6. 採掘の街ピルケル
街に入ってみれば、そこはまさに金属素材の名産地といった様相だった。
なにしろ視界に常に鍛冶屋や武器屋があるほどなのだ。これなら欲しい装備はだいたいここで作ることになるというのにも納得である。
そんな新たな街は姪にとっても初めて見るものばかりのようで、先ほどから大興奮であった。
「すごーい! 剣があんなにいっぱい売ってるよ!」
『あれは武器屋だね。店売りのは品質が微妙らしいけど、興味あるならあとで見に行こっか』
「あれ? なんだろあのハンマー持ったおじさんたち、なんか小さい?」
『たぶんドワーフだね。鍛冶と言えばドワーフだし、この街にも住んでるんだと思うよ』
「へぇー。あんちゃんは物知りですごいねー!」
「コォン……」
あっダメ、ご褒美とかで撫でられたら気持ちよすぎて狐に……ハッ!? 危ない、また脳が溶けるところだった。
これ以上は危険だ、このままではいずれ人に戻れなく……いやでも折角だからもうちょっとだけ……
「あ、あの店お鍋とかも売ってるみたいだよ?」
『んぁ……あ、ホントだ。まぁ調理器具も金属だもんね』
ちなみに今日は愛玩ペット扱いされすぎてもう慣れてきたので、撫でられていない時にはこの通り平気になった。姪に抱き締められる幸せに包まれてはいるものの、これだけならばかろうじて正常な思考は保てるのだ。
そんな僕がお金に余裕があればあとで調理器具も買いたいな、それにしても姪はかわいいな、などと考えている間にも。周りを見ながら適当に歩き回っていた姪は、目的地へと辿り着いていた。
「あんちゃん、ここでいいの?」
『あ、うん。ここだよ。まずは道具屋で採掘道具を手に入れないとね』
事前に手に入れた情報によれば、採掘にはつるはしが必須だという話だ。
そういう理由から僕たちはとりあえず、街を観光がてらウロウロして道具屋を探していたわけである。鍛冶屋と武器屋と防具屋ばかりでなかなか見つけられなかったが、まぁ姪も僕も楽しめたみたいだしいいだろう。
「おじゃましまーす」
「いらっしゃい」
とりあえずようやく見つけた道具屋に入ってみると、そこにはマッチョでスキンヘッドの店員NPCが居た。筋骨隆々な親方がタンクトップの上から店のエプロンを着けているのは見た目の破壊力がヤバい。
ていうか道具屋にその筋肉いる? 鍛冶職人のグラフィックの使い回しかな?
「つるはし、ください!」
ともすれば強面の大男にも見えるその店員であったが、姪はそんな彼にも全く臆することなく元気に要件を伝えた。流石は僕の自慢の姪である、これならおつかいもバッチリだ。
尚、狐の姿の状態の僕は言葉を話せないので対応は姪に一任してある。姪や他プレイヤーが相手ならPT会話機能や個人会話による念話が使えるが、NPCは対象外なのだ。姪の希望を無視して人型モードに戻らない限りはコンとしか言えない。
ただまぁ、ウチの姪は人懐っこい性格なので初対面の相手でも遠慮なく親し気に話しかけられるタイプなのだ。対人対応は問題ないだろう。むしろ何なら僕の方が人見知りである。
「ほう。お嬢ちゃん、採掘かい?」
「サイクツ? ん、確かそう」
「まあつるはしの使い道なんて採掘以外にねぇんだがな。ところでコイツをキチンと扱うにはある程度の『筋力』が必要になるんだが、ちゃんと振れるかい?」
「どうだろ? 結構重そうだけど……」
そう言って道具屋の男が差し出したつるはしは、まあまあそこそこの大きさであった。姪の武器は子供向けの若干短い70cmほどの長剣だが、それよりも少し長いくらいだろうか。そんな長さの棒の先端に鉄製の尖った部分が付いているのだから、見た目の重さ以上に扱うのは難しそうだ。
「そこの棚の横に置いてある練習用の岩を掘ってみるといい。上手く採掘できたなら数回叩いたあたりで『石』が入手できるはずだ、実際にやってみな」
「ん、やってみる」
ここはやはり僕が採掘を担当する方がいいだろうか、などと考えていたらどうやら姪がお試し採掘に挑戦してみる流れになったようだった。
店のカウンターの上に僕を置いた姪は、店員からつるはしを受け取って岩の傍に近寄った。ていうか試し掘り用の岩って店内に置いてあるのかよ。
「ていっ! やぁっ! えいっ! とうっ!」
そして姪がつるはしを4回振り下ろすと、そこでポポロンと音が鳴った。このゲームで初めて聞くSEだが……定番のパターンで言うなら、採掘によるアイテムの取得を知らせる音だろうか?
