3. 友達の友達、大人の水着
期間限定の海エリアに行くため、突如として現れた巨大デパートへと水着を買いに来た僕たち。
いかにもRPGの初期装備といった服装のきらりんや、露出の多い毛皮防具の姪が周りの風景から浮きまくりつつも。すれ違うプレイヤーたちも大概そんな感じなので、特に気にせず進んで行く。いや気になるわ、違和感がすごいわ。
まぁそれはともかく、僕たちはエレベーターで3階へとやってきた。
エレベーターまで来るだけでも途中で気になる物は色々あったが、寄り道はまた今度だ。このままじゃいつまで経っても海に行けないからな。
「すごーい! ホントに水着だらけだ!」
「本当に……想像以上に、ものすごい規模ね」
「はー、ゲームってすごいんやね」
周りを見れば水着、水着、水着。そこはまるで水着の海であった。
女性陣は感心したような感想を漏らしているが、しかしここ3階は女性用水着売り場なのだ。童貞の僕はもちろん、コージでさえも流石に若干気圧されているようだった。
「なんか僕すごい居心地悪いんだけど。なぁコージ、お前もそう思わねぇ?」
「確かに多少の場違い感は感じるが……下着売り場じゃあるまいし、流石にそこまでではないだろう。というかお前は女だから全く問題ないはずだが」
「いや、でもさぁ。ああやって女体型のマネキンとか並べられると、こう結界みたいなのを張られてる気分なんだが」
「童貞か」
童貞だよクソがァ!
そう言い返しても事態は何も変わらないというのは分かり切っているので、僕はぐぬぬと唸るだけしか出来なかった。僕の異性との交遊関係など、幼馴染のコージには筒抜けなのだ。もはや覆しようのない、周知の事実である。
「どこから見に行こっかなぁ、あっちの水着もいいしこっちの水着も……あれ?」
「るなちゃん? どうかしたの?」
そんなやりとりを僕とコージがやや後ろでやっていたところ、姪が何かに気付いたような反応を示した。
何か姪の興味を引くような物があったのだろうか。それが気になった僕は、コージとの話を適当に切り上げて姪の視線の先を追ってみれば――
「んん!? あの人は……」
「なんだアン、知り合いでもいたのか?」
「……うん、知り合いで間違いないと思う」
姪の視線を追った僕の目に入ってきたのは、この女物の水着を扱う場には明らかに不釣り合いな青年。
コージと同じぐらい高い身長、褐色の肌に白い髪、それから厳つい顔。そんな男の首から上が、商品棚の上から飛び出て見えていたのだ。
そしてその顔には見覚えがあった。あれは姪のために獣人の村を探すのを手伝ってくれた、忘れるはずもない共に戦った仲間。
その人物こそ、最近会ってはいなかったが――猫耳少女ミィの保護者こと、ケントさんであった。
「ん? おお。アンにるなじゃねえか」
「ひさしぶりケントさん!」
「お久しぶりです」
「にゃ?」
ケントさんは相変わらずの厳つい顔ではあったが、僕たちに気付くや否や、気さくに挨拶をしてくれた。
どうしてこんなところに1人で、とは思わない。今一瞬にゃって聞こえたし、確実にミィも近くにいるはずだからだ。音の方向と状況からして、恐らくあの商品棚の向こう側に居るのだろう。棚は子供の身長より高いし、姿が見えないのも納得である。
「ケント、るぅたち近くにいるのにゃ?」
「おう、棚の向こう側に居ったぞ。ところでアン、そっちの美人の姉ちゃんとかはお前らの連れか?」
「えっ、まぁ、そうですけど」
「ふふっ、嫌やわ美人の姉ちゃんやなんて」
「きらりんのことでは無いと思う」
ケントさんの言葉は下心などがある様子ではなかったのだが、視線は明らかにサラさんの方を見ながら僕に聞いてきた。その言い方からしてほぼ確実にきらりんのことではないと思われるので、満更でもなく嬉しそうなきらりんには一応ツッコんでおく。
うん。かわいい嬢ちゃんとかならともかく、その見た目で美人の姉ちゃんというのは無理があるだろう。なんなら見た目以外に対しては、逆の意味でもっと無理があるし。
「ホントにゃ! いたのにゃ!」
「あっミィちゃん!」
そして案の定、商品棚の陰から出てきたのはミィだった。
