それは弱点なんだが?
ただ一方的にやられ、打ち返しているのかすら曖昧な隆を、外野から見守る五人にの目には、勝ち目はないと思っていた。
「残り五十秒。いや、下手したらもっと短い間動くのが精一杯といったところか」
「応援していましたが、彼もここまでですか」
「みたいだねえ」
「まあでも、よくやったよ。あの江南相手にあそこまで粘り強く立ち上がったんだし、素直に東條はすげえと思う」
「……」
外野の五人はそれぞれ肩を落としていた。
あれだけ頑張れば、最後は勝って欲しいとどこかで思ってしまう。それは敵チームであるチーム芳月ガールズの昇龍と天空城も。
しかし、漫画の世界のようにうまくはいかないのが現実。ましてやあの隆。特に運動もやっておらず、ネトゲ三昧の日々。「秘めたる一撃が!」なんてドラマは生まれない。
美沙は最初に比べれば体力は減っているが、まだ半分以上残している。それに比べて隆は無我夢中で走り出し、全身を痛めつけてでも跳ね返している。ボールだけではない。地面に体が当たり、唸る時もある。
それはもう、時間切れまで持つようなものでもない。それまでには体力は切れ、その隙を美沙に突かれてトドメを刺される。
そんな未来が、この五人には見えていた。
――そう、この五人には……!!
「いいえ、まだですっ!」
「ええ?」
シャルロットが声を上げる。
「たしかに状況的に考えて美沙さんの方が圧倒的に有利です。体力も身体能力も。何もかも。でも、隆さんには奇跡を呼び起こす力を持っています! それは時に誰かが彼を助け、時に自らが奇跡となり、その困難を突破する! それが、東條隆という男です!」
シャルロットは最後まで信じ続けていた。いつもそばにいて、彼を好いているシャルロットにはわかる。気合の入った声と、自信に満ち溢れた顔つき。
そう。今までもそうだった。彼の前に困難が立ち塞がる時、仲間たちが彼を助けた。
それを助けたのは他でもない、ここにいる八人全員。そして、周りに人がいなくても、自ら凄まじい力を発揮し、その困難を突破する。
それはまさしく奇跡……!
「ああ、シャルロットちゃんの言う通りさ!」
遠くの木陰で上条は体を起こし、隆一点を見続ける。
その人物に注目が集まった。
「隆は奇跡を呼ぶ男っ……! 理屈では語ることのできない、とんでもない力の持ち主……! きっと隆は今から、この場にいる誰もが予想つかないことを言うだろうね!」
この男もまた、隆を心の底から信じていた。
奇跡は理屈ではない。それを心のどこかで最後まで信じ続け、初めて宿るもの。その力が隆にはある。いつしか心のどこかに宿った最大後まで諦めない心。
それが隆をいつだって動かし続けてきた……!
その瞬間、他の五人も思った。
隆を信じ続けてみようと。彼ならなんとかするのではないか。
この五人だって知っている。隆の奇跡を呼び起こす力を。
副業によって覗きをしようとした時の奇跡。
結婚式の脱出の時の奇跡。
遊園地で美沙を守った時の奇跡。
そして、七不思議怪異で誰も倒せなかった敵を倒した時の奇跡。
全員が全員、彼の軌跡から成り立つ行動を目の当たりにしていた。
だから信じた。――隆の心を。
「美沙っ……! そろそろ僕も身体があったまってきたところ――うはっ……!」
強烈な一撃が隆の顔面に直撃。ボールは運良く相手コートに運ばれる。
「な〜にがあったまってるだって。もうボロボロじゃん。打ち返せてもあと一、二発が限界でっしょっ……!!」
美沙の回し蹴りにより、またしてもあの一撃が襲いかかる。
「いいや、まだだねっ……! 僕の本気は今からさ――ぶふぁ……!!」
もう跳ね返しているというか、顔面に当たってただ運良く跳ね返せているようにしか見えない。見栄を張っているのは明らか。
でも、隆の見栄の貼り方は何かが違った。それを美沙は察するが、この状況では何もできないと慢心して打ち返す。
「今から本気? いいよ、出してみてよ。じゃあ私もお兄ちゃんのこと信じてみよっかな〜! さあっ……!!」
強烈な一撃が回し蹴りで隆に送られる。空中を渡り、彼の元へ。隆はこれをまともに喰らえば体力切れでダウンする。それは隆が一番理解している。
だから隆は最後に放つ……!
こいつにしか通用しない、最強の弱点を突く……!!
「美沙ああっ……!!」
隆は美沙の名前を呼びながら、高く飛び上がった。もう脚を使っても届く距離はない。かと言って今回の試合で腕から手先をを一度も使っていない。だからまたただの捨て身の攻撃だと思っていた。意地になって飛び始めたと思っていた。
「なあにい〜? おにいちゃあ〜ん?」
ニヤニヤと挑発気味に呼び返す。
(何が来ようと私の勝ちは確定されたようなもの。今更手を使おうが、ヘディングでもしようが、全てを跳ね返してあげる……!!)
