温泉に入るんだが?
「びっくりした〜。ガチの幽霊かと思ったじゃん……」
腰を抜かして震える声で女将を見上げる加賀。
「ほっほっほっ。まあ私も、幽霊みたいなものですからねえ……」
「ええ〜」
「それより、お風呂って?」
「ええ、うちの旅館の温泉は肌が若返ったり、美容効果もあるんですよ。私の肌もぴちぴちでしょ〜?」
にっこりと満面の笑みの女将。それを渋い顔で見る加賀。一番至近距離にいるため、女将の肌がよく見える。
「しわっしわじゃん」
女将の年齢は既に七十越え。ぴちぴちというには少し無理があった。ほうれい線がくっきりと映るくらいのお婆さん。
お世辞だろうともズバズバと言ってしまうのが加賀である。
「さあさあ、皆さまご遠慮せず入ってください」
「どうします?」
天空城が可憐の顔を見る。
「そうね。せっかくだし入りましょう」
「僕は後で入る」
しかし、隆は後で入ると言った。
「構いませんが、今入った方が気持ちいいですよ」
「ちょっと頭を使いたくてな」
隆が頭を使う理由は、今は沢村さんの一件しかない。ここで謎を解かなければ、隆は死亡する。そうなれば、お風呂に入ったところで元も子もない。
ならばある程度考えた後にお風呂に入り、ゆっくりしたいと考えた。
「そうですか」
そんな隆を見て、ほんの少しの笑みを浮かべながら女将は了承した。
「そういうことなら僕も後ででいいよ。一人より二人ってね」
上条も残ることにした。
そして、全員が部屋を出てる。鍵は可憐が施錠。
女性陣はお風呂に向かうため、先に浴室へと向かっていった。
廊下には隆、上条、女将が揃う。
女将も去ろうとする中、上条がそれを止める。
「女将さん」
「はい?」
「ここの従業員は今、女将さんと新月さんの二人なんですよね?」
「ええ……」
ニヤリと笑い、上条の言葉を返す女将。
「どういうことだ?」
隆は上条の言葉がまだよくわかっていなかった。
「この旅館には女将さん、新月さんの他にもう一人、いや、下手したらそれ以上の人数がこの旅館にはいるんじゃないのかなって思ってね」
「そういうことか!」
この旅館のスタッフは今、女将と新月の二人。可憐はたしかにそう、女将から聞いていた。しかし、本当にそうなのだろうか?
実は初めから女将の嘘で、この旅館には三人以上のスタッフがいる可能性がある。口だけならいくらでも誤魔化せられる。
そして、仮に三人以上がいた場合、テレビの怪奇現象も説明がつく。土間には女将と新月を含めた十一人がいた。つまりは、その場の十一人は等しく、誰も鍵を施錠することも開けることもできない。
しかし、三人以上スタッフがいる場合、その人物が女性陣の部屋の室内に入り、テレビをつけた可能性が出てくる。
上条のこの考えは隆に通じた。
「では、探してみてはいかがでしょうか。この旅館は二階建て。しかしまあ、私から言えることとすれば……」
「……」
「沢村さんは誰も泊まっていない部屋には姿を現さない。ほっほっほっほっほっ……! ほっほっほっほっほっ……!!」
それだけ言うと女将はどこかは去っていった。
――沢村さんを再び呼びつけるかのような。
――浴室前――
女性陣七人は着替えなどの用意を持ち、浴室前に移動した。
彼女たちがいるのは左側。「女」と書いてある掛け軸の前。右側には「男」と書かれている。
「楽しみですね!」
「そうだな」
ワクワクする一同。それもそのはず、この旅館の一番の名物はやはり、温泉。ここに来る前から知っていた人物もこの中には何人かいるくらい、巷ではかなり有名。
それがまさか、投資業界のルートとはいえ、無料で入れるなんて何たる贅沢なひととき。
「でもよお、あの二人怪しくねえか? なんですぐに入らねえんだ?」
「ま、まさか、覗きっ……!?」
「残念なことに、その可能性は否定できねえんだよなあ」
たしかに否定はできない。昇龍は過去二度も隆と上条の覗きを防ぐために立ちはだかっている。
また今回もそんなことがあるのではないのか。そんな気がしていた。
「大丈夫だよ、みんな……もしそうなったら、私があいつらを生命の危機に晒してあげるから……」
加賀は百合の間に介入する男は許さない主義。女子が温泉にいる中、男が入ってくるようなことがあれば、そいつはおそらく、生きては帰ってこれないだろう。
ましてや力自慢の加賀。それが怒りによって更なる力を得たとすれば……
「あなた、目が怖いわよ……」
目には闇を宿していた。
「とりあえず入りましょう」
「……うんっ!!」
赤城の言葉で一瞬にして満面の笑みになり、光を宿す。それもそのはず、加賀にとってこの先はパラダイス。バスタオル着用とはいえ、裸同然の美少女六人と一瞬にわいわいできるからだ!
