1. 一日の始まりには脂肪を燃やすべし
早朝6時過ぎ、僕たちは家の庭で準備運動をしていた。
こんな時間から外に出て何をするかって、そんなもの決まってる。母に付き合わされて半ば強制参加、健康のために近所を走り回るジョギングである。
「ふぁああ……」
「あんちゃんすごい眠そう」
「昨日ちゃんとすぐ寝たん? ベッドでスマホ弄ったりしてたんちゃう?」
「すぐ寝たよ。それでもまだ眠いだけで」
「それやったらええけど」
欠伸混じりだったせいで僕は不本意にも母から誤解の目を向けられたりしたが、実際キチンとすぐ寝た上で眠いのだから仕方ない。
というのも、昨夜は2回も姪の寝返りに巻き込まれているのだ。その度に下敷きになって命懸けで這い出している以上、睡眠の質が落ちているのは否めない。姪と添い寝をしたのだからある意味では最高の質で眠っているつもりなのだが、肉体的にはそうでもないのだろう。難しいものだ。
それに加えて、以前病院で診察してもらった旧友の倉尾によれば今の僕は狐っぽい特徴がいくつか身体に出ている可能性もあるらしい。
その中の1つが、睡眠時間。なんでも狐は1日に10時間近く寝るんだとか、それ故に僕の適正な睡眠時間も伸びている可能性があるわけだ。まぁただ単に子供の身体だからよく寝るだけなのかもしれないが。
「準備運動はこれくらいやね。そろそろ行こか」
「おーっ!」
それはともかく、姪は朝から元気である。かわいくて元気な姪の姿を見ると、こっちまで元気が湧いてくるのでありがたい。眠気覚ましにはコーヒーよりも姪に限る。
何なら朝から元気な姪のあまりのかわいさに興奮しすぎて、思わず僕の尻尾も……いや、今は≪人化≫してるから狐耳も尻尾も出てないんだった。いくら早朝で人気が少ないとはいえ、全くいないわけじゃないからな。流石に近所をロリ巨乳狐娘の姿で走り回る勇気は僕には無い。
「徐々にペース上げていくけど、無理そうやったら言ってな。特に司はその身体で走りなれてへんやろうし」
「僕は大丈夫だと思うけど分かった。るぅちゃんもキツくなったら言ってね?」
「ん、わかった!」
そうして僕たち3人は、朝のジョギングを開始した。傍から見ればジャージと体操服姿の女子小学生3人組が走っているように見えるが、実際のところ本物は学校指定体操服を着込んでいる姪だけである。
普段ジョギングなんてしない僕は若干不安ではあるが、まぁ問題ないだろうと判断する。なにせ日頃から運動不足だった前の身体より、妖狐の身体の方が運動能力は高そうなのだ。握力計だとか買い物ぐらいでしか実感はしてないけど、これまでのロリ巨乳狐娘生活を振り返ればそんな気がしないでもない。
むしろ僕なんかのことより、今は姪の方が心配だ。いくら運動が好きだったり、たまに母のジョギングについていってるとはいえ、最近はゲームばかりで体力が落ちてしまっているかもしれない。普段のペースで飛ばしすぎないよう気を付けさせなければ。
それに今日は僕が参加したことで、いいところを見せようと頑張り過ぎてしまう可能性もある。やはりここは僕が注意しながら様子を見ておいて、無理しているようなら休ませるようにしよう。
なに、姪の観察なら得意だ。見た目こそロリ巨乳狐娘(今は≪人化≫しているので普通の金髪ロリ巨乳美少女だけど)だが、これでも僕は叔父――つまり姪ガチ勢なのだ。姪のことならば一瞬たりとも目を離さない自信がある。見張りは任せてほしい。
そんなことを考えながら、走り出してから十数分後。
「ぜぇ……はぁ……待っ……かひゅっ……」
「ばーちゃん、あんちゃんすごいキツそうになってるよ」
「せやね。ちょっと休憩しよか」
結局最初に音を上げたのは僕だった。母と姪は仕方ないとばかりに足を止め、限界ギリギリだった僕はちょうど近くにあった石の階段に倒れるように腰を下ろした。
「はぁ……はぁ……くっ、こんなはずでは」
「やっぱり運動不足なんやない?」
「あんちゃん大丈夫?」
「だい、じょうぶ。でもちょっと休ませて」
姪に見栄を張って大丈夫だと答えつつ、息を整えながら疲労が溜まった脚を休ませる。
おかしい、運動不足な成人男性の身体なんかとは比べるまでもなく若い妖狐の身体の方が優れているはずなのに。
ましてや今は≪人化≫してるから尻尾の分だけ軽量化して動きやすく……って待てよ? もしかしてそれが逆にダメだったりする? 実はロリ巨乳狐娘の身体が筋力や体力に優れてたのって、無意識に妖力で強化してたからだったり……? だとすれば妖力を扱えない≪人化≫中は普通の子供並み、あるいはそれ以下の体力ってこと?