白いショートカットの髪と猫耳、それから猫の尻尾を2本生やした猫又風のアバター。見慣れたその姿ではあったが、しかし珍しく普段と違うところもあった。
「すごい、もう水着着てる!」
「ミィはもう買ったのにゃ。これで今から海に行くのにゃあ!」
そう、普段身に着けている防具という名の普段着とは全く違う装備であったのだ。今のミィは白いスクール水着を着用しており、見るからに準備万端。いつでも泳げる状態である。
ていうか買ったのならもう試着ではないんだろうけど、なんで着てるんだ……? まさかとは思うけど、デパートから海までこの恰好で行く気かコイツ? せめて服の下に着るとか、そういう発想にはならなかったのだろうか。絶対道中で浮くやつだが。
「でもケントの分はまだ買ってないから、まだ海には行けないのにゃ。ほら、ミィはるなたちと遊んでるから、早く選んで来るのにゃ!」
「ん、じゃああたしたちの水着一緒に選んでくれる?」
「それでいいのにゃ。ケントの買い物に付き合うよりは楽しそうだにゃ」
「おいおいミィお前、勝手にそんな相手の都合も聞かずに……」
「いいのよ、かわいい子が増える分には問題ないわ」
「お、おう? そうか、まあ別にそっちが構わねえんならワシは別にいいんだが」
そうやって勝手に話を進めるミィに対してケントさんは嗜めようとしていたが、しかしそこはサラさんが割り込んで独断で了承していた。この人はこの人で周りの都合も聞かずに決めてるな。
「いいんですかサラさん、初対面の相手ですけど」
「だってアンちゃんたちのお友達なんでしょう? それなら問題ないじゃない」
「それはそうなんですけど」
一応確認を取ってみたが、友達の友達なら問題ないとの返答が返ってきた。なんというコミュ力。これが僕だったら、どう接して良いか分からなくてちょっと気まずくなるところなんだが。
しかしまぁコージときらりんも気にしないとのことだったので、とりあえずミィも加えて水着選びをすることとなった。
とはいえ僕と姪以外はお互いに知らない相手も多いので、それぞれ手短に自己紹介を済ませていく。
ミィはまた100年生きた猫又だとかロールプレイの設定を主張して微笑ましく見られていたが、他は全員無難な自己紹介であった。そういうところはみんな大人である。
「それじゃあ水着選び開始、と行きたいけれど……全員でまとまって動くのは効率が悪いわね。一旦いくつかのグループに別れて、1時間後に集合というのはどうかしら?」
「待てサラサ、このあと海へ行く予定ならば1時間は長すぎる。効率的に行くならば15分で済ませるべきだろう」
「……それもそうね。じゃあ各自水着を選んで、30分……いえ、40分後に集合することにしましょうか」
サラさんはこれなら問題ないだろうとプランを提案したが、しかしすぐコージに更なる効率への改善を求められていた。業務上の指示であればこんな注文はしないのだが、正論でもあるので仕方ない。
つまり水着選びなどに時間をかけすぎるなと、そういうことなのだろう。この男がモテるようで微妙にモテないのはこういうところである。女子のファッション関係の買い物が長いということなど、姪か母ぐらいしか異性と買い物に行くことが無い僕でさえ理解しているというのに。
ただまぁサラさんが、しれっと要求された時間よりも伸ばしているのは流石というより他ない。ましてや2段階に分けて1回言い直すことで、それとなく追加で延長する驚異のテクニック。そこはもはや水着選びに対する執念である。僕としてはもう少し短くしてもらってもよかったのだが。
「まだ長い気がするが……まあいいだろう。それじゃあ俺はさっさと水着を買ってくるとしよう。確か男物は5階と6階だったな」
「おう兄ちゃん、どうせならワシと一緒に行かねえか? この際アンたちのフレンド同士、親交を深めるとしようじゃねえか」
「ふむ、そうだな。ならご一緒させてもらおう、ケントさん」
「ガハハッ、さんは付けなくて構わねえよコージー」
「むっ……そうか、ならそうさせて貰うとするか」
