12. やましい視線
我が家の風呂場から僕の部屋への道のりは、この何気にまあまあ大きい家の中でも最も距離がある。
まず風呂場から脱衣所を通って外に出ると、そのすぐ側にはキッチンと空きスペース(今はエアロバイクが鎮座しているので空いていない)がある。そこに隣接してダイニングがあり、ここの斜め奥が居間へと繋がっている。そして居間の付近にある階段を上がって2階に行き、廊下の最も奥が僕の部屋なのだ。
というわけで僕はバスタオル1枚だけ巻いた姿で、自室に置いた荷物にあるパジャマを取りに向かっている最中。今はちょうど、階段を上るため居間を通り抜けようとしているところだ。
そんなとき居間で晩酌中の父がなんとなくこちらに気付いて視線を向けてきたかと思うと、一瞬の間を置いてから驚いたような表情で目を見開いた。
「……ぶっ!? ごほっ、ごほっ……司、お前そんな際どいバスタオル1枚で出てきて……誘ってるのか?」
「父さんはちょっと黙ろうか」
とりあえず飲みかけの酒でむせて咳き込みながらもセクハラ発言をしてきた父は黙らせておく。僕が息子でも娘でも、どちらにせよ父親が我が子に向かって言うセリフではないだろう。
いくら今の僕の身体がセクシー衣装のロリ巨乳狐娘だとしても、中身は成人した息子なのだから50代半ばの父親を誘惑するようなことするはずがない。というかしたくない。
そんな父の言葉に思うところがあったのか、風呂に行く準備を終えたらしき母も会話に参加してきた。母は普段からジト目な顔つきであるが、今は若干割り増しでジト目になって父に非難の視線を送っている。
「でも司、実際パパ相手でも気ぃつけた方がええよ。知っての通りパパってロリコンやし」
「確かに」
「失礼な、子供好きと言ってくれ。それに俺は合法ロリにしか手を出さんぞ」
「それ僕は安心できないやつなんだが?」
「まぁ実年齢30歳は合法やね」
「……そこはアレだ。年齢以外にも、合意があってこその合法だから」
そんな父の言い訳は一見すると苦し紛れであったが、実際そう認識しているのならば問題はない。たとえ相手が合法ロリだとしても、合法なのはあくまで年齢の話。無理矢理に手を出せば犯罪になるから違法である。
まぁ世の中には犯罪を犯してでも手を出す輩もいるけれど、父に限っては大丈夫だろう。なぜなら父は根が小心者で善人だし、やったらダメなことならば法に関係なくやらないはずなのだ。たぶん。
「でももし万が一、パパに襲われそうになったりしたら……その時は金的で思いっきり蹴り上げて、潰してくれてもええからね。もうこれ以上使う予定もないし、無くても困らへんから」
「ひっ!? き、きららお前かわいい顔してなんて怖いこと言うんだ! やめろよそういうのマジで、玉がヒュンッてなっただろうが! 見ろよ司も怯えてる!!」
「う、うん……僕としても、そんなことしなくてもいいように願うよ」
しかし母が容赦なくそんなことを言ったものだから、思わず僕たちは青ざめた顔をしながら自らの股間を押さえた。
こんなの男なら誰だって想像しただけで恐怖するだろう。僕は今では実物は付いてないけど、玉ヒュンはイメージによって引き起こされるものなので現状など関係ないのだ。
「と、とにかく安心してくれていいからな。父さんは人としてやったらダメなことは絶対しないから。信じてくれ、この目が嘘を言ってるように見えるか?」
「確かにとても嘘をつく余裕があるようには見えないけど……」
あくまで口には出さないが、そんなものには関係なく僕は父を信用している。人柄も人間性も、家族として息子としてよく知ってるわけだし。
ただ父のその目は、必死に身の潔白を訴えているような目であった。それと同時に母さんの言葉に怯えながら、しかし視線の先は僕の目を見ていない。おいどこ見てるんだ、バスタオルの裾の辺りと胸元をチラチラ見てるように思えるんだが? むしろその目のせいで説得力なくなってない? せめて下だけでも、腰の横から尻尾を前に持ってきて隠しとくか。
「……とりあえず僕はさっさと着替え取ってくるよ、父さんからの視線も気になるし」
「それがええね。このセクハラ親父にはわたしからキツく言っとくわ」
「今日ちょっと俺の扱い酷くない? 父さん泣いちゃうよ?」
日本酒を飲みながら若干しょんぼりとする父には悪いが、そこは僕としても見られ方が変わったのだ。
こんな際どい衣装を前にすれば、男の本能としてチラ見どころかガン見してしまう気持ちはよく分かる。分かるけれど、実際やられて良い気分でないのも確かなのだ。ついつい父に対する扱いも酷くなるだろう。
まぁこればっかりはどうしようもないので、父には今後僕の扱いに慣れていってもらうしかない。
かくいう僕自身もまだ自分の身体の扱いに慣れてないし、お互い頑張ろうじゃないか。せいぜい精進したまえ。
そんな謎の上から目線なことを考えつつも、2階の自室に向かうべく階段を上がっている時だった。