「あ、石だ」
「やるじゃねぇかお嬢ちゃん、4回はなかなかのモンだぜ。流石は剣士、いい筋力してるじゃねぇか」
「えへへー」
基準はよく分からなかったが、道具屋の親方によれば4回で採掘を成功させるのは結構すごいらしい。自慢の姪が褒められて僕も鼻が高い。実際今の僕は狐なので、マズルがあるため物理的にも鼻が高いと言えなくもないかもしれない。
とかなんとか考えていたら、姪がカウンターに戻ってきて購入の話に移っていた。
「そんじゃ、つるはし1本お買い上げと行くかい?」
「あっ、もう1本いるから2本で!」
「んん? 予備かい? 言っとくがウチのつるはしは優秀なんで、道具の耐久なんかはそもそも無いぜ?」
「や、あんちゃんの分も必要だし」
「あんちゃん?」
「うん、この子」
そう言って姪は、カウンターに座って待機していた狐を持ち上げて見せつけた。これには流石に人の良さそうな親方も思わず困惑の表情を浮かべ、何言ってんだコイツ状態である。
いやまぁ気持ちは分かる、狐モードだし仕方ない。でもこの意味不明さがかわいいと思わない?
「あー、お嬢ちゃん。狐はつるはし振れないんじゃねぇかな?」
そして親方は至極真っ当な意見を述べた。ぐうの音も出ない正論だ。僕もそう思う。
いっそのことここは話をスムーズに進めるため、僕がロリ巨乳狐娘モードに戻った方がいいだろうか。姪の腕に抱かれているのは幸せな気分だが、話が進まなければどうにもならない。ここは一瞬だけ我慢するべきだろう。
そういう結論に至ったのだが、しかし僕は結局行動に出ることはなかった。というのも、僕が動き出す前に流れが変わったからである。
「だがウチの店は『採掘の街ピルケル』で一二を争う道具屋だからな。ちょっと待ってな、良いモン持ってきてやる」
「良いもの?」
渋々ながら姪の腕を抜け出そうとした矢先、親方がそう言って店の奥に向かったのだ。
ゲーマーである僕ならこの展開が何を意味するのかぐらいは予想できる。間違いない、これは……イベントだ! それも何か特殊な条件を満たした時にしか発生しないタイプの!
