8. ロリ巨乳狐娘ちゃんたちを救出せよ
僕たちが浮き輪で浮かんで遊んでいるところに告知されたのは、久しぶりの緊急イベントのアナウンスであった。僕たちが参加するのは、初日のファラビットの襲撃に続いてこれで2度目となる。
とはいえ緊急イベント自体は、僕たちが参加できてないだけで何度か発生していたらしいのだが……まぁなかなかタイミングが合わずに参加できなかったのは、割と間が悪かったとは思う。しかし今回は参加できたのだ。嬉しい誤算である。
「やったね、緊急イベントだよ! 楽しみー!」
「腕がなるのにゃ!」
「どんなのだろうね……ってうおおぅっ!?」
「ひゃあっ!?」
「にゃあああああっ!?」
【モンスター襲撃の予兆により、海が荒れます。ご注意ください。】
そんな風に僕たちはワクワクしながら悠長に話していたのだが、そのとき急に波が荒ぶり始めた。システムメッセージも流れた辺り、どうやらイベントの演出らしい。
しかしこれは少々状況がよろしくない、なにせこんな荒れた海に浮き輪で浮かんでいるのは非常にマズイ。他のプレイヤーはみんな足のつく深さで遊んでいたのですぐに退避できたようだが、僕たちは完全に逃げ遅れていた。
僕たちも早く陸に逃げなければ、姪もろとも沖に流されてしまいかねないだろう。ここは叔父として、なんとしてでも僕が姪を守らなければ……!
「くっ……一旦陸に上がるよ、るぅちゃん!」
「う、うん! あっでも波が……」
「流されて全然進まないのにゃあ!」
とにかく陸に戻ろうとした僕たちだったが、しかしここは足のつかない深さである。バタ足で得られる推進力などたかが知れており、まともに進むことはできなかった。距離にすればそれほど遠くはないのだが、この短い距離が果てしなく遠い。
謎に高性能な浮き輪のお陰で溺れこそしないものの、このまま流されればどうなるか分からない。どうにかしなければならないが……どうしよう。救助を期待するにしても、こんな荒れた海で助けなんか期待できるのか……?
そう思いながら陸の方を見てみれば、慌てた様子でこちらを見ている仲間たちが目に入った。よかった、一応存在に気付いてはもらえているようだ。
「大変よ、アンちゃんたちがまだ海に!」
「やべぇな、流されとるぞ! こうなったらワシが直接助けに……!」
「待てケント、この荒れ具合では闇雲に海に入るのは危険だ! 何か確実に助けられる手段を……」
だがしかし、頼れる仲間たちも大自然の前には無力。僕が妖力で強化したステータスで必死に泳ぎながら姪の浮き輪を押してもダメな以上、確かにいま海に入るのは得策ではないだろう。
一応ライフセーバーの人たちも動いてくれているようだが、この荒れた海を前にすれば流石に二の足を踏んでいた。
ましてや彼らはプロでも何でもないボランティアである。無理もない話だ、やはり自力でなんとかするしかない。
「大変だ、ロリ巨乳狐娘ちゃんたちがまだ海に!」
「何ィ!? ロリ巨乳狐娘ちゃんたちがまだ海に!?」
「このままじゃロリ巨乳狐娘ちゃんたちが危ない!」
「誰か! ロープか何か持ってこい!」
「お前……ロリ巨乳狐娘ちゃんをロープでどうするつもりだ!?」
「救助だよォ!?」
それでもなんとか助けようとしてくれている声が聞こえてくるが……えっ待って、普通にロリ巨乳狐娘ちゃんとか呼ばれてんの僕?
いやまぁ名前を知らない人からしたら、見た目の特徴とかで呼ぶしかないんだろうけど……だからってそこまでの直球ネーミング、一瞬で浸透するか普通? あまりに統率が取れたライフセーバーたちの団結力、最早ちょっとした恐怖すら覚えるんだが?