そんな方針も決まったところで、早速コージとケントさんは男物の水着を買うため別の階へと移動した。
本来なら僕もあの2人と一緒に行きたかったところだが、今のロリ巨乳狐娘の身体では仕方ない。この胸では男水着チャレンジなんて無謀もいいところだし、そもそもゲームのシステム的に異性の水着など身に着けられないはずである。結局のところ大人しく女物の水着を買うしかないだろう。
「わたしこのゲームの買い物って初めてやわ」
「あっ! じゃあ、ばーちゃんにはあたしが教えたげるね!」
「せっかくだからミィも一緒に教えてやるのにゃ」
初心者であるきらりんは買い物システム自体が初めてということで、姪が使い方を教えることになっていた。ついでにミィもついて行くらしく、3人は子供用の水着売り場へと向かって歩き出した。
やっぱり歩いてる後ろ姿だけでも姪はかわいいな。さて、僕も姪についていくか。
そう思って動こうとしたところで、不意に後ろからガシッと肩を掴まれた。
「アンちゃんは私と行きましょうね?」
「サ、サラさん……? 離してくださいよ、僕はるぅちゃんについて行くんです」
「なに言ってるの、あっちは子供向けデザインの水着売り場よ? アンちゃんの胸なら大人向けの方が似合うと思うの。大丈夫、ゲームの装備はどれも身体に合わせて自動調整されるからサイズの問題はないわ」
「そ、それはそうかもしれないですけど」
「あとアンちゃんまで向こうのグループに行ってしまったら、私が1人になって寂しいわ」
「そんなの我慢してくださいよ、いい大人なんだから」
サラさんの言い分はわからないこともなかったが、しかし僕にも譲れないものがあるのだ。
今回も衣装の買い物ということでほぼ確実に着せ替え人形扱いされるだろうと思うと憂鬱な気持ちが全く無いわけではないが、それを差し引いても姪と一緒に買い物をするというのは楽しみなのである。義理や同情で手放せる権利ではない。
そんなやりとりを密かに行っていたのだが、しかし気付けばすぐ近くに姪が戻ってきていた。どうやら僕がついて来ないので様子を見に来たらしいのだが、その気遣いは今の僕にとっては非常に困るものであった。
マズい、今のやりとりを見られたとなると――
「確かに1人じゃかわいそうだもんね。あんちゃん、できたらサラさんと一緒に回ってもらってもいい?」
「まかせて」
天使のように優しい姪は、やはり僕にサラさんの相手をしてあげてほしいとお願いしてきた。
そんな風に上目遣いみたいな雰囲気で(実際には僕の方が背が低いので目線は下を向いているけど)、できたらなどと謙虚にお願いされたのでは叔父として全力で応えざるを得ない。応えたくないのが本心だけど応えるしかないだろう。これ断れるやつとかいるの?
「決まったわね! ありがとうるなちゃん、ちょっとだけアンちゃん借りるわねっ!」
「ん、またあとで返してねー」
そうやって気軽に貸し借りされた僕は、結局サラさんと水着を選ぶことになった。
……何気に女性と一緒に買い物とか緊張するな。前に僕の生活用品を買いにショッピングモールに行ったときは姪も一緒だったが、今回は一時的とはいえ2人っきりだ。
しかも水着選びだなんて、まるでデートみたいじゃないか。できれば僕が男だった時に経験したかったが。
「それにしても、ここの棚はアンちゃんぐらいの身長の子には少し見通しが悪いんじゃないかしら?」
「まぁ、向こう側は見えませんからね。今の僕よりも高さがあるし」
「はぐれたら大変ね。手を繋いで行きましょうか」
「ふぁいっ!?」
えっマジ? ちょっ、公共の場で手を繋ぐだなんて、こんなのもう完全に恋人同士……ではないな。子供扱い以外の何物でもないわ。そういう目をしている。
とはいえ姪以外の異性と手を繋ぐなどという経験、童貞の僕には刺激が強すぎる。今では身体が同性とはいえ、精神的には全然異性である。当たり前だ。
そんな風に子供扱いされていようと普通にドキドキしながら、目的地らしき売り場へと到着した。途中にエスカレーターで階を1つ移動したのは、やはり大人向けデザインの水着だと売り場が違うということなのだろうか。
