6. 変わらぬ日常
西の森をしばらく冒険して満足した僕たちは今、楽しかったゲームを終了して夕飯の準備をしている。
といっても僕と姪が担当するのは、テーブルを拭いたり食器を出したりする程度なのだが。姪は良い子なので、いつも自主的にお手伝いをしているのだ。
僕は僕でそんな姪の模範となれるよう、実家に帰ってきている間はなるべく手伝うようにしているのでこうして3人で支度をしているわけだ。棚の上の方に手が届かねぇ。
「母さん、ちょっと踏み台借りるね」
「ん、ええよ。そっちのやつ使っといて」
僕はすっかり小さくなった身体を不便に思いながら、台所の床に置いてある2つの踏み台の内1つを食器棚の前に移動させた。ちなみにもう1つの方の踏み台は、現在クッキングヒーターでカレーの入った鍋を加熱中の母さんの足元である。
「あんちゃん届く? 代わろっか?」
「うーんギリギリ……いけた」
尚、それでもギリギリなのはご愛嬌。これ完全に人選ミスだわ、一番身長低い僕がやる仕事じゃなかったわ。今までは一番高かったからつい癖で引き受けたんだが。
「こんなもんやね。じゃあ瑠奈はスープよそって、司はそれ運んどいて」
「はーい!」
そして鍋のカレーを温め終えた母さんは、僕が棚から出した大き目の皿に白ご飯を盛りつけていく。それと溢さないよう頑張ってスープを入れる姪、その様子を見守る僕。そこには以前と変わらぬ日常があった。
なんというか……僕の身体はロリ巨乳狐娘となって随分と変わってしまったけれど、それでもこうして今まで通りに受け入れてもらえるというのは随分とありがたい。僕はすんなりと信じてくれた家族の温かみ、それと事前に説明しておいてくれていた姪への感謝を感じていた。
「司はご飯の量、前と一緒ぐらいなんやっけ?」
「ははは……うん、気持ち少なめぐらいで」
しかしまさか食事の量まで報告されていたとは。思わず僕は苦笑いしながら答えた。
恐らく一緒にショッピングモールに行った時のことも事細かに話していたんだろうな。出掛けた時のことを楽しそうに話す姪を想像して、僕は少しほっこりとした。
そんな時、玄関の方からカギやドアの開く音がした。誰かが帰ってきたのだろう。
「父さんかな?」
「パパやろね」
「たぶんじーちゃん」
満場一致で、その場の予想は僕の父だろうという結論に至った。ちょうど夕飯の前ぐらいな時間帯というだけで根拠としては充分である。一応候補としては姉の可能性が無いわけではないが、あの姉は仕事の都合もあるが自由人なのでこんなにちょうどいい時間には帰ってこない。
そんな予想を確かめるべく、ちょうどスープを入れ終わった姪が玄関へと出迎えに行った。相変わらず小走りで移動する後ろ姿がかわいすぎる。
「じーちゃんおかえり!」
「帰ったぞ、ただいま~」
やはりというか、帰ってきたのは父であった。まあまあ渋くてややダンディな声からしても間違いないだろう。姪とのやりとりで確定した情報である。
父さんは見た目や感性が色々ぶっ飛んでる母さんとは違い、かなりの一般人である。
そのため事前に姪が説明しているとはいえ、一瞬で順応した母とは違ってそれなりのリアクションはあるかもしれないが……まぁここまでの流れとか母の感じからして、それほど深刻には思われていないだろう。何なら気遣いも出来る父なのだ、余計なリアクションをして僕に不安を募らせないよう覚悟ぐらいしているかもしれない。
そんなことを考えながらスープの入った器をテーブルへと運んでいたら、姪が話をしながら玄関方面から戻ってきた。
「今ね、去年よりちょっと早いけどあんちゃん帰ってきてるんだぁ!」
「おおそうかそうか、司が帰って来てるのか」
とはいえそうだとすれば、父は良いリアクションしてくれるかと思っていたので、それだけは残念だな。などと思っていたのだが。
「おかえりパパ」
「おかえり」
「ただい……ま?」
しかしダイニングに入ってきた父さんは、おかえりと声をかける母さんと僕に返事をする途中でこちらを見て固まってしまった。
まぁ……無理もない話だ。いくら事前に話を聞き、姪が撮った写真を見せられていたとはいえ、実際に息子がロリ巨乳狐娘になっているのを目の当たりにしてしまえば覚悟も揺らぐことだろう。父を責めることはできまい。
だってあくまでも姪や母の順応性が異常だっただけで、これが普通の――
「おお……スマンね、あまりに立派なおっぱ……いや特徴的な耳と尻尾のアクセサリーを着けてるものだからね、つい驚いてしまった。瑠奈のお友達かな? いらっしゃい、ゆっくりしていってくれ」
「えっ?」
……そう言って僕の胸から頭に視線を移し、母にジト目で睨まれながら――孫の友達に対するような態度で、僕へと話しかけた。
あれ? これってもしかして……僕だと分かってない? 嘘だろ? だって姪が……まさか話してないのか!? 母さんに話して満足したから、父さんには話してなかったのか!? ウッソだろ!? 自由過ぎてそんなとこもかわいいなオイ!!
