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進撃のシロナガスクジラなんだが?

 その頃、隆は浜辺を歩いていた。


「本当にあの馬鹿どこいったんだよ」


 上条をずっと探している。まさか、また何かのトラブルに巻き込まれたりしていないよな。それが心配になってもいた。


 すると、目の前には十人くらいのリアル女の群れ。全員固まって動いている。なんだ、あれ。その中心にいる一人の人物。


「ちょっと、ハニーたち。僕のために争わないでよ」


「でも、こいつが上条くんを独り占めするから――」


「じゃあ、僕が君たちのハートを射抜けば争いは終わるかな」


「「キャーーー!!」」


「……」


 上条がいた。


 ……


 ……


 ……


 ……よし、何も見ていない! さあ、可憐たちのところへ戻るとするか! そう思い、僕はそっと後ろを向いて抜き足、駆け足、猛ダッシュで来た道を戻る。ここでバレたらまた面倒ごとに巻き込まれる……!!


「おや? あそこにいるのは我がマイブラザー隆ではないか! おーい、隆〜!」


 手を振り、猛ダッシュで追いかけてくる。こいつ、なんて足の速さだ……!!


「くんなあああああああ……!!」


 さらに背後からは無数の気配。上条のところに群がっていた女子大生リアル女の群れ……!!

 地獄だ……!!


 結局、引きこもりの僕の足は限界が来てその場で膝に手をついて息切れ。十秒ももたず、あっけなく追いつかれた。


「紹介しよう。この子は僕と同級生の東條隆。日々、新宿二丁目で独り身の女性を狩るハンターさ」


「……ええ? なんだってえ……?」


 こいつが何を言っているのかがわからない。もちろん、思い当たる節なんてない。むしろ、僕はリアルの女は嫌いなことは皆さんもご存知だろう。

 でも、一つだけわかることがある。

 なんか嫌な予感がするううううううう……!!


「キャーーーーー!!」


「おい、やめろ……!! 上条、てめえあとで絶対ぶっ殺――あああああああっ……!!」


「あなた……よく見たらイケメンじゃな〜い……! 見かけによらず、肉食系なんだから〜」


「独り身の女性を狙ってるんですって? ならお姉さんとイイことしましょ〜よ〜!」


 上条の取り巻きが磁石に引き寄せられたかのように一気にこっちに流れ込む。

 肉付きのいいリアル女どもが十人ほど群がって埋もれてしまう。香水の香りが鼻を刺激し、耳元で(ささ)かれたり、息を吹きかけられたり……

 ダメだ……考えるな……僕の体よ……鎮まれ……ぐおおおおおおおっ……!!


「まあまあ、その辺にしといてあげてよ、レディたち。隆は自分から女を喰らうのが主義だから」


 上条の言葉一つで全員、大人しく引いていく。

 なんなんだよ、こいつは。こいつらもこいつらだ。そもそも、なんで上条なんかにくっついてるんだよ。


「喰らうのも喰らわれるのも嫌だよ! 僕はお前と違ってリアル女は大っ嫌いなんだ……! ――っ!? があああああっ……!!」


 両手にものすごい激痛。手首を見るとバングルが赤く光り、締め付ける。なんだよ、これ…… 血管が圧縮され、今にも血管が切れそうだ。


「隆!! くそっ……!! あいつら……!!」


「おい……!! なんだよ、これ……! あああああああっ……!!」


 そう言うと上条はどこかへと走っていった。

 その間もさらなる激痛。あまりの痛さにその場で倒れ込んだ。落ち着け……バングルに激痛が走る時の条件は主に三つ。


「副業のことを誰かに話したとき」

「副業を失敗したとき」

「副業が発生するときに反抗するとき」


 なんだ? このどれかを違反したっていうことなのか? おかしい。どれも違反なんてしてな――


「あああああああっ……!! くそっ……!! いい加減にしやがれええええええ……!!」


 その後も激痛は続く。上条は戻ってこない。

 何が起きているんだよ。これをやっているのは投資業界トップの連中。もしかして、もう僕は用済みってことで殺しにかかっているのか……!!

 待てよ、副業?


