1. 夏といえばプールか海か
それは姪と一緒に朝食を食べている時だった。
今は≪人化≫のお陰で尻尾が無いから椅子に座りやすいな、などと思いながらフレンチトーストを口に運んでいた僕に、そういえばと姪が訊ねた。
「ねぇあんちゃん、今年は一緒にプール行くの?」
「うーん、プールかぁ……」
姪の質問に思わず僕は食べる手を止め、テーブルの上に胸を置いて考え込む。
僕はこれまで毎年、隣の県の大きなプールに姪を連れて行っていた。恐らくその事を言っているのだと思うが、答えを言うなら未定の一言に尽きる。
「≪人化≫の持続時間が大丈夫だったとしても、正直微妙なんだよなぁ。今の僕だと、見た目からして引率の大人って感じに見えないだろうし」
「プールぐらいなら子供だけでも大丈夫じゃない? それにあんちゃん、中身は大人だし」
「それはまぁそうなんだけど」
確かに姪の言う通り、子供には解決できないようなアクシデントが起こっても大人の僕なら対処できるだろう。
だがしかし、僕たちが行こうとしているのはプールなのだ。かわいい姪の水着姿に欲情したロリコン変態ナンパ野郎が絡んでこないとも限らない。それを防ぐ抑止力というのが、このロリ巨乳狐娘の身体には無いのだ。むしろセットでお得な格好の獲物である。
最悪妖力が使えるので、たとえ無理矢理に連れて行かれそうになっても抵抗できると思うが、完璧に姪を守るためには未然に防げないと意味が無いのだ。うーむ、どうするべきか。
そんな風にどうするべきかと悩んでいたところ、見かねて横から母が話に入ってきた。
「そんなに不安やったら、コージくんにでも頼んだらいいんちゃう?」
「えっ? 何を?」
「引率やね」
「ああなるほど、それなら確かに安心か」
「まぁ子供2人の面倒見るんは大変やから、同意が取れたらやけどね」
「待って僕も引率される側なの?」
いや、確かに見た目は子供だけども。そういう話の流れではあったけども。母から見れば僕は息子なので、ある意味では僕を子供と表現するのも間違いではないんだけど。
そんななんとも釈然としない扱いに歯噛みしていた時、僕のスマホからファイン通話の着信音が鳴った。できればもう少し反論したかったが、電話の相手を待たせるわけにもいかないので仕方ない。今はこの通話に出ることにしよう。
スマホを手に取って画面を確認してみれば、発信元は同僚の女性ことサラさんであった。女性から連絡が来たという事実に童貞の僕は少し緊張しつつも、こんな朝から何の用だろうと思いながら通話に応答した。
「はい、もしもし」
『おはようアンちゃん、水着の準備はいいかしら?』
「盗聴でもしてました?」
えっ何この人こわい。確かにたった今プールの話はしてたけど、なんでそれ知ってんの? マジで盗聴器とか仕掛けられてないよな?
姪はお行儀がいいから食事中にスマホは触らないし、そこからの情報漏洩という線も無いから……やっぱり盗聴器か!? だとしたらどこに仕掛けて……!?
『安心してちょうだい、話を聞いていたわけじゃないわ。ただ今頃その話をしているだろうと予想しただけよ』
「それはそれで普通に怖いんですけど?」
『だって、当然アンちゃんたちも行くんでしょう? 海に!』
「はい?」
彼女は盗聴の容疑を口先で否認されはしたものの、それでも最初は完全に信じきることなど出来なかった。犯罪者は誰だって自分はやってないと言い張るだろう。
しかし直後に見当違いなことを言ったことで、その弁論の信憑性が増すこととなった。僕たちはプールの話はしていたが、海の話などしていなかったからだ。
『あら? 違ったかしら?』
「全然違いますよ、僕たちは隣の県にあるプールに行くかって話をしてただけなので」
『じゃあ私の予想が外れていただけなのね。てっきり今頃は海の話をしていると思ったのだけど……それはそれとしてプールの計画の話、あとで詳しく聞かせてちょうだい』
「アッハイ」
あれ? 有無を言わせぬ強い姿勢に押されてついハイって言ったけど、この人なんでプールの詳細なんか……まさかとは思うが、もしかして着いてこようとしているのでは?
