4. アルミラージ
金属素材を求めて『採掘の街ピルケル』に向かう僕たちは、順調に旅路を進めていた。
プリミスの街を出てすぐだと短い草と僅かな茂みしか無かった平原だったが、徐々に地面に岩が目立つようになってきた。ピルケルは岩山だということなので、少しずつ近付いている証だろう。
そんな時、ふと姪が前方の大きな岩の付近に何かを見つけたようだった。
「あれ見てあんちゃん、おっきいファラビットいるよ!」
「本当だ、平原に住んでるのより随分と大きいね」
「かわいいよねー。倒していく?」
「状況的にどっちも正しいんだけどその2つの言葉をピッタリ並べられると脳が混乱する」
いやまぁ何もおかしくはないんだけど。かわいいという感想も倒そうかという提案も、どちらも今出ておかしくないものだし。そもそも姪は純粋な子供故にただただゲームを楽しんでいるだけなので深い意味はないはずなのだが、ここのセリフだけ抜き出すととんでもないサイコに見えてしまう。
そんなことを考えながらも、目の前のウサギと通常のファラビットの違いについて推察する。ウサギにしては大きな体格、鋭く伸びた額のツノ。恐らく上位種なのだろう。なんなら頭上に表示されてる名前も違うし。
「名前は……『アルミラージ』か」
アルミラージ。確か……神話か何かに出てくる、角の生えたウサギだったか。うん、見て分かることしか憶えてないわ。
まぁ元ネタなんて憶えていても、それほど役に立つこともないだろうし大丈夫だ。どうせ共通の元ネタがある敵でもゲームごとに違うのだ。今は特別な先入観など持たずに、このゲームのアルミラージだけを見て戦うべきだろう。決して思い出せないからってそれっぽく言ってるわけではない。
「数は2体……いや、音を聞く限り岩の向こう側にもう1体いるか。まぁでもファラビット系なら基本はそれほど強くないはずだし、ウォーミングアップにはちょうどいいかもね」
「よーっしやるぞー!」
ちょうど姪もヤル気だったし、折角なので初めて見る敵であるアルミラージと戦っておくことにした。初見の敵から襲撃されてしまうと遅れを取る危険性があるので、こういう機会にこちらから仕掛けておいて動きを憶えるのは結構重要なのだ。
果たして初心者向けの平原を抜けた先にある岩山エリア、その入り口付近であるこの辺りの敵は如何ほどなものか。僕たちは未知の敵との戦いにワクワクしながら武器を抜き、未だ岩の近くで草を食べているアルミラージへと近付いて行った。
「いくよっ! ≪ソニックエッジ≫!」
「ギュッ!?」
最初に動いたのは姪だった。まだ剣の間合いに入らない距離から敵が戦闘態勢に入る前に、最近憶えた新スキルによる遠距離攻撃で奇襲して戦闘を開始した。
この『ソニックエッジ』は、剣を超高速で振って衝撃波を飛ばすスキルである。威力こそ高くはないが、音速の見えない斬撃を飛ばす技と言えば使い勝手の良さは想像に難しくないだろう。
もっともその斬撃は音速というほど速くないし、透明と言う割には結構分かりやすく空間の揺らぎみたいなものが飛んでいくのを普通に視認できるのだが。あくまでもスキル説明文のフレーバーテキストである。それでもかなりの速さなので、こうやって先手を取って戦闘のペースを握るには便利である。
「≪駆け斬り≫」
「ギュイーッ!?」
僕の方ももう1体のアルミラージに素早く距離を詰めながら攻撃する短剣のスキルで先制し、そのまま蹴り上げのコンボに繋げて弾き飛ばす。
当然≪剛体≫も併用しているので斬撃も打撃も威力は上々、敵のHPを大きく削って大きな岩へと叩きつけた。岩の向こうに居たもう1体も敵襲に気付いて動き出したようだが、僕がコイツにトドメを刺す方が早い。妖力により強化した身体能力で素早く距離を詰め、斬撃で残りのHPを削り切って討伐エフェクトの光に変えた。
「キュッ!!」
「次はお前……ん?」
そうやってちょうど1体片付けたところで、岩の裏から3体目が現れたのだが……僕は微妙に異なるツノの色に僅かに違和感を覚えた。
僕が倒したアルミラージや姪が戦っているアルミラージと比べて、そこはかとなく光沢があるのだ。元々くすんだ銀色のような色だったが、なんとなくメタリック感が強くなっている。
一瞬そういうカラーバリエーションなのか個体差かなとも思ったが、しかしすぐに気が付いた。表示されている名前が違うのだ。その名も『アイアンラージ』。つまりあのツノは鉄製なのだろう。
「キュィッ!」
「くっ!」
