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男湯じゃないんだが?

 ――浴室前――


 一方その頃、隆たちも浴室前まで来ていた。あれから結局、新月からは何も情報が得られず、走らせる肉体的、頭を使う精神的に、だいぶ疲れ切っていた。

 時系列的には今、温泉の中で謎の生命体が暴れ回っている頃。そして浴室前でも不可解なことが。


「なんで男湯の掛け軸だけないんだ?」


 男湯の掛け軸が消えていた。右側に女湯の掛け軸。左側に何も掛かっていない状態。


「女湯の掛け軸が掛けてあるから、男湯の掛け軸は必要ないってことなんじゃない?」


 女湯の掛け軸は右側にある。しかし、男湯の掛け軸だけがない。その先には扉があるため、掛け軸がなければどちらの湯なのかは判別できないため、掛け軸は必要のはず。

 とはいえ、女湯の掛け軸はあるため、それで判別しろということなのかもしれない。しかし、まだ何か引っかかる。


 上条が左側の扉に入ろうとした時、


「くんくん……この扉の奥に美少女の香り……隆、これはフェイクだよ! こっちは女湯、右側が男湯だよ!」


 鼻を尖らせながら隆の方を向いてそう言い、張り切って右側の男湯へと向かう。


「おいバカ!! そっちは女湯――」


「ひいーやっほー!! 温泉が僕を呼んでいるぜ……!!」


 上条は女湯の掛け軸が掛かっている扉を開け、中に入っていった。横に引くタイプの手動で勝手に閉まるようになっている。そのため、しばらくすれば上条の姿は完全に消え、声も聞こえなくなった。


「あのバカ……!! あいつがコテンパンにされるまで出血する未来が見えたよ……」


 隆は頭を手で押さえ、見えなくなった上条を(あわ)れむ。


 おそらく上条は、自分が女湯を覗かせるきっかけ作りのために男湯にリアル女どもがいると嘘をつき、一人女湯に向かった。そして僕も道連れと。


 上条は女好きな性格のため、あり得る話と隆は考える。しかし、覗きなんかには全く興味がなく、上条のように正面からいくなんてアホとしか思えなかった。


 ましてや相手は、なぜかものすごい強いもどき、怒ると何をしてくるかわからない美沙、極道の娘の昇龍、プロの格闘家の天空城、仕舞には人類最強を含めた管理局の三人。

 ――入った瞬間、命はない。


 今頃上条は海の藻屑(もくず)ならぬ、湯の藻屑になっている頃だろう。


(悪いが上条、僕はお前のようにはならない。さあ、この旅館名物である、温泉を堪能(たんのう)しようではないか――!!)


 こうして隆は、上条とは反対方向の女湯の掛け軸が掛かっていない方の扉を開けた。



「あ、あれ……」


 扉を開けた先にいたのは、上条――


 ではなく、全裸の美少女が七人。全員見知った顔。


 扉が開いたことにより、全員の注目が隆の方を向く。



 終わった……



 それぞれ違った胸。立派な胸を持つ者もいれば、これからその成長が楽しみな少女もいる。


 体を隠す少女たちを見ているのも、どこか背徳感が得られる。


 そんな光景、一生に一度見れるかどうか。


 それを隆は見ることができた。



 ――しかし、その代償は凄まじいもの。



「た、隆さんっ!?」


「お兄ちゃん……!? な、なんで!?」


「てめえ、やっぱ目的は覗きかあああああッ……!!」


「ち、違う……! ここは男湯のはずだろ……!」


 必死に抵抗するも、体が固まって動かない。まず頭の整理が追いつかない上、今から自分は殺される……!!