おいおいマジか、サラさんみたいな美人の同僚とプールだと? そんな人の水着姿なんて、童貞の僕に耐えられるのか? ていうか家族以外の女性とプールだなんて、当然ながら人生初だぞ。興奮してきたな。姪と一緒にプールに行くことの方が数倍は興奮するけど。
それはそうと、水着がどうこうという話はどうやらただの偶然だったらしい。
ならば一体どうして海に行こうとしていると思ったのだろうか。そこらへんが気になったので、僕は理由を聞いてみることにした。
「で、なんで海に行くと思ったんですか?」
『それなんだけど。実は今朝からLROで海のイベントが始まって、期間限定で海水浴場のマップが開放されたのよ』
「海のイベント? それに海水浴場?」
『ええ』
なるほど、ちょうどゲームの方でも水着を使うイベントが始まったのか。だから最初に水着の準備はいいかと聞いた、と。
僕がそんな風に頭の中で納得している傍らで、話の内容が気になったのか姪が隣の椅子に移動してきた。そして僕が右耳に当てているスマホへと、頭ごと耳を近付けてくるのが堪らなくかわいい。ハンズフリーモード的なやつを使えば周囲に聞こえるような音量で通話できるはずだが、今はこのまま続けることにしよう。
「でも僕たち、ゲームの中では水着なんて持ってないですけど」
『そこは問題ないわ。海エリア解放と同時に実装されたデパートに、大規模な水着売り場があるの。そこで格安で買えるのよ』
「なるほど」
「海! あたし行ったことないから行ってみたい!! 早く行こっ!」
『うふふ、るなちゃんもヤル気満々ね。これは今日の予定は決まったかしら?』
確かに姪が希望するならば、僕が異を唱えることは無い。今日の予定はほとんど決まったようなものである。
ただしそれはあくまでも今日ゲームをするならどうするかという話であり、今日ゲームが出来るかどうかはリアルでの予定が無い場合に限る。僕は昨日実家に帰ってきたばかりでその辺を把握していないため、確認のため母の方へと視線を向けた。
「ん、まぁ今日は何も用事ないからゲームしててええよ」
「やったー!」
よし、許可は降りたな。
まぁたとえ許可が下りなかったとしても、姪の絶対的な味方である僕としてはなんとしてでも許可を取っていただろうからな。結果としては全く関係ないのだが。
とはいえそこに至るまでが交渉要らずというのは楽でいい。今はとりあえず、サラさんに返事をするとしよう。
「じゃあ朝ごはん食べ終わったら行きますね」
『ええ、待ってるわ』
それだけ言って僕は通話を切った。
さて、食べかけの朝食を再開しなければ。僕が電話をしている間にも食べ進めていた分、このままでは姪の方が早く完食してしまう。待ちきれない様子の姪を待たせるのも忍びないので、急いで食べるべく一気に口に頬張った。
……しまった。つい焦るあまり男だった時の感覚で口に詰め込んだけど、無理だわこれ。子供の口ではこの量は多すぎる。いっぱいいっぱいすぎて全然噛めねぇ。
「司、もっとゆっくり食べなアカンよ」
「ふぁふぁっうぇぅ」
「あはは、あんちゃんリスみたいになってる」
くっ、こんなことなら2回に分けて半分ずつ口に運んだ方が絶対に早かった……!
僕はこのロリ巨乳狐娘の身体になってもなぜか食事の量はそれほど変わっていないのだが、やはり口の大きさは事情が違う。物理的な限界が明確にある以上、こればっかりはどうにもならないのだ。
そうやって無駄に苦戦しながらも僕は、口いっぱいに広がる甘くてしっとりしてふわふわのフレンチトーストを急いで味わっていく。手間だから普段自分では作らないメニューだけど、作って貰う分には僕の大好物である。
「ところでばーちゃん、ばーちゃんも一緒に行く? 海!」
「ん……んー。あんまりゲームばっかりやってたら運動不足になるから、やりすぎたくはないんやけどね」
「ダメ……?」
「そうやね……明日の朝のジョギング、一緒についてきてくれるんやったらええよ。そしたらわたしも今日一緒にゲームするわ」
「おっけー、それぐらいよゆー! えへへ、ゲームの中だけどみんなで海かぁ。楽しみだなぁ」
そんな嬉しそうな姪の姿が見れて、僕は思わず表情筋が緩むのを感じる。守りたいこの笑顔。ゲーム世界の海が、姪の期待に応えられるクオリティならいいのだが。そう願いながら今度は適量を口の中に入れて、もきゅもきゅと咀嚼する。
そしてちょうど飲み込んだタイミングで、母がこちらに向き直ってついでのように言い放った。
「あ、ちなみにジョギングやけど司も一緒やからね」
「えっ」
「だって仕事もデスクワークで趣味もゲームやったら、普段から運動不足なはずやからね。そうやって耳と尻尾消せるんやったら問題ないやろうし」
「……そ、それはそうだけど。いやでも、この身体になってから運動とか全然してないから上手く動かせるかどうか不安だし」
「それやったら尚更やった方がいいんちゃう?」
「だ、だけど……!」
「あんちゃんジョギング一緒にやらないの……?」
「やりまぁす!」
「やったぁ!」
根がインドア派な僕の本心としてはジョギングなど疲れるだけで面倒なのでやりたくなかったが、姪にそんな悲しそうな目でこう言われてはやるしかない。姪の期待に応えるのは叔父としての責務なのだ。
それに理由はよく分からないが、この身体は元々の身体よりも高い筋力を持っている。加えて妖力で身体能力を強化することもできるので、体重の軽さも相まって以前より運動は楽なのかもしれない。
だから僕が思っているほど疲れるようなことにならない……かもしれない。そうだったらいいなぁ、と。希望的観測に縋りながら、内心で溜め息をつきつつ。
とりあえず早く海エリアに行くため、朝食の最後の一切れを口に入れたのであった。