不意に僕の狐耳が、何かが急に素早く動いたかのような物音を捉える。一体何だろうかとそちらへ視線をやってみれば、そこには――不自然な体勢で仰向けに床に寝そべりながら、手足をシャカシャカと動かして階段に近付いてくる父の姿が。
「と、父さんなにやってるの?」
「ハッ、ハッ! 這って動く……あがッ!?」
「パパ? アカンよ?」
「か、母さん?」
階段の途中から見下ろしてみればそんな異様な姿の父と目が合ったので、何事なのかと聞いてみたのだが。父から答えが返ってくるより先に、何故か母が白い靴下を履いた足でその顔面を踏みつけて進行を阻止していた。
「司も司でもっと危機感持たな、そんな無防備な格好やねんから。ただでさえお尻丸見えやのに、階段で下から覗き込まれたら全部見えるやん?」
「えっ……あっ!?」
父と母はどうして急にそんなことをし始めたのかと疑問であったが、そこまで言われてようやく僕は現状に気付いた。
身体に巻いたバスタオルは尻尾の付け根のところで捲れ上がっているため、胸を除いた体格に対してはやや大きいもののそれでも子供サイズの域を出ない小ぶりなお尻が丸出しなのだ。更に今は尻尾を身体の前に持ってきているため視線を遮る物もなく、後ろ半分が想像以上に無防備な状態であった。
「……うん、これはダメだね。次から気を付けるよ」
「まぁパパが気ぃ遣ってくれたらそれで解決する話なんやけどね」
「無理だ。男ならそんな際どい姿の女の子、どうしても見ちまうよ。司も分かるだろう?」
「すごく分かるけど、見られる側の立場になると分かりたくない」
ちょうど父の顔、その目の辺りを踏みつける母の足により視界が塞がれている中でも父は動じることなく己の道を貫き通していた。無駄に男らしく覚悟が決まってやがるなこのロリコン親父。
それにしてもこれは今度からバスタオル姿で人前に出る時には、タオルを巻くのに邪魔な尻尾を消すためにも≪人化≫が必須だな。勝手に動く以上、尻尾で隠すのも無理があるし……あれ、そういえば前に僕これでコージの前に出てたよな? もしかして既にやらかしてたやつか?
うーん……まぁいいか、このことは母さんには黙っておこう。なぁに話さなければバレないだろ、母さんとコージが会うような機会もそんなに無いはずだし。平気平気。
それはさておき。
僕はさっさと服を着てこんな茶番を終わらせるためにも、2階に上がってキャリーバッグの中身を探った。
ちなみに父さんは放置してきた。残念ながら今回に至っては擁護したり助ける義理も無いし、なんなら顔面を踏まれて満更でもなさそうだったのでスルーしてきた次第である。踏まれて喜ぶとか何なんだよあの変態、僕なら姪以外に踏まれても全然嬉しくないし全く理解できない趣味だ。
「ええとパジャマは……あった。それにパンツはこれで、あとブラは……どうしよう」
そうこうしている内に目的のものが見つかったが、そこで僕は少し悩む。
というのも、夜用のブラジャーなどは一応持ってきているものの、実際のところ普段は使っていないのである。なんかもうパジャマが胸元ピチピチなせいで、ある意味固定されてるわけだからブラとか別によくね? となっているのが現状なのだ。着けるのがめんどくさいだけとも言う。
「まぁ……一応着けとくか」
だがそれでも僕は、夜用のブラを着けておくことを選んだ。さっきあんなことがあった直後なのだ、胸元ピチピチパジャマだけでは父の視線に対する防御力に不安が残る。
あと母からも女の子としての危機感を注意されたばかりなので、一応気を付けてますアピールぐらいはしておかないと何か言われるかもしれない。それらの理由から着けておくことにしたのだ。僕はその辺の空気が読める男なのである。
「おおっ? これはまた……フィット感がすごいな」
そうして装着してみたナイトブラ。なるほど、普段のブラは下方向に支える力が強いがこれはバランスよく全方向への安定感がある。それでいて金具やワイヤーなどは使っていないので着け心地は悪くないし、夜も安心して眠れそうだ。
と、満足したのでパンツも穿いてパジャマも着て。部屋を出た辺りで、ふと気付く。
「……寝る時って≪獣化≫して狐になってから寝るなら、ブラとか関係ないのでは?」
そう、≪獣化≫して寝た方が熟睡できるというのは既に分かっていることなのだ。
ならば当然今夜もそうするつもりだが、その場合は≪獣化≫した時点で強制全裸である。ロリ巨乳狐娘モードならばまだしも、ガチの狐は服など着ない。ましてや下着などは論外だ。
「うーん……まぁもう着けちゃったしいいか」
しかし、必要ないからといって今からわざわざ脱ぐほどのことでもない。気になるほどの苦しさがあるわけでもないし、なんなら多少なりとも快適だからである。
というわけで、とりあえず今日はこのままナイトブラを着けて過ごすことにした。
どうせ寝るまではこの姿で過ごすのだから、僅かでも快適な方がいいだろう。その僅かな快適さのためだけに着けるのは面倒だから、明日も使うかどうかは分からないけど。その時の気分でいいかな。
――なお、そんな理由で後日本当にノーブラで過ごそうとしたら母と姪から注意されることになるのは言うまでもない。




