2. 火遊びロリ妖狐
朝のジョギングの後、順番に軽くシャワーを済ませたり朝食を摂ったり。
一通り色々済ませた僕は、ある実験のために再び庭に出ていた。こんな早起きをして朝からやることがゲームというのは、母からの許可が下りなかったためでもある。
「あんちゃん何やってるの?」
「あ、るぅちゃん」
そうやって準備をしていたところ、興味を持った姪が話しかけてきた。
まぁ足元にいくつか、何かを入れてるお菓子の空き箱とか、ロウソクと灰皿とか、あと水の入ったバケツなんかも置いてるしな。これから何か実験をするのだということは予想できるだろう。
何をするかと言えば、ゲーマーの僕としてはどうしても気になる妖術の挙動の検証である。
「ちょっと≪狐火≫の性質について実験しとこうと思ってね」
「なになに、どんな実験?」
「まずはこれを焼いてみます」
「え……これ?」
そんなわけでまず僕が箱から取り出したのは、黄金色の綿。その正体はロリ巨乳狐娘たる僕の尻尾をブラッシングした際にゴッソリ取れた、ふわふわの毛の塊である。
「こんなの焼いてどうするの?」
「まぁ見てれば分かるよ。≪狐火≫、っと」
「おぉーホントに火が出た!」
そういえば姪に現実世界で≪狐火≫を見せるのは初めてだったか。確かにこんな光景を見せられたら、魔法でも使ってるみたいでテンション上がるな。
などと考えつつも、指先から灯したマッチ程度の大きさの火。そこに尻尾の抜け毛をピンセットで少し摘んで、炙るように火に当てた。
「それで燃やしてどうするの? ……ってあれ? 燃えてない?」
「うん、最初の実験は成功かな」
「ん? どういうこと? 毛だったら燃えそうなのに……え?」
姪は目の前の現象が理解できていないようだったので、僕は軽く仕組みを解説することにした。
これはどういうことかというと、そもそもの目的が≪狐火≫で抜け毛が燃えるかどうかの確認なのだ。ゲームでもリアルでも等しく自分自身を燃やさない妖術の炎、それが抜け毛も身体の一部として認識するのかを確かめる実験である。
結果として、尻尾から抜けた毛の塊は燃えなかった。こんなに燃えやすそうにも関わらず、である。ちなみにあとでマッチで燃やしてみたら普通に燃えたので、不燃性というわけではなさそうだ。
「つまり最初の結論は『抜け毛は自分自身に含む』、それでこれが次の実験の前提になるわけだね」
「なるほど……?」
「あんまり分かってなさそうだけど、とりあえず次行くね。次に焼くのはこちら」
「髪の毛?」
「うん、床に落ちてたやつ」
次に僕が取り出したのは、さっきリビングで拾い集めた黒い髪の毛である。母さんは結構マメに掃除するので、タイミングには気を遣った。
これは数本ずつアルミホイルに挟んで、予め長さによって分別してある。長さによって何が変わるかと言えば、誰のものなのかである。
例えば姪の背中まで届く髪は長くて、母のは肩くらいまでなのでそこまで長くない。必ずしもそうとは限らないが、大体そうやって見分けられるだろう。ちなみに更に短い父のは要らないので捨てた。
「じゃあまず母さんのから」
「あ、今度は燃え……うわ臭っ」
「うぇっ……そっか、髪の毛って燃えたら嫌な匂いするもんなぁ」
僕は早速こんな実験をしようとしたことを後悔し始めていた。狐の嗅覚は人間より鋭いので、嫌な匂いに対して感じる不快度も高いのだ。幸い外でやってるからまだマシだが。
「じゃあ次はるぅちゃんのを……」
「えー、また焼くの? どうせ一緒の臭いだと思うけど……あれ? 燃えない?」
「やっぱりか」
しかし念のため姪の髪を炙ってみた結果、姪もその違いに気付いたようだ。
そう、燃えてないのである。この辺はゲームのスキルとしての≪狐火≫と同じで、何故か姪にダメージが入らない仕様によるものだと思われる。
どうしてそうなるのかはよく分からないが、自らを焼かない炎となれば自分の命より大切な姪を焼くこともないということなのだろうか。
「すごい! じゃあゲームみたいに、その火はあたしが触っても平気ってこと?」
「多分ね。違ったら大変だから試せないけど」
「たしかに」
とはいえゲームと違うのは、火傷したら簡単には治らないということ。僕の炎が姪を傷つけるなんてことは無いとは思うが、万が一ということもあるので安易に試すわけにもいかないのである。
「だからこそこうやって、髪の毛というワンクッションを挟んで実験してるわけですね」
「なるほどー! あんちゃん頭いい! 賢い! 天才!」
「えへへー……あっちょっ、撫でないで」
姪に褒められて満更でもない僕であったが、頭を撫でられながら褒められると事情が変わってくる。嬉しくて尻尾も思わず左右に振れているが、それはそれとしてやめてもらいたい。やめてほしくないけどやめてほしい。
