14. 添い寝という最高の睡眠
歯磨きも終えたので、いよいよ寝ようという頃合い。そんなとき僕は母に、あるものを手配していた。
「なんかシーツの上に敷けるような、バスタオルか何か無い? すぐ洗うことになっても問題ないようなやつがいいんだけど」
「あるけどそんなん何に……あっ、多分これ聞かへん方がいいやつやね。大丈夫、娘のそういう事情に余計な詮索はせぇへんよ。汚れたら軽く水洗いしてから洗濯機に放り込んどいてくれたらええからね。新しいやつが必要になったら何も言わずにこの棚から持って行ってくれたらいいし」
「なんかものすごく誤解されてる気がするんだけど?」
待って何そのよそよそしい態度。これ絶対いらぬ誤解が生まれてるやつじゃん、確実に何らかの恥ずかしい用途に使うためだと思われてるじゃん。
まぁそれはそれで必要になるかもしれないから一応覚えとくけども。いやその用途で使うとは言ってないが。
「僕が言ってるのは、シーツが毛だらけにならないように身体の下に敷くものが欲しいってことであって」
「うんうん、せやね。大丈夫、詳しく説明せんでも分かってるから」
ははーん、この反応……さては信じてないな? 僕の主張を完全に言い訳だと思ってる感じだ。お願いします信じてくださいこの通りなんで。
「あんちゃんそんなに髪の毛抜けるの? それか尻尾?」
「髪の毛っていうか、全身かな。寝る時は≪獣化≫した方が楽だし……あっ」
マズい。思わず姪の質問に素直に答えてしまってから、僕はすぐに自分の失言に気付いて口を閉じた。果たして今のはセーフだろうか。
確かに僕は今日、ロリ巨乳狐娘になった経緯や現状を話した。分かっていることは概ね全て打ち明けたつもりだが、しかし実は1つだけ意図的に隠していることがあるのだ。
それは――
「あんちゃんいま≪獣化≫って言った!? もしかしてリアルでも狐になれるのっ!?」
「な、なれないよ! 今のはアレ、ついついゲームの感覚で間違って言っちゃっただけだから!」
「はい嘘!! ねぇねぇ、あたし実際に狐になったとこ見たい! やってやってー!」
「あっあっあっ」
ちくしょう、咄嗟に嘘ついたけど案の定余裕で看破されてる! 姪の目は全然誤魔化せねぇ!!
そう、実は僕は妖術関連を現実でも使えるという事実は伏せていたのだ。なぜかって? こうなるからだよ、そしてこのあと高確率でペット扱いされるからだよォ!!
しかしこんなにも期待に目を輝かせておねだりしてくる姪を無下にすることなど到底できない。まだ誤魔化されていてくれたなら話は別だったが、それが明確に嘘だとバレている以上は叔父として期待に応えるしかない。
「じゃあいくよ……≪獣化≫」
「すごーい! ホントに狐になったぁ! かわいい~!!」
「えっ? 待って、これどうなってるん……?」
仕方なく≪獣化≫を使ってガチの狐になった僕は、そのままテンションの上がった姪に抱き上げられて頬ずりされた。動物をかわいがってる美少女はやはり絵になるな、ただでさえかわいい姪が更にメチャクチャかわいい。できれば主観以外の視点で見たかったが。
「ばーちゃん、どう? かわいいでしょ?」
「え、まぁかわいいけど……ビックリしたわ、妖狐ってこんなことも出来るんやね」
「あたしもビックリしちゃった。なんでリアルでもゲームのスキル使えてるの?」
『それについては、どっちかっていうとリアルのスキルがゲームで使えてるっていう方が正しいかな。多分だけど、色々な事情を考えてもそんな感じがする』
「なるほど?」
「ていうか普通に喋るんやね」
母は常識人の枠に囚われないような感性の持ち主であるが、それでもこれには驚きのリアクションの連続であった。
それこそ息子がロリ巨乳狐娘になって帰って来ても動じずに受け入れられる順応性を持っているが、しかし流石に人間としての形すら放棄して完全な狐になるのは許容量を越えていたらしい。ましてやその狐がテレパシー的な能力で話し出すなど普通に考えて非常識もいいところだ。当然のように即かわいがってきた姪が異常なだけである。