そうとなれば話は別だ。今の僕がシステム的にどういう扱いなのかは分からないが、この状況を変化させるのはマズい。例えばイベント発生条件が店に1人で来ることとかだった場合、その上で僕があくまで狐なので1人のプレイヤーとしてカウントされていなかった場合。そんな時には急に条件が不成立となって、折角のイベントのフラグを折ってしまうかもしれない。
というわけで僕はひとまず様子見に徹することにした。決して引き続き姪に抱かれていたかったからというわけではない。その方がこちらにメリットがあると判断しただけである。
「待たせたな、コイツだ」
「なにこれ?」
そして戻ってきた親方が差し出したのは、1つの茶色い饅頭であった。それが何なのかは僕にもさっぱり分からなかったが、この流れで出してきたのだから単なる和菓子というわけでもないのだろう。
「狐を連れてるのを見るに、お嬢ちゃんはテイマーだろう?」
「テイマー?」
「あー、言い方が難しかったか? 従魔に命令して戦わせるタイプの戦闘スタイルだな」
「なるほど? じゃあたぶんあたしテイマーだとおもう」
「やはりな」
『違うけど?』
ここまではペットとして黙って見守っていた僕だが、姪はテイマーではないので流石に我慢しきれずツッコミを入れた。
だがその言葉はあくまでもPT会話機能なので、NPCである道具屋の親方にまでは届かない。ついでにすっかり自分のことをテイマーだと信じてしまった姪にも届かない。
「コイツは『スキル餌(採掘)』。テイマーの従魔に『採掘』スキルを覚えさせられるアイテムだ」
「おぉー! なんかすごい! こんなの道具屋さんで売ってるんだ!」
「ここは採掘の街ってことで、特別に採掘道具全般も道具屋のウチが扱ってるからな。スキル餌も、採掘に関するモンだけは取り扱ってるのさ」
「なるほど?」
話を聞いてみれば、なんでもテイマーが使役するモンスターに採掘を覚えさせるためのもののようだった。
それが単なる道具屋で買えるというのは意外だが、実際自分でつるはしを振ればいいだけなのでそれほど貴重でもないのかもしれない。
「とにかくコイツがあれば、お嬢ちゃんのその狐も採掘を手伝えるようになるってわけだ。どうだい? 買ってみるか?」
「あっ、それいいかも! 1個くださいっ!」
「毎度あり!」
『えっホントに買うの?』
待って、それ多分使えないよ? なにしろ僕たち、テイマーと従魔じゃないからね? 僕これでもプレイヤー側だからね?
しかしその辺のことは特に深く考えなかった姪は、即断即決でスキル餌を購入した。お値段はつるはし1本分より少し高い程度。高いわけではないが決して安くも無い。
「ただまあ一応返品は受け付けてるからよ、使えなかったら遠慮なく言ってくれ」
「そうなんだ。ありがとおじさん、早速使ってみるね!」
だが一応アフターフォローもしっかりしていたらしく、購入したもののペットにそのスキルの適性が無くて使えなかった場合は返品対応を承っているようだった。
それならまぁ安心か。十中八九こんなの僕には使えないと思うが、その場合でも返せばいいわけだし。
「ところでこれ、どうやって使えばいいの?」
「食べさせるだけだ。使えるか使えないかは、そのペットが食うか食わないかによって分かる。まあ与えてみりゃ分かるだろうよ」
「なるほど。あんちゃん、おやつだよー」
『えっそういう……?』
いや、見た目が饅頭だったことからその使い方は予想できなかったわけではないけど……待って、食べるか食べないかってどういうこと? そんなこっちの気分次第なの? 普通のペットはAIだから、スキル適性によって食べるか食べないかのリアクションをデータベースで割り振ってるんだろうけど。でも僕、そういうの無いよ? 食べても食べなくてもいいけど、多分システム的にペット用スキルとか習得できないよ? そしたら食べたのに効果出て無くて一番無駄になるやつでは?
そんな躊躇があったので僕は差し出されたスキル餌を食べるつもりはなかったのだが、しかしその饅頭は姪の手の上にあるのだ。これを食べないということは、姪から勧められた食べ物を断ることになる。果たしてかわいい姪から差し出された食べ物を食べないという選択肢などあるだろうか? いやない。
でもなぁ、流石にこんな無駄になると分かってるものを食べるのは……うーむ。
「はい、あんちゃん。あーん」
「コン! ハッ、ハグッ」
「あはは、おいしそうに食べてる。かわいいー!」
迷う心こそあったが、結論から言えば僕は耐えられなかった。まぁうん無理だよ、こんな誘惑に勝てるはずない。姪の手に乗っていた饅頭を、手を噛まないよう気を付けながら咀嚼する。
