3. 突然の来訪者
「話は聞かせてもらったわ」
そう言って今まさに出発しようとしていた僕たちの前に現れたのは、金髪お嬢様アバターに身を包んだ同僚のサラさんであった。
「今日も2人ともかわいいわね、これから何をするところなのかしら?」
「えへへー。今から『採掘の街ピルケル』ってとこに行くの!」
「あら、新しい場所かしら? それは楽しそうね」
いや、話は聞かせてもらったと言う割に全然聞いてないじゃんとか色々と言いたいことはあるのだが。ツッコミどころが多すぎて、もはや何から言えばいいのか分からない。
……とにかく僕は、一番気になっていることを訊ねることにした。
「サラさん、まだ終業時間には早いと思うんですが……仕事はどうしたんです?」
「仕事中にスマホを弄ってたら、ファインにるなちゃんのログイン通知があったんだもの。思わず来ちゃった」
「来ちゃったじゃないが」
もうこの際、仕事中に片手間でスマホ弄ってるのはいいよ。ゆるい職場だしそれぐらい許すよ。
でもそこからの行動が問題なんだよ。ログイン通知見てから家まで帰ってこのログイン速度だと、確実に即断即決で仕事放り出してるよこの人。自由人かな? 自由人だったわ。
「ゲームがしたいからって早退までするのはどうかと思うんですけど」
「安心してちょうだい、早退はしてないわ。ちょっと仕事が一段落ついたから、合間に会社のWi-Fiから繋いでるだけよ」
「割とマジで怒られますよ」
ダメだこの人、予想以上に手遅れだった。確実に怒られるやつだこれ。
まぁ社長は説教や反省文などに使う時間を無駄だと思うタイプなので、説教自体はいくつか注意の言葉を投げられて釘を刺されるだけですぐ終わるのだが……場合によってはアイツ容赦なくボーナス削ったりもしてくるからな。
とはいえそんなことよっぽどでないとやらないけど、恐らく今回はよっぽどのケースである。このレベルのサボりなんて姪が絡んだ時の僕でも滅多にやらないぞ。
「どうしてそんな無茶を……」
「るなちゃんに会いたかったんだもの、仕方ないと思わない?」
「それは仕方ないですね」
理由を聞いてみれば、僕は一瞬で納得した。
確かにウチの姪はこんなにかわいいのだから仕事中に唐突に会いたくなる気持ちも分からないでもないっていうか、痛いほど分かるし何なら僕自身がその気持ちの化身である。本当は社会人として仕事中ぐらいは我慢するべき欲求なのだが、抑えきれなかった以上は仕方ない。
「それともちろん、アンちゃんにも会いたかったわよ?」
「……僕もですか?」
「ええ。こんなにかわいい子が2人もいるなら会いに来たくもなるでしょう?」
「えへへー。やったねあんちゃん、かわいいって!」
「いや僕は……まぁ見た目は、そうかもしれないけど……」
と、そんな風に突然ストレートに褒められた僕は思わず視線を逸らしてしまった。この手の言葉は普通の童貞だった頃からどう対応していいのか分からず苦手だったのだから仕方ない。
それに僕だってこの身体はかわいいとは思うが、中身を知ってて尚も平然とそう言えるものなのだろうか。そういう意味でも素直に喜ぶのも変な感じなので、リアクションに困るからあまりそういうのは言わないで欲しい。
「そ、そんなことより。早く仕事に戻らないと怒られますよ? いや、怒られるのはもう確定してると思いますけど出来るだけ早く戻った方がいいですよ?」
「ええそうね、アンちゃんるなちゃん成分も補給できたからそろそろ……いえ、もうちょっと欲しいわね」
「だいぶ欲張りますね。金曜の定時前なんですからあとちょっと頑張ってくださいよ」
かわいいと言われて困惑する気持ちを誤魔化すように、僕はやんわりと早く仕事に戻るよう勧めたのだが。
しかし仕事中に会いに来てしまうだけあって、サラさんの覚悟は中々に決まっていた。コイツは手強いぞ、なまじ気持ちがわかる分だけその厄介さがよく分かる。下手をすれば終業時刻になっても帰らないやつだ。
「せめて最後に『お仕事がんばってね、お姉ちゃん』と言ってくれないかしら? そうすれば元気が出て、今週を最後まで乗り切れるのだけど」
「ん、そうなの? じゃあいいよ」
「うふふ、ありがとうるなちゃん」
「お姉ちゃん……?」
「アンちゃん、何か文句でもあるのかしら?」
「何も無いですスイマセンでした」
お土産とばかりにセリフをリクエストするサラさんだったが、その実年齢……は知ってるわけではないけども、リアルの大体の年齢をなんとなく把握している僕としては「お姉ちゃんって歳じゃなくね?」と思ってしまったのだが、お嬢様スマイルに隠れた殺気を感じ取ったので即座に謝った。
危ない危ない、虎の尾を踏んだら狐の僕なんて簡単に食べられてしまうからな。やはりここはこのまま穏便かつスムーズに帰ってもらうのが一番だろう。
僕はさり気なく良い感じの角度になるよう立ち位置を移動しつつ、動画を撮影しながら姪のセリフを待った。