「いやその……僕、司だよ」
「おお、司ちゃんというのか。偶然だな、俺の息子も司という名前でね」
「なんというか……僕がその息子です」
「うん?」
その言葉を聞いた父は、何を言っているのか理解できないというような表情だった。気持ちは分かる、僕だって未だに意味が分からないし。よくよく考えればこの状況、どう説明すれば分かってもらえるんだろうか。
「色々あってこうなったけど、コレあんちゃんだよ」
「ほら、るぅちゃんもこう言ってるし」
「は……?」
だがそこは姪の一声で全て解決。いくら非現実的な状況といえど、さしもの父さんもかわいい孫の言葉を信じないということなどないだろう。僕だって姪にこう言われたら、たとえ状況が分からなくても信じるしかない。
「司……なのか?」
「せやね、あなたの子よ」
「横からややこしくするのやめて母さん」
あなたの子よ、って表現は間違いではないんだけども。でも見たことない子供を前にしてそれ言われたら、なんか認知させようとしてる現場みたいになっちゃうから。間違いなく余計に場が混乱するから。
「うーん……きららはともかく、瑠奈はそんな嘘を言うような子じゃないしな。それにこの瑠奈への尋常じゃない信頼感、やっぱり司で間違いないか」
「ともかく、ってなんなん?」
「母さんのそれは自業自得じゃないかな」
なんだかその扱いに対して不満気な目を向ける母さんはともかくとして、父さんの方は信じてくれたようで何よりである。
そして顎の下に右手を当てて考えること暫し。混乱する頭を整理して状況を理解できたらしい父さんは、現状を再確認するかのように口を開いた。
「よし、だいたい分かった。とりあえずこれだけは言わせてくれ」
そして深呼吸をして、気持ちを落ち着かせてから一言。
「息子がロリ巨乳狐娘になってるぅ!?」
それは僕がロリ巨乳狐娘になってから、初めて体験するような……なんというか、まともなリアクションであった。
そんなわけで事情をかいつまんで説明していたのだが、夕飯の準備が出来たので適当に切り上げて食べ始めたところである。正直何回も説明するのは面倒なので、一度にまとめるべきだったかと後悔中。
「しかしまさか現実にこんなことが……ましてや息子がこんな……」
父は未だに信じられないというような様子だったが、そんな様子を見て思い出すのはこれまでに僕がリアルでロリ巨乳狐娘だと打ち明けた相手のリアクションの数々。
例えば姪は事前に会話から察していたとはいえ、迷いなく当たり前のように僕を僕として扱ってくれていた。なんなら僕がロリ巨乳狐娘というのが当然かの如く、ノータイムでモフりに来たぐらいである。
他にもサラさんは半裸で玄関のドアを開けた僕に呆れていただけだし、コージは最初に動揺こそしたもののすぐ次にどうするべきかを考え始めた。あと病院で診察してくれた倉尾と助手のパナコさんはイカレてたし……うん、まともなリアクションってなんか新鮮だな。
「かわいいからこれでよくない?」
「どんなに姿が変わっても司は司やからね」
ただ、実の父親にそんな風に困惑されて全く平気なわけではない。特に深く考えず喜んでくれる姪や信じてくれる母がいるからこその心の余裕であり、もし最初に打ち明けた相手がこんな普通のリアクションだったなら……恐らくもっと精神的に傷ついていたことだろう。
普段の日常はもとより、こんな重要な局面でも心の癒しとなってくれる姪には感謝しきれない。
ましてや姪のその全くブレない迷いなき姿は、今のような状況においては尚のこと頼もしかった。
なぜならこんなことになってしまった僕に対して、どう接すればいいのか。そんな迷いを持っている父さんに対しても、今まさに身をもって体現しているのだから。
「そうか……そうだな。ごめんな司、父さんちょっと混乱してた。お前だっていきなり身体が変わって、不安だったり大変だったりもしただろうな。でも安心してくれ、俺にとってお前が息子であることに変わりはないからな。何があっても俺は司の味方だ」
「ばーちゃん、カレーまだおかわりある?」
「ん、2人か3人分ぐらいやったらあると思うわ」
「あっ僕が入れてくるよ。どうせ自分の分もおかわりするついでだし」
「ありがとあんちゃん!」
「普通この流れで今おかわり行く?」
僕のために真面目な雰囲気で良いこと言ってくれた父には申し訳ないが、僕にとってはそんなことより姪のおかわりの方が大事である。今この場においては最優先事項だ。
なにしろこれは2日目のカレー。適度にコクが出て具材もほどよく崩れた、最高の仕上がりのタイミングなのだ。もちろん1日目はできたてならではの良さがあるので甲乙つけがたい部分はあるのだが、僕と姪はこっちの方が好みである。それ故のおかわり。
