしてふわっとさせてあるが。
「それで何して遊ぶの? できれば僕も知ってるやつだと助かるけど」
「ん、大丈夫。ゲームだから、あんちゃんも知ってると思うよ」
「アンはやったことないゲームだろうけど、問題ないわ。操作は簡単だからすぐに憶えられるわよ!」
とりあえず僕はこれから何をするのか気になったので聞いてみたが、返って来た言葉からはまだ正確な答えは分からなかった。
なにしろゲームと言われても、それは色々な意味を含んだ言葉である。テーブルゲームやボードゲームはもちろん、スポーツの試合などもゲームと表現するし、しりとりなどの言葉遊びもゲームと呼ぶ場合がある。
とはいえリリアちゃんが言うには、簡単な操作が伴うようである。それなら何らかの電子ゲームの類か、最近流行りのニンテイドンScotchか何かだろうか。いずれにしてもゲーマーである僕的には有利にやれそうだ。
「そ、それじゃあわたし、ゲーム機出すね」
「お願いね、トモカ。確かソフトは前に使った時に、本体に入れたままよね。あっ、アンの分のコントローラーってあるのかしら?」
「んーどうだろ? あんちゃん、これのコントローラーってまだある?」
「えっ……? えっと、僕の記憶が正しければその辺に入ってたと思うんだけど……」
「おぉーホントだ、4個目あったんだ。やったねあんちゃん、これで一緒にできるよ!」
「そ、そうだね。ハハハ……」
そんなわけで、ゲーム機のセッティングを開始した少女たち。そしてその様子を、乾いた笑いを浮かべながら引き攣った表情で眺める僕。部屋には冷房がしっかり効いているというのに、嫌な汗が止まらない。
うん、準備してる段階で既に楽しそうなのはなによりだ。それはいいのだが、僕がこんなことになってるのには理由がある。
なにしろ姪とその友人たちはゲーム機を用意するために、その収納場所である僕の部屋の押し入れを漁っている最中なのである。
「じゃーん! 今日やるのはこれよっ! ルナのお兄さんの部屋で見つけた、なんか古いテレビゲーム! その名も……ってアン、どうしたの? なんか様子が変よ?」
「だ、だだだだだ大丈夫……」
「ほ、本当に大丈夫なの? なんだかアンちゃん、音楽の授業でリコーダーの発表する時のわたしみたいになってるけど……」
「あはは、トモちゃんあの時すっごい緊張してたもんね」
「笛を上下逆に構えた時には笑ったわね」
「も、もうっ! 凛莉愛ちゃん、それは言わない約束で……」
もうほとんど準備は済んでるし、なんなら僕の部屋の押し入れを漁るのはこれが初めてでもないようなので、何か問題があったとしたら既に手遅れである。
それでも僕は、焦りと不安が消せなかった。楽しそうに話をする少女たちの会話の内容など、とてもじゃないが頭に入ってこない。
一応今のマンションへと移る際に、幼い姪に見られて困るものなんかは部屋から処分したはずだけど……本当に大丈夫だよな? もしかしたらエロゲやエロ本の1つや2つは残ってたかもしれないと思うと、メチャクチャ心配になるんだが? 大丈夫だよな? 仮に残ってたとしても、運良く見つかってないというのもワンチャンあるし……?
だ、大丈夫……だよな? 愛しの姪にそんなもの見つかって、軽蔑でもされようものなら立ち直れないんだが!? 大丈夫でいいんだよな!? うおおおおおおおお!?
「それじゃあ始めましょうか。負けないわよ!」
「あたしだって!」
「わ、わたしも今日こそは……」
「はいあんちゃん、コントローラー。4Pでいい?」
「う、うん」
かくして僕は、押し入れの中身がセーフであったのか気になりすぎて集中できないまま、姪たちとテレビゲームで遊ぶことになったのであった。
なお、そんな精神状態ではゲーマーとしての力を充分に発揮することもできず、小学生相手にボコボコにされたのは言うまでもない。
ましてやその後で、初めてなのだから下手でも仕方ないと慰められることになるのも至極当然の結果である。もちろんその気を遣った優しい言葉さえ、本当はこのゲームの所有者であるが故に結構やり込んでいる僕にとっては死体蹴り同然なのだが……姪の友人たちにとっては、僕のそんな裏の事情など知る由も無いのであった。