「そういうことかよ……! あああああああっ……!!」


 パラソルの建ててある場所に戻ろうとする。倒れながらも、砂を握りしめて必死に歩き出す。

 この痛みの原因がわかった。僕は副業の命令に違反している。「副業が発生するときに反抗するとき」。

 今、スマホがない。副業を確認することができない今、「副業を見なかった」と判定され、痛みが発生した。

 早く戻らないと……死ぬ……


 そもそも痛みなんて警告に過ぎない。もしかすれば、このまま爆発する可能性だってある。

 地面を(はい)いずって歩くが、手に力がだんだん入らなくなってきた。手首の痛みのせいだ。

 もう……ダメ……


「……た……たか……たかし……隆……隆……!!」


「上……条……」


 背中をゆすり、必死に心配してくれる上条。


「もう大丈夫だ……! 痛みは僕が抑えた。僕の副業の確認の操作は僕ができる。隆が副業を確認したということにした。だから痛みはもうこない」


 耳元で(ささ)き、周りに聞こえないように言う。

 もし聞かれれば、違反とみなされ、さらなる激痛が来るからそれを避けたのだろう。


「なんだよ……そりゃ……ていうか、副業……? 一体、今度はなんの……」


「クジラだよ」


「ク、クジラ……?」


 クジラってあのクジラだよな。海とかによくいる、あの巨大な哺乳類の。ん? 海とかに? 今僕らがいるのって……




「シャルロットちゃん、あれ……!」


「あれは……ど、どうしてこんなところに……」



「や、やばくねえか……逃げるか?」


「……」


 四人の目には見えていた。海の奥からすごい速さで向かってくる生物が。



「見て、みんなっ!! 何かがこっちに向かってくる……!!」


 上条達に群がっていたリアル女の一人が海を指を指していた。一堂は揃ってその方向を向く。僕も恐る恐る振り向いた。


「次の副業は、クジラを陸に上がらせることを阻止することだっ!!」


「な、なんだってえええええええーーーーーっ!!」


 海を泳いでものすごい速さでこちらに向かって走り出す。その速さもそうだが、身体が異常なほど巨大。それはまさしく、神話にいるような生物だと錯覚してしまうほど。


 やつの正体はシロナガスクジラ。全長三十三点三メートル。体重は約二百トン。


 なぜこの海にいるのかはさておき、海は一気に騒然とする。上条たちに群がっていたリアル女たちは全員悲鳴を上げながら逃げ出していった。

 取り残された僕と上条。僕に関しては手首が使えないため、立ち上がることすらできない。


「陸に上がらせないって言ったって、どうすりゃいいんだよっ……!! 漁師とかみたいに置き網で塞ぐとか……!?」


「漁師ってクジラも扱ってるっけ。しかも、シロナガスクジラだし、あれ」


「シロナガスクジラってあのクジラの中でも一番でかいっていうやつじゃねえか……!? どうするんだよ!! そ、そうだ……!! お前の能力でなんとかならないのか……!?」


「なんとかなるかもしれないけど、他の人がいるからねえ。極力人前で能力を使わないのが原則だから。僕自身、蘭壽みたいに基礎能力が特別高いわけじゃないし」


 蘭壽は相手の能力を読み取れる上、能力を使わずとも己の筋力だけを使う技はかなり強力。例に蘭壽の技、邪鬼蛇。隆をかなりの距離飛ばした上、隆の背後のコンテナに大穴を開けた。

 もちろん、上条も人並み以上に基礎能力は高いが、クジラを一人で倒せるほどではない。


「なんっだよ、それっ!! じゃあ、お前だけでも逃げろ……!! 僕のことはいいっ! 逃げられるくらいの脚は――」


「そんなことできるわけないだろっ!!」


 感情的に怒鳴る。顔を俯かせ、その表情は読み取れない。でも、僕にはわかる。上条がどんな思いでその言葉を僕にぶつけてくれたかが。


「上条……」


 そうだ。こいつは今まで僕を何度も助けてくれた。だから今更見捨てるなんてできない。やられるならお前を見捨てず、己も共倒れってことか。

 そういうことかよ。泣かせるじゃねえか、兄弟……


 僕の目からは小さな涙が。それを右腕で拭い、風に飛ばした。


「だって、クジラがこんな至近距離で見られるんだよ!? こんなチャンス二度とないってばっ!!」


腹立たしいほど目を輝やかせてテンションが上がっていた。


「僕の涙返せよっ!! ていうか、何ワクワクしてんだ! さっさと逃げ――おいおいおいっ! 何呑気に寝転がってるんだよ!」


「え〜。だってさっき走ったから足疲れたし〜。あ! 見て隆! あのクジラはえ〜。あの速度ならもうちょいで陸に上がるんじゃない?」


「陸に上がらせちゃダメだって言ったのお前だろうが!!」


「……」


 上条の顔は無表情になり、黙り始める。なんだ!? まさか、何かこの状況を打破する策があるというのか!?

 勿体ぶってないでさっさと言えよ!


「おい、上条?」


「……」


「……」


 ああ、そういうことか!

 勿体ぶったのち、いつものカッコつけてビシッとその行動を取る。案外、それが間抜けなことがほとんどだが、それで解決するなら安いものだ。

 ああ、わかってるさ。

 いつもみたいにこいつに花を持たせ、僕は「やれやれ」って嬉しそうに反応をすればいいんだろ。


 ほんと、お前の言ってることはいつも遠回しなんだよ。


 伝わったぜ、お前の意思……


「そうだったあああああああっ!!」


「おい、まじふざけんなよ、お前!! どうするんだよ、この状況!?」


 突然目を大きくし、起き上がる上条。

 これ、絶対に忘れてたパターンだ。すると、突然目を閉じてまたゆっくり寝転がる。


「まあ、なんとかなるでしょ。あと陸で思い出したんだけどさ――」


「な、なんだよ……」


 どうせろくでもないことだ。聞くだけ無駄。


「陸と隆って漢字ちょっと似てない?」


「ああ、たしかにっ!! って、どうでもいいわっ!!」


 一瞬納得して手のひらを叩いたが、本当にどうでもよかった。そんなくだらない会話をしているせいでクジラはますます距離を詰める。上条はともかく、僕は手首を怪我していてまともに歩くことができない。

 人生最後に会話した人間がこんなやつとか、死んでもなお後悔しそうだ。

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