「お仕事がんばってね、お姉ちゃん!」
そして贈られる言葉、それと満面のスマイル。
思わず背景に花が咲いたようにさえ幻視するその可憐な光景のかわいさは、言葉を向けられたサラさんを貫通して僕をも易々と撃ち抜いた。
なんという破壊力だ。あまりにかわいすぎて危うく脳波異常の強制ログアウトをまた食らうところだった。僕ほど姪と接し慣れていても、ましてや自分に向けられたセリフでなかったとしてもこの威力か。凄まじいな。
「ああ……! いいわ、この疲れが吹き飛ぶような幸福感……! ありがとうるなちゃん、最高よ!」
「えへへー。元気になったんならよかったぁ!」
「ホント最高ですね。今のは良いリクエストでした、サラさんグッジョブ。そしてありがとうございます」
「お礼はいいわ、そんなことよりも次はアンちゃんの番よ」
「あ、僕からも何かるぅちゃんに言って欲しいセリフをリクエストする感じですか?」
「いいえ? アンちゃんが私にさっきのセリフを言ってくれる番という意味だけど?」
「うん?」
そんな満足感からこの光景を作り出してくれたサラさんに感謝していたのだが、急に雲行きが怪しくなってしまった。
「……るぅちゃんへのリクエストだったはずでは?」
「そんなことは言った憶えがないわね」
「うっ、確かにそうですけど……このまま幸せな気分で終わりません? 仮に言ったとしても、さっきのるぅちゃんのを超えることはないですよ?」
「構わないわ。幸せは加算式だもの。それより早く言ってしまって私を仕事に戻らせた方が良いと思うけど?」
「くっ……! こいつ自分を人質に……!?」
確かにるぅちゃんだけに言って欲しいとは言ってないけど、言ってはいないけど! だからって僕にまで言わせるのはなんかおかしくない!? 元の姿も知ってるよね!? ていうかお姉ちゃんって、僕の方が年上なんだが!?
と、色々言いたいことはあったが、端的に言えばサラさんは無敵である。僕では勝てないのは分かり切っている。ならば姪と早く遊びに行くには……ついでにサラさんを早く仕事に戻させるには。このセリフをさっさと言ってしまって、満足して帰ってもらうのが一番だと僕は判断した。
どうやら覚悟を決めるしかないらしい。いや覚悟なんて無理だけど……くそっやるしかない……!
「ぅ……お、お仕事がんばって……ぉ、おねえ、ちゃん」
だ、ダメだ。よく知ってる職場の同僚の女性に対してお姉ちゃんなどと呼ぶのは成人男性的にはハードルが高すぎる……! ましてや僕は童貞……いや童貞は関係ないか? とにかくこちとらこんなマニアックなプレイ慣れてないんだよぉ! 本物の女子小学生やってる姪みたいに自然に言えるわけないよなぁ!?
とはいえいくら上手く言えなかったとしても、リクエストされたセリフを言い切ったことに変わりはない。スムーズには言えなかったが、むしろ結果的に恥ずかしそうに姉を応援する妹みたいなことになってしまったのは評価されるべきポイントではないだろうか。自分で言うのも何だが少なくとも僕はそう考える。
そう思ってあまりの羞恥に下げてしまっていた視線を上げてみたのだが、しかしそこには既にサラさんの姿は無かった。
「うーん……やっぱりあんちゃん妹の才能あると思うし、あたしの妹になった方がよくない?」
「ならないよ? ところでるぅちゃん、サラさんは? もう戻ったの?」
「ん、強制ログアウトだと思うよ。あんちゃんがたまになるやつと一緒の消え方だったし」
「マジで?」
えぇ……? 強制ログアウトってあの異常な脳波の乱れを検出した時になるアレか? 嘘だろ、本物の現役女子小学生の姪に耐えておいて僕でそうなるか普通? いくらロリ巨乳狐娘とはいえ、所詮は偽物なんだが? ましてや中身知ってて興奮できるとか、やっぱりあの人ハイレベルな変態では?
いや、だとしても姪の段階で既にかわいさに耐えられず結構なダメージが蓄積されていたに違いない。ならば僕のセリフは最後の一押しぐらいになっただけ……のはず。そう信じたい。そうであってくれ。
まぁそれはともかく、道は拓けた。なんだか出発する前から精神的に疲れた気がするが、この程度の致命傷ならば姪と一緒に遊んでいればすぐに回復することだろう。なので今度こそ出発することにした。
「……行こっか」
「ん、そだね」
かくして僕たちは旅立ちを予想外の人物に見送られながらも、姪の武器を手に入れるべく新たな冒険へと旅立った。
目指すは『採掘の街ピルケル』。新たな素材が手に入るフィールドに繰り出すというのは、いつだって楽しみなものだ。
もっとも姪と一緒ならどこに行くのも楽しみなのだが、それを抜きにしても1人のゲーマーとして僕は密かに心躍らせたのであった。
――ちなみにこの時、サラさんが消えると同時に。周囲で密かに様子を見ていた通行人も何人か耐えきれず強制ログアウトになっていたということは、僕の知らないところである。