なんというか、可愛がりすぎなのだ。叔父である僕としては、尊敬のまなざしを向けられる程度でちょうどいいのだが……やはりロリ巨乳狐娘となった今、見た目的に同年代感が拭いきれないせいで、親近感がありすぎて厳しいだろうか。
「あ、そういえばロウソクは? 何に使うの?」
「ん……僕の妖力を燃やしてる状態じゃなくて、他の物に燃え移った火だと結果が変わってくるのかなと思って。今は妖力を供給してるから僕の炎として空中で燃えてるけど、僕の手を離れたら普通の炎になるかもしれないし」
「んー……? 普通の火になるとどうなるの?」
「一番違ってくるのは、まず僕自身が普通に触れなくなることかな」
「普通ならやけどしちゃうもんね」
「あと今なら点火も消火も自由にできてるけど、燃え移った時に消せるかどうかは結構気になるんだよね」
「そっか、好きな時に火を消せるなら危なくないもんね」
「そういうこと。まぁ何かに燃え移ってる時点で結構危ないことになってるんだけど」
「あはは、たしかに」
ただまぁ焚火やキャンプファイヤーなんかをする時は、すぐ消せるというのは結構便利かもしれないな。
普通にやるなら勝手に消えるのを待つか、水や砂でもかけないとダメだし。使う機会は無いけど、暖炉や竈なんかも任意に着けたり消したりできるなら相当便利なことだろう。まだ出来ると決まったわけじゃないが。
「そういうわけでいざ検証!」
「いざ!」
というわけで、姪の合いの手に密かにテンションを上げながらも、僕はロウソクの火を消そうと強く念じた。
これまでは妖力という燃料の元栓を閉めることで火を自然消滅させていたが、今回はロウソクから燃料が供給されているのだ。同じやり方では出来ないだろう。ていうか燃え移ったところで既に妖力の供給は切ってるし。
なので今回は、炎の形や挙動を操作する要領で炎自体に働きかけることにした。要は燃えるという動作を阻止してやればいいのだろう。
「ぐむむむむむ……ふんっ!」
「あ、消えた」
結果は見事に成功。さすがに一度制御を手放してしまうと操作の効きが悪いが、できなくはないといったところか。
放置して時間が経ちすぎた火や燃え広がって大きくなった火ではどうなるのかは定かではないが、その辺は時間がかかるのでまたあとで調べることにしよう。
「じゃあ消せることも分かったことだし。次はロウソクに移した火でも、僕の尻尾の毛が燃えるかどうかの実験にしよっか」
「ん、どうなるだろ。結局あんちゃんが出した火だし、燃えないんじゃない?」
「答えはどうかな? 正解はー?」
ふむ、姪の予想は当たっていそうな気がするな。たとえ燃え移った後でも、干渉できている時点でこれはまだ僕の炎だということなのだ。
それなら僕の一部である尻尾の毛を燃やしてしまうことは無いはずだし、なによりも――姪が燃えなさそうだと言っているのだ。これで燃やしてしまったら、僕が出した炎としての自覚が足りないというものである。オラッ、空気読んで燃やさずにいろ! 姪の言う通り、僕と姪に無害な火になるんだよ!
そんなことを考えながら、僕はピンセットで尻尾の抜け毛の塊をちぎって近づけた。
さて、気になる結果は果たして。
「お? 燃えてないっぽい。正解だね、るぅちゃん」
「やったー! それじゃああたしのも……あ、燃えない!」
「僕の尻尾の毛も、るぅちゃんの髪の毛も、どっちも燃えてないってことは……妖力を燃料にしてなくても、元が僕の炎だったら大丈夫っぽいね」
「ちなみにばーちゃんの髪の毛だと?」
「ヴォェ! くっさ!」
「あはははは! くさーい!」
先ほどロウソクを経由しなかった場合でさえ燃えてしまったのに、何故また母さんの髪を焼いてしまったのか。もう完全に最初から燃やすつもりでやってるだろ。楽しそうでなによりである。
「でも一応火は危ないから、もうちょっと気を付けてね? まだそういうところの安全性を確かめてる段階なわけだし」
「はーい」
しかし素手で物を掴んで火に近付けるのは普通に危なかったので、そこは大人として普通に注意しておく。
僕だって安全の為にピンセットで摘んでいるのだ。考えなしに火遊びをしているわけではないので、安全意識はしっかりしている。見た目は子供でも中身は大人だからな。
さて、次は何を試そうかな。時間がかかるやつは後回しにするとして、あとはもうロウソクに灯した火に手で直接触ってみるぐらいか? ちょっと怖いが、一瞬なら大丈夫だろうか。大丈夫すぎても分からないから調べるのは難しそうだな。
などと考えていたら、姪が「あっ!」と言ったので何かを思いついたようだ。こちらとしても助かるので、アイデアはどんどん出して欲しい。
「そういえばあんちゃん、この火ってどれぐらい強くできるの? もしかしてゲームと同じぐらいにはできたりする? わかんなかったら、大きくできる限界を調べるとかは?」