こうして、七人は浴室へと入っていった。
全員は脱いだ服をそれぞれのカゴに入れ、バスタオルを巻いて風呂場へと足を踏み出していった。
「わあ〜!」
「すっげえなあ!」
風呂場の扉を開けた瞬間に臭う、温泉のいい香り。煙が空を舞い、お湯に浸からずともわかる暖かさ。七人は今日の疲れと汗を流し、身体を洗った後、足からお湯に浸かり、温まる。
「温まるわね〜」
「さすが、有名なだけありますね」
全員が肩まで浸かり、リラックスする。
昇龍は左手にお湯をつけ、右腕を軽く撫でながら話をする。
「そういえば、赤城ちゃんと加賀ちゃんって何歳なんだ?」
「十五です」
「十六だよ」
赤城の年齢は十五歳。加賀の年齢は十六歳。学生にすれば、赤城は中学三年生。加賀は高校一年生。
これまで特に意識せずに接していたが、なんだかんだ年齢は知らなかった。
なお、昇龍たちは高校二年生の十七歳。年下ということになる。
「え!? 赤城ちゃんと加賀ちゃんって同い年だと思ってた!!」
「いやいや、私は赤城より一個年上のお姉さんだよ。ねえ、うりうり〜」
赤城の髪をわしゃわしゃと撫でる加賀。
「ちょ、や、やめてください……!」
「ふふっ」
「でもまあ、本当のお姉さんは可憐なんだけど〜……で、その可憐はどこいった?」
加賀はあたりを見渡すが、見当たらない。
「あ、あんなとこにいた! 可憐もこっち来なよ! 何一番の年長が恥ずかしがってんの!」
可憐は一番奥の隅にいた。
恥ずかしそうに顔を赤くしながら。
「べ、別に恥ずかしいわけじゃないのよっ……! ただ、その……ここが落ち着くだけ……! そう、ここが落ち着くの!」
「はあ……」
またいつもの照れ隠しのような言い訳を聞き、呆れる加賀。可憐たちの職場、正義執行管理局の局内にはもちろんお風呂はある。それなりの大きさ。しかし、彼女は一人で入ることが多く、あまり慣れていない。
シャルロットや美沙もそうではあるが、ここまで恥ずかしがるのも可憐ぐらいしかいない。
「あれ? そういえば、天空城さんもいませんね」
「ほんとだ。でもどうせ、そこらへんにいるでしょ」
今度は天空城がいなかったことに気づく。
シャルロットと美沙はあたりを見渡す。
また可憐みたいに隅にいるのではないか思ったが――
「って、いないし」
「でも、ここに来た時はたしかにいましたよね」
「いたね」
たしかに七人で浴室に入ったが、見当たらない。いつの間にか消えていた。
そのまま部屋に戻っていれば普通は気づくが、そのような気配はなかった。
「まあ空ちゃんしっかりしてるし、大丈夫でしょ」
「そうですね」
そんな中、忍び寄る一つの影。それは、可憐の足元まで既に近づいていた。
つんつん
「ひゃあんっ!」
その影は可憐の横腹をバスタオル越しに突つく。
そのせいで色気のこもった声が漏れてしまう。
「可憐が急にエロい声出したっ!?」
「違うの! 今何かが……!」
全く何が起こったのかが理解できず、可憐は横を見渡す。しかし、何もいない。それもそのはず、横にいるわけではなく、お湯の中にその影はいる。
そんなことも忘れてしまうくらい、かなり慌てていた。
そしてふと下を見て気がつく。
「うわっ! って、えっ!? 天空城さんっ!?」
つんつんした正体は意外にも天空城だった。そして天空城は水中で人差し指を作り、自分の口元へと運んだ。
「静かに」。そう言っているように聞こえた。




