お世話になったんだが?
隆たち九人とスタッフ三人は旅館沢村屋を出た。
玄関の前に集まる一同。
ここで、スタッフの三人とはもうお別れ。なんだかんだあったが、とても楽しい思い出となった。
「皆さま。ここで一枚、写真をお撮りしてもよろしいでしょうか? 初めて沢村さんの真実にたどり着いた証として」
沢村さんの真実にたどり着いたのは、隆たちが初。もしこれが、隆たちでなく、別の誰かだとしたら、真実には辿り着けなかったのかもしれない。
九人で知恵を絞り、真実を導き出した。
沢村さんの真実を初めて体験した団体。そして、沢村さんの真実にたどり着いた初めての客として。
「お、いいねえ! 撮ろう撮ろう!」
上条の掛け声に、一同は頷きを見せる。
九人は沢村屋の玄関の前で綺麗に並ぶ。
その先で九人にカメラを向ける満月。
女性陣たちは各々に体を寄せて、カメラに収まるようにする。
前列に右から、美沙、シャルロット、隆、上条。
後列に右から、天空城、昇龍、可憐、加賀、赤城。
満月はまだ、カメラのセッティングをしている最中。
「ねえ、隆」
「なんだ?」
上条は空を向きながら、隆に話しかける。
「この二日間さ、僕にとってはすごく楽しくて、いい思い出になった。隆やシャルロットちゃんだけでなく、みんなを心の底から仲間……友達だと思えた」
その言葉に、隆も空を向く。
「奇遇だな。僕もだよ」
隆は、元は引きこもりのオタク。人間不信となり、人という存在を一切、信用できなくなっていた。
上条も、こっちの次元で友達と呼べるのは、本当に僅か。
そんな二人だからこそ、共通して思うところがあったのだ。
「……」
「……」
「またみんなとこうして遊びたいね」
「これからそうなるんだよ。僕らは」
二人は同じ場所を見て、ぶつぶつと言っていた。
こうしてみんなと友達になれたということは、これからもこういう機会がもしかしたらあるかもしれないということ。
これも、何かの縁なのかもしれない。
「はーい、じゃあ撮るよ〜!」
満月はカメラのセットが終わり、片目を閉じる。
「はい、チーズ!」
カシャッ
シャッターが押され、一枚の写真が撮られた。
「満月さん! こっちのスマホでもお願い!」
美沙が小走りで満月の元へと走っていき、ポケットからスマホを取り出して、手渡し。そのまま、また小走りで戻っていく。
「任せて!」
美沙のスマホを受け取った満月。
カシャッ
こうして、もう一枚の写真が撮られた。
「あの! よかったら、スタッフの皆さんも一緒に撮りませんか!」
シャルロットの一声は、三人の元へ。
互いに顔を見合わせる三人。
「ほえ?」
「私たちも?」
「いいけど、誰が撮るの? 私でよければ――」
「お! じゃあ、あーしの出番じゃん!」
満月が撮ろうとしたが、昇龍はあるものをずっと持参していた。自分の鞄を開け、あるものを取り出す。
脚立タイプにもなる自撮り棒。昇龍はすぐさま、慣れた手つきで組み立てる。
満月から美沙のスマホを受け取り、そこにセット。
すると、レバーのところにガッチリとハマった。
「よっしゃ! じゃあ、十二人で撮ろう!」
十五秒のカウントダウンが始まる。
美恵子、新月、満月の三人は、後列にいる、赤城の横に立ち、笑顔になり、カウントダウンを待つ。
「十二人じゃないよ。ここに今いるのは……十三人さ!」
あと数秒というところで、加賀がよくわからないことを言う。
ここには隆たち九人と、スタッフの三人。あわせて十二人しかいないはず。加賀は何を言っているのだろうか?
すると――
「ウキッ!!」
「うをお……!」
美恵子の声と共に現れたのは、一匹の山猿だった。
茶色い毛並みに、くりっとしたまんまるな目。
山猿は、赤城と美恵子の間の隙間に入り、背筋を伸ばしてカメラを見つめた。
カシャッ
ちょうどその瞬間、カメラのシャッターが切られた。
「ん? あああああ!! てめえ、あの時の猿!! よくも、百合を汚しやがったな……」
猿がいることに気がつき、加賀の目が変わる。
怪奇現象のほとんどが満月の仕業だったが、温泉の一件に関しては無関係。偶然起こったこと。
その元凶が、この山猿だとわかった瞬間、百合空間を破壊した猿に怒りが湧き上がる。
「ウキッ!」
「待てや、おらああああっ……!!」
ものすごい速さと運動神経の良さで森中を駆け抜けて逃走する。
目にも止まらぬ速さ。
「何んだ、あの猿!?」
「猿とはいえ、運動神経良すぎるな」
加賀の猛スピードの速さを最も簡単に逃げ切る猿。
あの訓練を積み、怒りに震え上がる加賀から逃げ切るのは至難の業。普通の猿ですら捕まるというのに、なんなんだ?