案の定その読みは当たり、隆は右腕を上げた。
(きた……! あのフォームはスパイク……! バレバレだよ、お兄ちゃん……!!)
自滅覚悟は分かっている。おそらくこれをボールにぶつければ、僕の手は猛烈な痛みに襲われるだろう。美沙も今から僕がスパイクを打つからと言って動揺はしないはず。
だが、足で返すのではダメなんだ!
この唐突な行動。そして、今から起こす思いがけない行動こそが、この戦いを勝利へと導く……!!
「美沙あああああああっ……!! 好きだあああああああっ……!!」
「……っ!?」
バンッ……!!
隆の勢いを込めたスパイクがボールに当たり、ボールは地面に触れた。本来の美沙なら普通に取れたはずのボール。唐突なスパイクだからとは言え、取れないはずがない。
しかし、隆の唐突な告白。あまりの動揺で思考が停止し、全身の筋肉が一気に固まった。ボールは美沙の背後へと落ち、シュートが決まる。
そして、美沙も気絶した。
「「えええええええっ……!?」」
「ふふっ」
「ふっ」
五人は声をあげて一斉に驚いた。あれだけ追い込まれていたのに、一点入れたことに。
五人以上に隆のことを信じていたシャルロットと上条は「思った通り」と心の中で呟き、笑みを浮かべた。
そして隆は――
「あ痛っ……!!」
スパイクを打ったあと、着地に追い付かず、腰を地面について転倒。
「友達としてだけどな。――いってえええええええっ……!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!! ぐおおおおおおおっ……!!」
地面を転がり、手首の痛みを抑えながら転がりまくっていた。本当に情けない。でも、この情けなさも隆の取り柄。それを見込んで彼のことが好きな人物もこの場に何人もいる。
美沙の弱点。それは、ある意味では隆そのもの。唐突に隆から告白まがいのものを受ければ、動揺して動かなくなる。
隆のあの告白は友達として好きと言うこと。特に意識はしていないが、いつも自分のことを好きだ好きだとからかってくる美沙へのお返しに言っただけ。
隆も自身が弱点かもしれないということは長年の付き合いでわかっていたのだ。そして直感で選んだのがあの言葉だった。
ちなみに、美沙のあれはからかっているのではないことを、もう十年以上の仲なのにも関わらず、未だに気がついていない隆なのであった。
「っ……! 可憐! ジャッジ!」
「あっ……! チーム隆、プラス一点! 現在、チーム隆三点! 芳月ガールズ二点!」
そう可憐が宣言した途端、フィールドへと走り出す可憐。向かった先は美沙のところ。
可憐は美沙を手で揺すり始める。
「江南さん! 江南さん! まだ制限時間はある! このまま気絶したままだと不戦勝であなた負けるわよ!」
「へ〜? おお〜、可憐ちゃん〜」
美沙は目を覚ました途端、めちゃくちゃにこやかな笑顔で可憐と目を合わせる。
あまりの健やかすぎる笑顔で戸惑い始めている。
「えっ……?」
「それでいいよ〜」
「それでいいよって、あなたまだ全然動けるでしょ! って、ちょっとお!?」
美沙は満面の笑顔のニッコニッコでゆっくりと立ち上がり、ボールの方へと歩き出す。
「ねえ可憐ちゃ〜ん。あと何秒残ってる〜?」
「あと……九秒だけど……」
「おっけ〜」
それを拾い、審判がいる可憐と倒れている隆そっちのけでボールを高く真上に飛ばし始めた。
「嘘だろ……! あいつ、まだやるつもりかよっ……! くそっ……!! 動け、僕の体……!!」
隆は転がるのをやめ、美沙を見て必死で起きあがろうとしていた。このままこっちに打たれれば、確実にやられる。しかし、隆の体ももう限界が来ていた。脚も動かず、腕から手先にかけては激痛が走り、地面に手をつくことさえ叶わない。
そして、ボールが美沙のいるところまで降ってくる。
「え〜い」
めちゃくちゃ高いサーブを手首で飛ばす。
「やられる……!! やられ――」
ボッ
ボールはレフト側の場外に飛ばされた。
「「……」」
「あっ。外しちゃったあ〜。ごめ〜ん、天空城ちゃん〜、昇龍ちゃん〜」
美沙はまた気絶した。一同は美沙が何がしたかったのかわからなかった。
美沙が高く飛ばしていたその間に制限時間の十分が切れた。
「えっと……タイムアップ! チーム隆四点! チーム芳月ガールズ二点! よって勝者、チーム隆!」
隆は空いた口が塞がらなかった。
よくわからないが、勝った……!
最後にシュートを決められたかと思った時は本気で終わったかと思った……!
でも、勝ったんだ……僕らは……!!
「いよっしゃあああああああっ……!!!!」
隆は腕を広げ、叫んだ。
これにて見事、一勝を勝ち取ったのであった。