そんなことを考えていたところ、こちらを向いたサラさんが僅かに邪悪な微笑を浮かべながら言った。
「うふふ……さて。るなちゃんも居ないことだし、子供には見せられないようなアンちゃんの裏ファッションショーを始めましょうか……!」
「始めませんけどぉ!?」
やべぇよやべぇよ……なんかヤバイ企画が始まりそうなんだけど。
それに緊張していた僕は余裕がなくて気付かなかったが、よく見ればこの辺りは際どい水着が多いエリアである。あそこに見えるやつとか特に、布っていうか紐じゃん。あの面積で隠すべきところを隠せるのか……? おかしいな、デパート内はすべて全年齢対象エリアのはずなんだが。
「大丈夫よ、試着だけだから! 最終的に選ぶのは普通の水着でいいから! ねっ?」
「ねっ? じゃありませんよ! かわいく言ったって僕は流されませんからね!?」
「ふうん……? 別に私は、るなちゃんにもこの企画に参加してもらっても構わないのだけど?」
「調子乗ってすいませんでした」
くっ、コイツ姪を人質に……! それは非人道的すぎて到底許せる沙汰ではなかったが、しかしこうなってしまえば僕にはどうすることも出来なかった。
なぜなら姪はこんな企画の存在を知れば、絶対に楽しそうだと言って参加したがるからである。もしそうなれば、僕の無駄にセクシーなロリ巨乳狐娘ボディの際どい水着姿を女子小学生が鑑賞するとかいう教育に悪すぎるシチュエーションが出来上がってしまう。むしろそれだけならまだしも、姪が着る側もやりたいだなんて言い出したら大変だ。
そのようなことは叔父として、断固として絶対に阻止しなければならない。姪に危ない遊びを覚えさせるわけにはいかないのだ。もうサラ様の靴でも何でもお舐めする勢いである。
「うふふ、そうこなくっちゃ。じゃあまずは手始めに、このスリングショットマイクロビキニから行きましょうか」
「手始めでそれ!?」
最初に渡されたのは、かろうじて布面積と言える部分も存在こそするものの、ほとんど紐と言っても差し支えないような黒い水着であった。
序盤から飛ばしすぎでは? この人もしかして加減というものをご存じない? ていうかこのまま進んだらどこまで行ってしまうのか、既に不安しかないんだが?
「安心してちょうだい、ゲームの水着だから動いてもズレないわ! ポロリ対策はバッチリ……のはずよ! 多分!」
「そこ微妙に自信無いのやめてくれません!?」
そんなわけで僕は、会社の同僚の女性を相手に際どい水着姿を見せつけるというマニアックなプレイをやらされることになってしまった。
どうしてこんなことに……いやマジでなんで? 僕は意味が分からず困惑しながらも、なるべく心を無にしながら次々と指定された水着を試着していった。もうなるようにしかならないし、抵抗するだけ無駄なのだ。
「いいわ! すごくいいわね、かわいいポーズもらえるかしら!?」
「こ、これは流石に恥ずかしいんですけど……」
「ああっ! 思わず尻尾で身体を隠そうとしているそのポーズ、必死に羞恥に耐えている表情! 最高よ、最高すぎるわ! 露出が多すぎる紐水着よりもむしろ布面積が多い可愛い系の水着でこそ恥ずかしがるだなんて、随分と需要を分かってるじゃない……!」
「どの界隈からの需要なんですか!?」
弱みを握られた僕が着せられているのは、胸の谷間の部分に猫の形の穴が空いた、ピンクでフリフリなワンピース水着。そんな微妙にエロいのにかわらしいいデザインの女の子らしい水着を着せられたロリ巨乳狐娘の僕であるが、しかし中身の精神が30歳男性である以上は恥辱というより他なかった。割とマジで裸の方がマシである。
「次はこれ行きましょう! 貝殻ビキニよっ!」
「どこから見つけてきたんですかこんなの!?」
「それの更に次は……うふふ、アレとコレとソレもいいわね……!」
「ひいっ……!」
かくして僕は当初懸念していた、姪に着せ替え人形にされるイベントこそ回避できた……というか、回避してしまったものの。
その重すぎる代償として、しばらくの間。文字通り着せ替え人形というか、サラさんの玩具にされて振り回されてしまったのであった。