「そういえば、女湯の一件はあいつなんだよな?」
「そのはずです」
「あの山猿、何者?」
「私にもよくわかりませんが、あの子はこの旅館によく遊びにきます。しかし、服を隠したり、女湯で暴れたりするなんて今まで一度も……」
「……」
スタッフ三人は、あの猿のことを知っていた。
よく旅館沢村屋にも遊びに来る。
しかし、知能の高さと、体の身体能力が他の猿と比べ物にならないほど、高い。知能の高さは人並み以上。身体能力は猿の何十倍も。
それが原因で、隆は女湯の一件が猿の仕業だなんて思えなかったのだ。
「だあ……だあ……だあ……なんなの……あの猿……」
森から帰ってきた加賀。目の前にはゆっくりと歩き、加賀のことを煽る猿が。
「あの加賀がここまでとは」
「ウキッ!」
「加賀。帰るわよ」
「ま、待って……だあ〜……」
ふらふらな状態で皆の元に戻る。人以外には勝てないと感じた瞬間であった。
「女将さん、お世話になりました」
「いえいえ。こちらこそ、沢村さんの真実に辿り着いてくれて、ありがとうございます」
可憐は女将に最後、礼を言った。
今回、色々と手続きをまとめてくれたのは可憐。
九人の代表のような存在。
そして、女将もまた、可憐たちに感謝をしていた。
沢村さんの辿り着いてくれたこと。
謎を解いてくれたことが、美代子への一番の恩返しだとも感じていたからだ。
「君、頭いいんだね。さすがは元秘書さんだ!」
「まあね。あなたの頭脳もなかなかなものだったよ」
上条は隆のために必死に頑張っていた。
その姿は、自分のいなかった場面でも活躍していたと思っていた。
沢村屋の真実のトリックをほとんど一人で考えた満月。
隆たちをここまで苦しめた彼女もまた、天才。
「東條隆様。あなたがいたからこそ、この謎は最後まで解かれました」
「大袈裟だ。これは、みんなのおかげだよ」
「ふふっ。そうですね。沢村さんも今頃きっと、喜んでいると思います」
「きっと、喜んでいるさ」
新月と隆は、最後に大いにぶつかり合った。
新月も沢村さんに恥じないよう、最後まで戦い抜いた。これが、女将を助けられるせめてもの恩返しなのだから。
隆も命懸けだったとはいえ、満足した笑顔だった。これもまた、いい思い出へと変換されたのだろう。
「ウキッ!」
「うわあっ!」
近くにいた山猿が新月の右肩に乗る。
「ね、姉さん……これ、どうすれば……」
「あっはっはっはっはっ! 新月あんた、懐かれたみたいだね!」
「ええ……」
猿は何食わぬ顔で、頭を掻きながら後ろにある旅館の方を向いていた。
その光景を見て、全員の笑い声が響き渡る。
「せーの!」
「「「「「「「「「お世話になりました!!」」」」」」」」」
九人は揃ってお礼を言って、最後の別れを告げた。
「ではみなさま。またのお越しを」
「「「お待ちしております」」」
「ウキッ!」
三人と一匹もまた、一礼した。
九人は車に乗り込み、行きと同じ座席に座る。
可憐はアクセルを踏み、旅館沢村屋に続く坂への向かう。
「ばいばーい!!」
美沙たちは窓越しからスタッフたちに手を振る。
隆も小さく手を振る。
「ん?」
隆の目には一瞬、見知らぬ女性が映った。
髪が長く、ニコニコと笑う見たことのない高身長の女性。
その女性は、美恵子の隣で自分達に手を振っていた。
「なあ、上条。あいつ誰だ?」
上条も手を振っていたが、隆の向く方向を見る。
「え? どいつ?」
「ほら、あそこに――って、あれ?」
しかし、今度は何も映ってはいなかった。
「隆。昨日、夜中まで起きてたでしょ」
「すぐ寝たわ!」
「ゲームのやりすぎだよ、きっと」
「だからすぐ寝たわ!」
気のせいだろうか?
この旅館にはたしかに、十二人しかいないはず。
それは、昨日散々話し合ってきたことだった。
――じゃあ、あの女性は一体……
九人を見送り、振っていた手を下ろす三人と一匹。
「行ってしまいましたね」
「うん、いい子たちだったね」
「……」
恵美子は考えていた。
これで、美代子への恩返しはできたのだろうか、と。
美代子への恩返し。それが、今回の沢村さんの真実というもの。沢村さんという幽霊が怪奇現象を起こす。
それを人間にしかできないトリックで説明するというもの。
結果としては三人の敗北だったが、むしろ、これでよかったのだと思っている。
彼らが解いてくれた。この真実こそが、なによりも大切だったのかもしれない。
「新月さん、満月さん。これから忙しくなりますね。ほほほほほっ」
「ふふっ。そうですね。これから、ですね」
「よーし! そうと決まれば、新たなトリックの構築よ!」
これで終わりじゃない。
これからは企画として、沢村さんの真実をやっていく。
これが、あの方たちから託されたことですから。
「ウキッ!」
「うわっ!」
新月の右肩にずっと乗っていた山猿は突然ジャンプし、森の奥へと飛んでいった。
優雅に木の枝に乗り、進んでいく山猿。
「……っ!?」
美恵子にはそれが別の姿に見えていた。
一人の女性。その女性の姿を知っているのはもう、美恵子しかいない。
髪が長く、高身長の女性。
その女性が、木の枝に乗って進んでいっているように見えた。その姿は山猿だったはずなのに、美恵子にだけは一人の女性に見えた。
だから、彼女にしかわからないのだ。
その姿を見た瞬間、美恵子の瞳からは涙が溜まっていく。
「美代子ちゃん……」
(美代子ちゃん……私、頑張ったよ……美代子ちゃんの分まで……そしてあの子たちが、真実に辿り着いてくれたんだよ……これからも沢村屋を見守っていてね……)