「それにしても司、本当によく食べるんやね。1皿目で結構大盛りやったのに、おかわりまで行くし」
「だよね。あたしよりちっちゃいのにいっぱい食べるからびっくり」
「なんか食べる量はほとんど変わってないんだけど、まぁこれはこれでよかったと思うよ。母さんのカレーがちょっとしか食べれなかったら悔しい思いをするとこだったし」
「ふふっ、そう言ってもらえたら嬉しいわぁ」
そんな会話を交わしながら、僕は踏み台に乗ってカレーをよそう。ちなみに姪の方は肉多めである。
しかしやっぱり、好きな食べ物が急に半分しか食べられなくなったりしたら絶対に辛いと思う。そういう意味では、以前とそう変わらず食べられる体質で本当によかった。この体格でこれだけ沢山食べられるのも、僕が妖狐だからなのだろうか。いや流石に関係ないかな。
「おまたせ、るぅちゃん」
「わーい!」
そして姪の前にカレーを置いて、僕も再び食べ始めるべく席に着く。
……席を立ってる間に、勝手に取り皿にサラダが補充されてるな。絶対母さんの仕業だこれ。
「ちゃんと野菜も食べや」
「……カレーにニンジン入ってるしよくない?」
「バランスよく食べんと、好きなもんばっかり食べてたら大きくなれへんからね」
「母さんが言っても説得力無いんだけど……ていうか今はこんなだけど僕って一応大人だから、これ以上大きくなるかどうかも分かんないし」
「もう、好き嫌いしたらアカンよ。瑠奈もそう思わへん?」
「あんちゃん好き嫌いはダメだよ」
「食べます」
そんな無駄な抵抗をしていた僕だが、20歳年下の姪にまるで諭すように頭を撫でられながら注意されてはもうどうしようもない。僕は無心でサラダを食べ始めた。
いやまぁ、食べるけども。姪に言われなくても、取り皿に入れられた以上は食べるけど。しかしカレーと違ってそれほど好きじゃない生野菜のサラダを勝手に入れられるのは、流石にひとこと物申したくもなるものである。その抗議に全く効果は無かったが。
そんな感じでサラダを食べ進めていたら、ふと父と目が合った。
うん、姪のおかわりを入れに行った辺りから完全に忘れてたわ。どうしよう、真面目な話の続きをするような空気でもないなもう。マジでどうしよう。
「えーっと、どこまで話したっけ」
「ははは……なんというか、やっぱり司は司だな。改めて実感したよ」
だがそんな僕たちの様子を見ていて緊張が解れたのか、父はどこか安心したような顔をしていた。
あるいは真面目に考えることがバカバカしくなって吹っ切れたような、そんな清々しい表情であった。
「息子が大変な目に遭ったんだから気を遣わないとと思ったが……瑠奈やきららとのやり取りを見て気付いたよ。変に気負い過ぎる必要なんてない、今まで通りでいいんだってな」
それは確かにその通り。僕としても事情が事情なので周りにフォローは求めるが、あまりに気遣われ過ぎるのも気疲れしてしまうわけだし。
「流石に完全に今まで通りとは行かないが、それでも気にするようなことじゃない。なにせ俺たちが家族であることは変わりないからな」
「父さん……」
「だからな、司……とりあえず後で一緒に風呂でもどうだ? 久しぶりに親子水入らず、今まで通り男同士として裸の付き合いでもし痛い痛い痛っちょっやめてきららマジごめんホント痛いからやめてスイマセンでした」
だがしかし、そこは父さんである。良いこと言ってるような雰囲気を出せたのも束の間。
その下心満載の申し出は言い終わる前に母さんに抓られて阻止され、ひたすら平謝りして許しを請う一家の大黒柱という醜態を晒すことになった。これが本気だったとしても冗談であっても、思わず僕もドン引きである。
「えぇ……?」
「司、気ぃつけや。この人、わたしと結婚するような人やからね」
「言いたいことは分かるけど分かりたくなさすぎる」
確かに嫁である母さんが合法ロリだということは、それに類する何らかの性癖を持っているのだろうけど。父親のそんな事情なんて想像したくもないというか、大体察してるから別にいいっていうか……
「あんちゃん、カレー食べないの? 冷めるよ?」
「ああうん……そうだね」
「ギブギブギブ! せめてもうちょい優しく!」
「それやとお仕置きにならへんやん?」
そんな父親の性癖の一端に触れて、若干げんなりとしつつも。しかしこの騒がしさ……これもまた僕の姿に関わらず変わらぬ日常なのだなと、内心密かに安心感を覚えながら。
姪の温かい気遣いにより食事を再開した僕は、目の前の光景はとりあえず無視して引き続きカレーを堪能したのであった。