「うぅ……あんちゃんダメだよ、全然進まない!」
「このままじゃスタミナがもたないにゃぁ!」
「くそっどうすれば……」
だがそんなことに気を取られている場合ではない。僕たちのスタミナゲージの消耗もあるし、早くなんとかしなければ……この際ミィはどうでもいいとして、なんとか姪だけでも助ける方法を考えなければ。
そんな焦りを抱いていた時、ライフセーバーたちの集団に動きがあった。男たちの中心にいたのは、さっき食べ物を奢ってくれた銀髪のお姉さんだった。
「お前ら何ボケっと突っ立ってんだ、それでも自称ライフセーバーか」
「姐さん! でもよ、波が!」
「大勢で行けば誰か1人ぐらいは生還できんだろ、さっさと全員逝ってこい」
「ひでぇ! だが人海戦術か、悪くないアイデアだ!!」
「ああ! もはや方法はそれしか残されてないようだな!!」
「誰でもいい、俺たちの誰かがロリ巨乳狐娘ちゃんたちを助けるんだ! 同志よ、幸運を祈るぜ!!」
「えっ? これ全然ダメな作戦じゃね……? 普通に全滅すると思うんだけど……」
「うるせぇ! いこう!!」
「「「うおおおおおおお!!」」」
「いや待てって、絶対やめた方が……うおおおおおおおお!! 行くぞぉ!!」
「ほら性騎士、お前も行ってこい」
「くっ、コイツらイカレてやがる! だがロリへの愛なら俺だって負けてねぇ! うおおおお!!」
そうして男たちは、己の命すらも顧みずに荒ぶる海へと駆け出した。そこまでして助けてくれるのはありがたいけど、なんだか狂気を感じるのは気のせいだろうか。あとなんか最後に例の鎧の不審者まで海に駆け込んできたけど、彼はあの重そうな鎧で泳げるのか。
いや、やっぱ鎧とか関係なく普通の水着のライフセーバーたちも割とガンガン溺れてるわ。いくら彼らからすれば身長よりも少し高い程度の水深とはいえ、流石にこの荒波は厳しかったようである。僕はバタ足で姪の浮き輪を押しながら、散っていった戦士たちに呆れつつも心の中で合掌した。
「サラちゃん、今どういう状況なん?」
「あっ! きらりんちゃん、大変なのよ! 実はアンちゃんたちが……」
と、そこに陸地の仲間陣営付近では、ログインエフェクトを撒き散らしながらマイペースなきらりんが戻ってきた。先ほど電話がかかってきたので、対応するため一旦ログアウトしていたのだ。
まぁきらりんが戻ってきたからって現状が打開できるわけでもないし、今はそんなことどうでもいいのだが。結局のところ僕がやることは変わらない、陸へと向かってひたすらバタ足するのみである。
「ダメっ、あたしもうスタミナが……」
「これホントに進んでるのにゃ!?」
「くそっ、かくなる上はるぅちゃんだけでも……」
万事休すかと思われたその時。僕はイチかバチか≪狐火≫の爆風で姪をなんとか飛ばせないかと試みようとしたが、その直前に救いの手となる声が届いた。
まるで脳内に直接語りかけてきているかのようなその声は、PT会話を通してのもの。そしてその声の主は、ついさっき僕が適当にスルーしたきらりんであった。
『頑張って掴んでや、これ使えるんは一瞬だけやからね』
「掴む? 何をにゃ?」
「ん? ばーちゃん何するつもり……あっ!」
僕は一瞬何を言われているのか分からなかったが、次の瞬間には理解した。理解しなければ間に合わなかった。
なにしろその時きらりんが、既に釣り竿の如く海に向かって鞭を振りかぶっていたのだ。陸からここまで20メートル以上はあるのに対し、鞭の長さは2メートルあまり。本来ならば到底届かない距離であるが、しかし僕と姪は既に知っているのでなんとなく察した。
「≪ロングウィップ≫!」
「掴めぇ!!」
「伸びたにゃっ!?」
「わっ」