「うーん、どうだろ。試したことは無いけど、感じ的にはゲームで使ってる時より強くできそうな気が……」
「えっ!? あれより!? すごい!!」
姪のアイデアは、確かに僕が考えていないものであった。というか最初から検証するのは無理だと確信していたことなので、そこについては説明しなかった僕の落ち度でもあるか。
というのも元はと言えば、昨晩の夢でカナメが言っていた僕の妖力に関わってくるような話である。一般的な妖狐2万匹分、つまり2万妖狐パワーともなれば火力の上限は計り知れないのだ。
実際にゲーム内で≪狐火≫を使っている時の手応えと比べても、同じ火力を出すには現実の方が容易いように思う。そう感覚では分かっているのだが、一応確認するためにも僕はサッカーボールぐらいの大きさの火の球を作り出した。
「おぉー。これでも結構おっきいけど、まだいけるの?」
「うん、やっぱりまだまだ行けそう。ゲームだったらこれぐらいの炎でもせいぜい数分でMPが無くなるけど、今ならいくらでも余裕そうだし……多分込められる妖力の上限も増えてるから、こんなところで全力出したら大惨事になるかもね」
「それはたしかに」
そう考えると、もしかするとかつて僕がロリ巨乳狐娘になった初日の夜に……夢の世界でカナメに向かって撃った超強力な≪狐火≫、あれぐらいの威力は出るかもしれないな。
当時は自分の夢だからイメージで多少強化できているのかと思っていたが、今思えばあの威力も普通に出せてもおかしくないのかと思えてしまう。大きな火力を使う時にはくれぐれも、加減を誤らないように気を付けなければ。
まぁ普通に一般人として人間社会で生きてたら、強い炎を出す機会なんて思いつかないのだが。やっぱりこんなに妖力が多い意味は無いのでは?
「ていうかあれだよね。この大きさの火が使えるんなら、焼き芋とか焼けそう」
「そうだね、たぶん出来ると思うよ。秋になったらやろっか」
「やった!」
なるほど焼き芋か。確かに名案だ。
姪が知ってる上で提案したのかどうかは分からないが、昔ながらの落ち葉を集めて燃料にするような焚火は消防法で禁止されている。いや、確か許可があればいいんだったか。とはいえこんな住宅街のド真ん中では無理だろうけど。
その点、僕のこの≪狐火≫による炎ならば。炎をそこに出している分には、煙などが発生しないのだ。ガスコンロの火が煙を出さないように、何かを焼かない限りは静かなものである。ダイオキシンも発生しないクリーンな炎……のはず。たぶん。ごめん適当言ったわ、成分とか調べてないから分かんない。
とはいえこれなら煙で通報されることも無いはずだし、アルミホイルでサツマイモを包んで焼く程度なら出来るはずなのだ。つまりある意味、通常では出来ない貴重な体験ということになる。
ふふっ。また1つ、姪と楽しむ特別なイベントの予定が決まったな。秋が楽しみである。
「ん、2人とも何してるん?」
「あ、ばーちゃん」
と、そんなところに母がやってきた。
その手には洗濯籠。相変わらず姪より少し上程度の年齢にしか見えないので家事の手伝いをしてる感がすごいが、まず間違いなく洗濯物を干しに来たのだろう。庭だしな、ここ。
「ねぇねぇばーちゃん、秋になったらね! あんちゃんと焼き芋するんだよ!」
「へー、楽しそうやねぇ。その火で焼くん?」
「うんっ!」
ふむ、やはり姪は良い。僕が姪と話すのも良いが、その内容を誰かに報告する時の姪も楽しそうですごく良い。最高だな。
と、思いながら姪を鑑賞していたところ、隣の母さんと目が合った。
その目はジト目であった。普段から目付きがジト目な母であるが、しかし今はより強く――ジト目であった。
おっと、これは……ダメなやつかな? やれやれ。僕は穏やかな心で悟りを開きながら、手元の炎を消した。
「それで司。家の中で見かけへんと思ったら、こんなとこで火遊びしてたことについてなんやけど。あとでちょっとお話しよか」
「はい」
全く、僕だって子供じゃないんだから安全管理ぐらいしっかりやってるのに。自分の息子だという事実と今のロリ巨乳狐娘な見た目のせいで、母さんからは完全に子供扱いされている気がする。解せぬ。
……などという反論をしたところで、自分の立場が悪くなるだけなのは分かり切っていることだ。ふふふ、僕だって日々成長しているのだよ。そう何度も短期間に同じ失敗をしたりしない! なんたって昨日も散々色々と叱られたからなぁ!!
かくして僕は、もはや慣れたとばかりに今日の分のデイリー説教を予約したのであった。
まぁ今回は妖術の危険性を把握するためっていう大義名分もあるし、たぶん事情を説明すれば大丈夫だろ。
――そんな軽い気持ちで臨んだのだが、それなら庭よりもっと安全な場所でやれという正論に一撃で叩き潰されることになるのは言うまでもない。