 そう考えたら足が動かない。


「東條貴様あああ、何を訳のわからんことをおおお……!」


「キャーーーーーーーッ!!」


「お巡りさんっ!! 大変な変態がここにいますっ!!」


「おい、東條隆……百合の間に介入したな……今こっちはイライラしてんだよ……死ねや、ごらあああああああッ……!!」


「だあああああああ……!!」


 七人全員の猛攻が襲いかかる。当然、引きこもりが防げる攻撃なはずもなく、隆は起き上がることが不能なほど、ボコボコに殴られた。



「いやあ、気持ちいいねえ〜……!!」


 その頃、一人で温泉でくつろぐ上条。上条は初めからわかっていた。右側が男湯だということを。だから隆と違って無事に息ができている。

 そこへ、扉から入ってきたのは隆だった。

 顔面ボコボコに膨れ上がり、身体中はあざだらけ。起き上がることが不可能になり、血塗れの状態で地面を()いずりながら温泉の中にダイブ。


 隆はブクブクと泡を吐きながら沈む。


「で、どうだった? 女湯」


「死ぬわっ……!!」


 顔を上げ、上条に怒鳴る。


「なるほど。死ぬほど絶景だったと」


「違うわ!! 全員にボコボコに殴られたんだよ!!」


「隆もリスクを承知で女湯に入るなんて勇気あるね〜。流石に殴られるリスクを払ってまで女湯に入る勇気は僕にはないよ〜」


「そのリスクを僕は知らなかったんだよ!!」


「いやいや、僕らみたいな男が女湯に入ったら殴られることくらい想像つくじゃん」


「そういう意味で言っているんじゃない!! あっちは確かに男湯のはずだろうが!! 初めから女湯だってわかってたらこっちにきてたよ!!」


 しばらくの沈黙。上条は後ろに腕を突き、空を見上げる。隆はため息をついた。


「で、今回のこれはどう見る?」


「おそらくは沢村さんだろうね。大前提として、七人の女性陣の誰かが掛け軸を入れ替えたなんて真似はしない。今の隆を見るからに」


「ああ、もれなく七人全員で殴られたよ」


 まず、七人の中の誰かがやったなんて可能性はあり得ない。

 全員の性格的に見られたいなんて願望がある人物は誰一人いない上、加賀のような百合に介入すれば容赦ない人物もいる。

 仮に隆のことが好きで裸を見られたいという願望で隆を招いたとしても、加賀に殴られるのは想像がつく話。そうなれば、隆は確実に殴られるため、隆が傷つくのは本末転倒。


 何より、七人はそれぞれ固まって行動していたため、根本からしてあり得ない。

 そうなれば、やはりできる人物は限られてくる。


「犯人は上条、お前だな」


 隆は上条の方を向く。


「なんで僕なんだよ! 親切に警告までしてあげただろ! あんまりだよ、隆〜!」


 上条は隆の肩にくっつき、ベタベタと触る。


「やめろ気色悪い! 半分冗談だ」


「全部冗談であってくれよ!」


「いや、なんでお前は初めから女湯が左だってわかったんだ?」


「だから奥で美少女の香りがしたんだよ!!」


「それだよ!! なんなんだよそれ!! はあ……まあいい。どうせお前じゃない」


「やった!!」


 疑いが晴れ、ニコニコと喜ぶ上条。


「そもそもお前は僕とずっといたし、まずない。そうなれば、考えられるのはスタッフの誰かだが――」


「そう、それすらも今回はあり得ない可能性があるんだよ」


 これまで起きた怪奇現象であるテレビ。あれはまだ三人目のスタッフがいることにより、説明がつく。しかし、今回ばかりは例外。それは隆と上条、双方が同じように考えていた。

 いくらなんでもスタッフが女湯の掛け軸を入れ替えるなんて真似はしないはず。


「流石のスタッフでもここまでタチの悪いことはしないだろう。だとすれば、誰かの悪戯?」


「この旅館の入り口はオートロックで朝まで閉まっている。だから入口を通しての外部からの侵入はあり得ない。他の客も僕らが探した通り当然いない」


 この旅館の入り口は自動ドアではあるが、夜の八時を回るとオートロック式で扉が閉まることがわかった。だから外部からの侵入は不可能。

 そして、旅館の客はこの九人以外、誰もいない。


「……詰みじゃん」


「……詰んだね」


 九人の誰かでもなければ、スタッフの誰かでもない。外部からの侵入もなく、この旅館に泊まっている客は他にいない。

 そうなれば、誰が可能なのだろうか?


「いや、一つだけ可能性があった」


「なんだ!? 誰なんだ!?」


 隆は期待し、目を光らせる。


「沢村さんだよ」


「はあ……それ幽霊じゃん……」


「だから幽霊の仕業なんだよ。女湯と男湯を入れ替える幽霊なんて、なかなかユニークな幽霊だよね」


 ここまできて結局全て幽霊。しかし、幽霊ならどれもこれも可能なのかもしれない。ひょっとすれば、最初にテレビがついたのも加賀や三人目のスタッフが犯人なのではなく、初めから沢村さんという、ある意味では第三者の幽霊の仕業だったのかもしれない。


「あのなあ……これで僕がもし沢村さんの正体がわからなかったら死ぬんだぞ」


「そうじゃん! 正体わからなかったら隆死ぬじゃん!」


「はあ……ん? 正体……?」


 何か引っかかる。それは初めの頃に新月が言っていたあの発言。




「それでソレの真実っていうのは具体的に何をすれば良い?」


「言わずともわかるかもしれませんが、ソレとは沢村さんのことです。つまりは沢村さんの真実。今から二十四時までにおそらく怪奇現象が立て続けに起きていきます。それを幽霊以外ができるトリックを用いて日付が変わるまでに暴いてください」




 このように言っていた。そして今回の副業の内容――


【旅館沢村屋のソレの話を聞き、八月四日を迎えるまでに真実を全て暴く:10000円】


 つまり、真実とは、幽霊以外ができるトリックを用いて沢村さんの正体を暴くこと。

 投資業界が無理難題を押し付けて理不尽に隆を殺すわけがない。そうなれば考えられる答えはただ一つ――



「そうか!!」


 "絶対に沢村さんが幽霊なんて答えにはならない"


 これが隆が導き出した答えだった。

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