「ん~、ゲームで触るのもいいけどやっぱりリアルだよね。もふもふ最高……」
「ちょっとわたしも撫でさして貰っていい?」
「いいよ、はい」
僕としてはペット扱いされるのであればせめて姪の手でと思うところなのだが、優しくて良い子な姪は母さんのリクエストに応えて僕を差し出した。小さな狐である僕はその平らな胸に抱かれて、首の後ろの辺りを優しくワシワシと撫でられる。
小柄な母の手はまだ子供である姪とそれほど変わらない大きさではあるが、その筋力と技巧による精密な力加減と指先のコントロールは段違いだ。最愛の姪に抱かれることと比べれば精神的な満足感は比較にもならないが、物理的な気持ちよさという観点で見るならばこれはこれで悪くない。あっそこ気持ちいいとこ。
「コャァン……」
「えへへ、あんちゃんかわいいなぁ」
「まったくやね」
「ふぅ~、スッキリ……って、うおっ!? 一体どうしたんだその狐!?」
「あ、じーちゃん」
そして抱きかかえる母と、我慢できずに横から手を出して撫で始めた姪。そんな風に2人がかりで撫でられていたところ、トイレに行っていた父が戻ってきた。
「この子のこと分からへんの? 酷い父親も居たもんやね」
「は……? いや、狐とか他に心当たりも無いし、まさかとは思うが……司、なのか?」
「正解! 実はあんちゃんでしたー!」
「コン」
「コンじゃないが。え? マジで司? なにこれドッキリ? うーん……もし司なら、俺が言ってる言葉の意味は分かるよな? ちょっと3回まわってコンって言ってみ?」
『は? 嫌だけど?』
「うわあああ喋ったァー!? えっ喋れんの!?」
『まぁ念話でなら』
「待て待て待て、さらっと謎の特殊能力みたいなの使ってらっしゃる?」
まったく、せっかく人が気持ちよく撫でられていたというのに騒がしい父だ。
しかし同時にこれが普通のリアクションだよな、とも思う。それを思えば先ほどの母のリアクションなど、有って無いようなものだったか。少しばかり困惑していただけである。最初から姪と比べるのが間違ってたわ。
「そんなの今更じゃない? どうせあんちゃんが女の子になった時点で、不思議な出来事には違いないんだし」
『るぅちゃんの言う通りだよ。それに当事者の僕としても、狐の声帯で人間の言葉を喋るよりは謎の力でテレパシー的なの使う方が簡単だと思うよ』
「それはそうかもしれないが……いや待て本当にそうか?」
依然として父は釈然としない様子であったが、実際これが現実なのだから仕方ない。
ある日突然30歳の成人男性がロリ巨乳狐娘になってて、ガチの狐に変身したりテレパシーみたいな不思議な力も使える。そうなった原因はどこぞのポンコツ大妖狐による人違いの祟りで、現在は20歳年下の姪にペット扱いされている。
うん、なんだよマジでこれ。こんなのが現実とか僕だって釈然としないわ。
とはいえそんなことはそれこそ今更なので、別段深く考える必要も無いだろう。ただそれより今は重要な課題があるので、そちらを優先するため父のことは放置して姪に話を振った。
『そんなことよりるぅちゃん、もう夜も遅いし子供は寝る時間だよ?』
「えー。でももっとあんちゃん撫でてたいし……」
そう、ここで最も大切なのは姪の睡眠時間の確保である。
実は現在、絶賛夜更かし中なのだ。僕が久しぶりの実家でテンションが上がりすぎたせいもあり、ついつい尻尾をモフるのを許容しすぎた。小学生である姪は成長期だし、そろそろ寝た方がいいだろう。
「司の言う通りやね。瑠奈、続きは明日にしとき。大丈夫、あんちゃんは逃げへんから」
「ん、そだね。明日も狐になってくれたら、また撫で放題だもんねっ!」
『えっ』
「えっ……? ダメなの……?」
『良いに決まってるけど?』
「よかったぁ!」