そんな尖った鉄のツノによる突進をなんとか短剣で受け流し、反撃に転じるため体勢を整える。刃で受けた感触も思いっきり金属だし、やっぱり鉄製っぽいな。
そのツノの鋭さと強度からなる攻撃力に加えて攻撃モーションも全体的にファラビットと比べれば速いし力強いが、しかし≪剛体≫により強化した身体能力なら問題ない。何なら最悪強化無しでもギリギリなんとかなる範疇である。
……いけるよな? 歴戦のゲーマーである僕なら、≪剛体≫無しでも。姪だって素の能力で戦えてるわけだしな、たぶん僕なら強化解除しても余裕だろ。ちょっとやってみるか。
「キュィィ!!」
「ぐえぇっ!?」
「あんちゃーん!?」
あ、やっぱ無理だったわ。舐めた真似してスイマセンでした。
僕は目の前の敵に集中しつつも常に姪の方をチラ見することが出来るが、その様子と比べても恐らくこのアイアンラージは通常のアルミラージより強い。突進の速度も段違いだ、アルミラージの方の突進なら避けれたはずなのだが。
とにかく尖ったツノによる突進を避けきれず脇腹に風穴が空く勢いで貫かれた僕は、衝突の勢いのまま後ろに弾き飛ばされた。
だがその油断を瞬時に反省して手早く≪剛体≫を再発動させ、空中をアクロバティックに躍動して華麗に着地。我ながら想像以上に綺麗に着地が決まったこともあり、この程度の攻撃効いていないと言わんばかりのドヤ顔である。
実際のところは結構大きなダメージを貰ってしまったが、全年齢対象ゲームであるが故に穴が空くまでは行ってないのでセーフである。今の一撃でHPが8割ほど持っていかれただけだ、この程度の致命傷なら戦闘の続行に支障は無い。待ってこのウサギ強くない?
「キュイ!」
「ちょ待……っと!」
そして体勢を立て直す暇さえ与えられずに次の攻撃が来るが、今回は突きではなくツノの側面で叩きに来る攻撃だったので無事に防ぐことが出来た。それでも短剣で受けるにはこの鉄のツノによる一撃は少々重いが、強化状態であればまぁ問題ない。
「さっきはよくもやりやがったな!」
「ギュッ……!?」
「あんちゃん、あたしも手伝うよっ!」
お返しとばかりに僕は両手の短剣で何度も連続して斬撃を繰り出し、相手が反撃に出ようとしたところで蹴り飛ばして体勢を崩させる。
そしてアルミラージを片付けた姪も参戦し、大きな隙を見逃すことなく同時にトドメの一撃を叩き込んだ。
「≪ソードスラッシュ≫!」
「≪狐火≫ッ!」
その最大火力の同時攻撃はオーバーキル気味のダメージを与え、アイアンラージを討伐エフェクトに変えて爆散させた。ぶっちゃけ最後は2人で攻撃する必要はなかったのだが、まぁ姪と一緒に攻撃したかったので仕方ない。
あと≪狐火≫でオーバーキルすると特撮みたいな派手な爆発の演出で倒せるから盛り上がるし、男ならついついやってしまうものである。カッコいいエフェクトは意味も無く出したくもなるものだろう。
なにはともあれ戦闘が終わったので、念のため狐耳をピコピコと動かして周囲にもう敵がいないことを確認する。こういう時には狐耳があると、姪の安全確保ができるので大変便利である。
そうやって一安心したところで、ちょうど剣を鞘に納めた姪に労いの言葉をかけた。ちなみにウチの姪は剣を鞘に納める動作も様になっていてカッコよくてかわいい。
「おつかれ、るぅちゃん。アルミラージはどうだった?」
「ん、結構つよかったね。あんちゃんの方こそ大丈夫? 思いっきり刺さってたけど」
「ゲームだから大丈夫だよ」
「あ、それもそっか」
ゲームだから尖ったツノがザックリ刺さっても大丈夫。それは当然のことであったが、しかし姪はそのことを心配してくれたのだ。なんたる優しさ。最早ゲームや現実といった世界の垣根を超えるほどの思いやりである。
と、僕が姪の聖女っぷりを噛み締めている間にも、姪はメニュー画面を操作してドロップアイテムを確認していた。親身に心配してくれたところからの急な放置、これはこれでたまらないぜ。
「どう? 何がドロップしてた?」
「ん、鉄が1個とアルミが2個だったよ。ほら」
「へぇ、この辺の敵からもう金属素材ドロップするんだ。……ん? アルミ? え、なんで?」
「なんでって……アルミラージだからでしょ?」
「アルミラージってそういう?」
「?」
姪が見せてくれたドロップアイテム、その中にあったのはアルミニウムという名の金属素材であった。
いや確かにアイアンラージの時点で何か名前おかしいなとは思ったけど! アルミラージって別にアルミニウム関係ねーから! そういう名前なだけだから!