ちなみにスキル餌の饅頭は甘さ控えめだったが、姪の手で食べさせてもらったこともあってなかなか美味かった。
【スキル『採掘』を習得しました。】
あ、いけるんだこれ。絶対無理だと思ってたんだけど。
いや、でも採掘スキルを習得するだけの効果ってなると……プレイヤーにとってもそんなに大したことでもないのかな。つるはしで採掘してればそのうち勝手に覚えるはずだし。
「おう、覚えられたようだな。そんじゃあソイツにも試しに採掘させてみな」
「うん! あんちゃん、がんばって!」
『え、いけるかな? やってはみるけど』
そうして無事にスキルを覚えることが出来たので、例によって練習用の岩で試し掘りをしてみることになった。
しかし果たして、つるはしも無しに採掘ができるのだろうか。スキルこそ覚えたが、使い方とか分からないんだが。まぁ狐だし、とりあえず犬が穴でも掘るみたいに……前脚の爪で引っ掻いてみるか。
『あ、意外といける……けど』
「けど?」
『なかなか終わらない……あっ、石でた』
「んー確かに、あたしが掘るよりも結構時間かかったね」
「ソイツぁ仕方ねぇぜお嬢ちゃん、ペットにも向き不向きはある。体の大きな熊と小さな狐じゃあ『筋力』の差も当然あるからな。採掘の速度も違ってくるってもんよ」
「えー! 狐向いてないの!? ……んーまあ掘ってる姿かわいいしいっか」
くっ、なんということだ。狐状態だとカリカリと岩を引っ掻く速度こそ早いが、非力すぎて何十回も掘らなくてはいけないためにどうしても時間がかかってしまう。1つの鉱石を入手するまでに、軽く姪の倍以上はかかっていただろう。
これじゃあ大して姪の役に立てないじゃないか! いやまぁ元の姿に戻って普通につるはし握ればいいんだけど。
と、そこで僕はあることに気が付いた。
道具屋の親方曰く、筋力があれば採掘も早いとのことである。そしてそれはペットもプレイヤーも同じことだとも。
ならば筋力を上げれば採掘の効率が上がるのではないか。幸い僕には、筋力を上げる術があるのだ。早速僕はその方法を試して、もう一度練習用の岩を掘ってみた。
「ん? あんちゃん、別に練習しても早くはならないとおもうけど……えっ早っ」
『おおっ? これいけるんじゃない?』
その採掘は予想通り、かなりの短時間で終えることができた。これぐらいなら姪がつるはしで掘るのと同程度、充分に役立つ範囲だ。
どうして急にこれほど早くなったかと言えば、あるスキルを使ったからに他ならない。それが何かと言われれば、ご存じいつもの便利な≪剛体≫である。狐モードでも意外と使ってみたら出来たのだ。
「おお! やるじゃねぇか、その狐はまだ本気を出してなかったってワケだな!」
「あんちゃんすごーい! 採掘までできちゃうなんて! これならずっと狐のままでも大丈夫じゃん!」
『いやいつまでもこのままではいないけどね?』
さり気なくずっとこのままの君でいてほしいとリクエストされた僕であったが、僕はペットとして可愛がられるのではなく人間として姪を可愛がりたいのだ。今だけは特別に姪の希望に沿って狐の姿でいるが、これはあくまでも期間限定のサービスである。
なのでこのあと夕飯で中断したあと、次に再開する時にはもうロリ巨乳狐娘モードに戻っているつもりだ。休憩を入れて一区切り、ちょうどいいタイミングだろう。
と、思っていたのだが。
もう既にその計画は僕の軽率な行動のせいで成立しなくなった、そのことに何気ない姪の一言で気付かされてしまったのだ。
「じゃああたしの分のつるはしと、あんちゃんの分のスキル餌も買えたし。これで採掘の準備できたかな?」
『……あっ!?』
「ん?」
何を隠そう今僕たちは、採掘道具を買いに来ていたのだ。そして当初の目的は各自のつるはし1本ずつ……だったのだが、我慢できずに食べた結果、最終的に購入したのは狐用のスキル餌である。
これが何を意味するのか。そう、これ以上つるはしは買わなくていい。なぜなら僕は狐にさえなれば採掘できるから。逆に言えば、採掘するためには狐モードでなければならないということ。流石に人型の手で引っ掻いて岩やら鉄が掘れるとは思えないし。
「それじゃああんちゃん、この調子で素材集めがんばろうね!」
『……うん、そうだね』
そういうわけで、鉱石集めで採掘する間しばらくは引き続き狐モードで行くこと決定。
すなわちこの後も姪のぬいぐるみ兼ペットとして扱われることが確定した僕は、若干遠い目で返事をしたのであった。




