黒い影が見えるんだが?
美沙とシャルロットは走り出す。
パラソルのある、自分たちの拠点地に。そりゃそうだ。目の前には大型クジラ。この状況をなんとかできるとしたら、あの三人しかいない……!
「みんな大変……! 海の方から巨大なクジラが――って、なに……これ……」
「そ、そんな……!!」
拠点地は赤色の液体で埋め尽くされていた。その上にいるのは、倒れ込んだ可憐、加賀、赤城。誰も動こうとせず、倒れている。
「これは血液で間違いない……!! も、もしかして……殺人……事件……!? まだ息があるかもしれない……!! シャルロットちゃん、みんなの脈があるか確認して……!!」
「は、はい……!! ど、どうしてこんなことに……!」
医療の知識のある美沙にはわかる。この赤色の液体は間違いなく血液。でも、それがどこから出ているのか、誰の血液なのかがわからない。
それに、何より息があるかもしれない。そう思い、まずは年長の可憐の近くに行った。
可憐は胸元の紐が解け、床に倒れ込んでいる。
「可憐ちゃん……! 可憐ちゃん……! しっかりして……! し、死んじゃ嫌だよ……! って、ローション?」
可憐の背中を揺すると、大量のローションが付着していた。もしかすると、犯人はこれをトリックに使ったのかもしれない。そう考えていた。
「はあんっ……!!」
「は、はあん?」
その声で眉を顰める息はある。
必死に揺すっていると可憐な口が動いた。いや、なんとなくそんな予感はしていた。けど、なんで可憐ともあろう女性がこのようないやらしい声を出すのか。そっちの方が気になった。
「つんつん」
「い、いやんっ……! も、もうらめ……! そ、それ以上は……! それ以上はらめなのお〜……!!」
「……」
唖然としていた。人差し指で胸元あたりを突っつくと、唐突に喘ぎ始めた。身体がかなり敏感になっている。何事なんだ、これは。
「赤城さん、生きてますか……!!」
「にゃ、にゃめなの〜……!! 気持ち良すぎりゅう〜……!!」
「……え?」
シャルロットも赤城の身体を揺さぶった。だが、可憐と同じ反応。あのいつもクールな赤城がこんな声を出すなんて思えない。
いやでも、実際赤城の口が動いてその声を出しているのだから何も言えないが。
(じゃあ、この血は何?)
この大量の血。可憐と赤城は生きている。二人は特に外傷はない。じゃあ、あと可能性があるとすれば――
「あ〜、気持ちよかった〜」
加賀が起き上がり、顔を上げる。
「あんたの血かいっ!!」
この血の正体。それは、加賀の鼻血だった。起き上がってもなお、鼻血がダラダラと流れている。
この事件の真相はこうだ。数分前、加賀は赤城と可憐にサンオイルを塗るという名のセクハラをしまくっていた。そして凶器に使われたのがローション。
被害者二名は身体中がローション塗れだったことが何よりの証拠。加賀のテクニックとローションの合わせ技により、しばらくの間、可憐と赤城の身体は敏感に反応するようになってしまった。
そしてその後、加賀自身も興奮が抑えきれず、大量の鼻血を出して撃沈。
この血痕は犯人である、加賀自身のものだった。
「って、そうじゃなくって……! 海の方から巨大なクジラがこっちに向かってきてるの……! 可憐ちゃんたち、どうにかできない……!?」
「な……何ですって……!?」
「よ〜し……そんなクジラ……この管理局幹部、ナンバースリー加賀が倒して……あ、やべ……貧血……ぶほあっ……!!」
ふらふらと立ち上がり、海の方へ向かおうと一歩踏み出しただけで目眩が。そのまま、足先を可憐のふくらはぎにぶつけ、加賀は転倒。
「い、いや……! も、もう私……! こ、これ以上は……! これ以上はあ〜……!!」
敏感になっている可憐にぶつかり、可憐自身、また感じてしまった。
「どうします? この様子じゃ……」
「うん、ダメだね。こうなったらシャルロットちゃんっ……! 私たちで何とかするしか……! 加賀ちゃん! 何か武器になりそうなものある!?」
この三人の中でまだまともな状況なのは加賀しかいない。貧血ではあるが、まだ喋れている。
すると、震える手で一つのケースを指さした。
「あそこのケースの中に……超撃痛遠距離スナイパーライフル水鉄砲がある……あと、そこにあるのは……スイ……カ……うは……」
加賀はそのまま倒れていった。なぜか最後にスイカの入っているケースを指さして。
「ありがとう、加賀ちゃん! それ借りるね!」
美沙は水鉄砲が大量に入ったケースを漁る。シャルロットも何か武器を持とうとしたが、これといって見当たらない。しかし、加賀は意図して言ったのかはわからないが、最後にスイカの場所を教えてくれたのだ。
海辺近くにいる隆と上条。どこからか持ってきた黒いサングラスをかけ、誰のものかもわからない白色のビーチチェアに二人で寝転がって直線距離で迫り来るクジラを呑気に見つめている。
浜辺の人たちはほとんど避難してしまい、海辺近くにいるのはぱっと見この二人のみ。
「ビーチの人も少なくなったね。なんか、僕ら貸切してるみたいでワクワクしない?」
「まあな。この広大な浜辺と海。これがいっときだとしても僕らのものには変わりない。僕らだけの世界にできるっていいよな〜」
「これだけ広いならちょっとくらい、お魚さん達にも分けてあげようよ! 例えば、クジラさんとかどうかな!?」
「お! いいねえ! ぜひ、クジラもこの海に遊びにきてほし――ってえ! ついついお前のペースに合わせちゃってたけど、何してんだよ、僕らはっ……!!」
隆は立ち上がり、掛けていたサングラスを地面に叩きつけ、上条に怒鳴りつける。
「いや、そんなこと言ったって、もうあと二十メートルくらいだよ。もう逃げられないし。大丈夫大丈夫。なんとかなるって」
「もう限界だ……! 僕だけでもなんとか……! があっ……!!」
何が大丈夫だ! 最後の最後まで適当なやつだ!
少しでも迫り来るクジラから遠のこうと歩き出すが、手首の激痛でそのまま倒れ込む。地面を這いずりながらでも、少しでも歩き出すが、力がどうにも出ない。
この速さじゃもうダメだ……
「くそっ……! 僕はまだ……――え?」
地面が一気に黒に侵食されていく。それは高く伸び始めたと思ったら低くなる。すると今度は、少しずつだが大きくなっていく。恐る恐る、後ろを振り返る。
「ぎやあああああああっ……!!」
シロナガスクジラは高く飛び上がり、口を大きく広げ、隆たちの上から落ちてくる。その目は狂気そのもの。毛のように無数に生えた牙。終わった。死ぬぞ、これ。
「お〜!!!!」
隣の馬鹿はなぜか喜んでいるし! ていうか、何で僕らを狙ってるし! いや、そもそも根本的な問題で何でこんな海にシロナガスクジラいるし!
もう、ダメだ……!!
父さん、母さん。最後まで馬鹿な息子でごめんよ。
今日一番あの二人が僕の親だと認識して最も後悔した日になったけど、なんだかんだで感謝してるんだ。
もどき。前にも言ったかもしれないが、お前のことは嫌いじゃなかった。楽しかったぜ、ありがとう。
ん? 今何か……
フォン! と、何か音速で通り過ぎていく音が聞こえた。音自体は小さいだろうけど、何か重たい音。
まるで、鉄球を投げるような……
バコオオンッ!