そうして僕たちのすぐ真横の水面に叩きつけられたのは、とてつもなく長く伸びた鞭。それは振り速度とMP消費量に応じて、一瞬だけ射程を伸ばす鞭のスキル、≪ロングウィップ≫であった。昨日一緒に遊んだ際に習得していたのは知っているが、まさかここで使ってくるとは。
予想以上に長く伸びたその鞭をなんとか掴んだ僕たちは、強く握りしめて衝撃に備えた。ミィのことは知らないが、少なくとも僕と姪はそうしている。
なぜならこのスキル、あくまで攻撃の瞬間に射程を伸ばすだけの効果でしかないからだ。なので効果時間が過ぎれば、すぐにこうやって――
「うおわあああああああ!?」
「ひゃああああっ!?」
「うにゃああああっ!?」
次の瞬間、僕たちは元の長さに縮もうとする鞭に引っ張られていた。水面から引っこ抜かれて高速で水上を引き摺られる様は、さながら水上スキーのようである。僕は姪が振り落とされないよう必死に片手で支えながら、全力で≪剛体≫を発動させてなんとかしがみ付いていた。
「ぐえっ」
「おかえり、無事でなによりやね」
「やったわ、グッジョブよきらりんちゃん!」
その甲斐あって僅か数秒後には、無事に陸へと辿り着いた。勢いよく砂浜に投げ出されて転がっている現状を無事と言えるかどうかは微妙なところだが、なんとか姪は僕がクッションとなって受け止めたので無事判定でいいだろう。
「酷い目にあったのにゃ……」
「ふー、今の楽しかった!」
まぁ姪は今の爆速水上スキーを楽しんでくれたようなので、かろうじて良しとしておこう。
僕にとってはスリル満点すぎて楽しめなかったが、優先度的には姪が楽しいかどうかである。とはいえ仮に次やる機会があれば、普通の速度の水上スキーがやりたいところだけど。
「にゃ? ミィがこんな大変な目にあってる時に、ケントのヤツはどこに行ったのにゃ?」
「ケントさんと社長は、ボートを借りに行ったところよ。救出に使うつもりだったみたいだけど、もう要らなくなっちゃったわね。キャンセルするように連絡を入れておくわ」
「ボートか、まぁコージらしいな……ん?」
「よう。狐ちゃんたち、みんな助かってアタシも安心したよ」
「あっ! ライフセーバーのお姉さんだ!」
そうして一息ついていると、先ほどライフセーバーたちの指揮を取ってくれていた銀髪のお姉さんも声を掛けにきてくれた。
結局役には立たなかったけど、ライフセーバーの人たちも僕らを助けようとしてくれたしな。お礼ぐらいは……いや被害甚大すぎるけど大丈夫なのか? これから緊急イベントなんだけど、ちょっとお礼したぐらいで済むやつなのだろうか。
「さっきは僕たちのところに、助けを寄越してくれてありがとうございます」
「ありがとー!」
「構わねぇよ、アタシらは当然のことをしたまでだ」
「でもあの、部下? の人たち全滅しましたけど、大丈夫なんですか……?」
「心配すんな。アイツらも美少女のために死ねるなら本望だ。それにアレ見ろ」
「……アレは」
そう言われてお姉さんが指差した方を見てみれば、少し離れたところの浜辺に水死体……もとい、打ち上げられたライフセーバーの男たちが死屍累々といった様子で転がっていた。なんとも色んな意味で、地獄のような光景である。
「状態異常『気絶』になって残りHP1だが、全員無事だ。この海で溺れたらあーなるみてぇだな」
「な、なるほど……」
あの惨状は果たして無事と言えるのだろうか。無事の定義が問われる問題である。
あれに比べたら、僕たちは全然無事に生還した方だな。僕には多少の落下ダメージこそ入ってるけど軽傷もいいとこだし、僕が身を挺して受け止めた姪と自力で上手く着地したミィに至っては無傷である。
しかし下手をすれば、僕たちもああなっていたかもしれないのか……そう思いながら、もう一度チラリと死体の山(生きてるけど)に視線を向けてみる。
うん。あんな風に打ち上げられることにならなくてよかったわ。僕は心の底からそう思い、一安心したのであった。