狐耳と尻尾を隠すだけで代償重すぎでは? まぁそれでもリュックとフードで隠せない状況だと使わざるを得ないから、使うしかないんだけど。足元見やがって……
「で、司。大丈夫なん?」
と、現状を分析しながら休憩していたところ。不意に母から心配の言葉を向けられた。
心身ともに完全に休憩モードだった僕は、一瞬ビクッとしてしまう。いや大丈夫、気付かれてはいないはず。僕はただ……疲れただけだと思われているはずだ。ボロを出さなければ大丈夫、なはず。
「……ちょっと休めば平気だよ」
「本当に? 走り方、ちょっと変やった気がしてんけど」
「それはほら、この身体で走るのに慣れてないだけっていうか……はぁ」
僕はそれらしいことを言って誤魔化そうとしたのだが、しかし母の目は誤魔化せないようだった。ジト目を向けて、さっさと本当のことを話せと言わんばかりの視線を送ってきている。諦めて話すしかないだろう。
「で、実際のところはどうなん?」
「……うんまぁ、擦れてて痛いっていうか」
「えっ!? あんちゃんどうしたの!? 靴ズレ!?」
「いや、靴は大丈夫なんだけど……ちょっとね」
そう。実は僕がこれほどまでに体力を消耗しているのは、妖力が使えないというだけの理由ではないのだ。
実を言うと、ある部分が走る際に擦れて痛くなってきたので、それをなんとか防ごうと変な走行フォームになったせいで余分に疲れているのである。なんなら脚だけではなく腕にも疲労が溜まってる。まぁそれを差し引いても、当初の想定よりは体力が無いわけだけど。
「じゃあもしかして、膝とか? 擦り剥いちゃった?」
「膝でもなくて。その、先っぽの方なんだけど……」
「……? 先っぽ? 指先?」
「……首」
「ん、首?」
「乳首です……」
「えっ?」
親身に心配してくれる姪はすごく良い子だと思う。けど今だけはそっとしておいてほしかったかな。10歳の姪に対して乳首が痛いと申告する、ある種の羞恥プレイみたいになってしまっている。
そう、走った際の乳揺れで先端が擦れるのだ。ついでに言えば肩紐も食い込んで割と痛い。
そもそも胸を揺らしながら公共の場を走ること自体が注目を集めて嫌なので、腕でそれとなく抑えたりはしているのだが。それでも抑えきれない反動による摩擦が、先端の突起に集中してじわじわとダメージになっているのである。≪人化≫さえ使っていなかったら妖力で揺れも制御できるのだが。
「まぁそんなことやろうと思ったけど。ブラしてへんの?」
「してるよ! でもなんか擦れるんだよ!」
「んー、なんでだろ? サイズが合ってないとかかな?」
「ちゃんと測ってもらったから、それは無いと思うんだけど……」
そんな姪の懸念もありえなくはない。いくら大きめサイズを取り揃えている特殊なランジェリーショップに勤めるプロの花村さんが測ってくれたとはいえ、この身体は特殊すぎるのだ。
今着けているブラにしたって偶然マニアックな既製品があったものの、本来は特注になるようなサイズ比だって話だし。微妙に合っていない可能性も捨てきれない。
などと考えていたところ、母が確認に動いた。
「それはきっとアレやね。ちょっと見して……ああ、やっぱり」
「ん、ばーちゃん何かわかったの?」
「これ普通のブラやからやね、多分」
「普通のブラ?」
「ん、せやね。運動するならスポーツブラやないとアカンよ。普通のブラは、運動の激しい揺れには対応してへんって話やし。確か」
「なるほど?」