うん、ダメなわけはないんだ。姪が望むなら僕が断ることなんてほとんど無い。ダメなわけはないんだけどね。
しかしそこはこう、僕の大人の男のプライドがちょっと抵抗しているというか。僕が生粋の女児だったり、本物の狐だったならかわいがられるのも吝でもなかったかもしれないが。やっぱりこれが10歳の姪にかわいがられる30歳の叔父という構図だと思うと、どうしても素直にかわいがられることが出来ないのである。
まぁ絵面的には女子小学生2人の触れ合い、あるいはペットと飼い主の美少女なので全く問題ないのだが。あくまでも僕の方の心持ちの問題だ。
「じゃあ寝るね。おやすみー!」
「おう、おやすみ瑠奈」
「うんうん、ええ子やね。おやすみー」
『るぅちゃんおやす……み?』
それはともかく姪を寝かせることにも成功したし、僕は居間でゆっくり……と、次の行動を考えていたところで。
これまで母に抱きかかえられていた僕を、何故か姪が持ち上げて受け取ったのだ。これはアレか、おやすみのキスならぬおやすみのモフとかそんな感じのやつか。姪は僕の毛並みのこと大好きだしな。
「えへへー、あんちゃんはかわいいなぁ。一緒に寝ようねー?」
『うん……うん?』
あれ? おかしいな、今なんか一緒に寝ようとか聞こえた気がしたんだが……聞き間違いか? それとも僕の願望が作り出した幻聴なのだろうか? つい幸せそうな表情の姪に見惚れていたら生返事で肯定してしまったが、大丈夫なのかこれ。なんか抱かれたまま部屋に向かって歩かれてるけど。
「よかったぁ! あたしね、ペットと一緒のベッドで寝るのが夢だったんだ」
『そ、そうなんだ。夢を叶えられてよかったよ。でも僕ペットじゃないからね?』
「あっ、それもそっか。あんちゃん妹だもんね。まあ動物だし別にいいや」
『叔父だけど?』
大丈夫じゃなかったわ、完全に一緒に寝る気だわ。
いやまぁ小さい頃には寝かしつけてあげたこともあったし、一緒に寝る分には文句は無いどころかむしろウェルカムだけど。ましてや子供と狐、ベッドが狭いということもないだろうし。
ただ一点不満があるとすれば、それは僕自身の待遇なわけで。
僕は今でこそロリ巨乳狐娘になっているが、あくまでも叔父であって妹でもペットでもないのだが。
しかし再三言ってるにも関わらず間違えられる辺り、もう妹かペットとして生きて行くしかないのかもしれないのだろうか……待てよ、仮に妹になったとしてもたまにペットと間違われるのはどうなんだ?
そんな現場を事情を知らない人が見れば、姪が妹をペット扱いするようなヤバい性癖の小学生だと思われるのでは? マズイな、思った以上に事態は深刻なのかもしれない。
そんなことを考えている間に、姪の部屋に到着。まだ10歳とはいえ、なんとなく良い匂いのする女の子の部屋である。狐の僕が言うんだから間違いない。
姪は僕をベッドの上に降ろすと、その傍にいつの間にか用意していたらしいタオルを敷いた。これで抜け毛の問題は解決するはずだったのだが、残念ながら今回に関しては大丈夫な未来が見えない。
「よしっ、と。おやすみ、あんちゃん!」
『うん、おやすみ』
そうして姪自身も満足気にベッドに潜り込むと、僕を抱き枕のようにそっと抱き寄せて部屋の照明を消した。
うん、シーツは無事だろうけどね。これ確実にパジャマと掛け布団が翌日毛だらけになるやつだわ。
「はぁ~ふわふわで幸せぇ……」
ただまぁ姪は、灯りの無い暗い部屋の中で表情が見えずとも分かるほどに幸せそうな様子だ。いくら正論でも、ここに水を差すのは無粋というものだろう。あと僕個人としても、かわいい姪に抱かれて眠るのは役得なので止めるほどの理由は無い。
そういうわけで、姪のパジャマなどは明日の朝になんとかしてあげようと決めて。
僕は優しく抱いて包み込んでくる姪の良い匂いと温もりを堪能しながら、とびきり幸せで最高な眠りについたのであった。