その辺りには色々と物申したい気持ちこそあったものの、今この場にいるのは事情をよく分かっていない姪だけである。そんな姪にこの気持ちをぶつけたところでどうにもならないので、僕は仕方なく何とも言えないモヤモヤを飲み込んだ。
「……まぁ鉄もちょっと手に入ったし良し! 行こっか、るぅちゃん」
「ん、そだね。あっでもHP大丈夫? かなり減ってるけど、回復してからの方がいいんじゃない?」
「それは……うーん」
気持ちを切り替えて再出発……と行こうと思ったのだが、しかしそこで姪から待ったがかかった。
なにしろ今の僕のHPは2割ほどしかないのだ。先ほどは妖力でガードしなかったためにダメージが大きかったとはいえ、これぐらいの残りHPならアルミラージの突進で持って行かれてもおかしくはない。回復してから進むべきというのは確かに正論ではあった。
「回復するべきなんだろうけどなぁ。そうなると座り込んでの休憩で自然回復させるのが一番だけど、流石にこの量のHPを全快させるのは時間がかかるし……かといって岩山エリアに入ってもいないようなこの段階でポーション使うには、手持ちが心許ないし」
「あっじゃあさ、≪獣化≫使ってみたら?」
「ん? なんで≪獣化≫?」
「ほら、確かあれって自然回復上がる効果とかあったし」
「えっ? そんな効果……ホントだあるわ。るぅちゃんよくこんなの憶えてたね」
「えへへー」
言われて確認してみれば、スキル説明文には確かにそんな感じの効果が書かれていた。狐になるビジュアル的な印象が強すぎて完全に忘れてたわ。
僕はてっきり姪の記憶力は決して良くないと思っていたのだが、意外なことに数日前にチラっと見せただけのスキル説明文を僕よりしっかりと憶えていた。これは姪の評価を更に上方修正する必要がありそうだ。かわいい上に記憶力まで良いとか無敵か?
「それじゃあ早速、≪獣化≫!」
「よしっ!」
『よし?』
そういうわけで僕は自然回復速度を上げるために≪獣化≫のスキルを使い、ロリ巨乳狐娘からガチの狐の姿へと変化した。
なんだか姪の怪しいリアクションはあったものの、とにかくこの状態なら早くHPが回復するのだ。あとは地面に座って待つだけ……の、はずだったのだが。
「じゃあ行こっか、あんちゃん」
『えっ、ちょっ、休憩は?』
「あんちゃんは休んでていいから、ね? よいしょっと」
『うん!? あっそういう!?』
僕が座り込んで休もうとした途端に出発しようとした姪に、思わずどっちなのかと問い質してみれば。姪には姪なりの考えがあったようで、ある意味では心配には及ばなかった。別の意味では心配になるものの、とにかく回復に関してだけはこれなら確かに遂行できる。
つまりどういうことかというと、普通の狐相応のサイズである僕を姪が抱きかかえている状態なのだ。
「このままあたしが歩けば、あんちゃんは休みながら移動できるでしょ? そしたら回復しながら移動できるし、一石二鳥かなって」
『それはそうなんだけど。いいの? るぅちゃんにばっかり歩かせちゃって』
「いいのいいの、どうせゲームだから重さで疲れるようなこともないし。あと歩きながらモフれるし」
『うん100%それが目的だよね』
「そうだよ? あ~狐のあんちゃんもかわいいぃ……」
そう言うや否や早速腕の中で撫でまわされ、頬ずりまでされる僕。モフりに余念がない姪は手袋まで外すほどの気合いの入れ具合である。
このゲームの防具が触り心地の感触や細かな指先の動作などに干渉しないというのはこの前の防具作りの際に体験したので分かり切っているが、それでも手袋を外すのは恐らく見た目の問題なのだろう。ゴツい毛皮のグローブでは、抱えながら撫でるのに視認性が悪いし。まぁそこについては僕としても、姪に撫でられてる感が高いのでこの方が都合が良いが。
「よーし出発ー!」
「コャァ……」
そして一通り狐の僕をモフったことで満足したのか、姪はチャージ完了とばかりに元気いっぱいに機嫌よく歩き出した。その表情はこっちも幸せになるほど楽しそうな笑顔である。この笑顔が守れるのならペット扱いで可愛がられることもやむなし。
僕としては出発の号令に合いの手として掛け声の1つでも返したかったが、姪のかわいい手で喉元を撫でさすられていたために間の抜けた鳴き声しか出せなかった。相変わらずの狐殺しなテクニシャンである。最高だぜ。
こうして出来上がった光景は、最高にご機嫌で狐を抱き撫でながら平原を歩く美少女。僕がこれを目撃した第三者であったなら間違いなく脊髄反射で撮影するし、何なら額縁に入れて部屋に飾ること間違いなしの尊い光景である。
そんなほのぼのとした風景は、岩山に向かう街道を進むしばしの間続くのであった。
ちなみにその間ずっと愛する姪に抱きしめられて可愛がられていたため、僕はすっかり脳が溶けきって危うく完全に狐になるところだったが……まぁこの幸せの前では些細な問題だったので、細かいことは良しとした。