「特に今の司ぐらい大きかったら、揺れを抑えきるのにも限界があるんやろね。知らんけど」
僕がジャージの下に着ているTシャツの襟、それを少し引っ張って中身を覗き込んだ母は、やはりと言わんばかりの納得した顔で答えを教えてくれた。
その語尾には不確かなうろ覚えの知識や無責任さがついて回っているが、まぁ姪と同程度に平坦な母ではその辺の事情にあまり詳しくないのだろう。僕だってこんな身体になるまではほとんど何も知らなかったし、無理もない話である。
「んー、でもそれだと走ったらまた擦れて痛いってことだよね? あんちゃんが無理ならもう今日は歩いて帰る?」
「が、我慢できなくはないから……折角るぅちゃんが走ってるのに、邪魔するのも悪いし……」
「ダメだよあんちゃん! 痛いのに無理しちゃダメっ!」
「る、るぅちゃん……! うぅ、僕のことをこんなに心配してくれるなんて……なんて良い子なんだ……!」
やっぱりウチの姪は天使すぎる。こんなにも思いやりの心に溢れているなんて……感動の涙が出そうだ。
しかし僕としては、姪の厚意を無碍にするのも気が引ける。そうなるとジョギングのために早起きまでしてきた姪の努力を無駄にしてしまうことになるが、果たしてどうするべきか……
「安心してええよ、良い物あるし」
「ん、ばーちゃん何か持ってるの?」
「こんなこともあろうかと。実はちょうど2枚、絆創膏を用意してあるんよ。これを貼っとけばとりあえず問題なくなるわけやね」
「待って、なんでこんな事態を想定して用意してあんの?」
「……? 本来の用途は、普通に転けて擦り剥いたとき用やけど?」
「えっ、あっ、うん。それはそうか。ゴメン変なこと言ったわ」
僕が童貞でありエロコンテンツ脳なせいで、絆創膏を胸に貼るというシチュエーションからいやらしいイメージだけが先行してしまったものの。普通に考えたら運動をする際に絆創膏を常備するぐらいは普通のことだったわ、と深く反省した。
そうだよ、擦り剥いた箇所なんかに絆創膏を貼るだなんて普通のことなんだよ。たとえそこがどこであれ、絆創膏を貼るという行為自体にいかがわしい展開など発生しようが無いのだ。
かつて病院で身体を検査してもらった際には変態ドクター倉尾が検査着の候補として絆創膏を3枚用意していたが、普通はそんな使い方するわけがない。風評被害も甚だしいけど、至って健全なアイテムである。
「じゃあ瑠奈、これあんちゃんに貼ったげて」
「はーい!」
「……うん? え、いや待って、なんで? やってくれるのは嬉しいけど、なんで? いや自分でやるけど?」
「本当に? じゃあ聞くけど、どうやって貼る気なん?」
「どうって普通に……」
そこまで言って僕は気付いた。
これが男だったら、襟から覗きながら服の下から手を突っ込んで簡単に貼れるだろう。
しかしどうだ、今の僕の身体は金髪ロリ巨乳美少女。Tシャツを押し上げて山を形作るほど巨大な胸は、ブラに守られていることもあって、服を着たまま自力で絆創膏を貼るのは難易度が高い。
逆に言えばTシャツを脱いでしまえば余裕で貼れるのだが、いくら早朝で人が少ないとはいえ道の往来で胸を露出するなど絶対に許されないだろう。
僕としてはどこか物陰に隠れて人に見られないよう手早くやるならセーフだと思うのだが、これもまた母の許可が降りるかどうか怪しい。というか多分無理である。そのままお説教コースだろう。提案するのはやめといた方が良さそうだ。
「そういうわけやから、司が半分ぐらいシャツ捲っといて、下から除き込んだ瑠奈が貼る方がいいと思うんよ。今持ってる絆創膏、2枚だけで予備も無いし」
「なるほど、たしかに! 任せてあんちゃん、しっかり貼るから!」
「うんまぁそういうことなら……」
確かにそれが一番効率的でもあるし、失敗も無いだろう。強いて言うなら、僕が姪に何をさせてるんだという気分になるだけで。
そういうわけで、作戦を実行に移すべく。僕は立ち上がり、服の中でブラをずらして少しだけ斜め上にシャツの裾を持ち上げた。
「これぐらいでいいかな? 見える?」
「いけるいける。まずは1枚……っと。で、次に2枚目ー。はいおわり!」
「んっ……ありがとう、るぅちゃん」
擦れて若干ヒリヒリする箇所に触られて思わず声が出そうになったが、そこはなんとか耐えきった。
この程度の我慢など、かつてカッターナイフで指をまあまあ深く切ってしまった時のことを思えばなんということはない。あの時は姪が当時5歳だったのだが、泣きそうになりながらも手当てしてくれると名乗り出てくれたのだ。あれは嬉しくて感動的で、思わず涙が出そうだった。まぁどちらかというと涙が出そうだった原因としては、その姪が傷口に消毒液をじゃぶじゃぶ付けてきて地獄だったからなんだけど。
「どう? あんちゃん、大丈夫そう?」
「たぶん……あーうん、これなら全然平気!」
「近いうちにスポブラも買っとかなアカンね。こんなサイズ売ってるのかは分からへんけど」
「うっ……また買いに行くのかぁ。僕あの下着屋さんの空気って苦手だし、しかも休職中に出費がかさむ……嫌だなぁ」
「あ、またお買い物行くの? やったー楽しみ! 今度もかわいいやつ選んだげるね!」
「うん、僕も楽しみだよ」
「自分の意思とか無いん?」
そんなこんなで、僕の応急手当も終わったのでジョギングを再開することとなった。今いる場所が折り返し点の辺りなので、残りは帰り道となる半分である。
後日またランジェリーショップに行かなければならないのは憂鬱ではあったが、運動する度にこんなことになっていたら堪ったものじゃない。姪も楽しみにしてることだし、諦めるしか無さそうだ。
「あっそうだ。あんちゃん、また走っててキツくなってきたら無理せず言わないとダメだからね?」
「大丈夫だよ、るぅちゃんのお陰でもう擦れないから。これならいくらでも走れるよ」
「ホント!? すごい!!」
そして走りながらも、僕の心配をしてくれる姪。それは純粋な善意からの心配であったのだが、しかし姪に良いところを見せたい僕は無駄に強がってしまった。
その結果、僕の適当な虚勢を真に受けた姪がどう捉えたかと言うと。
「じゃあ家まで競争ね! よーい、どん!!」
「え、ちょっ、待っ、うおおおおお!?」
「まったく、2人とも元気やね」
かくして僕は、家まで姪と競争することになった。
まぁ絆創膏のお陰で今は無理なく走れるし、多少ペースを上げたところで問題ないだろう。胸を気にして無駄に体力を消耗しなければ、本気を出せば姪といい勝負ぐらいは出来るはずである。
……そう思っていたのだが。
結局走ると胸元で暴れる質量の塊が気になってしまうだとか、通行人にその光景を二度見されるのが気まずいとか、そもそも走りにくいとか。
その辺の理由から引き続き腕でそれとなく胸を抑えながら走ることになったので、擦れてダメージが入ること以外は特に何も解決していないのであった。当然ながら競争にボロ負けしたのは言うまでもない。




